第三十九話 送別会inカッカラ
「はい、お疲れ様。ここまでよく頑張ったね」
アンムナが拍手しながら、ぐったりしているキロとクローナを褒める。
ここはクローナが入院する前からキロ達がお世話になっている宿だ。
「さぁさぁ、疲れてるなら精が付く物を食べてね」
手の上にそれぞれ一皿、長い腕を生かして左右にそれぞれ二皿、計六皿の料理を一度に運んできて、宿の娘はご機嫌に言う。
その表情だけで、利益率が高い料理なのだと知れた。
肉中心の料理がテーブルに並べられる。
「今日は卒業祝いに僕の奢りだから、遠慮なく食べるといい。ギルドの依頼でだいぶ稼いでいるから、好きに飲み食いするといいよ」
アンムナがニコニコしながら気前の良いセリフを言う。
今日はキロとクローナが遺物潜りの魔法を学び終えた祝いの席である。
すでに日は没しており、外の通りは酔客が千鳥足で歩く時間帯だ。
しかし、宿併設の食堂にはここ数日で顔馴染みになった常連客が多数詰めかけ、賑わっていた。
「クローナちゃんが退院してからずっとアンムナさんの家に通い詰めてたけど、そんなに難しい魔法なの?」
料理並べ終えた宿の娘が椅子を持ってきて訊ねる。
キロはクローナと顔を見合わせ、右手を天井に向けた。
見る見るうちに石で魔法陣が形造られていく。
ちょっとした一発芸になりそうな器用な魔法の使い方に食堂の客が拍手する。
クローナがキロの右手の上にある魔法陣を指差した。
「この魔法陣を覚えさせられました」
「……過労死したかったの?」
宿の娘から憐れむような視線を向けられて、キロはうなだれる。
クローナも疲れた顔をして首を振った。
「最後の方はもうわけがわからなくなってました。書き取りしている手が勝手に動いてるような感覚で……」
震える利き手を眺めながら、クローナが暗い笑みを浮かべた。
とはいえ、そんなスパルタ教育のおかげでキロ達は遺物潜りの魔法陣を完全に暗記する事が出来ていた。
シールズが活動を再開する前に遺物潜りの魔法陣を覚えられた事をアンムナに感謝するべきだろう。
「これでキロ君達も旅に出ちゃうのかぁ。お得意様だったのに」
ちぇっ、と不貞腐れたような声で宿の娘が言う。
誘拐事件を解決に導いた事もあり、宿の主の厚意で宿泊代はタダになっているのだが、それでも食堂での料金だけでお得意様扱いらしい。
宿と食堂のどちらが本業なのか、ぼやけてしまう発言である。
ステーキ肉をナイフで切り分け、自分とクローナの皿に割り振りながら、キロは苦笑した。
疲れていても食べたいと思うのだから、食堂が本業でいい気がしたのだ。
「キロ君達はこれからどこへ行くんだい? やっぱり、ラッペンかな」
サラダサンドを片手にアンムナが訊ねる。
「先に拠点にしている町へ帰ろうかと思ってます。依頼も溜まってそうですから、それを片付けつつ資金集めですね」
キロが答えると、アンムナがほぉ、と感心した。
「すごいね。指名で依頼が入るのかい?」
「クローナ宛ですけどね。周辺にある森の樹木の種類と配置をひとつ残らず覚えてるんですよ」
「器用すぎるキロ君もそうだけど、人間離れしているね」
その器用なキロでさえなかなか真似できないでいる奥義を使いこなす自分を棚にあげ、アンムナは呟いた。
キロは苦笑して、横に座るクローナと顔を見合わせる。
その時、キロは後ろから頭を長い腕に抱え込まれ、耳元に息を吐きかけられた。
「ねぇ、本当に行っちゃうの? カッカラで依頼を受ければいいのにさ」
耳元で囁くように宿の娘が勧める。
――そんなに手放したくない客だと自分では思えないんだけどな。
キロは後頭部に感じる弾力のある双丘を極力意識しないようにして口を開いた。
「会いたい人もいますから」
キロは頭を固定している宿の娘の腕に自分の翻訳の腕輪を触れさせつつ、宿の娘にやんわりと断りを入れる。
「えぇ……ならさ、すぐに帰ってき――」
宿の娘は恋人が駄々をこねるように言いかけて、何かに気付いたように突然口を閉ざした。
まじまじと宿の娘が見つめる先にクローナがいることに気付き、キロは顔を向けようとするが、宿の娘はがっちりとキロの頭を両腕でロックした。
ニンマリと悪い笑みを浮かべる宿の娘が口を開く。
「おやおやぁ、クローナちゃんが何か言いたげだよ。彼氏じゃない男の言動に不満があるみたいだよ。彼氏じゃないのにね」
彼氏じゃない、と強調して宿の娘はクローナに聞こえるよう意地悪な独り言を呟いた。
頭を動かせないキロには宿の娘の言葉が事実かを確認できなかったが、クローナが慌てた気配はした。
「そっぽ向いてもダメだよ。耳が赤いから――髪で隠しても遅いよ、クローナちゃん」
クローナの様子を確認できないでいるキロに状況を報告しながら、宿の娘はからかい始める。
しかし、キロはよくよく考えて違和感に気付いた。
クローナをからかいたいなら、キロの頭を動かないように抑え込む意味はない。
むしろ、クローナの状況をキロに確認させた方がより面白いはずだ。
――俺の反応を見るための嘘か。
ニヤニヤしていた宿の娘がキロを見た。
しかし、キロが思った通りの反応をしていなかったからか、少しつまらなそうな顔をする。
キロに嘘を見抜かれた、と宿の娘も気付いたのだろう。
沈黙して見詰め合った後、宿の娘は目を細め、今まで以上の悪い笑みを浮かべた。
「キロ君としてはクローナちゃんの反応が嬉しかったりするのかな?」
肯定すれば囃し立てられ、否定すればクローナとの間に角が立つ、そんな宿の娘のキラーパスを受けたキロはすかさず返す。
「もちろん、嬉しいよ」
間髪に入れずに肯定されるとは思わなかったのか、宿の娘が大袈裟に仰け反った。
クローナがむせる音が聞こえたが、キロは無視する。
宿の娘が二の句を告げずにいると、食堂の客が口々に囃し立てた。
「言い負かされていやがんの」
「即答だもんな」
「キロの方が一枚上手だ」
宿の娘が両手を腰に当て、食堂の客達を見回す。
「えい、うるさいぞ、酔っ払いども。アンムナさん、今のキロ君の言葉、聞きました? どう思いますよ?」
「君はクローナちゃんに勝てないだろうね」
アンムナが平然と新たな燃料を投下し、クローナの様子を横目で窺う。
当然、宿の娘がキロに恋心など抱いているはずもなく、食堂の全員がそれを知っている。
だが、この手の話に免疫がないクローナは愕然とした顔で宿の娘を見つめていた。
キロはクローナのあからさまな反応に内心苦笑する。からかってくださいと言わんばかりだ。
――って待て、クローナがショックを受けるという事はつまり……?
しかし、遅ればせながらクローナが愕然とした理由に気付き、キロはさっと顔を背けた。
幸いにして、クローナの分かりやすすぎる反応に全員が注目していたため、キロの反応には誰も気付かなかった。
宿の娘が楽しげにクローナに歩み寄り、キロにしたのと同じように頭を腕で固定する。
「安心しなよ、キロ君を取ったりしないからさ」
うりうりと宿の娘はクローナの頬を指でつつく。
「……ウザいです」
「――あれ?」
予想外の言葉が返ってきて、宿の娘が不思議そうな顔でクローナの顔を覗きこむ。
赤い顔ではあるのだが……。
「……酒の匂いがするような?」
宿の娘が困惑しながら呟き、クローナの手元のコップを奪い取る。
匂いを嗅いで眉を寄せる。
「これじゃない……」
宿の娘が困惑を深めてテーブルを見回した時、クローナの手が伸びた。
クローナはその手につかんだ愛用の杖でキロの身体を引き寄せる。
体重差をものともしないその力の源は、杖の全体を覆う薄緑色の金属板リーフトレージに蓄積された動作魔力だろう。
ぐいっと引き寄せられ、キロは慌てて料理が乗った皿をテーブルに置き、椅子の淵を掴む。
椅子ごとズリズリとクローナの近くまで引き寄せられたキロは、クローナの行儀悪さを注意しようと口を開きかけた。
しかし、キロが言葉を紡ぐより先にクローナが抱き着いて、宿の娘に対して舌を出す。
「キロさんは私のです。誰にも渡しません」
素面ならば絶対に口にしない宣言をして、クローナはキロを抱きしめた。
そうこうしている内に宿の娘はクローナが酔った原因を突き止めたらしい。
空になっているグラスの中に混ざっている木のコップを持ち上げて少し匂いを嗅ぐと、厨房から覗いている宿の主に声を掛ける。
「今日は酒を瓶で出さないで、クローナちゃんが自分で注いで飲んだみたい」
「いつの間に……」
「冷えてたからね。酔いが後から来たんだと思う」
どうする、と宿の娘がクローナを指差す。
喧嘩っ早い猫さながらに毛を逆立てて宿の娘を威嚇するクローナを見て、キロはどうしたものかとため息を吐く。
「たった一杯だし、すぐに覚めるよ」
クローナに横から抱きしめられたまま、キロは諦めて答えた。
この手の酔っぱらいは無理に言う事を聞かせようとしても無駄だと知っていた。
賢明だね、とアンムナがクスクスと笑う。
しかし、宿の娘は木のコップとガラス瓶に入ってる酒の量を見比べ、うぅんと小さく唸った。
「一杯だけじゃないっぽいんだよねぇ。でも偶然に飲むような量とも思えないし、やっぱりお酒との区別がついてない? 結構キレのあるやつなのに……」
ぶつぶつと宿の娘が考察する。
威嚇を続けているクローナの肩を引き寄せて落ち着かせつつ、キロは料理を適当に選んで皿に盛り、クローナの前に置く。
料理で気を引いて、抱き着いてきているクローナの腕を剥がす作戦だった。
だが、考えを読まれたのか、クローナが腕を離す事はなかった。
流石に酔っ払いを煽っても面倒事が増えるだけと経験則で理解している宿の娘は、クローナをからかう事をやめて杖を指差す。
「その杖、役に立ってるの?」
「戦闘時間が伸びても大丈夫っていうのは結構心強いですよ。すぐに魔法を出せるようにもなって、戦闘も楽になります」
宿の娘の質問にクローナが警戒を解いて答える。だが、依然としてキロを抱きしめていた。
――この事を覚えていたら、クローナは明日どんな顔をするんだろうな。
言葉を交わす女の子二人を見ながら、キロはくすりと笑う。
カッカラを発つことになるが、キロは少し明日が楽しみに思えた。




