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複数世界のキロ  作者: 氷純
第一章 クローナの世界

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第四十一話  極秘依頼

 町への帰還と遺体発見の報告をしにギルドに顔を出したキロは、建物内部のぴりぴりした様子をみて明日また出直そうかと考えた。

 しかし、冒険者は都市同盟所有の戦力であるため、町の出入りに際して報告義務が課せられている。

 仕方なく、キロはクローナと共にギルドの中へと足を踏み入れた。

 一瞬、ギルドにいた人という人から鋭い視線を向けられるが、キロ達だと気付くと幾分視線は和らいだ。

 馴染みの受付の男性を見つけ、クローナが声を掛ける。


「ただ今戻りました。失踪事件の顛末は報告した方がいいですか?」

「いえ、事情はこちらも把握しています。お疲れ様でした」


 クローナが入院している間やアンムナに遺物潜りを教わっている間に連絡が回っていたのだろう。

 ギルドの目立つところに貼ってある手配書一覧に目をやると、シールズの似顔絵が張り出されていた。

 ついでのようにさりげなく、キロはギルドの中を見回す。

 ――いつもより人が多いような……。

 人数が二割増しに増えている気がして、キロはざっと頭数を数え、気のせいでない事を確かめる。

 数人の冒険者が腕に赤い布を巻いている事に気付き、キロは良く観察する。

 赤い布には単純なマークが染め抜かれている。チームの腕章のようにも見えた。


「何となく、いつもと雰囲気が違う気がするんですけど、何かあったんですか?」


 クローナがギルドの中を横目で見て、受付の男性に訪ねる。

 受付の男性はキロとクローナが町に在留する旨を記した書類を作成しながら、深々と頷いた。


「厄介事の最中でしてね。説明しましょう」

「待ってください。その前にこの冒険者の死亡確認をしたいので――」


 依頼内容を語ろうとした受付の男性の言葉を遮り、クローナが先に用件を済ませようとする。

 しかし、死亡確認、の単語が出た瞬間ギルド中の注目を浴びてしまい、クローナは委縮して口を閉ざした。

 耳をそばだてている気配もして、報告を続けるべきかを悩むクローナに受付の男性が無言で続きを促した。

 不安そうに視線を向けてくるクローナにキロは頷き、背中を押す。


「森の中で白骨化した遺体を見つけました。カードはこちらです」

「お預かりします」


 受付の男性はクローナからカードを受け取り、名簿に照らし合わせもせずにギルド最奥へ声を掛ける。


「例の件です。部屋を使わせてもらいますよ」


 有無を言わせずそう言って、受付の男性は立ち上がる。


「こちらへ来てください」


 顔を見合わせたキロとクローナは受付の男性がさっさと歩き始めたのを見て後を追う。

 案内されるままに辿り着いたのは、入り口や窓などからは死角になった廊下のさらに奥の部屋だった。

 物々しい雰囲気にクローナがますます委縮し、キロの袖を掴む。

 家具一つない殺風景な部屋だった。窓さえなく、どこか黴臭い空気がキロ達を出迎える。

 部屋の奥にはキロ達が入ってきたものとは違う扉があった。

 受付の男性は壁に背中を預け、腕を組む。


「キロさん達が防壁を潜った時点で関係者に話が回っているはずです。すぐに集まると思いますので、辛抱してください」

「――すぐ、どころか、いま来たぜ」


 キロ達が入ってきたのとは別の扉が開き、男女一組の冒険者が入ってくる。

 入ってきた男女には見覚えがあった。


「ゼンドル、ティーダも……どうしてここに?」


 キロの問いに、ゼンドルが親しげに片手を挙げる。


「仕事の都合でこっち方面に来てな。キロ達の顔を見ようと思って足を運んだらそこの受付に捕まった」


 要領を得ない返答をするゼンドルの横腹を相棒のティーダが肘で突く。


「無駄口叩くな。やばい仕事なんだからさ」


 ティーダの言葉に、キロは受付の男性を見る。

 帰ってきたばかりの自分たちに一体どんな無理難題を吹っ掛けるつもりなのか、とキロが問いただすより先に、再びゼンドル達が出てきた扉が開かれる。


「遅くなりました。いやはや、申し訳ない」

「今度はカルロさんですか」


 キロが槍を新調する際にも顔を合わせた武器屋のカルロは、キロ達を見てにこやかに頭を下げる。


「お久しぶりです。相変わらずのご活躍のようで、うちの武器屋もパーンヤンクシュを倒した良質な武器が買えると評判になってますよ。ありがとうございます」


 心底嬉しそうにぺこぺこと頭を下げるカルロだったが、ふと険しい顔つきとなって受付の男性に視線を移した。

 つられてキロ達も受付の男性を見る。

 受付の男性は集まった五人を順に見まわし、おもむろに口を開いた。


「最初から話しましょう。半年前、とある窃盗組織によるオークションが始まりました」


 窃盗組織はたった半年の間に規模を拡大し、大小それぞれ年に数回のオークションを開くようになる。

 並べられる商品は当然、組織が盗み出した品。しかし、規模の拡大とともに一部の富裕層や資金繰りに困った商人などがこのオークションに参加するようになってしまった。

 オークション自体は禁止されていないが、窃盗は当然の如く犯罪行為だ。盗品の売却も同様である。

 盗品の出品者を検挙しようと騎士団や冒険者ギルドは度々動いたが、窃盗組織は騎士団員や冒険者の顔を把握しているらしく、オークション会場への入場を断られてしまう。

 それでも隙を探して窃盗組織を追っていた冒険者が……。


「キロさんとクローナさんにより、遺体で発見されました。現在、現場に人を派遣して調査中ですが、おそらく窃盗組織の手に掛かったのでしょう。追って情報をお伝えします」


 ここまでで質問はありませんか、と受付の男性が一同を見回す。

 キロは片手を挙げて注目を集める。


「遺体しか見ていないので分からないんですが、亡くなった冒険者は強かったんですか?」


 キロの問いを、翻訳の腕輪を持たない受付の男性やカルロのためにクローナが通訳する。

 受付の男性は頷いて答える。


「動作魔力に関してはかなりの物だったと聞いています。それだけに、相手もかなりの腕前とみていいでしょう」


 他に質問はありませんかと聞かれたが、キロは首を振った。

 残りはひとまず話を最後まで聞いてからにした方が良いと判断したのだ。

 受付の男性は質問がない事を再度全員に確認すると、説明を続けた。


「組織を追っている幾人かの冒険者の情報を総合すると、ここを含む三つの町で同時にオークションが開催されるとの事です。あなた方にはこのオークションへ潜入し、盗品の出品者に接触、場合によって捕縛してもらいます」


 やはりそう来たか、とキロはため息を吐く。

 受付の男性がゼンドルとティーダに向き直り、作戦指示を飛ばす。


「ゼンドルさん、ティーダさんのお二人が冒険者であるとまだ町の住民は知りません。今のまま身分を偽り、出品者として潜入するカルロさんの護衛をお願いします。カルロさんは八年前まで冒険者をしていましたし、経験も豊富です。現場ではカルロさんの指示に従って行動してください。カルロさんの顔が割れている可能性は低いですが、注意は怠らない様にお願いします」


 敵の真っただ中に飛び込む役割を言い渡され、ゼンドル達の顔に緊張が走る。

 次に、受付の男性はキロ達を振り返り、重々しく告げる。


「お二人にはオークション会場へ客に紛れ込んで潜入して頂きます」


 無茶振りだ、とキロはため息を吐いて片手を挙げ、質問する許可を求める。

 受付の男性はどうぞと相変わらず重苦しい口調で質問を許可した。


「俺達はゼンドルさん達とは違って冒険者だってばれてる。入場を断られるはずだ」


 拠点にしている町であり、訓練所の教官に喧嘩を売ったりもしている。

 窃盗組織が見逃すはずがないだろう、とキロは指摘したのだが、受付の男性は首を振った。


「あなた方は教官といさかいを起こし、弟子を正面からボコボコにしたためにギルド内で恨みを買い、仕方なくカッカラに逃げた。そういう噂を流してあります。この部屋に招いた事は窃盗組織にも伝わるでしょうから、事情聴取と説教を受け追い出されたという体で一度町を出てください。その後はキロさんに女装して頂き、再度町へ戻って――」

「おい、待てよ、こら!」


 聞き捨てならない単語が聞こえて、キロは思わず乱暴な口調で受付の言葉を遮る。

 翻訳すべきか悩んでいるクローナとキロの語調からおおよその意味を理解したらしく、受付の男性が盛大なため息を吐いた。


「今町にいる腕の立つ冒険者で性別ごと偽れるひょろい人がキロさんしかいないんですよ」

「ひょろいとか言うな」

「キロ、ざまぁ」

「ゼンドルはちょっと黙ってろ」


 腹を抱えてキロを指差し笑うゼンドルは、ティーダの拳骨一つで黙らされる。

 キロは深呼吸して気を落ち着けた後、受付の男性に向き直る。


「そこまでして俺達を使う必要があるんですか?」

「取り逃がしたとはいえ名うての魔法使いであるシールズを追い詰めた腕を持ち、いま町を出ても怪しまれない動機があり――」

「動機を作った犯人はあんただけどな」


 キロの指摘もどこ吹く風で受付の男性は続ける。


「さらには変装してもばれないほどこの町で馴染みが薄く、体型からも冒険者には見えない。打って付けなんですよ。カッカラから戻って来なかったらどうしようかと思いましたが、間に合ってくれましたし」

「あんたらのためじゃないけどな」

「キロさん、皮肉はやめましょうよ」


 クローナが苦笑しつつ、キロの手を握って宥める。

 キロは舌打ちして、意見を述べる。


「女装する必要はないと思う。仕草で違和感を持たれたら、墓穴を掘る事になりかねないだろ」

「いえ、女装はして頂きます。キロさんは髪も肌も珍しいので、男のままでは変装でごまかしきれません。ウイッグ等も用意してありますので、ご安心ください」

「準備良いな、畜生……」


 どうあっても女装は免れないらしい。

 床に突っ伏して笑いを堪えているゼンドルに蹴りの一つでも入れたくなる。

 どうにかして断れないだろうかと考えるキロだったが、クローナに耳打ちされて考えを改める事になる。


「主催者はともかく、オークションはオークションです。遺物潜りの媒体が出品される可能性もありますよ」

「……それもそうだな」


 この世界に来た原因らしき革手袋を手に入れはしたが、込められた願いを叶えられるかは分からないのだ。

 キロが参加を前向きに検討し始めた事を察したのだろう、受付の男性が報酬額を提示する。

 クローナを始め、一同がぽかんと大口を開けるほど、高額な成功報酬だった。


「これに加え、キロさん達には別途、オークション参加のための費用がギルドより支給されます。こちらで落札した品はギルドに所有権がありますので、注意してください。怪しまれないよう、盗品だけを落札するのではなく目立たない程度に他の物を落札して頂きます」


 かなりの好条件だ。

 クローナが息を飲む音がする。

 キロもまた、提示された金額に絶句してしまった。

 だが裏を返せば、高額の報酬を払うほどの危険があるという事なのだ。

 顔を見合わせるキロ達とは異なり、ゼンドルとティーダはやる気らしい。

 ――そういえば、一緒に仕事する約束もしているんだよな。

 関係ない、と割り切るには少々胸につかえる物がある。


「クローナ、どうする?」

「……受けようと思います。この町には司祭様もいますから」


 クローナと頷きあい、キロ達は参加を表明した。


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