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複数世界のキロ  作者: 氷純
第一章 クローナの世界

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第四十二話  変装の感想

 オークションは二日後に開かれるとの事だった。

 それまでの間、怪しまれないようにキロとクローナは変装して適当な宿に逗留し、オークションの開催日を待つようにと指示を受ける。

 結局、キロは必ず女装しなくてはいけないらしい。

 クローナにはあれこれとフォローしてもらわなければいけないだろう。


「大丈夫だってきっと似合うから。見たかったなぁ」


 ゼンドルが笑いを堪えながらキロの背中を叩き、心にもないことを言う。

 キロ達はギルドとの関係を疑われないよう、オークションの日まで冒険者との接触は原則禁止される。

 同様に、出品者であるカルロやその護衛として潜入するゼンドル、ティーダの三人とも接触できない。

 キロは今のうちに肘を打ち込んでおこうとするが、ゼンドルに軽々と避けられた。


「武器の類はどうするんですか?」


 じゃれ合うキロとゼンドルを気にしつつ、クローナが受付の男性に訊ねる。

 オークションの客として紛れ込むキロとクローナが武器を携帯していては不自然だろう。

 キロの槍もクローナの杖もかさばるため、隠して持ち込む事は出来ない。


「ナイフ等で武装してください。オークション会場には一般客も多くいますので、基本的に戦闘は避ける方針です。槍と杖はギルドが責任を持ってお預かりします」

「窃盗犯を捕まえなくていいんですか?」

「出品者が窃盗犯であるとは限りません。あくまでも容疑者です。逃げ出した場合には捕縛を優先して頂きますが、基本的には接触に留めてください。オークション会場を出たところを尾行し、人気のない所で〝事情聴取〟します」


 なぜ人気のない所を選ぶのかは、訊かぬが花だろう。

 今後の連絡には別に雇った協力者を使うとの事で、合言葉を覚えさせられた。

 解散してよいとの事で、キロとクローナはギルドに通じる扉へ、ゼンドルとティーダ、カルロは別の扉から帰る。

 ゼンドル達の扉は三代前の先祖が冒険者をしていたとある店に繋がっているらしい。

 ギルドへの秘密経路の一つらしく、今回のようにメンバーを知られたくない仕事で使われるという。


「それじゃ、オークション会場で会おうぜ。しくじるなよ?」

「ゼンドルこそ、会場で俺に手を振ったりするなよ?」


 軽口を叩きあって、キロはクローナと共に背を向ける。

 受付の男性の後について廊下を渡り、見慣れたギルドの広間に出る。

 そのまま打ち合わせ通りに入り口まで案内され、外へ出るよう促された。


「ほとぼりが冷めた頃に来なさい」


 これもまた打ち合わせ通りのセリフを受付の男性が口にし、キロは不本意そうに肩を竦める演技をして、まっすぐ防壁に向かった。

 尾行者がいても気にしないようにと言われているため、キロ達は振り返らずに防壁に辿り着き、町の外に出た。

 しばらく街道を歩いて、キロ達は振り返る。

 尾行者はいないようだ。


「さて、クローナの出番だな」

「ちゃんと覚えておいてくださいよ」


 クローナは苦笑して、街道を逸れて森に入る。

 町にもう一度入るために変装しなければならないが、心得のないキロ達がやっても逆にぼろが出る。そんな事百も承知、とギルドは変装の達人を用意しているらしい。

 変装の達人との合流場所は、かつて依頼でも足を運んだ飼育小屋だ。

 鳴き声がうるさいために町中では飼えない、防水性に優れた毛を持つ高級な家畜の飼育小屋である。

 今日は逃げ出していないらしく、小屋の中で白い毛がすだれの様になった生き物が鳴いている。

 その鳴き声は凄まじく、ここで働くならば騒音性難聴まっしぐらの環境だ。

 小屋の奥には一人の中年女性が待っていた。


「可愛くなりたいですか?」


 耳にしっとりと馴染む艶のある声で中年女性が合言葉を確認する。

 騒々しい飼育小屋ならば、外から合言葉を盗み聞きされる心配もない。

 キロはこらえきれずにため息を吐き、クローナに合言葉を言うよう促した。


「えっと、枠組みを超えて」


 考案者の悪意が見え隠れする合言葉だと、キロは改めて思った。

 中年女性はゆっくりと頷くと飼育小屋の奥へとキロ達を導いた。

 分厚い扉が三重に設けられた部屋は仮眠室を兼ねているようだ。

 扉のおかげで家畜の鳴き声はかすかにしか聞こえない。

 矢面に立たされた第一の扉は嫌がるようにびりびりと震えていたが、仮眠室に一番近い扉は揺るがない立場に胡坐をかく様にどっしりと構えている。

 あれが格差社会か、とキロは取り留めもない事を考えた。

 これから女装をさせられることを考えたくなかっただけである。


「キロさんはそちらの椅子に座ってください。クローナさんの服はタンスの中に入っています」


 中年女性が化粧道具などを出しながら、キロに椅子へ座るよう促す。

 躊躇するキロの背中をクローナが軽く叩いた。逃がすつもりはないらしい。

 キロが椅子に座ると、中年女性は木綿を二つ差し出してくる。


「頬に入れてください。顔の輪郭が変わります」


 ――あ、この人ほんとにプロだ。

 化粧とは別方面のアプローチから始められ、キロは一人感心する。


「眉と髪も弄っておきますね。後、骨格を変えたいので関節外してください」

「……無茶言っている自覚はありますよね?」

「外せない方のための肩パッドです」


 はいどうぞ、と笑顔で渡された肩パッドを付けるキロの周りをてきぱきと中年女性が動き回る。

 肩パッドを付け終えたキロに動くなと厳命して、中年女性は化粧道具を手に持った。

 しかし、顔つきは化粧を施そうとしている女性というより、芸術を追求する画家のようだった。

 キロに化粧をしつつ、中年女性はいくつかの注意をしてくれる。


「絶えずやや俯き気味でいてください。ただし、顔の角度で俯くのではなく前屈みになるように上半身で調整します」


 顔を正面から見られると顎の大きさや顔の凹凸で見抜かれやすいという。

 自分より身長が低い相手、特に女性には気を付けろと念を押された。


「明るい所に出てはいけません。顔の凹凸が陰ではっきり出てしまうと高確率で見抜かれます」


 化粧でごまかすとはいえ過信してはいけない、と告げられる。

 もとより、キロに女装したままで歩く趣味などない。ましてや日中の明るいうちに外出など心の奥深くから叫びだしたくなるほど願い下げだ。


「顎を引いて隠しておかないと喉仏で見抜かれ――キロさんには当てはまりませんね。忘れてください」


 中年女性はキロを見て小さく唸る。


「細いけど骨が出てない。これが若さか……」


 逸材だわ、と呟かれた気がしたが、キロは聞こえなかった振りをした。

 中年女性が語る諸注意を聞きながら、されるがままに女装させられる。

 遂に完成とやり切ったような満足顔の中年女性に言われて、キロは立ち上がる。

 口をぽかんとあけたクローナがいた。


「似合うとか、似合わないとか、どっちも言わないでくれよ」


 キロが疲れた声で言うと、クローナはごくりと息を飲んだ後、中年女性に視線を移す。


「もっと野暮ったくしてください! キロさんが女の子に興味なくなったらどうするんですか⁉」


 鏡を準備していた中年女性がきょとんとした顔で首を傾げる。


「あなたが男装した上で女装すれば丸く収まるんじゃないかしら?」

「倒錯しすぎてわけわかりませんよ! あと鏡なんか今のキロさんに見せないでくださいッ!」

「もう遅いわよ」


 中年女性の言葉にハッとして、クローナがキロを振り返る。

 キロはばっちり自分の姿が映った鏡を見ていた。

 整えられた細い眉、長めにひかれたアイラインの効果により目ははっきりとしているがきつい印象を受けない。

 木綿が入って丸みを帯びた顔の輪郭に同じく丸みを帯びた黒縁メガネの影響で普段よりも顔が丸く、幼く見える。

 焦げ茶色のウイッグは顎に視線がいかないよう神経質なまでに形が整えられていた。

 服はそのまま、肩パッドを入れているとはいえほとんど体型を誤魔化していない現段階でさえ、キロの記憶の中で上位に位置する可愛らしい少女の姿。

 それが、今の自分の姿だと思うと、


「……きもい」


 キロは小さく、しかし、はっきりとした声で呟いた。

 クローナがほっと胸を撫で下ろし、中年女性が舌打ちする。

 キロは手渡された身体のラインが出ないゆったりした女性服を着せられ、ますます気持ち悪いと思うのだった。

 中年女性が白けたように椅子の上で不貞腐れながら、キロ達に次の指示を出す。


「夕方になったら町に入って、適当な宿に泊まってもらいます。明日の朝、私が部屋を訪ねて化粧を施しますので、それまでは部屋を出ないようにしてください」

「頼まれても出ないけどな」

「キロさんは口を利かないでください。声でばれますので」


 指示は終わり、と中年女性は天井を仰いでため息を吐く。


「旦那の仲間を増やせると思ってこの仕事受けたのですけどねぇ」


 つまらなそうに言う中年女性を極力無視して、キロはクローナを見る。

 クローナの性別を偽る計画はないらしく、どこにでもいそうな町娘の格好をしている。

 髪はキロ同様にウイッグをつけ、色も長さも誤魔化していた。


「髪が長くても可愛いな」


 キロが褒めると、クローナの顔が赤く染まる。

 クローナの反応に、やっぱり、とキロは苦笑する。

 ――誰かの前でこの手のやり取りをしたら一発で女装がばれるな。

 クローナにキロが男性である事を意識させないよう気を配らなければならない。

 何かにつけて気疲れする依頼になりそうだ、とキロは重いため息を吐いた。


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