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複数世界のキロ  作者: 氷純
第二章 地下世界の帰路

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第二話  地図の更新任務

 ミュトに案内されるまま、キロとクローナは洞窟を歩く。

 ミュトの首――定位置らしい――にマフラーよろしく巻き付いているフカフカの尻尾が発光しており、足元と周囲を照らしてくれている。

 フカフカの尻尾が放つ光はかなり強く、本を読む事さえできそうだ。

 生物が自然に発するにしては強すぎる光だが、どうやら魔法の一種らしい。

 尾光イタチに特有の魔法であるとの事で、地図師をするミュトは重宝しているようだ。


「それが地図なのか?」


 ミュトが片手に持っている紙を指差して、キロは訊く。

 フカフカがミュトの代わりに答えた。


「中層から上層までの地図である。今はミュトが更新任務中だ」

「更新?」

「本当に何も知らないのだな」


 呆れ交じりに言って、フカフカは尻尾で器用に壁を照らす。


「よく見てみるがよい。苔は生えておらず、虫が開けた穴もほとんどない。ここは新たに掘削型魔物が開けた洞窟道だ」

「こんな大穴あける魔物が潜んでるのかよ……」


 ぞっとしてキロが呟くと、ミュトが頷いた。


「ここは上層だからね。下層に行くほど地盤が固くなって、掘削型魔物は小さくなっていく。逆もまたしかり、というわけ」


 ミュトは地図をキロの前で左右に振る。


「ボクら地図師の仕事は日々移り変わる各地の洞窟道を記録し、更新する事。落盤、水没、毒ガスの発生、洞窟道は簡単に使用できなくなるし、この道みたいに新たな洞窟道が作られることもある」


 仕事の説明をしながら、ミュトが地図に何かを書き込んだ。

 キロはちらりと地図を見せてもらうが、どのように読むのかさっぱりわからなかった。

 辛うじて等高線らしきものと街の配置だけは読み取れるが、道のどことどこが繋がっているのかはさっぱりだ。

 ――高さの基準値が分からないと読めないな、この地図。

 キロは立体迷路を脳裏に浮かべる。

 クローナもミュトの横から地図を覗き込み、感心したような声を出す。


「測量器具も使わずにこんな複雑な地図が描けるんですか?」

「養成校を出ているからね。距離や角度を正確に目視するのは地図師の必須技能なのさ」


 少し自信ありげに平たい胸を反らすミュト。

 事実なら確かに凄い技能である。

 おぉ、と感嘆の声を挙げながら、クローナが拍手する。


「魔物に襲われても、ずっと地図の事を考えながら戦わないといけないんですね。私一人だと無理そうです」


 クローナが更に持ち上げたが、ミュトの自信が途端にしぼんだのが表情から分かった。

 予想外の反応にクローナが困惑し、理由を問うような視線をフカフカに向ける。

 フカフカは欠伸交じりに口を開く。


「本来、地図師は荷物持ち兼戦闘員として護衛を数人、連れて歩くのだ。だが、ミュトは女だからな。暗がりばかりの洞窟道を男連れというわけにもいくまいよ」

「なるほど」

「なるほど、は良いけど、クローナは何で俺を見るんだ? 襲った事なんか一度もないだろ」

「無理やりキスしたじゃないですか!」

「大変柔らかかったです」


 キロは肩を竦めつつ、おどけて返した。

 真っ赤な顔で二の句が継げなくなっているクローナを放っておいて、キロはフカフカを見る。


「女の護衛はいないのか?」

「もちろんいる。さっき我が話したのは単なる建前だからな」

「こら、フカフカ!」


 建前、という単語に顔色を変えたミュトがフカフカの口を塞ごうとする。

 しかし、すでにフカフカはミュトの首からキロの肩へ飛び移っていた。


「やっぱり、他に理由があるのか」


 ミュトの自信がしぼんだ事から察しが付いていたキロは、フカフカを見る。


「うむ、やはりなかなかの観察眼であるな。さよう、本当の理由は単純だ。ミュトは人との付き合いが苦手なのだ。養成校時代も、グループをあちこち渡るうちに孤立してな」

「あぁ、いるなぁ、そういう奴。あぶれた奴だけで少数グループ作ったりするんだよな」


 キロは小中高と歩んできた学校時代を振り返り、感慨深く頷く。

 だが、まだミュトの自信がしぼんだ理由がよく分からなかった。


「もしかして、孤立したまま養成校を卒業したのか?」


 キロが問うと、ミュトは唇を尖らせて小さく頷いた。

 フカフカがため息を吐く。


「こやつときたら、他人と衝突する気配を少しでも感じるとグループを逃げ出すのだ」


 フカフカによれば、グループ内で些細な衝突が起こる寸前、ミュトは決まってグループを抜け出していた。

 少しでも居心地が悪くなるとグループを抜け出していたためだが、ミュトは段々と疫病神のように見なされ始める。

 肝心な時にいない薄情者は、外部の敵として設定しやすかったのだろう。

 悪い噂はあっという間に広まり、地図師養成校でささやかれ、後ろ指を指され始める。

 噂は卒業した同期から護衛へも回りだし、孤立は今でも続いている、との事だった。

 同情する要素はあるが、グループへの帰属意識が低い人間と命を掛けた仕事ができないという考えには頷けるところがある。

 ミュトとフカフカも自覚があり、改善しようと試みてきたが……。


「時すでに遅くてな。修復不可能な状態である」

「フカフカ、あんまり余計な事を言わないで」


 キロの肩に手を伸ばしたミュトはフカフカを捕まえ、自身の肩に乗せる。

 イタチにしては長い尻尾を舐めて毛繕いをしながら、フカフカは鼻を鳴らす。


「先に我らから聞いておいた方がよかろう。こやつらの言葉が事実なら、生計を立てる必要が出てくるはずだ。そうであろう?」


 フカフカに水を向けられ、キロは頷く。クローナの方はとみてみれば、いまさら考えに至ったようにはっとした表情で手持ちの硬貨を出し始めた。

 キロは呆れてクローナを止める。


「この世界で通用する貨幣じゃないだろ」

「……どうしましょう?」


 クローナが困り顔でいい案はないかと問うようにミュトを見る。

 ミュトは視線を逸らしかけたが、フカフカに軽く頭突きされた。


「こやつらの腕が立つのは経験済みであろう。良い機会だ、雇ってしまえ」


 フカフカがミュトに発破を掛ける様子を見ながら、キロは頬を掻く。


「俺もクローナも、怪しい人間だと思うんだけど、そんな簡単に雇っていいのか?」

「それに、あまり強くないですよ?」


 キロの意見にクローナが上乗せすると、フカフカとミュトが驚いたような視線を向けてきた。

 そんなに驚くような事だろうか、とキロはクローナと顔を見合わせて首をかしげる。

 キロ達の反応にフカフカが半眼を向けてきた。


「ミュトは最下層からここ、上層までやってきた生粋の叩き上げなのだぞ。加えて、我の奇襲もあったというのに、キロはあっさり無力化して見せたではないか。十分に上層で通用する腕前である。誇ってよい」


 フカフカにお墨付きをもらい、キロはどうしたものかと考える。

 他に金策の当てはなく、クローナがいた世界に帰ろうにも懐中電灯には一切の反応がない。

 持ち主の遺体すら発見していない現状では、帰り方も見当がつかない。

 革手袋を媒体にクローナの世界に帰る事は可能だが、時間軸の問題がある。クローナと出会う前の世界に戻って、キロとクローナが同じ世界に二人ずつ存在してしまうのだ。

 タイムパラドクスを起こさないようにするためには、必然的に冒険者としての活動も制限される。

 また、革手袋を媒体にして二重に遺物潜りを起動してしまうと、出発地点がキロの住んでいた元の世界から、このミュトがいる地下世界に書き換えられてしまう。

 懐中電灯が空振りに終わった今、革手袋は元の世界に帰るための唯一のカギだ。失いたくはなかった。


「分かった。戦闘員の仕事、受けてもいい」


 あれこれと考えたキロは、当面の生活費を稼ぐ手段としてフカフカの話に乗る事を決める。

 キロの決定にクローナは異を唱えなかったが、思案顔で口を開く。


「でも、キロさん、いまは槍を持ってませんよね。買わないといけませんか?」


 買うにもお金がありませんけど、とクローナは付け加えながら苦笑する。


「中古品でよいならミュトが買ってやろう」

「フカフカ、また勝手に!」


 甲斐性なしのフカフカが支払いをミュトに任せつつ提案する。

 ミュトが抗議するが、フカフカは鼻で笑って棄却する。


「今までにも何度か危険な目に遭ったが、仲間がいれば簡単に切り抜けられたものばかりだ。こやつらには生活の手立てがなく、我らはそれを提供する側。人付き合いの苦手なミュトにお似合いの関係ではないか。それに、我は空を見る前にミュトと心中する気はないぞ」

「……僕だってフカフカと心中する気なんかない」

「決まりだな。キロ、クローナ、よろしく頼むぞ」


 フカフカが既成事実を作りにかかったのを察して、キロはミュトを窺う。

 不服そうに唇を尖らせるミュトの表情の裏にある僅かな期待を見逃さず、キロはクローナ共々頷いた。


「よろしく、ミュト、フカフカ」

「よろしくお願いします」


 キロとクローナが挨拶すると、フカフカを加えた三対の瞳がミュトに向けられる。


「よ、よろしく」


 ミュトは視線を逸らしつつ、ぼそりと呟いた。


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