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複数世界のキロ  作者: 氷純
第一章 クローナの世界

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第四十四話  懐中電灯の持ち主

 キロはステージ中央の机に置かれた懐中電灯を見て眉を顰める。

 筒状の懐中電灯は長さ三十センチほど、持ちやすいように上部には取っ手が付いている。大きさからして単一形乾電池を複数本使うものだろう。

 ――落札しようにもタイミングが悪いな。

 ギルドから渡された資金で購入してしまうと、所有権がギルドに移ってしまう。

 つまり、キロが懐中電灯の所有権を手に入れるには個人資産での落札が必須条件である。


「どこまで出せる?」

「……開始価格の三倍ちょっとまでなら」


 財布と相談してのクローナの言葉。

 キロは内心歯噛みしながら会場を見回した。

 先のランプシェードを巡る取引で会場は盛り上がっており、落札者であるキロ達は注目されている。

 この状況で懐中電灯の落札に動けば、釣られる客が出かねない。

 ランプシェードを高額落札した事もあり、資金不足と侮られる可能性もある。

 かといって、初めに高値を付ければ購入意欲旺盛とみられ、サクラに付け込まれるだろう。

 落札するためには駆け引きが必要になる。

 ――まずは様子見だな。

 正体不明の置物としか見られていない懐中電灯は、会場の客には受けが悪いようだ。

 盛り上がっているはずの会場の中でも落札を希望する声は散発的で、急激な価格上昇は起こっていない。


「……どうしますか?」


 この手の駆け引きは任せるとばかり、クローナがキロの指示を仰ぐ。

 キロは価格の上昇率を暗算しつつ、違和感を持たれない程度に客を振い落しにかかる。


「一割五分、上乗せで」


 キロの小声による指示にクローナは小さく頷いて片手を挙げる。

 落札を希望していた客達が一瞬怯む気配がした。

 しかし、値を付けたのがクローナだと分かると安堵した様に入札価格を引き上げてくる。

 ――開始価格の二倍弱か。

 現在の価格を聞き取り、キロは落札のための戦略を練る。

 クローナがキロを横目で窺った。


「同額で吊り上げろ。サクラがこっちを窺ってるから、弱気な態度でいけ」


 キロはちらりと会場に配置されているサクラに視線を移す。

 サクラは腕を組み、会場全体を見回すような素振りでキロ達の動きを窺っていた。

 ――ここで全額吐き出させるべきか考えてそうだな。

 今回のオークションで出品される二十三個の商品の内、懐中電灯は四つ目の品。オークション全体で見ればまだ序盤と言っていい。

 早々に資金を吐き出させては、今後の盛り上がりに上限を設ける事になりかねない。

 主催者側としては、序盤には盛り上がり過ぎない程度に盛りあがって欲しいはずだ。

 キロは主催者側の心理、それを踏まえたサクラの動きを予想し、慎重に価格の上昇を図る。

 ――二倍強……一気に引き離したいけど、熱が入ると困る。

 会場が盛り上がらない様に、かといって盛り下がらない様に、ギリギリの値付けを計っていく。

 なんとしてでも手に入れたいという本心は悟られないよう、時にはわざと入札のタイミングを遅らせる。

 サクラは動かなかった。結局、価格の吊り上げを諦めたようだ。


「もういらっしゃいませんか? ……では、これにて落札という事で、続けざまのお買い上げ、ありがとうございます!」


 そして、クローナの入札を最後に懐中電灯は開始価格の三倍弱で落札された。

 キロはニヤけそうになるのを堪え、小さくガッツポーズする。

 子供じみたキロの喜びように苦笑して、クローナが口を開く。


「キロさん、あのかいちゅうなんとかってどういう道具なんですか?」

「照明器具だよ。電池がないと使えないけどな」


 置物として出品されるくらいだから電池切れを起こしているだろうと見当を付けつつ、キロは説明する。

 クローナは頬に手を当て、首を傾げた。


「念が宿るほど身近な物だとは思えないんですけど」

「それでも確かめないよりマシだろ。それに、俺がいた世界から俺が持ち込んでない物がこの世界に来ているって証拠が見つかっただけでも収穫だ」


 帰れるかもしれない、その希望だけでキロは胸がいっぱいになった。

 ――革手袋も結局込められた念が分からなかったし。

 森で拾った冒険者の革手袋は遺物潜りの媒介として使える事が分かっていたが、込められた念については判明していない。

 墓を作ってみたり、遺族を調べたりはしているが、どうすれば念が解除できるのか見当がついていなかった。

 ――まさか込められた念を探り当てるのがこんなに大変だとは思わなかった。

 しかし、懐中電灯を手に入れた事で念さえ宿っていればキロは元の世界に帰る事が出来る。

 早くオークションが終わらないだろうか、そうすれば懐中電灯をこの手にできるのに。

 そわそわするキロにクローナが苦笑を深めた。


「仕事中なのを忘れちゃダメですよ?」

「わ、わかってるよ」


 珍しくクローナに窘められ、キロはばつが悪くなって視線を逸らした。

 その後のオークションでも盗品はいくつか出品されたが、入札はしても落札はしなかった。

 盗品ばかり落札しては怪しまれる。かといって盗品ばかり入札しないのも怪しまれる。

 慎重に、一般客に紛れるようにオークションに参加した。


「――それでは、本日お集まりいただきました皆々様へあらためて感謝を!」


 最後の品が落札され、オークションの閉会を告げる司会に惜しみない拍手が贈られる。

 ――本当に見た目だけはまともなオークションなんだよな。

 キロは苦笑しつつ、席を立つ。

 倉庫の裏手で落札品が主催者監視の下で受け渡されるらしい。

 一般客を戦闘に巻き込まないよう、落札品は素直に受け取るようにと指示を受けているが、窃盗組織の人間との距離が最も縮まる瞬間であるため、キロは気を引き締めた。

 クローナと共に倉庫を出て、キロは倉庫の裏手へ回る。

 キロとクローナの他にも商品を落札した客が三十人ほどいる。キロ達と同じく、複数人で資金を持ち寄り共同落札した者がいるらしい。

 案内をするのはステージで照明係をしていた二人の魔法使いだ。

 やや顔色が悪いのは、オークションの間ずっと魔法で明かりを提供していたため、魔力欠乏を起こしたからだろう。

 倉庫の裏手には出品者とその護衛が集い、楽しげに談笑していた。

 談笑する出品者の中央に、裕福そうな商人と会話の花を咲かせているカルロを見つけた。

 ――溶け込んでるなぁ。

 秘密依頼を受けた元冒険者だなどと、誰も思わないだろう自然体でカルロは楽しげに会話に興じている。

 そのそばにはゼンドルとティーダの姿がある。どちらも護衛として紛れ込んでいるため、キロやクローナとは違って完全武装である。

 もしも戦闘が始まったなら、ゼンドルとティーダに頼る事になるだろう。

 ゼンドルと目があって、キロは軽く会釈した。

 ゼンドルは笑顔で応じるが、キロの隣を歩くクローナを見て目を丸くし、キロを二度見する。

 そして、空が落ちてきたとでも言いたげな驚愕の面持ちで視線を逸らした。

 ゼンドルの反応にうすら寒い物を感じつつ、キロもまた顔を背ける。


「……キロさんだって気付かなかったみたいですね」

「言うなよ。考えないようにしてたんだから」


 クローナにクスクスと笑いながら指摘され、キロは苦い顔をした。

 キロは出品者達を見回し、懐中電灯を探す。

 会話に加われず所在なさそうにしている老人を端に見つけた。懐中電灯を手に持っている。

 キロはクローナを促して老人に歩み寄った。


「すみません、落札した者ですけど」


 クローナが老人に声を掛けると、救われた様に老人は顔を挙げる。


「おぉ、御嬢さん方が落札してくれたのか」


 老人はクローナとキロを交互に見て、顔をほころばせる。


「お二人のようなかわいらしい御嬢さんの家に飾られるならこれも本望だろうよ」


 老人は言いながら、懐中電灯を差し出してくる。

 キロは手袋をはめた手で懐中電灯を受け取り大事に抱えた。

 ――大当たりだ。

 某有名家電会社のロゴが描かれている懐中電灯を抱えたキロは心の底から喜び、笑みを浮かべる。

 少なくとも日本製である事は間違いなさそうだ。

 キロの喜び様に老人が嬉しそうに頷いた。


「あの、これをどこで手に入れたんですか?」


 クローナが老人に来歴を訊ねる。

 ――そうか、元の持ち主について聞けるかも知れないのか。

 頭がいっぱいになっていたキロははっとしてクローナを見る。

 クローナは、気付かなかったでしょう、と少し自慢げに胸を反らした。

 老人は懐中電灯を見て、困ったように頬を掻く。


「それが三年ほど前に村の畑の隣にある森で拾ったものでな。持ち主がいるかもしれんと森も近くの村や町も探したんだが見つからなかった。ほれ、置物に精巧な似顔絵が張ってあるだろう。絶対高価な物だから無くした者も困っていると思ったんだがなぁ」


 老人に言われ、キロは懐中電灯を調べる。


「ほれ、そこが外れるようになっていてな、ふたの裏を見てみなさい」


 まさかと思い、キロは懐中電灯の電池が入っているだろう部分を探し、ふたをスライドさせた。

 中には液漏れを起こした電池が二本、そして、ふたには……。

 ――プリクラ。しかもこの顔、どこかで……。

 プリクラに写っているのは高校生くらいの少女だった。典型的な日本人の容姿だが、目は少し吊り上がり気味できつい印象の美人だ。


「……すごくきれいな絵ですね。実物を閉じ込めたみたいです」


 プリクラを見てクローナが感嘆の声を上げる。

 写真機がないこの世界でなら、かなり高い芸術的価値を認められるだろう。


「そうだろう。しかし、ほうぼう訪ねて回ったが黒髪黒目の女の子なんて見たことないそうでな。御嬢さん方も、もしその絵の女の子を見つけたら置物の事を教えてやってくれ」


 キロはふたを戻して、老人に頭を下げる。

 女装がばれないよう声を出せないキロに代わり、クローナが礼を言う。

 老人はもうこの場に用はない、とさっさと帰ってしまった。

 キロ達は老人を見送った後、カバンの中へ懐中電灯を入れつつ辺りを見回す。

 盗品を持ち込んだ出品者との接触を図る、本来の目的を達成するためだ。

 カルロやゼンドル、ティーダがキロ達の動きをさり気なく観察している。

 出品者として紛れ込んだ彼らはオークション会場を見たわけではないため、出品された複数の盗品の内、キロ達がどれを落札したか分からないためだろう。

 キロはランプシェードを持つ紳士然とした髭の男性に目を留める。

 知らなければ盗品を抱えているなどとは思わないだろう、泰然自若として堂に入った立ち居振る舞いだ。

 オークションの出品者として足元を見られない人選をしたのだろう。

 魔法使いや司会役といい、窃盗組織は適材適所を可能とするだけの人員を持っている事が窺える。

 キロはクローナと視線を合わせ、小さく頷く。

 悟られない程度に警戒しながら髭の紳士に歩み寄り、クローナが声を掛けようとした瞬間、紳士の傍に居た護衛が振り返った。

 ――おい、聞いてないぞ……ッ!

 護衛の顔を認識した瞬間、キロとクローナは足を止めた。

 護衛がクローナを見て眉を寄せ、続いてキロに視線を移して口端を吊り上げる。


「キロ君、こんなところで会うとは奇遇だね。女装に目覚めたのかい?」


 親しげに声を掛けながら、護衛が片手を挙げ、キロを指差す。

 訝しみながら紳士と他の護衛がキロを見た。

 全身が泡立つほどの危機感に襲われ、キロは反射的に魔力を練る。


「なんで冒険者のキロ君達がこんなところにいるんだい?」


 護衛の言葉が放たれた瞬間、いくつかの視線に敵意が宿る。

 紳士が眉を寄せ、険しい顔を護衛に向けた。


「それは本当か?」


 確認の言葉に続き、嘘を吐いたのならタダでは済まさないという気迫を込めて、紳士が護衛の名を呼ぶ。


「――シールズ」

 と。


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