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複数世界のキロ  作者: 氷純
第一章 クローナの世界

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第四十六話  依頼失敗

 ギルドへ向かう道すがら、阿吽の冒険者を見つけてキロとクローナは足を止めた。

 未だに屋根の上を走っていたキロ達はかなり目立っていたらしく、阿吽の冒険者が身振りで降りてこいと示す。


「クローナ、久しぶり、と世間話してる暇はなさそうだな。キロは何処だ?」


 阿形が真面目な顔をしているのは初めてかもしれない、と少々失礼な事を思いつつ、キロはおずおずと片手を挙げる。


「……ここにいます」

「……性別の変わる特殊魔力か、潜入捜査向きだな」


 何とも言えない顔を見合わせて呟いた阿吽に、キロは口を閉ざす。

 特殊魔力という事にしておいた方が、八方丸く収まりそうだからだ。

 キロは倉庫の方角を指差す。


「窃盗組織のオークションに潜入していたところ、窃盗組織に加わっていたシールズという元冒険者に見破られ、俺とクローナは現場から離脱しました。その時点ではまだ他の潜入組は見破られてませんでしたが、俺達が出て行った後、ばれたようです」


 阿形が翻訳の腕輪を持っている事は知っていたため、キロは手短に状況を伝える。

 場慣れしているのか、静かに聞いていた阿吽は一つ頷いて、ギルドから倉庫へ向かう道へ顎をしゃくった。


「俺達はキロやクローナと合流して連れて来いと言われていてな。このまま倉庫に向かっている連中と合流するぞ。事情を知っている奴がいた方が動きやすいからな」


 阿吽が同時に走り出し、キロ達も後を追う。

 倉庫がある方角を確認すると、火柱はすでに収まっているようだった。しかし、周囲の建物に燃え移ったのか幾筋かの煙が見える。

 クローナがキロの視線を追って、口を開く。


「倉庫の周辺は無人です。すぐに消火すれば被害も大きくなりませんよ」


 クローナの言葉にキロは戸惑いがちに頷いた。

 例え無人でも、一気に被害地域が拡大するのが火事の怖い所だからだ。

 しかし、この世界は水を持ち運ばなくても魔法で消火ができる。火事の危険度が違うのだろう。

 キロが視線を通りの先へ向ければ、冒険者らしき一団が倉庫の方角へ駆けていく姿が見えた。中には町を出る前に訓練所で勝負した二人の若手冒険者もいる。

 冒険者の集団の先頭を行く訓練所の教官に、阿形が片手を挙げる。


「キロ達を見つけた。後の三人は倉庫にいるそうだ」


 教官を嫌っているはずの阿形だが、公私混同はしないらしい。

 さらりと告げて冒険者の一行に合流する阿形を見て教官が隣を指差した。


「その三人はこっちで回収した。道中、偶然見つけてな」


 キロが教官の横を見ると、ゼンドルと目があった。隣にはティーダとカルロもいる。


「マジでキロだったのか……」

「せめて笑ってほしいんだけど、この状況だと無理だよなぁ」

「この状況じゃなくても無理だろ。娼館で働けよ、お前」

「うるせぇよ」


 シャレにならない冗談を飛ばすゼンドルに毒吐いて、キロはティーダを見る。

 ティーダのそばにはクローナが付いていた。

 互いの無事を喜んでいる様子で、走りながらハイタッチを交わしている。

 カルロも五体満足で並走している事から、全員が怪我一つ負わずに現場を切り抜けられたのだろう。

 キロはゼンドルに視線を戻し、口を開く。


「俺達が抜けた後、倉庫はどうなったんだ?」

「出品者と客の交流時間を省略して、商品の受け渡しのみを簡潔に済ませた後で即時解散。ただ、カルロさんがシールズの手配書の内容を覚えててさ」

「空間転移で窃盗組織の人間に逃げられる前に仕掛けたのか?」

「その通り」


 キロが驚きつつ問うと、ゼンドルはあっさり肯定した。


「客が帰った後で次回の開催は何時か訊きに行くふりして仕掛けた」


 なるほど、とキロはゼンドル達の作戦に感心する。

 しかし、ゼンドルは浮かない顔で首を振った。


「でもダメだった。シールズって奴が強すぎる。火柱をキロ達も見ただろ? カルロさんが早く見切りつけてくれたから焼き殺されずに逃げ切れたけどさ」


 ゼンドルは続けて戦闘の様子を教えてくれたが、それによるとシールズは特殊魔力を使用していなかったらしい。

 ――俺達との戦いでも全力は出してなかったんだよな……。

 〝素材〟であるキロを傷つけないよう全力を出していなかったシールズを思い出し、キロはゼンドル達の顔を見る。

 シールズの趣味までは知らないのか、キロの険しい視線に首を傾げるゼンドル達とは違い、クローナがキロの懸念を打ち消す。


「ティーダさん達を誘拐しようとしたわけじゃないと思います。多分、撤収する時に特殊魔力を使えるよう、温存したんですよ」


 クローナの推測にキロは納得する。


「それじゃあ、このまま倉庫に到着しても窃盗組織は逃げ出した後かも知れないな」


 シールズの特殊魔力がどれほどの量か分からないが、キアラのように街に潜伏してから脱出する方法もある。

 現場にいつまでもいるとは思えなかった。

 その日、無人となった倉庫周辺での消火活動を行っている間に町の防壁が窃盗組織により突破されたとの報告を受け、キロ達に仕事の終了が告げられた。



 夕方となり、確認のために町中をくまなく探したものの残党は見つからず、キロ達はギルドに呼び出された。

 受付の男性はキロを一瞥して、つまらなそうにため息を吐いた。


「私もキロさんの女装姿を見ておきたかったですね。今後も潜入捜査を頼めるかもしれませんから」

「勘弁してくださいよ……」


 流石に女装したままでは何かと不便だったため、キロは一度宿へ戻って変装を解いていた。

 隣でゼンドルがニヤニヤしていたが、今回はティーダも笑いを堪えるのに精いっぱいらしく肘鉄は飛んでいない。

 救いを求めてクローナに目を向けるが、小さく呟かれた、


「似合ってましたよ……」


 の一言でキロは全てを諦めた。

 話が変な方向に転がって雪玉式に膨れ上がる前に、キロは話題を元に戻す。


「今回の依頼は失敗という事ですよね?」


 騎士団から借り受けたという腕輪の表面を撫でながら、受付の男性は頷いた。


「相手が悪かった、というべきでしょうね。シールズに加えてキアラまでいたのですから」

「あのキアラって女の人、有名なんですか?」


 クローナが首を傾げると、受付の男性は頭を掻いた。


「証拠がないため賞金がかかっていないだけで、凄腕の殺し屋ですよ。あなた方が無事だったのは奇跡ですね」


 怖い事を言う受付の男性に、キロとクローナは顔を見合わせた。

 受付の男性は溜息を一つ吐いて再度口を開く。


「キアラが町に入ったという情報があれば、尾行させていました。ですが、今回はその報告がない。つまりは密入ですね。シールズの特殊魔力で入ったのでしょうが……本当にここまで厄介な事になるとは」


 キロ達の手前、頭を抱える事はしなかったが、受付の男性は苦い顔でまたため息を吐いた。

 いくらでも強力な人材を壁の中に送り込めるシールズの能力は、治安維持をつかさどる騎士団やギルドにとって頭の痛い話だろう。

 キロとしては関わりたくないのが本音だった。


「そういえば、ランプシェードの出品者が言ってましたよね。大事の前だからなんとかって」


 クローナが思い出したように言うと、そういえば、という顔でゼンドル達が頷いた。

 キロも記憶を探ると、確かに紳士風の男が言っていた。


「大事の前だから破綻の芽は摘んでおきたい、だったか。だけど、倉庫を派手に吹き飛ばしたんだから、もう破綻したかもしれないだろ」

「それはギルドが調査しましょう」


 受付の男性が割って入り、調査を請け負った。


「調査の結果次第ですが、皆さんにまた依頼を出すかもしれません。もしくは、今回の一件についての証言を求める場合がありますので、所在を明確にしておいていただきたいのですが」

「それについてはちょっと……」


 受付の男性の言葉を遮って、クローナが口を挟む。

 クローナは意見を求めるようにキロを見た。

 異世界に行く可能性があるため、所在確認ができない可能性がある事を、受付の男性に伝えるべきかで悩んでいるようだ。

 キロに決定権を委ねるつもりらしく、クローナはキロを無言で促した。

 キロは少し考えた後で口を開く。


「こちらにも事情があるので、連絡が取れなくなる可能性があります。一応、ギルドには連絡がつかなくなる前に教えますけど」


 受付の男性はキロをじっと見て考え込んだ後、渋々といった様子で頷いた。


「分かりました。キロさん達は実績もありますので、別件で潜入調査を依頼されるかもしれませんからね。女にしか見えなかったという証言も多数ありますし」

「それは忘れてください」

「調査報告書にして上に挙げているので、いまさら隠蔽は無理ですよ。汎用性のある特殊性癖……技能ですから、なおさら秘匿は難しいかと」

「おい、聞き捨てならない単語が聞こえたぞ」

「では、話が済んだところで報酬の話に移りますが」


 言い間違いをなかった事として押し切るつもりらしく、受付の男性は報酬の話に移った。

 依頼は失敗という事で報酬は支払われなかったが、依頼期間中の給料という形で銀貨数枚を渡された。

 命がけだった事を考えると安い給料だったが、失敗した手前文句も言えない。

 唯一、現役の冒険者ではないカルロには協力報酬という形で上乗せがあった。

 カルロは協力報酬を眺めた後、キロ達に向き直り口を開いた。


「自分だけもらうのは心苦しいので、皆さんでこれから食事でもどうですか? 私がこれで払うのでパァッと飲みましょう」


 カルロの提案にキロとゼンドルは顔を見合わせ、続いてそれぞれの相棒を見る。

 ティーダは申し訳なさそうにしていたが、カルロの厚意をむげにするつもりはないらしい。

 しかし、クローナは赤い顔で狼狽えだす。


「お酒、ですか……」


 ――あぁ、思い出したんだな。

 赤い顔でキロを気にしだすクローナの心中を察して、苦笑する。


「お酒は飲めませんけど、食事には付き合いたいです。良いですか?」

「もちろん、構いませんよ」


 カルロ達はクローナの反応でおおよその事情を察したらしく、楽しげに笑いながら了承してくれた。


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