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複数世界のキロ  作者: 氷純
第一章 クローナの世界

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第四十七話  自己嫌悪

「大丈夫か?」


 階段を上がりながら、キロは背中に乗るクローナに声を掛ける。


「お酒は二回目から強くなるって言った人、馬鹿だと思います……」

「クローナって酔うと口が悪くなるよな」


 つい先ほどカルロ主催の食事会がお開きになり、キロが止めるのも聞かずティーダに誘われるまま酒を飲んだクローナはまっすぐ歩けなくなっていた。

 仕方なく、キロはクローナを背負って宿の階段を上り、部屋に向かっている。

 クローナが酒に手を付け始めた時にこの事態を想定していたキロは一切酒を飲んでいないため、足取りはしっかりしている。

 この世界に来てからというもの鍛えられっぱなしの足腰ではクローナの体重など苦にならなかった。


「ほら、部屋に着いたから、鍵を出せ」

「うぅ……」


 情けない声を出して唸るクローナに、キロはため息を吐く。


「鍵は何処だ。ポケットか?」


 一度クローナを床に降ろして問いかけると、こくりと頷かれる。

 動く気配のないクローナに再度ため息を吐いて、キロは彼女のポケットを漁って鍵を取り出した。

 扉を開いてクローナを振り向くが、立ち上がる気配はない、

 キロは荷物を壁際において、クローナを抱え上げた。


「少しは酒に懲りたか?」

「……次は失敗しません」

「次があるのかよ……」


 耳元でだるそうに呟かれて、キロは半眼を向ける。

 ベッドにクローナを座らせて、キロはコップに水を用意して手渡した。

 クローナはキロを上目使いに見上げながら、水をちびちび飲み始める。

 キロは水を飲み終えたクローナに手渡された空のコップと水差しを机に戻す。

 自分のベッドの横に置いてある鞄に目を留めて、キロは中の懐中電灯を取り出した。

 ――確かめるか。

 緊張に喉をごくりと鳴らし、キロは魔法陣を紙に描く。

 アンムナの厳しい特訓のおかげもあってか、曲線だろうとお構いなしに筆一本で描き上げた。

 クローナが深刻そうな顔で見つめる中、キロは一つ深呼吸した後で魔法陣を発動させる。

 発動した魔法陣は上に置かれた懐中電灯を淡い光で包み込んだ。

 光は明滅しながら徐々に魔法陣へと戻っていき、魔法陣を淡く赤い色で光らせた。

 ――赤く光れば媒介に使う事が出来る。

 アンムナに教わった通りの光景に、キロは一瞬笑みを浮かべたが、すぐに我に返って黙祷を捧げた。

 電池カバーの裏に貼られていたプリクラの少女が持ち主とは限らないが、この懐中電灯の本来の持ち主はなくなっているのだ。

 キロが黙祷を捧げ終えた時、クローナが声を掛けてきた。


「キロさん、ここに座ってください」


 クローナが自分の隣をぺしぺしと叩く。

 なんでわざわざ隣に呼ぶのかと、キロはクローナの対面にある自分のベッドを見る。

 どうせ酔っている人間に正常な判断や思考力など求めるだけ無駄だ、とキロはクローナの言う通り隣に腰かける。


「さて、キロさん、お話があるんですけどその前に――」


 言葉を不自然に区切ったクローナを訝しんだ直後、キロはクローナに押し倒された。

 一瞬何が起こっているのか分からなかったキロだったが、クローナがキロの両肩を押さえつけて顔を覗きこむに至り状況を把握する。

 クローナの群青色の瞳が真正面にあった。


「……乙女が何のつもりだ」

「逃げられない様にしようかなって。では、お話ししましょう」

「この状態で?」

「はい、この状態で」


 即答され、キロは眉を寄せる。


「これをやる勢いが欲しくて酒飲んだのか?」

「飲みすぎましたけど、前回は記憶が飛んだりもしなかったので、大丈夫だと思います」


 何が大丈夫なのか、とキロが聞き返す前に、クローナが告げる。


「私もキロさんの世界に連れて行ってください」


 キロは開きかけた口を閉ざし、クローナを見つめた。

 キロがいつまでも沈黙を守っていると、クローナが口を開く。


「そのままだんまりを決め込むつもりなら、襲って既成事実を作りましょうか?」


 言いながら、真剣な目で見つめてくるクローナの顔を見つめ返し、キロは考える。

 ――無駄に行動力あるんだよな、こいつ。

 そもそも、キロを押し倒しているこの状況からして、素面のクローナではできない行動だ。

 自覚があるからこそ、クローナも酒を飲んで勢いをつけたのだろうし、理性のタガが外れかけている今なら行くとこまで行きそうではある。

 脅しとしてはそれなりの効力を発揮している、とキロは評価しつつ、果たしてこれは脅しなのかと疑問にも思った。

 連れて行かないと答えれば〝既成事実〟を作られるわけだが、連れて行くなら〝事実〟が作られるのではないだろうか。

 ――逃げ場がないような……。

 とりあえず、とキロは思考を切り替え、説得するように口を開く。


「クローナにとっての異世界に行くんだ。言葉なんて通じないし、魔法だって使うわけにはいかなくなる。こっちに帰って来れる保証もない」

「私はキロさんと一緒に異世界に行くんです。言葉が通じなくても翻訳の腕輪で聞き取るだけはできますし、キロさんに言葉を教えて貰えます。それに、遺物潜りで帰って来られます」

「この世界に帰還できるかは限らない。革手袋を媒介して帰還できるのは俺とクローナが出会う直前の世界だ。この時間じゃない。懐中電灯に込められた念を解消すればこの時間に帰還できるけど、解消できる念かどうかも分からない」

「革手袋の念みたいに、ですか?」


 クローナの質問に、キロは頷いた。

 革手袋の持ち主を殺したというキアラによれば、持ち主であった冒険者の最後の言葉は死にたくない、だ。

 革手袋に宿った念が死にたくない、だとすると、生き返らせる以外に念を解消する方法がない。

 キロをこの世界に放り込んだ男も、偶然に念が解消されてしまう事のない媒体を選んだのだろう。


「それなら、最近お亡くなりになった見ず知らずの誰かの形見を分けてくださいって無神経なお願いして回ればいいんですか?」


 潤んだ瞳を見られまいとしたか、クローナがキロの胸に顔を埋める。


「……そうすればキロさんともっと一緒に居られますか?」


 そこまでしてついて行きたいと思ってくれている事にキロの心は傾きかけるが、頭は冷静に反論を組み立てる。

 どちらにせよクローナが知らないキロの世界の事情について話しておかなければ、本当の覚悟ができないだろう。

 キロは自分が元いた世界を思い出しながら、口を開く


「クローナが考えているほど、俺の世界は甘くないんだよ。人が一人、減っても増えても大騒ぎする世界だ。現に、俺がこの世界に来る前にも女子高生が失踪し、て――」


 言った瞬間、キロは顔を青ざめさせた。

 怪訝な顔をするクローナに構わず、キロは自分の鞄を見る。

 懐中電灯の電池カバーに貼ってあったプリクラと、この世界に来る直前に見たニュース報道の顔写真が脳裏で一致したのだ。


「……キロさん?」


 ただならぬ様子のキロに気付き、クローナが呼びかける。

 ――あのニュースの子、死んだのか……。

 一瞬、助けるべき相手が懐中電灯の持ち主である彼女なのかと疑うが、時系列的には三年以上前にこの世界に懐中電灯が存在し、老人の手に渡っている。

 この世界のどこかですれ違ったのかもしれないと考えるが、記憶にない。

 しかし、死体を見ていない以上はいつ死んだのか分からない。キロが魔法を発動させる直前に死亡した可能性すらある。

 だが、出会っていない相手を救えというのは無茶ぶりが過ぎる、とキロは思う。

 考え過ぎだとキロは頭を振って否定した。

 不安そうな顔をしているクローナに気付き、キロは何でもないというように微笑みかける。

 クローナが瞬きし、顔をさらに赤らめた。

 ――酔いがさめてきたんだな。

 クローナの反応から推測し。キロは構わず口を開く。


「なぁ、クローナはどうして俺についてきたいんだ?」

「それ、言わなきゃだめですか……?」


 口籠るクローナに、キロは大きく頷いた。

 クローナは視線を右往左往させ、ぼそりと呟く。


「キロさんは私の相棒ですから」

「そうか」


 キロはため息を吐く。安堵か、落胆なのか、自分でも判断ができなかった。

 キロは意を決して、告げる。


「クローナは連れて行けない。俺の住んでいる世界に魔物はいないし、冒険者もいないんだ。あちらの世界に行ったら、冒険者はできなくなるし、クローナと相棒でもいられない」


 キロの言葉に、クローナがきょとんとした顔をする。

 すぐに困惑したように視線をさまよわせるクローナの心の中を知りながら、キロはわざと的外れな言葉を連ねる。


「クローナはすぐに次の仕事仲間を探せ。ティーダと仲が良かったし、しばらく組むのもありだと思う。俺は明日にでもギルドに行って冒険者をやめてくる」


 クローナが何か言いかけ、しかし、言葉にならなかったのか下唇を噛む。


「……最低です」


 辛うじてそれだけ言って、クローナはキロを解放して立ち上がった。

 キロの読み通り酔いはすでに冷めてきたらしく、クローナはしっかりした足取りでベッド脇の自分の荷物を持ち上げた。


「……ティーダさんの所に行きます。この宿の料金は一泊分しか払ってませんから、明日には引き払ってください。それから、今日までの報酬を折半して、革袋に詰めておきます。ギルドに預けるので、そこで受け取ってください」


 矢継ぎ早に告げて、クローナはキロを見ずに部屋の扉へ向かう。

 扉を開ける直前、クローナが呟くように問いかける。


「なんて答えればついて行けたんですか……?」

「相棒とか関係なく、そばに居たいって言うなら連れて行ってた」


 キロの答えに、クローナが振り返る。

 目に涙を浮かべて苦笑しながら、クローナは小さく言葉を返した。


「そんなの、私に言えるわけがないですよ」


 直後、クローナは扉を開けて走り去っていった。

 ――言えないだろうから、質問したんだよ。

 勝手に閉まっていく扉から天井へと視線を移し、キロは右手の甲を額に当てる。


「マジ、最低だな……」


 自己嫌悪さえ含めて、キロは自分を罵った。


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