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複数世界のキロ  作者: 氷純
第一章 クローナの世界

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第三十八話  遺品探しの方針

 夜も更けて、キロは左手にぬくもりを感じて目を覚ました。


「起こしちゃいましたか?」

「あぁ、寝ちゃってたのか」


 クローナの声に寝ぼけ眼で答えつつ、キロは左手を見る。

 クローナの両手が上下から包み込むようにキロの左手を挟んでいた。

 キロが視線で真意を問うと、クローナは頬を赤らめてほほ笑んだ。


「あの時は手が届かなかったので、取り戻してます……」


 ダメですか、と寂しそうに首を傾げられ、キロは首を横に振った。


「別にいいよ。それより、具合はどうだ?」


 キロは軽く流したが、クローナは少し不満げに頬を膨らませた。

 わざとらしく力を加えたり抜いたりしてキロの手を揉むが、キロは特に気にしない。

 ただ心配そうにクローナを見るだけだった。

 クローナは小さくため息を吐いて、そっぽを向く。


「安静にしていれば大丈夫です。話していると少し痛いですけど」


 傷を押さえようとしたクローナの手がわずかにキロの左手から離れるが、名残惜しくなったのか再びキロの左手に戻される。

 窓の外には星が瞬き、家々の明かりは消えている。

 寝静まったカッカラの風景を眺めていると、クローナがふとキロを見た。


「ずっとそばに付いていてくれたんですか?」

「事情聴取を受けた後からなら、ずっとな」


 キロはシールズが逃げた後の事を説明する。

 シールズが空間転移の魔力で湿地から消えた後、キロはすぐにクローナを抱えてカッカラに戻った。

 動作魔力を使いつつ湿地を駆け抜けながら、追いかけてくる騎士団に事情を説明、治療所へクローナを運び込み、騎士団から事情聴取を受けた。

 キロの証言に加えてシールズが実際に特殊魔力を使う所を見た騎士団はキロに監視を付けてシールズの家宅捜索に踏み切った。

 ここまではクローナが一時的に目を覚ました時に伝えた事だったが、寝ぼけていて記憶にないらしい。


「キロさんに水を飲ませて貰ったのは覚えているんですけど……」

「なんでそっちだけ覚えてるんだよ。記憶の割り振り方ミスってるぞ」

「ま、間違ってませんよ。思い出としていつまでも覚えていられる大事な記憶なんです。私は長期的な視野というものを持ってるんです」

「あまり騒ぐな。傷が開くだろ」


 むぅ、と不満げに唸るクローナを落ち着かせて、キロは話を戻す。

 家宅捜査の結果や、宿の娘が見舞いに訪れた事などだ。

 アンムナの昔話は秘密だと言われたが、クローナには話しておいた。アシュリーの正体について、シールズの暴露話を聞いてしまっているからだ。

 一度に話したせいか、クローナは難しそうな顔をした。


「アシュリーさんが大事にされていた理由は、その過去があったからなんですね……」


 複雑そうな顔で呟いて、クローナはキロの左手を握りしめた。


「……ちょっと羨ましいかもしれません」


 クローナの呟きにキロはぎょっとする。

 クローナが苦笑した。


「好きな人に大事にされたいというだけですよ。死にたくはないです」

「驚かすなよ。それはそうと、あれが例の金属板、リーフトレージだってさ」


 キロが右手でアンムナから渡された金属板を指差すと、クローナは複雑そうな顔のまま杖と金属板を見比べる。


「使ってもいいんでしょうか?」

「むしろ、使うべきだと思う。それで、元気な顔を時々見せに行けばいいさ」

「司祭様みたいなこと言いますね」


 クローナは苦笑したが、使う事に決めたようだった。


「入院中に杖の補強を済ませておきたいですね。キロさん、明日にでも鍛冶屋さんに行ってもらえませんか?」

「分かった。クローナは傷を治す事に専念しろ。という事で、さっさと寝ろ」


 枕の横をポンポンと叩き、キロは促す。

 しかし、クローナは何かに気付いた様子で目を見開いた。


「そういえば、ここの治療費っていくらですか? 鍛冶屋さんに依頼できるほど余裕ありましたっけ?」

「こんな時に金の心配かよ」


 キロはため息を吐く。

 クローナが眉を寄せ、入院している場合じゃないかもしれません、と呟く。

 行動力は人一倍にあるクローナの事、放っておくとギルドへ依頼を受けに行きそうな雰囲気だったのでキロは慌てて口を開く。


「ギルドからの見舞金で治療費は払い込んであるから安心しろ。捜査から外されている俺達に報酬という形で渡せないって受付が言ってたけど、誘拐された被害者や家族からの謝礼に混ぜて渡してくれるってさ」


 キロが説明すると、クローナも落ち着いた様子でほっと息を吐いた。

 謝礼は後日払われるとの事だったが、治療費の心配さえなければ手持ちのお金だけで鍛冶屋へ依頼ができるらしい。


「私達は一応、お金持ちなんですよ?」


 とはクローナの弁だが、お金持ちなら治療費の心配もいらないと思うキロだった。

 ――医療保険とかないから仕方ないか。

 日本とは違って治療には何かと金がかかるのだ。

 見舞金として払い込んでくれたギルドは太っ腹らしい。


「お金の心配がなくなったところで、今後どうするかを話し合いましょうか?」

「さっさと寝ろというのに」

「お昼から寝てたので眠くありません」


 意地でも寝る気はないらしく、クローナはキロが反論する前に質問を浴びせてくる。


「シールズさんが拠点を作ったら、私達を狙ってくるかもしれません。早めにカッカラを出た方が良いと思います」


 キロはクローナを寝かしつける事を諦めて、口を開く。


「俺も同じことを考えてた。俺達を狙うかはともかく、地理を把握しているカッカラに戻ってきてまた誘拐事件を起こす可能性はある」


 カッカラ騎士団と冒険者ギルドはシールズを指名手配して警戒を強めており、周辺の町や村にも通達を出している。

 数日中にカッカラの衛星都市内で指名手配が完了し、ひと月もすれば都市同盟全体に警戒網が敷かれるという。

 いくらシールズが空間転移の特殊魔力を持つといっても、人の目から完全に逃れる事は難しい。

 シールズの拠点作りは難航すると思われた。


「ギルドや騎士団はシールズが密輸関係の犯罪組織に加担すると予想して追跡を開始したみたいだ。悪用されたら害が大きい特殊魔力だからな」


 実際、誘拐に悪用されてこれほどの大事に発展したのだが、シールズは特殊魔力を隠すために自重していた節がある。

 特殊魔力が明るみに出た今、シールズはこれまで以上に特殊魔力を活用するだろう。


「懸賞金もかけられるみたいだけど、俺は捕まえようとは考えてない。危険すぎるからな。クローナもそれでいいだろ?」

「……そうですね。手強すぎますし、今はキロさんの世界へ行く方法を考えた方がいいです」


 無理にでも捕まえに行こう、とクローナが言い出さなかった事にキロは内心で安堵する。

 シールズの顔面へ二、三回、拳をフルスイングで叩き込みたいとキロは今も思うが、安全を優先するべきだと頭で判っている。


「遺物潜りを習い終えたらすぐにカッカラを出て、俺の世界から来た遺品を探しに行こうと思ってる」

「当てはあるんですか?」


 クローナの問いにキロは首を振った。

 ただ、とキロは口を開く。


「この世界に存在しないけれど、俺がいた世界には普及していた物がある。例えばこれだ」


 キロは右手でポケットから携帯電話を取り出した。

 度々目にしていたからだろう、クローナは特に珍しがることはない。

 しかし、キロが電源を入れると携帯電話から起動音が鳴り、クローナは驚いたように瞬きした。


「今の音、なんですか」

「電子音だ。気にするな」


 キロは携帯電話の画面をクローナに向ける。

 夜の病室には月明かりしかなかったが、携帯電話の画面が明るくなると、クローナが眩しそうに目を細める。


「魔法の光じゃないですね。これがキロさんの世界にしかない物ですか?」

「少なくともこの世界にはない物だ。この世界では電気が使われてないからな」


 キロは電池残量を気にして携帯電話の電源を切る。


「携帯電話なら、メールの着信履歴を見てこの世界にやってきた時間にも大体の見当がつけられる。メールの内容次第で持ち主が死亡しているかも分かるかもしれない。……勝手に見るのは気が引けるけどな」


 携帯電話に限らず、電気を使う道具ならば高確率でこの世界の外からやってきた品だと断定できる。


「それから、この外装だ。少し触ってみろ」


 キロは携帯電話をクローナに渡す。

 キロの左手から名残惜しそうに片手を離したクローナは、携帯電話の表面を撫でて首かしげる。


「金属でも木でも皮でもないですね。なんですか、これ?」

「プラスチックだ。これもこの世界にはない」


 遺品、という括りでは探すのも一苦労だが、プラスチックの外装で覆われた携帯電話はこの世界では異物である。

 そして最後に、キロは荷物の入った鞄を指差す。


「俺とクローナが初めて会った時に来ていた服があるだろ。あれの素材もこの世界には存在しない。見つけるのは少し難しくなるけど、大量に血でもついていれば高確率で持ち主が大怪我してる。場合によっては……死亡してる」


 普段着に大量の血を付けての死亡であれば不慮の死である可能性が高く、着用者の無念が宿っている可能性も高い。

 遺物潜りの媒体になりやすいだろう。


「とりあえずこんなものだ。骨董品屋とか好事家を当たってみようと思う」

「キロさんなら一目で判るんですね。だいぶ探しやすくなります」


 クローナがこめかみに手を当てて何事か考え、首を振る。


「骨董品が集まりそうなところはちょっと思いつかないですね。可能性があるとすればラッペンのオークションでしょうか」

「ラッペン、前に聞いた事があるような……」


 キロは記憶を遡り、パーンヤンクシュを討伐した町でクローナに聞いた事を思い出す。


「確か、北にある大きな街だったか?」

「ここからだとやや東寄りですけど、まぁおおよそ北です」


 クローナが曖昧な表現をして、ラッペンがある方角を指差した。


「ただ、ラッペンのオークションに出るような品物だと落札するにも大金が必要なので、私達ではちょっと……」


 言葉を濁すクローナに、キロは頭を掻いた。

 ――まさか盗むわけにもいかないよな。

 オークションに参加する資金を捻出するためにも、まだしばらくは冒険者稼業を続ける事になりそうだ。


「司祭様に良い案がないか訊いてみましょうよ。教会の伝手で何か聞いた事があるかもしれません」


 ――聖遺物とかになってたらどうしよう……。

 ふいに浮かんだ嫌な考えが杞憂に終わればいいと願いつつ、クローナの提案にキロは頷いた。


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