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複数世界のキロ  作者: 氷純
第二章 地下世界の帰路

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第三話  嫌われ者

 ――地底都市ってこうなるのか。

 ミュトの案内でたどり着いた街の威容にキロは舌を巻く。

 ドーム状の広大な空間に石の建物が乱立していた。天井に届く太い石柱の中をくりぬいて住居にしたものも見受けられる。

 レンガ作りの建物は少ない。ほとんどが切り出した石を隙間なく積み上げて作られている。窓ガラスはなく、網目状にくり抜かれた鍾乳石が窓代わりのようだ。

 どの家も小さくこじんまりとしていて、庭は存在しない。屋根の上に雪が積もる心配のない環境だけあって、平屋根が多い。

 細い道の両脇には街灯が並んでいる。光っているのは灯火ではなく、羽虫のようだった。

 街灯の整備中なのか、餌らしき葉っぱと土を街灯に入れている作業着姿の女がいる。

 足元に視線を落とす。

 むき出しの地面ではあるが、規則的に細く深い溝が掘られている。少し湿っていても足を滑らせずに済んでいる理由だろう。

 独特の町並みはキロに新鮮味と異世界に来た実感を与えてくれた。

 道行く人々は皆ミュトと同じ白髪だった。瞳の色は赤が多く、青色もちらほら見受けられる。全体的に色素が薄いのだ。

 しかし、ミュトと同じ灰色の瞳はあまり見かけない。

 ――ミュトの色が色素量の上限か。

 クローナもキロと同じく物珍しそうに街の様子を観察していた。


「……この街並み、オークションで落札したランプシェードの影絵とそっくりだと思いませんか?」


 クローナがキロに視線を向けずに意見を聞く。

 丁度キロも同じ感想を抱いたところだった。


「細部は違うけど、この世界の街がみんなこんな建築様式なら、どこかにあの影絵の景色があるかもしれないな」


 キロがクローナに言葉を返す。

 すると、会話を聞きつけたフカフカが口を挟んできた。


「お前達が見たのは工芸品の類であろうな。街並みを影絵で再現する美術品は何処の町でも売られておる」


 噂をすれば影という事か、キロは道の端に出ている雑貨屋の店頭にランプシェードを見つけた。しかし、製作者の腕の違いか、街並みの再現度は低いように思える。

 改めて街のあちこちを見てみれば、看板の類にも影絵が使われていた。

 もともと色に対する興味がないのか、それとも塗料が手に入らないのか、建物や道は自然そのままの色合いで、素朴な印象を受ける。

 通りを行く人が着ている服もかなり地味か暗めの色で、髪や肌の白さが際立っていた。

 異世界である事を加味しても、独特の文化を形成しているように見えた。

 キロとクローナの服装はあまり華美ではないものの、帯やボタンの色合いだけで人目を引いている。

 特に、クローナの髪飾りと杖はかなり注目されていた。

 キロはミュトに視線を向け、質問する。


「こんな場所だと火を起こしたりはできないよな。料理とかどうしてるんだ?」

「専用の構造をした建物を持っている料理屋だけが火を使える。でも、基本的にはサラダとか干し肉を食べているよ。後は燻製都市から輸入した食べ物」


 街では一酸化炭素中毒の危険性から、火気厳禁らしい。

 ちなみに、とミュトはつけ加える。


「さっきまで歩いていた洞窟道でなら、小さな火を使っても大丈夫だよ」


 キロはミュトの説明に納得して、クローナに声を掛ける。


「注目されてるのは髪飾りそのものじゃなく、モザイクガラスの方だ。もっと言えば、ガラスだ」

「ガラス、ですか?」


 キロの指摘の意味が分からない様子で、クローナが首を傾げる。

 キロは頭を掻き、ミュトに確認を取る。


「ミュト、この世界ってガラスやレンガ、金属製品の扱いってどうなってる? 高級品じゃないのか?」


 キロの質問に対し、ミュトは怪訝な顔をしつつ頷いた。


「当たり前だよ。職人都市でしか作られてないんだから。僕の小剣だって金属製のこれを買うまでどれだけかかったか」


 やはり、とキロはため息を吐く。

 どれも製造に火を必要とする品々であるため、閉鎖空間に住むこの世界では高級品になるのだ。

 ガラスが使われているクローナの髪飾りやリーフトレージの金属板で補強された杖がこの世界では立派な財産となる。


「盗まれないように注意しておけよ」

「売れとは言わないんですね」

「大事にしてる事くらい知ってるからな」


 言いながら、キロは長らく使っていなかった財布を取り出す。

 日本にいた頃に使用していたその財布から、キロは千円札を取り出した。


「羊皮紙じゃない、植物繊維の紙はどうなんだ?」


 千円札を差し出して質問すると、ミュトはまじまじと千円札を見つめる。


「あるにはあるけどかなり高価な物だよ。それ以前に、この絵……」

「なんですか、この絵……」


 ミュトの驚き様に興味を惹かれたクローナが千円札を覗き込み、絶句する。

 キロは一瞬首を傾げたが、すぐ理由に思い至った。

 紙に描かれた絵というだけで、地下世界では高価な美術品だ。

 加えて、紙幣に印刷されている絵は政府に認められるほどの腕前を持つ彫師によるもの。その技術は国内随一、名実ともに日本最高峰の天才による作品となる。

 偽造防止のための複雑な透かしまで入っているのだから、版画を見た事のあるクローナが絶句するのも頷ける。

 あまりにも身近すぎて気付かなかったが、キロが持っている紙幣はどれも異世界では美術的な価値を持っているのだ。

 いまさらながらその事実に思い至り、キロは唯一動じていないフカフカに問う。


「この紙で槍が買えると思うか?」

「間違いなく、な。交渉は我がやってやろう」

「任せた。これでしばらくは凌げそうだな」


 思わぬ臨時収入に感謝しつつ、キロは財布を覗いて悩む。

 ――猫であるの人にしようか細菌学者にしようか。

 いまいち何をやったか知らない細菌学者にしようとキロは決めて、財布から一枚抜き取った。


「本当に良いのか? しかるべきところで売れば家が建つやも知れんぞ?」

「まだ何枚かあるからな」

「……お前のいた世界は物々交換が主流なのか」


 フカフカの感想にキロは肩を竦めてはぐらかした。

 話がまとまった事を察したのか、ミュトは少し考えた後で道の先を指差した。


「この先に地図師協会の建物があるはずだから、街の地図を貰おう。武器を買いに行くのはその後でいいかな?」

「地図師の仲間になるには登録とか必要じゃないのか?」


 登録が必要なら装備を整えてからの方が円滑に進むと思い、キロは質問する。


「必要だけど、多分、槍を持っていくより手ぶらの方がいいと思うよ」

「細いですから、魔法使いに見せかけようって魂胆ですね」


 ミュトがわざわざ言葉を選んだというのに、クローナが努力を無に帰す。

 キロの様子をちらりと疑った後、ミュトが戸惑いがちにクローナを見た。

 ミュトの反応にキロは内心ため息を吐く。

 ――衝突が苦手、か。なるほどね。

 おそらく、ミュトが衝突を苦手とする理由は解消する方法を知らないからなのだろう、とキロは判断する。

 さらに、衝突を避け続けていたために場を収める経験が足りず、苦手意識が肥大化していく負のスパイラルも起こしている。

 気を使い、人の顔色を窺い、遠慮しながら生きてきたキロとしては親近感を抱くところである。

 クローナの発言は単なる軽口で、この程度はじゃれているだけだと見せなければ、ミュトは今までと同じように逃げだすのだろう。

 キロの出方を窺うようなフカフカの視線を感じつつ、口を開く。


「鍛えてみようか?」

「いえ、キロさんは今のままの方がバランスとれてますし、抱き着いた時もいい感じで……」


 シールズとの戦闘中、土のドームの中で抱き着いた時の事を思い出して言いかけたクローナは、自分の話している内容の際どさに気付いて赤面する。

 キロはクスクスと笑いながら、追い打ちをかけた。


「クローナのために頑張ってみようかと思ったんだけど、今のままが良いならやめておくよ」

「そ、そうしてください」


 羞恥なのか照れなのか、クローナは曖昧に笑いつつ赤面した顔を俯かせる。

 成り行きを窺っていたミュトが小さくほっと息を吐く。同じくやり取りを聞いていたフカフカは、これくらいできなくては困る、と言いたげに鼻を鳴らした。



 たどり着いた地図師協会の建物は入り口にレンガがあしらわれた建物だった。

協会の建物は一目で判るよう入り口にレンガが使われるらしい。

 ミュトと共に建物に入ると、図書館のように立派な本棚の列が出迎える。革装丁の本はどれもこの辺りの地図であるらしく、描かれた年代が背表紙に記されている。


「この辺りだと、一番古い地図は喪失歴七千年頃かな」

「七千年……」


 途方もない歴史を誇る暦にキロはクローナ共々呆気にとられる。


「ちなみに、今は何年?」

「喪失歴八千五百年、春の二番月三十日だね」


 この町が出来てからおおよそ千五百年が経過している計算になる。

 恐々と建物を見回すクローナにミュトが微笑む。


「ちゃんと定期的に建て替えてるから、倒壊する心配はないよ」


 キロは地図師の歴史であり資料でもある本棚の地図を眺めながら、ミュトに問う。


「職員はいないのか?」

「奥の方にいるはず。だけど、ボクは先に最新の地図を見て、ボクの描いてきた地図との違いを説明できるようにしておかないといけないから、その……少し待っていてくれるかな?」


 ――他人に頼み事する事にも慣れていないのか。

 キロは内心苦笑する。

 頼み事は断られても断っても気まずさが残るものだ。ある程度関係が進めばどうという事もないのだが、ミュトはそこまで親密な付き合いをする前に逃げだしてきたのだろう。


「分かった。待ってる――」


 答えを最後まで言う前に、キロは後ろから肩を叩かれる。

 振り返ると、眉間に傷のある大男が険しい顔で睨んでいた。

 騒がしくし過ぎただろうかと思い、謝ろうとするキロを押し留めるように大男はミュトに向けて顎をしゃくる。


「灰眼で尾光イタチを連れてる小男、そいつミュトって疫病神だろ。一緒に仕事するのはやめとけ。背中を預けられる奴と組んだ方が良いぞ」


 キロはクローナと顔を見合わせ、大男がミュトを指して言っている事を確かめる。

 ミュトが大男の言葉を無視して本棚の地図に手を伸ばした。

 関わらないように無視し、去る者は追わずの体勢を作っているのだ。

 キロは大男に向き直り言葉を返そうとしたが、先にクローナが言い返していた。


「自分の背中を預ける相手くらい自分で決めます」


 クローナが腰に手を当てて言い放ち、舌を出す。

 言葉が分からずともおおよその意味を察したのか、大男は舌打ちを一つ残して去って行った。

 キロは大男を見送りつつ、呟く。


「……噂って怖いな」

「なまじ、命をかけている分、他人の評価には敏感なのだ。あれも身を守る術であろうよ」


 フカフカがキロに答え、尻尾を揺らした。


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