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複数世界のキロ  作者: 氷純
第一章 クローナの世界
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第四話  冒険者登録

 夜が明けてからのクローナの行動は早かった。

 司祭が起き出す前に礼拝堂の掃除を済ませ、鶏達に餌をやるついでに卵を回収、起き出してきた司祭に渡す。

 キロは徹夜明けでうつらうつらとしながら、クローナの後をついて回る。

 朝食の準備をする司祭の傍で、クローナは銅貨と銀貨を選り分け、金額を計算し始めた。

 キロは隣で座ったまま夢の世界へ船を漕いでいた。

 パンとスクランブルエッグで朝食を済ませ、クローナはキロの腕を取って立ち上がった。


「行ってきます!」

「……行ってきます」


 溌剌とした声のクローナとは違い、目の下にクマを作ったキロの声に力はない。

 力が抜けたキロの様子に不安そうな顔で、司祭が見送る。

 クローナは司祭に手を振っていたが、キロは朝の光に目を焼かれ手を振るほどの気力がなかった。


「キビキビ歩いてください」


 見かねたクローナがキロの手を取りながら指摘する。

 キロは寝不足の目をクローナに向けた。


「なんでそんなに元気なんだよ」


 一晩中起きていたのはクローナも同じはずだ。

 彼我の差が理不尽に思えてしょうがないキロだった。

 連れて行かれた場所は街の端にある店だった。

 武器や盾が置かれており、店の裏手には簡単な工房があるようだ。

 カウンターに頬杖を突いていた中年男性がキロ達を見て眉を寄せる。


「見世物じゃないぞ」

「この人の武器を買いに来ました」


 クローナがキロを指差すと、中年男性はますます眉を寄せる。

 キロを上から下まで眺めると、盛大にため息を吐いた。


「そのひょっろい奴が何するってんだ」

「もちろん冒険者です」


 拳を掲げて、クローナが宣言する。

 自分の事だというのにキロは我関せずとばかり、店の中を見回していた。

 ――メイスに大剣、重量級の武器ばかりだな。

 中年男性がキロを見て、鼻を鳴らした。


「嬢ちゃんよりそいつの方がよほど現実的みたいだな。お前、この店の武器を持ち上げられそうか?」

「――無理でしょうね」

「だろうな」


 男同士で頷きあっていると、クローナが唇を尖らせる。


「私が知っている冒険者はキロさんくらいの細腕で総金属製の槍を振り回してましたよ」

「おおかた、動作魔力で筋力を底上げしてたか、何らかの高級軽金属であつらえた槍だろ」


 クローナが持ち出した証言に中年男性はすぐに反論した。


「高級軽金属の武器ならあそこにも一本あるぞ。お前らには買えないだろうけどな」


 中年男性は店の奥の壁に掛けられている大剣を指差す。

 全体に青みがかった金属で作られた大剣には泡のような白い斑点がいくつも浮き出ている。

 キロはこちらの文字を知らないため、値段が読み取れない。

 しかし、クローナの表情を見れば手が届かない代物だとすぐに分かった。


「軽くて安い武器なら斜向かいの店に行け。中古も扱ってる」

「……そうします」


 クローナも流石に折れて、再びキロの腕を引っ張った。

 揃って店を出て、斜め向かいの店に足を運ぶ。

 キロは先ほどの中年男性の言葉を思い出し、引っ掛かりを覚えてクローナに声をかける。


「中古って事は、元の持ち主は……」

「考えない方が幸せになれる事は考えません」


 ――事故物件かよ。

 げんなりしつつ教えられた店に入る。

 中古品でも手入れはしてあるらしく、すぐに使う事が出来るものばかりだった。

 しかし、柄や鞘を見れば使い込まれている事が分かる。

 使い込まれていない中古品は、キロもクローナもあえて見ないふりをした。


「キロさんはどんな武器を使いたいですか? やっぱり槍ですか」


 比較的軽そうな武器を探し出しながら、クローナが訊いてくる。


「クローナの武器はどうするんだ?」


 一緒に活動する事になるのだから、戦術の幅が広がる組み合わせにしようと思い、キロはクローナに問い返した。

 クローナは羊飼いの杖を目線の高さに持ち上げた。


「私は魔法で補助しつつ、この杖で殴ります。結構丈夫なんですよ。それより、槍はいかがですか?」


 クローナが掲げた杖は木製で、両端が湾曲している。

 羊相手に見せた杖術が魔物にも通用するのなら、最適な武器だろう。

 キロは細身の剣を持って重さを量る。


「さっき、動作魔力で筋力を底上げするとか言ってたけど、身体強化の魔法とかあるのか?」

「動作魔力はモノを動かしたりする際にも使えるので、その要領で体を動かす武術があるそうです。経験を積んだ冒険者や傭兵の多くが自然と身に付ける技能だそうですよ。それより、この槍――」

「あぁもう、さっきから槍、槍、うるさいな」

「だって、カッコいいじゃないですか!」

「クローナの好みを押し付けんなよ――ってこの槍、軽いな」


 棚に戻そうと思いクローナから槍を奪い取ったキロは、その軽さに驚いた。

 乳白色の柄は長く、両端には片刃の穂先がついている。全体の長さはキロの身長ほどもあった。

 しかし、体積から想像もつかないほど軽い。キロの感覚では長期休暇前の学生が持つ鞄の方が重いくらいだった。

 中身が空洞じゃないかと勘繰るキロを余所に、クローナが店主を呼んで質問してきた。

 ――行動力がすごいな。

 余程、キロに槍を使ってもらいたいらしい。

 顔も覚えていない恩人の冒険者の中に槍を使う者がいたのだろう。


「聞いてきました。店主さんのお話では、鳥型の魔物の骨を使って作られた安物だろうとの事です。冒険者になり立てなら、資金が貯まるまでの間に合わせに最適なので、結構出回っているみたいですよ。この槍で決まりですね」


 勝手に購入を決定するクローナの腕をキロは慌てて掴んだ。


「まてまて、命を預けるんだから、もっとじっくりと考えさせてくれ」

「お金があまりないんですよ。それに、キロさんは武術の心得がないんですよね? それなら、相手との距離を広くとれる槍の方が恐怖心は少なくて済むと思います」

「……確かに、そうだな」


 特にこだわりもないキロとしては、利点を挙げられると反論できなかった。

 クローナは少しすねたような顔でキロを横目に睨む。


「いくら私でも、憧れだけで大事なパートナーの武器を決めたりしませんよ」

「あぁ、悪かった」


 キロが素直に謝ると、クローナは頷いて槍をカウンターに持っていく。

 クローナが会計を済ませる間に、キロは棚に並べられた杖を眺める。

 金属板で補強されている物が多かった。

 ――金が貯まったらクローナの杖も金属で補強する方がいいのかもな。

 しばらく眺めていると、クローナが隣に立っていた。


「次はいよいよギルドですよ」

「はいはい。張り切り過ぎて変に思われないようにしておけよ」

「張り切ってなんていませんよ。私はもう子供じゃないんですから」


 そう反論するクローナだったが、きらきらと期待に瞳を輝かせた表情はまるきり子供だ。

 指摘するとまたへそを曲げかねないので、キロは大人しくクローナの後について行った。

 ギルドは街の中央部にあった。

 レンガ造りで大きな窓がいくつも取り付けられており、明るく開放感のあるたたずまいだ。

 場末の酒場のようなものを想像していたキロは面喰った。

 クローナの話では、依頼人を威圧するような建物ではギルドの収益が落ち込んでしまうため、あえて親しみやすい建物にしているという。


「夢のない話だな」

「場末の酒場に夢があるとは思いませんけど」

「求めるモノの違いだ」


 首を傾げるクローナは無視して、開けっ放しの入り口をくぐる。

 中は広々として、窓から入ってきた太陽光が隅々まで照らしていた。

 床はきれいに掃き清められている。

 キロは市役所を思い浮かべた。

 受付には若い男性が座っている。


「ご依頼、ではなさそうですね」


 キロが持つ槍に目を留めて、受付の男性が一人で答えを出す。


「クローナ、頼んだ」


 キロはクローナを見て、自分の腕輪を指差す。

 この世界の言語を話せないキロは、腕輪を身に着けていない相手と会話ができない。

 ――人が集まるギルドの職員なら腕輪をつけていると思ったんだけどな。

 当てが外れて、仕方なくキロはクローナに後を託した。

 クローナが受け付けの対面に座る。


「冒険者になりに来ました」

「そんな事だろうと思いました。特に検査の類はありませんが、とりあえず規約を読んでください」


 受付の男性は机の下から薄い冊子を取り出した。

 内容はクローナから事前に聞いたものと同じであるらしい。

 手続きを済ませようと、キロは申請書に名前を書こうとして手を止めた。


「名前の代筆、頼む」

「……後で文字のお勉強ですね」


 クローナに代筆してもらい、キロフミタカで登録を完了する。

 不備がないかをチェックしながら受付の男は口を開く。


「しばらくは街での依頼をこなしてください。有事の際には住民の避難誘導をお願いする場合があるので、依頼を通して街の地理を頭に叩き込んでください」


 地図です、と受付の男が差し出した紙には大まかな道路や避難所に使用できる建物の位置が記されていた。


「この地図にはいくつか間違っている部分があります。その場所の住人は引退した元冒険者ですから、事情を話して修正印を貰ってきてください。これが最初の依頼です。完了すれば、街中での依頼を自由に受けて頂いて結構です」


 受付の男は申請書に不備はなしと判断して、カードを渡してきた。

 冒険者である事を証明するものだという。


「冒険者の遺体を発見した際は、可能な限り亡くなった冒険者のカードを最寄りのギルドに持ち込んでください。死亡確認がスムーズに進みます」


 いきなり血なまぐさい話になってキロは辟易しつつ、クローナと一緒に頷いた。


「では、ご武運を。次の方、どうぞ」


 受付の男性はキロ達に手を振って、並んでいた冒険者に声をかけた。

 地図を持ったクローナと一緒に、キロはギルドを後にする。


「今日中に片付けてしまいますね」


 クローナが地図を示しながら、宣言する。


「そうだな。お金も欲しいし」


 ――元冒険者なら、元の世界に帰る方法を聞いた事があるかもしれないし。

 わずかな打算を胸に秘めつつ、キロはクローナと一緒に街を見て回る。

 観光がてら散策しながら、地図の間違いを探し、見つけ出した元冒険者に修正印を貰う。

 太陽が中天に差し掛かる頃になって、地図の修正印を貰い終えたキロ達はギルドに戻った。


「結局、元の世界に帰る方法は見つかりませんでしたね」

「取っ掛かりになりそうな情報もなかったな。人脈豊富な人を見つけて情報を広く募らないと難しそうだ」

「ギルドに依頼を出してみましょうか?」

「お金が貯まったらな」


 武器の代金で随分と資金が目減りしてしまっている。

 依頼を出せるほどの金銭的な余裕はなかった。

 受付の男性はキロ達を見て意外そうな顔をした。


「早かったですね。お二人とも、この町の人ではないから時間が必要かと思いましたよ」


 キロはもちろん、クローナも旅から旅への羊飼いという事で、町の地理には明るくない。

 道に迷ったりして時間がかかると思っていたのだろう。

 実際、キロだけなら道に迷っていた。

 クローナが少し誇らしげに胸を張る。


「方向感覚には自信がありますから」

「そうか、元羊飼いだから……。それなら町の外の方が詳しいくらいですか?」

「仕事場ですから」


 自信たっぷりなクローナの言葉に、受付の男性は思案顔をした。


「魔物に追われた行商人から失せモノ探しの依頼が入っています。がむしゃらに逃げたせいで場所が特定できずに困っているとか。受けてみませんか?」


 報酬は銀貨二枚だという。

 素人の冒険者といえば銅貨数枚でこき使われて夜は木賃宿に泊まるのが当たり前と聞けば、銀貨が出てくるだけでも割の良い依頼だ、


「もちろん、受けま――」

「待て、クローナ」


 勢い込んで受けようとしたクローナを、キロは慌てて止めた。

 話が美味すぎる気がしたのだ。


「話に穴があるだろ。捜索範囲が分からない上に、何日かかるかも分からないのに報酬は銀貨二枚で固定だぞ」


 キロが突っ込みを入れるとクローナも話の胡散臭さに気付いたらしい。

 クローナはキロを見て感心したようにつぶやく。


「私が気付かなかった事にキロさんが気付くなんて、驚きました」

「……俺をなんだと思ってんだ」


 認識を改めてもらいたかったが、キロは先に依頼について受付の男に聞くようクローナに勧めた。

 言葉が理解できても話せないというのは、これはこれで不便だとキロは再認識する。

 クローナを通して依頼について質問すると、今回の依頼はキロの懸念通りの理由で誰も受けたがらないらしい。

 捜索範囲は森全体だが、行商人は魔物から逃げる際に体を軽くしようと物を置いてきたとの事で、周囲の光景だけははっきりと記憶していた。

 元羊飼いで地理に明るいクローナならば、行商人の記憶にある景色から場所を特定できるのではないか。

 受付の男性はそう考えたらしい。


「アカガリの木が生えていて、根は岩を抱えていたとの事です。近くには赤い花がまばらに生えていた、と聞いています」

「それだけの情報で分かるはずないだろ」


 キロは呆れて呟いたが、クローナはきょとんとした顔で口を開く。


「分かりますよ、その場所。今からのんびりと行っても夕方には帰って来れます」

「分かるのかよ」


 キロはクローナの言葉に素早く突っ込んだ。

 クローナは相変わらずきょとんとしている。


「この辺りではアカガリの木が三十本くらいしかありませんから。見分けられる人ならそんなに難しくないかと思います」

「三十本の位置まで全部を覚えている人なら、そうだろうな。何人いるか知らないが」


 クローナの呆れた記憶力に、キロはため息を吐いた。

 受付の男性も、即座に場所を特定されるとは予想していなかったのだろう。苦笑混じりに口を開く。


「失せモノは鉄製の籠手が三組入った鞄だそうです」

「盗まれてるって事はないのか?」


 キロの言葉をクローナが通訳する。

 受付の男性も、クローナよりキロの方が具体的な話に向いていると判断したのか、煩わしそうな顔もせずに真摯に答えてくれた。


「現場になければ、こちらで判断します。盗まれている場合は半額の銀貨一枚をお支払いしますよ」


 どちらにしても銀貨がもらえるならば受けても損はなさそうだと判断して、キロはクローナの背中を押した。

 こうして、キロ達は行商人の失せモノ探しの依頼を受けた。


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依頼受けないで探してくればいいのでは
武器屋のおっさんは腕輪してたの?
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