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複数世界のキロ  作者: 氷純
第二章 地下世界の帰路

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第六話  新たな武器

 昼食を食べ終えたキロ達は料理屋を出て美術品を扱っていそうな店を探す。

 店頭に置いてあるランプシェードから高額の品を扱っていそうな店を見つけ、キロ達は中に入った。

 若い男女三人に尾光イタチという美術品とは縁のなさそうなキロ達を見ても、店の主人はにこやかに出迎えた。


「いらっしゃい、どのような物をお探しですか?」

「買取を頼みたいのだ。とりあえず見てくれ」


 キロの肩に乗っていたフカフカが代表して答える。

 キロが財布から千円札を取りだし、店の主人の前に提示する。

 一瞬怪訝な顔をした店の主人だったが、すぐに目を丸くした。


「これは新作、いや、同門の画家によるものですかね」


 まるで同じ物を見た経験があるような物言いに、キロは目を細めた。

 店の主人に嘘を吐いているような気配はない。

 フカフカが警戒するように尻尾を小さく一振りする。


「見た事があるのか?」

「えぇ、半年ほど前に珍しい黒髪黒目の、丁度そちらの青年と同じような風貌の少女が訪ねてきまして、一枚売ってくれました」


 ――半年前?

 クローナの世界で懐中電灯が発見されたのは三年前だ。

 ――時間がずれてるのは異世界だからか……?

 内心で首を傾げるが、それよりも黒髪黒目の少女の方が気になった。

 キロはフカフカに耳打ちする。


「……少女について詳しく聞いてくれ。俺がその兄で、家出した妹を探している事にすればいい」

「あい分かった。任せよ」


 フカフカは自信ありげにキロの肩の上に後ろ足だけで立つ。


「その娘が売った絵を拝見したい。それと、娘の行方についても聞かせてくれ。この男の妹かも知れんのでな」


 客の情報を訊ねられた店の主人は少し悩む素振りがあったが、キロと少女が黒髪黒目という地下世界では珍しい特徴を共に有している事から、兄妹設定の信ぴょう性を認めたらしい。

 ここだけの話だと前置きして、教えてくれた。


「行方について詳しい事は知りません。この街を出て上に向かった事は確かですね。行商人が紙に描いた素晴らしい絵を売っている黒髪黒目の娘を最上層で見かけたそうですから」

「その目撃証言は何時頃の話なのだ?」

「行商の順序を考えると二月前ですかね」


 質問に答えた店の主人はカウンターの奥から千円札を取り出してきた。

 描かれているのは猫であるの人だ。

 ――日本人と見てよさそうだな。

 キロは鞄を漁り、懐中電灯を取り出す。電池カバーを取り外し、店の主人に見せた。


「おぉ、見事な肖像画ですね。この子ですよ、来店したのは!」

「これは売り物じゃないので」


 瞳を輝かせる店の主人にキロがフカフカを通して告げる。

 店の主人はあからさまにがっかりして肩を落とした。


「ですよね。妹さんの手掛かりですもんね……」


 未練たらたらで視線を向けてくる店の主人を無視して、キロはプリクラ付きの電池カバーごと懐中電灯を鞄に戻した。


「その娘と言葉は交わしたのか?」


 フカフカが訊ねると店の主人は首を振る。


「首を振ったり頷いたりはしてましたが、言葉は交わしませんでしたね。声が出ない、と身振り手振りで伝えてきましたけど、いま思うと家出しているから出身地を知られたくなかったんでしょうね」


 ――決まりだな。

 懐中電灯の持ち主であり、念の主はプリクラに写っている女子高生だ。

 この地下世界で亡くなったのだろう彼女の遺体がどこにあるのかはわからないが、足取りを追って行けば何かが見つかるだろう。最悪、遺体が見つからなくても込められている念さえ判明すれば帰還の道は開く。

 最上層での目撃証言について店の主人に訊ねると、最上層下端の町トットでの目撃証言だと分かった。


「その、妹さんが心配なのは分かるんですけれども、そちらの絵は売って頂けるので……?」


 痺れを切らしたように店の主人がキロの持つ千円札を指差す。

 愛想笑いを浮かべているが、欲しくて欲しくてたまらない様子が見て取れた。


「もちろんそのつもりだが、いくら出すのだ?」


 フカフカが意地悪そうに口をゆがめる。

 一切金額を提示せずに聞いた事で、価値に自信ありと思わせたらしい。

 店の主人はキロ達を図るように眺めた後、そろそろと青い宝石を二十個、カウンターに積み上げた。親指大の宝石はかなりの価値を秘めているように見えた。

 しかし、フカフカが鼻を鳴らす。


「なんだそれは。この絵を破いて一部を渡せとでも言うつもりか?」


 ――鬼畜か、いや、家畜か!

 さらりと酷い折衷案を出すフカフカにキロは心の中で突っ込みを入れる。

 店の主人は慌てて首を振った。


「いえいえ、とんでもない。何しろ金額が金額ですので、残りは貨幣でお支払いしようと思う次第でして、えぇ……」


 脂汗をたらたらと流す店の主人が銀貨を二枚、カウンターに乗せる。

 どうやらこの世界では宝石よりも貨幣の方が、支払い時の信用が上位に位置するらしい。

 金属はごく一部の町での少量生産に頼るしかないため貨幣改鋳が容易にはできず、また市場に金属自体が出回りにくいためだろう。金属の急激な価格変動が起きにくい環境なのだ。


「キロよ、その絵を半分に裂いてほしいようであるが、どうする?」

「待ってください、もう二枚、どうです?」

「うむ、まぁ妥当なところか。下層の富裕層に売るにしても輸送費がかかるであろうからな」


 決まりでよいか、と視線を向けてくるフカフカにキロは頷いた。貨幣価値がよく分からないのだから仕方ない。

 ミュトの反応からするにかなりの大金なのは間違いなさそうだった。

 代金を受け取り、キロ達は店を出て槍を買いに行く。


「最上層のトットって町に向かいたいんだけど、ミュト達には何か計画とかあるのか?」


 キロが訊ねると、ミュトは首を振った。


「ボクらは空を探していただけだから、特に予定はないよ。ただ、最上層に行くなら昇格任務を受けて認可を貰わないとダメだけど……」


 なんでも、最下層、下層、中層、上層、最上層、未踏破層の六階層に区分されるこの世界では、上の層に行くほど強力な魔物が出現する傾向にあるため、認可を貰わなければ上の層へ行く事が出来ないらしい。


「それで上層探索の認可がどうこうって話になるのか。あの受付、職権乱用じゃないのかよ」

「間違いなく職権乱用ですよ。調査依頼だか何だか知りませんけど、早く終わらせてしまいましょう。あの顔は早く見納めにしたいので」


 キロの言葉にクローナが同意したが、被害者であるはずのミュトはあいまいに笑う。

 町唯一の武器屋に入店すると、キロは店内を見回して困惑する。

 ――金属製が少ないな。

 石を削り出した粗末な物や魔物の骨で作られた物が多い。

 予想はしていたが、品数の少なさにキロは困惑しつつ店内を見て回る。


「キロさん、槍はこっちですよ」


 先に槍が並べられた一角を見つけたクローナが店の端から手招きしてくる。

 足を向けたキロは槍を見回して腕を組んだ。

 長さは三メートルから、長い物では五メートルを超える。石を円錐状に削り出したそれは馬上槍を彷彿とさせた。

 だが、円錐の底面にあたる部分の直径は一メートル近い。


「……こんなもの振り回せる奴がいるのか?」


 いくら動作魔力を使っても支えているだけで精いっぱいだろうそれは、武器と呼ぶのもおこがましい本末転倒な代物に思えた。

 キロはミュトに視線を向ける。


「基本的に、槍は数人で槍衾を作って、その後ろから魔法使いが攻撃を加える物だと思うよ?」


 キロは額に手を当てる。

 ここは地下世界、地上の常識が通用しないのだ。

 確かに、左右を壁で囲まれた洞窟道では側面攻撃を受ける心配はなく、敵との距離を広く保てる槍衾は有効な戦術だ。

 太い円錐形の馬上槍は折られる心配が少なく、接近されるに伴って円錐に沿って敵が密集する事になり魔法も当てやすくなる。

 振り回す必要なんて欠片もない、ただ壁を作ればいいのだから。

 地上との運用法の違いにキロはため息を吐いた。

 どうしたものかと馬上槍を端から眺めていると、一本の槍を見つけた。

 長さは約三メートルとキロにとって長すぎるのは相変わらずだったが、一本の骨に螺旋状に二種類の金属が巻かれて補強されている。

 馬上槍のように円錐形ではなく、細長い素槍で地下世界では珍しく刃が鉄製である。

 半月状の刃は明らかに切り払う事を目的とした造りをしており、石突は刺突が可能な円錐形となっている。

 柄に巻かれた金属には滑り止めを兼ねているらしい彫り物がされていた。


「珍しい形状であるな」

「これが普通だと思いますけど」


 フカフカとクローナがそれぞれの常識を語る中、ミュトが槍を見つめた後、店の外を振り返った。


「……開拓者が使っていた槍と同種みたいだね」


 ミュトの視線を追ったキロは、広場に立つ石像を見つけた。

 ひげを蓄えた老人が素槍を手に仁王立ちした石像だ。仲間らしき数人の男の姿も削り出されている。


「この町を開拓した人の石像か?」


 キロが問うと、ミュトはこくりと頷いた。


「オラン・リークス、地図師養成校でも真っ先に習う地図師の一人だよ。最上層の探索中に消息を絶ったけどね」


 オラン・リークスという名らしい石像の老人を眺めながら、ミュトは続ける。


「守魔を倒した地図師やその仲間は功績を称えて像が立つんだ。地図師が目指す到達点の一つだよ」

「守魔を倒すのって像が建てられるほど大変な事なのか」


 購入を決めて素槍を手にしながら、キロはこれから受ける調査依頼の成功を祈った。


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