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複数世界のキロ  作者: 氷純
第二章 地下世界の帰路

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第一話  地図師と尾光イタチ

 動作魔力を使って接近された事には驚いたが、キロは冷静に迫る小剣の軌道を見極めた。

 冒険者としていくつかの死線を潜ってきたおかげで身に付いた度胸が、小剣を直視させる。

 キロはすでに練っていた動作魔力で右腕を振るい、小剣を持つ腕を上に弾いた。

 後手に回っても冷静に対処して見せたキロに、今度は相手が驚き、目を見張る。

 その隙を突き、キロは動作魔力を使わずに左手で相手の胸に掌底を放つ。

 慌てたように相手が片腕を胸の前に持ってきて防御姿勢を取った。

 しかし、キロは防御に回された相手の腕を取り、今度は動作魔力を用いて足払いを掛けた。

 片腕を上に弾かれ、もう一方の腕は掴まれている状態で足を払われては満足に受け身も取れない。

 地面へうつ伏せに倒れ込んだ相手の背にキロは片膝を着き、腕を抑え込んで動きを封じる。

 完全に無力化したとキロが一息ついた時、相手の首に巻かれていたマフラーらしきモノがピクリと動いた。


「――やれやれ、世話の焼ける奴であるな」


 マフラーらしきモノからしわがれ声が聞こえてきてキロが訝しんだ瞬間、マフラーらしきモノが牙を剥いて飛び掛かってきた。


「生きてんのかよ!」


 ツッコミを入れつつ、キロは動作魔力を込め、お辞儀の要領でマフラーらしきモノに頭突きした。


「グッ……」


 マフラーらしきモノがキロの頭突きの直撃を受け、地面を転がる。

 獣らしい俊敏な動きで体勢を立て直したマフラーらしきモノは、イタチのような生き物だった。フカフカした褐色の体毛を持ち、長く太く発達した尻尾を垂らしている。

 再度キロに飛び掛かろうとしたその生き物は、クローナが無慈悲に尻尾を踏みつけた事でつんのめり、首根っこを押さえつけられて無力化された。


「……無念であるな」


 生き物がしわがれ声で呟いた。

 ――動物がしゃべるって事は、やっぱり異世界か。

 キロはため息を吐いて、クローナを見る。


「どうにも状況がつかめないけど、ここは俺が住んでいた世界じゃなさそうだ」

「違うんですか? こんな生き物、私は見たことないですけど」


 クローナは困惑顔でマフラーに擬態していた生き物を持ち上げる。

 首根っこを掴まれて空中に吊り下げられても、生き物はもはや抵抗しなかった。

 しかし、生き物は興味深そうにキロとクローナを見る。


「上層の言語か? 先ほどから言葉が聞き取れぬのだが」


 キロはクローナと顔を見合わせる。

 キロが腕輪を指差すと、クローナは心得たようにポケットから腕輪を一つ取り出し、悩んだ末、生き物の首にかける。


「動物にも効くかはわかりませんけど、言葉、分かりますか?」


 クローナが問いかけると、生き物はしげしげと首に掛かった腕輪を見つめる。


「驚きであるな。これが魔法具か。上層の盗賊はかように高価な物を持っておるのか」

「盗賊ってあなた達の方でしょう……」

「我らは地図師である。盗賊などではないぞ」


 生き物の言葉にクローナが困ったように首を傾げる。

 どうやら、双方の認識に食い違いがあったらしいと判断して、キロはクローナに声を掛ける。


「こっちにも予備の腕輪を貸してくれ。話し合いで解決できそうだ」


 クローナに軽く放られた腕輪を空中で捕まえて、キロは襲いかかってきた足元の相手を見る。

 捕まえていた手に腕輪を握らせ、キロは声を掛けた。


「これで言葉が通じるようになったはずだけど、分かるか?」


 言葉が理解できたのだろう、驚きに目を見開く相手の反応に満足して、キロは問う。


「なんでいきなり襲いかかってきたのか、教えてくれ。それと、この辺りで死体を見なかったか?」


 懐中電灯の持ち主の死体を見て、近くにいたキロ達を犯人だと勘違いしている可能性を踏まえて問いかける。

 次いでとばかり、キロは続けて質問した。


「後、なんで男装してるの?」


 白髪の男装少女はこれまでにないほど大きく目を見開いた。


「な、なんで分かった?」

「仕草とか、顔のつくりとか、むしろなんで騙し通せると思ったんだよ。ばればれだったぞ」


 そうだろ、とキロはクローナに同意を求めるが、男装をしていると初めて気づいたのか、クローナは白髪の少女をまじまじと見つめていた。

 クローナにぶら下げられている生き物がクスクスと笑いながら、キロに話しかける。


「ミュトの男装を一目で見抜くとは中々の観察眼だな。下手くそな男装だと我も思うが、一目で見破った者はお前が初めてだ」


 キロは生き物の言葉を聞き、ミュトという名前らしい少女を見る。


「で、質問の答えは?」


 キロが促すと、ミュトは渋々と言った様子で口を開く。


「明かりも持たずにこんなところにいる時点で、盗賊としか思えない。死体とやらも見てないよ」


 キロは少女が現れた方向を見て、クローナに照らしてもらえるよう頼む。

 クローナが魔法の光で照らすと、何もない一本道が続いていた。

 続いて逆方向を照らしてみるが、こちらにも何一つ落ちていない。


「死体がない。参ったな……」


 キロが頭を掻くと、ミュトが怪訝そうに眉根を寄せる。


「なんで死体なんか探してるの?」

「色々と事情があってね。俺はキロ、向こうはクローナだ。よろしく」

「地面に抑えつけておいてよろしくってどういう神経してるの?」

「まともな神経してたら、突然襲い掛かってきた相手をすぐに解放したりはしないだろ」


 すぐに言い返すと、ミュトは舌打ちした。

 キロは苦笑しつつ、口を開く。


「とりあえず、誤解を解きたいんだけど、何か聞きたい事はないか?」


 キロが質問を促すと、ミュトは怪しむように目を細める。


「あんたらが何者で、ここで何をしてるのか。それになんで明かりを持っていないの――」

「ミュトよ」


 唐突に、ミュトの言葉をクローナにぶら下げられたままの生き物が遮った。


「我の自己紹介がまだである」


 抗議の意味があるのか、尻尾を一振りして生き物は言葉を続けた。


「我が名はガロン・ゴラン・ギレン・ゲリン・グールーン三世、由緒正しき五つ名持ちの尾光イタチである。敬意を込めて呼ぶがいい、人間ども。覚えの悪いお前達にもう一度名乗ろう、我が名は――」

「フカフカでいい」


 今度はミュトが生き物、フカフカの言葉を遮った。

 フカフカが抗議を込めて尻尾を振り回す。


「その名で呼ぶなと何度言えば分かるのだ!」

「フカフカ、本名より呼びやすいな」

「名は体を表すって奴ですね」


 振り回される尻尾を捕まえて感触を確かめながら、クローナが呟く。


「おい、尻尾は触るでない。手入れが大変なのだ」

「あ、すみません。さわり心地が良くって、つい」


 フカフカに抗議されて、クローナが慌てて尻尾から手を離す。

 毛足の長い尻尾はキロから見てもさわり心地が良さそうだった。

 足元のミュトから、ため息が聞こえる。


「フカフカは尾光イタチで、魔力食動物。ついでに、全生物中で最大光量を誇る発光生物でもある。一応、ボクのパートナー」


 フカフカとクローナのやり取りに毒気を抜かれたのか、疲れたような声でミュトが紹介する。

 キロはミュトに同情しつつ、彼女の質問に答えるべく口を開く。


「信じられるとは思わないけど、俺達は異世界から来たんだ」

「馬鹿にしてるの?」

「まぁ、そう思うよな、普通」


 とても正常な反応に、キロは思わず苦笑した。

 しかし、ミュトが続けた言葉にキロは苦笑を収める事になる。


「――空のある場所から来たと言われた方がまだ信じられる」


 ミュトが鼻で笑うように言った台詞に、キロはクローナと顔を見合わせた。

 互いの顔に同じ疑問が浮かんでいた。

 すなわち、この世界には空がないのか、と。


「……おい、ミュトよ、こやつ等」

「あぁ、どうやら空を知っているみたいだね」


 フカフカとミュトが短く言葉を交わす。

 キロがミュトに視線を転じれば、飛び切りの宝物を前にした探検家のような輝きを灰色の瞳に宿し、キロを見上げていた。

 鎌を掛けられていたのだと、いまさら気付く。

 ミュトはキロを見上げ、してやったりと言いたげに笑みを浮かべる。


「さぁ、空がどこにあるか答えてもらうよ」


 絶対に逃がさない、という強い意志が窺える瞳でキロを見据えて、ミュトが言う。


「上だろ。ここがどこだか知らないけど、地上に出ればあるんじゃないか?」


 キロが天井を指差してあっさりと答えると、ミュトは拍子抜けした様に何度も瞬きする。


「……えっと、聞いておいてなんだけど、そんなに簡単に教えて良いものなの?」


 恐る恐る、嘘を吐いているんじゃないのか、と疑うような色を滲ませてミュトが聞いてくる。

 それに対し、キロはクローナと共に肩を竦めた。


「この世界ではどうだか知らないけど、俺達はついさっきまで空の下、太陽に照らされながら生きてきたんだ。別に隠すような事じゃないんだ、けど……?」


 キロの言葉に、今度は呆気にとられて口を半開きにするミュトを見て、キロはまずい事を言ったのかと言葉の半ばで口を閉ざす。

 ミュトの反応に戸惑って、キロはクローナに捕まっているフカフカに視線を移す。

 キロの視線を受けて、フカフカがため息交じりに答えた。


「我らは最下層より空を求めて旅をしてきた者だ。ミュトが女だてらに地図師になったのも、世界中の地図を閲覧できれば空の在処が分かるかもしれないという期待からなのだ。それをついさっきまで見ていたなどと言われてはなぁ」


 ――マジでこの世界は空がないのかよ。

 キロは口元が引き攣らせつつミュトを見ると、彼女の灰色の瞳と視線がぶつかった。

 日焼けを知らなそうな純白の肌と色素のない白髪を見て、キロは理解する。


「もしかして、俺達の髪と瞳に色があるから、空を知っていると思ったのか?」

「そ、そうだよ。昔話にはいろいろな髪と瞳を持つ人が居たって書いてあったから……」


 未だ動揺から立ち直れないのか、ミュトが困惑気味に答えた。

 ――洞窟での生活に適応して人から色素が抜けてるのか。

 ミュトの言葉からキロは推察する。

 この世界の人間は適応するほどの長い時間、空から隔絶した歴史を歩んでいる事になる。

 ――くる病とかどうなってるんだ?

 キロは疑問に思うが、フカフカを見て、発光生物などが太陽光の代わりをしているのだろうと見当をつける。

 なんとなく気まずい空気が流れる。


「なぁ、とりあえずこんなところで話し込むのもなんだし、近くの街とかに行かないか?」


 キロが提案すると、ミュトが小さく頷きを返した。


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