第四十三話 盗品オークション
「器用なのは知ってましたけど、女装の技術まで身に付けるのはどうかと思います」
鏡を支えながら、クローナがキロを見てため息を吐く。
クローナの意見に頷きたいところだが、キロはやむにやまれぬ事情を汲んでほしいと思い、口を開く。
「自分で直せないと何かと不便なんだ。俺だって、こんな技術は身につけたくなかったよ」
そう言いながらも、キロは見事な色の強弱で顔を〝女〟に近づけていく。
簡単そうに見えて、眉の隆起を誤魔化したり頬の色味を絶妙な配分で足したりしており、かなりの技術水準に達していた。
それというのもオークションが開催されるまでのこの二日間、女装で外を出歩くなどという蛮勇染みた勇気を奮い起こす事ができず、宿の一室にこもり暇に飽かせて学んだ結果である。
クローナは呆れ交じりの半眼をキロに向ける。
「薄化粧に見えるのに、こうして過程を見ていると盛るところは盛ってますね」
「クローナにも化粧してやろうか?」
「……仕事が終わったら教えてください」
若干悔しそうに、クローナが呟いた。
キロは机の上に置かれた紙束に視線を移す。
ギルドの協力者を名乗る女性から渡されたものだ。
「盗品リストはちゃんと暗記したか?」
「一応暗記しましたけど、用途不明の骨董品なんかはどうやって見分けるんでしょうね」
クローナもキロの視線を追って紙束を見る。
絵画や珍しい織物などは説明文さえ読めばなんとなく思い描ける物だったが、中には意味不明の品もあった。
材質の研究中に盗まれた三角形の黒い骨組、などどうやって見分ければよいのか。そもそも誰が欲しがるのかもわからない。
「どこにでも物好きはいますから、案外高値が付くのかもしれませんよ?」
「窃盗組織もそう考えてガラクタを盗んだのかもな」
変装を終えたキロ達は宿を出る。
二日間ほとんど外出しなかったキロの姿を見て、宿の若旦那が口笛を吹いた。
「陰気くさい可愛い子ちゃんのお出かけか。雨が降るのかな?」
キロは愛想笑いをしてやり過ごし、クローナの後ろに隠れる。
声を出せば必ずばれてしまうため、キロは一切口を利かないのだ。
そもそも、翻訳の腕輪を持っていない若旦那はキロの言葉を理解できないため、女装していなくても話す意味はあまりない。
「悪かったよ、陰気くさいなんて言って。可愛いんだから俯いてないで、お出かけ楽しんでおいで」
――人の気も知らないでふざけんな。楽しめるわけないだろ。女にしてやろうか。
罵詈雑言をぐっと飲み込み、クローナに支払いを任せてキロは先に外へ出た。
瞬間、キロは己の迂闊さを呪った。
太陽は高く上り、人通りは多い。
明るいというより眩しいと感じるほどの太陽光が二日間引き籠ったキロの網膜を容赦なく攻撃する。
すれ違う人々の視線がキロに一瞬だけ向く。
視線を向けられるたび、わずかな時間が何倍にも引き伸ばされ、女装をいつ見破られるだろうかとハラハラしてしまう。
精神が擦り切れる。
キロに女装を教えた中年女性は俯いていろと言っていたが、まともな神経をしていたら面を上げて歩くことなど不可能だとキロは思った。
クローナが宿の支払いを済ませてキロの隣に並び、さりげなく道の端へキロを誘導する。
左には民家の壁、右にはクローナがおり、通りを歩く人の視線を遮っていた。
――クローナさん、マジイケメンっす。
キロは心の底からの感謝を視線に込めて、クローナに伝える。
「そ、そんな目で見ないでください……」
クローナが頬を赤らめて顔を背けた。
オークション会場は町の中央から少し北に外れた場所にある倉庫だった。
元は商会が所有していた物らしく、倉庫の出入り口付近には錆びついた鉄の看板が掛かっている。
しかし、壁などは造りがしっかりしていてみすぼらしい印象は受けなかった。
――結構人が多いな。
行商人や物見遊山気分の旅人を中心に、ざっと五十人近く。
キロは倉庫を見上げ、収容人数を超えているのではないかと勘繰った。
しかし、入場料を支払って中に入るとキロの懸念は杞憂だったと判明する。
「……床が掘り抜かれてますね」
クローナが呟き、訝しむように目を細める。
倉庫の床が斜めに傾斜が付くように掘られ、ひな壇の様になっていた。
最奥かつ最深の場所だけが開けており、大きめの木の机が置かれている。おそらく、ステージだろう。
五十人の客程度なら問題なく入る事ができそうだ。
どうやって掘り抜いたのかは少し気にかかるが、客が多ければ多いほど紛れ込むのも容易になる。
――ひとまずは第一関門クリアってところかな。
キロはさり気なく背後の入り口を振り返る。
客を威圧しない人選なのか、窃盗組織の人間とは思えない人当たりの良い青年が席番号の書かれた木札を配っていた。
今頃はゼンドル達も出品者とその護衛として別の入り口から紛れ込んでいるはずだ。
キロとクローナは木札の番号を確認して、椅子に座る。
入り口に近い列のもっとも右に位置する席だ。
女装を見破られる危険性のあるキロは通路に面する席、クローナがその隣に腰かける。
会場全体は薄暗いが、ステージの左右には二人の魔法使いらしき男が立っていた。照明係だろう。
出品一覧など気の利いたものはないらしく、手持無沙汰に待たされる。
盗品の特徴は頭に叩き込んでいるため心配ないが、怪しまれないように他の物も落札しろと言われていた。
しかし、ギルドの資金でゴミを落札しようものなら、後々小言を言われかねない。
何を落札するかは考え物だった。
出入り口の扉が閉められる音がして、会場全体がうす暗くなる。続いて建物に設けられた明り取り用の窓のカーテンが閉められ、真っ暗になった。
しかし、すぐにステージの左右に魔法の明かりが灯される。
「ようこそおいで下さいました。本日ご紹介いたします商品は総数二十三、いずれも選りすぐりの品々でございます」
司会進行役らしい若い女が口上を述べ始める。
正装に身を包み、身振り手振りは大仰ながらもどこか愛嬌がある。
口上の端々に挟まれるちょっとした言い回しにも遊び心があり、会場から小さな笑い声が起こった。
――オークションに参加するだけじゃ主催が窃盗組織だなんて思わないだろうな。
裏を知るキロとクローナは見事な偽装に苦笑した。
かくいうキロも性別を偽っているのだが、自分の事は棚に上げている。
「それでは、記念すべき第一の品です! 北の渓谷に住む少数部族、スリカ族伝統の織物。皆さん、拍手でお迎えください!」
商品の真贋については触れず、司会がステージの端を手で示す。
木の車輪が付いた移動式の衝立に掛けられた、幅一メートル、長さ二メートルほどの織物が登場した。一緒に出てきた髭の大男が出品者なのだろう。
客が小規模な拍手をし、司会が売り口上を述べて入札が開始される。
客の一人が手を挙げるが、即座に別の客によって価格が更新された。
キロは価格を更新した客を見て目を細める。
入札のタイミングに違和感を覚えたのだ。
最初の客が再び入札を表明し、価格が更新される。だが、同じ客によってまた価格が吊り上げられた。
そう、吊り上げられたのだ。
渋々といった様子で最初の客が価格を更新し、織物が落札された。
価格を釣り上げた張本人は悔しそうな素振り一つ見せない。
――サクラが混じってそうだな。
キロは注意しておこうと客の位置を覚える。
落札された品はオークション終了後に引き渡されるらしく、席番号が書かれた木札と共に織物は舞台袖へ運ばれていった。
続いて運ばれてきた品は一輪の花が植わった鉢植えと、五つの球根だった。
西の孤島にしか咲かない珍しい品種との事だ。
キロはクローナに視線を向けて事実かを確認するが、首を傾げられた。
「……見た事のない花なのは確かです」
クローナでさえ見た記憶がないのなら、この地域において珍しい事は間違いなさそうだ。
――案外、良心的な経営方針らしいな。
サクラくらいどこでも使っているだろうし、と偏見に満ちた考えでキロはオークションのやり方に少し感心する。
もっとも、盗んだ物を出品しなければ、という前提の上での話だ。
「……出ました」
運ばれてきた三つ目の商品を見て、クローナが小さく呟く。
頂点に真っ赤な宝石があしらわれたランプシェードだ。
側面にくり抜かれた大小さまざまな図形が適切な距離にある壁に一枚の絵を描き出すという。
気を利かせたつもりなのか、司会役がランプシェードの中に三本一組の蝋燭を入れ、左右の魔法使いに明かりを消すよう手振りで指示する。
従った二人の魔法使いが同時に明かりを消すと、ステージ奥の壁にランプシェードが投影する一枚の影絵が現れた。
数本の太く巨大な柱が天井を支える広大な空間と、そこに住んでいるらしい人々の姿が克明に描かれている。
作者は不明、制作年代さえも分からない品。影絵で描かれた街が実在するかどうかさえ分からないという。
キロは暗記した盗品リスト一つの説明文を思い出し、確信する。
――盗品だ。
キロはクローナと一瞬だけ視線を交差させる。
素人目にも価値の高い芸術的な品だからか、即座に入札を希望する声が上がった。
慌てて参加しようとするクローナをキロはさり気なく押しとどめる。
「勢いが鈍った瞬間、一気に吊り上げて突き放せ。その後必ず一人、入札を図ってくる。そうしたら困ったふりをして俺の肩を叩け」
キロは周りに聞こえない小さな声で指示を出す。
キロの瞳を見つめ返し、クローナは落ち着きを取り戻して頷いた。
その間にも価格は上がり続けるが、入札希望者は反比例して減っていく。
そして、最初の提示額の三倍に達した時、わずかな沈黙が挟まれた。
瞬間、クローナが片手を挙げ、現在の価格の五割増しを提示した。
急激な吊り上げに面食らった会場がどよめくが、すかさず入札を希望する声が割って入った。
見るまでもない、とキロは内心で笑みを浮かべる。
声の方向から察するに、主催者側が用意したサクラと見当をつけた男が食いついたのだ。
入札を希望する声が完全に止んだ。
クローナがキロに言われた通り、困った振りをしてキロの肩を叩く。
キロは少しの間をおいて、クローナに耳打ちした。
「一割増しでいい。弱気な振りをしろ」
クローナが頷き、ゆっくりと片手を挙げ、歯切れ悪く入札を希望する。
続く入札希望者はいなかった。
クローナが演技ではなくほっと息を吐く。
笑みを浮かべてくるクローナに、キロも微笑んでハイタッチを交わした。
仲の良い娘の二人組に見えているのだろう、周囲の客が微笑ましそうに眺めている。
クローナが席の番号を告げると、控えの札を渡された。
――これで出品者との接触ができそうだな。
舞台袖へ消えていくランプシェードと出品者らしき細面の男を見送って、キロは安堵する。
しかし、次の出品物を目にした瞬間、キロは自身の心臓が跳ねあがる音を聞いた。
「次の品は……おやおや、材質も作者も不明な置物のようです。確かに見た事のない素材ですね」
司会が興味深そうに運ばれてきた出品物を眺める。
――あぁ、置物だよ。この世界では、な……ッ!
キロはステージを見据え、クローナに耳打ちする。
「必ず落札してくれ」
「良いですけど、あれが何か知ってるんですか?」
「知ってるさ。俺がいた世界の物だからな」
そして、この世界ではおそらく使う事が出来ない代物。
「――あれは懐中電灯だ」




