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複数世界のキロ  作者: 氷純
第一章 クローナの世界

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第四十九話  別の世界へ

 キロは遺物潜りの魔法陣に懐中電灯を置き、発動させる。

 すると、懐中電灯が光りだし、見覚えのある黒い長方形の空間が出現した。

 やはり、という顔のキロとは違い、初めて見る怪しげな黒い長方形の空間に一同は興味深そうな視線を注ぐ。

 触れて良い物かどうか悩むように腕を組みながら、受付の男性が首を傾げる。


「これが遺物潜りですか。地味ですね」


 ストレートな物言いに全員が同意した。

 しかし、演出に拘る物でもないだろう。

 キロにとって重要なのは、この長方形の空間の先に生まれ故郷があるという事なのだから。

 キロは懐中電灯を手に取り、鞄に入れる。あくまでも媒体であるため、もう魔法陣の上に置いておく必要はないのだ。

 しかし、キロは長方形に入る前にクローナに視線を移す。


「そろそろ、硬直が解けてもいいと思うんだけどな」


 いきなりキスされたのがよほどの衝撃だったのだろう、クローナは完全に行動を停止していた。


「もう一回キスすりゃ治るんじゃねぇの?」


 ゼンドルが無責任に煽るが、キロは首を振る。

 もう一度キスをしても再起動までの時間が伸びるだけだ。

 キロは司祭に向き直り、口を開く。


「紙と筆を貰えますか? 向こうの世界に行った時、クローナが俺とはぐれても大丈夫なように色々と注意事項を書いて渡しておきたいので」


 クローナが復活するまでの時間を有効に使おうと、キロは司祭に頼んで用意してもらう。

 司祭が自室から持ってきた紙にキロは自宅の住所と携帯番号を記す。

 他にも日本語で道案内を頼む一文や、公衆電話でキロの携帯電話にかけてもらえるよう頼む一文を記す。

 同じ内容の文章を綴り等が間違いだらけながらも意味が通じない事もない下手くそな英語で書き上げた時、クローナがようやく動き出した。

 キロを見て顔を真っ赤にしたクローナはあたふたと左右を見回し、自分でも何をしたいのか分からない様子で視線をさまよわせる。

 見かねたティーダが、司祭が入れたお茶をコップに注いでクローナに差し出した。


「これで飲んで落ち着きな。キロもキロだよ、雰囲気作りとか考えないか、普通」


 遅ればせながら咎めるティーダに、キロは肩を竦めた後、クローナのコップを指差す。


「それ、俺がさっき使ったコップだから、間接キスだな」

「……っ⁉」


 クローナがむせる。


「こら、キロ!」


 ティーダが名前を呼んで叱責するが、キロはクスクス笑いながら書き上げた紙を片手に立ち上がる。

 紙をクローナに渡して、キロは説明する。


「向こうの世界では魔法を使うな。それから、今のクローナの格好はかなり浮くから、じろじろ見られると思うけど、あまり気にしなくていい。それから、車……鉄の塊が走ってるけど――」


 細々とした注意点を一気に教えて、キロは一息つく。

 あらかた説明し終えたかと考えて、キロは一つ思い出した。


「最後になるけど、向こうに行ったらまず遺体を探すぞ」

「遺体?」


 遺物潜りについて詳しく知らない司祭が怪訝そうに聞き返す。

 キロは遺物潜りの媒体が遺品である事、向かう先は持ち主が死んだ直後の世界である事を説明する。

 司祭を含めた一同は静かに耳を傾けていた。

 キロが念の解消で帰還への扉が開かれることに言及すると、得心が入ったように阿吽が頷く。


「帰還する方法を予め探っておくために遺体の状態を見ておこうって事か。殺しだったらどうするんだ?」

「問題はそれです。俺がいた世界は例え殺人犯でも可能な限り怪我をさせないようにしないといけない。相手に戦う意思がなかったら、こっちが攻撃してはいけないなどの法律があるので」


 キロは正当防衛についてのうろ覚えの知識を教える。

 クローナが難しい顔をした。


「魔法を使わず、無傷で捕えるって事ですか?」

「動作魔力で体を動かす分には気付かれないと思うけど、火を出したり水を出したりするのは避けてくれ」

「私はほとんど役に立たないじゃないですか。向こうが魔法を使って来たら……使えないんでしたっけ。なら、棒術だけでも大丈夫でしょうか?」


 キロはクローナの杖を見る。元は木製のシンプルな杖だったが、今や魔力を蓄積する金属リーフトレージに覆われて、立派な鈍器と化していた。

 キロの槍とは違ってすぐに問題になるとは思えないが、打撃武器として使えば骨を折る事も出来るだろう。


「足を引っ掛けて転ばせるくらいならたぶん大丈夫だと思うけど、基本的には逃げる方向で考えよう」


 キロはそう言って、司祭に自分の槍と借りていた翻訳の腕輪を渡す。


「あちらでは刃物の持ち歩きが規制されているので、これは置いて行きます。それと、腕輪を貸してくれてありがとうございました。お返しします」


 司祭は差し出された槍を受け取ったが、翻訳の腕輪は受け取らずに首を振った。


「それは餞別にしておこう」

「良いんですか? 高価な物だって聞いたんですけど」


 キロはゼンドルとティーダに横眼を投げる。

 司祭はにこやかに頷いた。


「確かに高価ではあるが、私個人で買える程度の物だからね。大げさに捉えなくていいよ」

「それでは、ありがたくいただきます」


 キロは礼を言って、腕輪を自分の右腕にはめる。

 その時、クローナに左袖を引っ張られた。

 顔を向けると、クローナは両手に二つの翻訳の腕輪を持っていた。


「必要になるかなって思って買ってきちゃったんですけど……」


 司祭に借りていたクローナとキロの腕輪を返しても大丈夫なように、宿を出た後で買っていたのだろう。

 あまりの間の悪さに阿吽が噴き出す。

 どうしましょう、という顔でクローナは司祭とキロを見比べる。

 司祭は苦笑して、口を開いた。


「壊れた時に替えがないと不便だろう、持っていきなさい」


 クローナはぺこりと司祭に頭を下げて、腕輪を鞄に入れた。

 キロはクローナに言い残した事はないか視線で問う。

 クローナが大丈夫、と頷いたのを確認して、集まった一同に向き直った。


「いろいろお世話になりました」


 キロは深々と頭を下げ、感謝を表す。

 この世界に来てから、胡散臭い自分に良くしてくれた人達だ。


「よせよ、湿っぽいだろうが」


 阿形がキロの背中を叩く。


「またこっちに戻ってきたら、お前の世界の話を詳しく聞かせろ。突拍子もなくていまいち理解できないからさ」


 ゼンドルが阿形に続いて背中を叩いた。

 横目でクローナを窺うと、ティーダや司祭に肩を叩かれていた。


「異世界に行くのでは連絡手段がないのも頷けますね。正直、惜しい人材ですが……まぁ、ここに四人いる事ですし……」


 受付の男性が阿吽やゼンドル、ティーダを見て呟いている。

 ――やっぱり、この人は仕事中毒だな。

 キロは苦笑した。

 別れのあいさつを済ませ、キロとクローナは黒い長方形の空間の前に立つ。


「それじゃ、行ってきます」

「行ってきます」


 はぐれないよう手を繋いで、キロはクローナと共に最後の挨拶をする。

 お元気で、と司祭達それぞれの違う、しかし、同じ意味の言葉を掛けられつつ、キロ達は別の世界に旅立った。



 浮遊感も何もなく、あっさりと地面の感触がキロとクローナを出迎える。

 本当に世界を渡ったのか、確証が持てないほど自然な移動だった。

 しかし、辺りは真っ暗で、教会の中でない事は明らかだ。


「クローナ、いるか?」

「ここにいますよ」


 キロが手を少し強く握ると、応えるように強く握り返される感触があった。

 キロは自由な方の手をポケットに入れ、携帯電話を取り出す。

 携帯電話を起動すると、聞きなれた電子音と共に画面に明かりが灯った。


「圏外か。まぁ、予想できてたけど。時間は……ずれてなければ昼の三時だな」


 足元を照らすとむき出しの地面、左右は長く伸びており光が届かないが、前後は三メートルほど先に壁があるようだ。

 壁に歩み寄り、携帯電話の明かりで照らすと土壁が姿を現す。


「洞窟ですか?」


 クローナがキロに身体を寄せて問う。


「そうみたいだ。いきなり海の上とかよりマシだけど、さて、どうしたものかな」


 キロは左右に伸びる洞窟を見て思案する。

 耳を澄ましてみるが、人の足音などは聞こえない。


「誰にも見られなければ大丈夫だろ。魔法で光を作ってくれ、弱めで頼む」


 まずは遺体を見つける事が最優先だと思い、キロはクローナに頼む。

 すぐに魔法の光がクローナの手元に出現した。

 照らし出されたのはやはり洞窟だった。

 幅は六メートルほど、高さは十メートル近い。左右に伸びる洞窟の先は見通す事が出来なかった。

 かなりの規模のようだが、石筍が見当たらない。削り取られたように滑らかな地面と壁、天井を見上げても綺麗なアーチを描いている。


「人工物?」


 自然にできたとは思えない洞窟の姿にキロは眉根を寄せる。

 ――妙だ。

 仮に人工物だとすれば、土を露出させておくとは考えにくい。コンクリートなどで補強されるはずだ。

 そもそもこの規模の洞窟を何に使うのか、廃坑道だとすると天井までが高すぎるように感じた。


「……キロさん、遺体が見当たりませんよ」


 クローナが不審そうに周囲を見回しながら報告する。

 キロも周囲を見回すが、遺体はおろか物一つ落ちていない。

 クローナの世界に来た時、媒体である革手袋の持ち主はキアラによって茂みに運ばれていた事を思い出す。

 ――遺体を持ち去られた?

 キロは動作魔力を練りながら警戒態勢を取る。


「クローナ、明かりをもう少し強くしてくれ。ばれても口八丁で何とかする」


 犯人が明かりもなしに息を殺してキロ達を窺っている光景を想像して、キロは視界の確保を優先する。

 クローナがキロの言葉に応えて魔法の光を強くした。

 暗闇が遠ざけられ、視界が広がる。

 広がった視界の端に、人が居た。

 真っ白な髪は肩口に切りそろえられ、日に当たった事のなさそうな白い肌に灰色の瞳、まるで雪で出来ているようだった。

 背は低く、キロの胸のあたりまでしかない。首にはフカフカした毛皮のマフラーらしきモノを巻いている。


「……男の子?」


 クローナがポツリと呟き、はっとした様に相手の手元を凝視する。

 手に使い込まれた刃渡り三十センチほどの小剣が握られていたのだ。


「――クローナ!」


 すぐにキロはクローナを背中にかばい、槍を持ってきていない事を思い出す。

 直後、相手は動きだしていた。

 トン、と軽い音と共に地面を蹴り、壁を蹴り、素早くキロの横を取ったのだ。

 人間離れした動き、しかし、――魔法なら可能な動き。


「嘘だろ、ここも異世界なのかよ」


 驚きに目を見張るキロにむけて、小剣が突きだされた。


これにて一章終了となります。

一週間ほど書き溜めをしておきたいので、二章、第一話の更新は5月26日となります。

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