第三十七話 昔話
カッカラ冒険者ギルドと提携している治療所の一室でキロはクローナが横たわるベッドの隣に腰かけていた。
右手に巻かれた包帯を見て、キロは舌打ちする。
シールズの石壁を壊す際に破片で付いた切り傷だ。
キロはシールズの石壁を壊す際、アンムナの奥義を発動しようとしたが、凝縮が間に合わずに大量の動作魔力が石壁を四方八方へ飛び散らせていた。
もし、キロが奥義を発動させていれば、撃ち出された破片は石壁の向こうにいたシールズを撃ち抜いていたはずだ。
――そうなればこんな面倒な事にならなかったんだけどな。
キロは心の中で嘆息して、部屋の中へと視線を走らせた。
部屋の中には女性騎士が二人立っている。
部屋の扉がコンコンと二度ノックされると、キロは鋭い視線を扉に注いだ。
「誰だ?」
「おっかないですな。ずっとその調子ですか?」
名乗らずに扉を開けた初老の騎士は向けられた槍の穂先に肩を竦めた。
キロは構えを解き、槍を壁に立てかける。
青い顔をしている女性騎士に初老の騎士は心配するなと声を掛け、キロの隣に椅子を持ってきて座り込んだ。
キロはクローナの翻訳の腕輪を初老の騎士に貸そうとするが、すでに持っていると断られた。
騎士団の備品らしい翻訳の腕輪には、カッカラの紋章が入っている。
「お嬢さんの容体は?」
「さっき目を覚まして水を飲んだ。動くと痛いらしいから、寝かせてる」
初老の騎士の質問にキロは答え、腕を組んだ。
「シールズは捕まったのか……捕まったんですか?」
「いまさら言葉を改められましてもね。まぁ、いいか。シールズは逃げたようですな。家の中を改めたところ、地下室と誘拐された被害者が全て見つかりました。疲労はありますが、健康体です。キロさんの言う通り、栄養を管理されていたようです」
初老の騎士がまだ報告書も作られていない情報をキロに話す。
キロは眉を寄せた。
「……本当に、被害者が全員そろっていたんですか?」
「何か疑問でも?」
「シールズは空間転移の魔法で俺達の前から消えました。あの魔法を使えば被害者を秘密裏にカッカラの外へ連れ出すなんて造作もない」
「神出鬼没の厄介極まりない魔法のようですからな。しかしながら、逃走前にシールズが被害者を閉じ込めていた地下室へ現れたそうですよ。被害者の話では、連れ出しても管理できないから今回は諦める、とシールズが言っていたそうです」
――つまり足手まといだから置いて行ったのか。
キロの攻撃から逃れるために空間転移の魔法を衆目にさらしてしまったため、シールズは拠点にしていたカッカラに住めなくなった。
風雨を凌げる家がなければ〝材料〟を誘拐してきても体調管理ができない。
せっかくの〝材料〟を無駄にするよりは次の拠点作りに集中するつもりなのだろう。
初老の騎士が部屋にいた女性騎士二人に視線を移しながら口を開く。
「事がここまで大きくなった以上、シールズもキロさん達を殺して口封じをしようとは考えんでしょう。護衛は外しても構いませんかね?」
「そうですね。怯えているくらいですから、連れて帰ってください。邪魔です」
キロは女性騎士を一瞥して、辛辣な言葉を吐く。
びくりと肩を跳ねさせた二人の女性騎士は悔しそうに視線を逸らした。
「気が立ってますなぁ。彼女らが怯えているのはキロさんに対してです。キロさんに本気で暴れられたら、この二人では抑えきれそうにない」
初老の騎士は顎を撫でながら、しみじみと言う。
「聞きましたよ。湿地で騎士の囲みをあっさり突破してシールズの石壁を右拳一つで砕いたとか。見た目は細いのにとんでもない怪力ですな」
「動作魔力を直接流し込んで壊しただけです。それと、護衛対象に怯えてどうするんです。おおかた、俺が犯人だとか疑ってたんでしょう?」
「察しが良いですな」
あっけらかんとキロの予想を肯定して、初老の騎士は笑う。
――隠す気があったかも疑わしいな。
キロが不審な物を見る目で睨むと、初老の騎士は笑いを引っ込めた。
「しかしながら、動作魔力で駆けこんで壁に触れたら間髪入れずに動作魔力を流し込む、そんな芸当ができるとは……アンムナさんの弟子なだけはありますな」
真面目な顔を作って話を逸らすからには、申し訳ないと思う気持ちもあったのだろう。
騎士団も仕事なのだから、とキロは湿地での一件も含めて水に流す事にした。
「アンムナさんは今どうしているんですか?」
キロの表情や声の変化に気付いたのだろう、女性騎士二人があからさまにほっとしたような顔をする。
女性騎士二人に初老の騎士が眉を顰めると、慌てて居住まいを正す。
初老の騎士がため息を吐いた。
無言のやり取りにキロは苦笑する。
キロに軽く頭を下げた初老の騎士はアンムナの近況をキロに教えるべく口を開いた。
「アンムナさんは一度に家に帰りましたよ。アシュリーとかいうあの人形を持ち帰るためにね」
後でこちらにも顔を出す、とアンムナからの言葉を初老の騎士が伝える。
アシュリーの名前を聞いた時、キロはシールズの言葉を思い出した。
――アシュリーは死蝋化した女性の死体、か。
アンムナについていろいろと知っていそうな初老の騎士に訊こうかと、キロは考える。
しかし、アンムナはアシュリーを人形として紹介しているため、要らぬ混乱を招く恐れがある。
アンムナには遺物潜りや奥義を教えて貰っている恩もあり、迷惑を掛けたくはなかった。
アンムナ本人に直接聞く事を再度決意して、キロは適当に初老の騎士と世間話を続ける。
「弟子が誘拐犯だったわけですけど、アンムナさんはこれからどうなるんですか?」
「弟子の不始末は師匠の不始末、とアンムナさん本人が言ってましてね。ただ、カッカラを出て行かれるのは正直困るんですよ。それで、周辺の魔物をしばらく狩ってもらおうって話になってましてね」
初老の騎士の話によれば、アンムナほどの実力者を手放せるほどカッカラは魔物の脅威を軽視しておらず、シールズがいなくなった穴を埋めてもらう事になったらしい。
誘拐犯だったシールズだが、冒険者としての腕は確かだったため代わりを務められる人間はなかなかいない。
しかし、師匠のアンムナならば過去の実績もあるため安心だろうとの事だった。
「今思えば、シールズの奴は特殊魔力で狩った獲物を運べる分、運搬するための魔力を節約できたんでしょうな。一度に多くの魔物を仕留めて運んで来れたのも、いつも一人で狩りに出ていたのも、そういうからくりがあったんでしょう」
感心した様に初老の騎士は呟く。
そもそもなぜシールズの狩り方を怪しまなかったのかとキロは思う。
だが、キロが疑問をぶつける前に初老の騎士はアンムナの狩り方を口にした。
「アンムナさんはどんな魔物もすれ違いざまの一撃で倒してしまうから魔力をほとんど使わないし、シールズも似たようなものだと思ってたんですがね」
記憶を振り返るように遠い目をしながら、初老の騎士が呟いた。
そんな馬鹿な、と否定したくなるが、アンムナの奥義からして対象の瞬間破壊だ。
――平然とやってのけそうだな……。
キロがアンムナの姿を思い浮かべた時、部屋の扉がノックされる。
シールズを警戒して反射的に槍へと手を伸ばしたキロだったが、扉の向こうから知った声が聞こえてきて手を引っ込めた。
「キロ君、私だよ」
「どうぞ、入ってきてください」
治療所の人間に教わった言葉で入室を促すと扉を開いた宿の娘が顔を覗かせる。
初老の騎士と目が合うと小さく会釈し、困り顔できょろきょろと部屋を見回す。
騎士がいるため本当に部屋へ入っても良いのか迷っているらしい。
宿の娘の逡巡を察した初老の騎士が立ち上がる。
「では、我々はお暇しましょうか。またお話を聞きに参りますから、顔を覚えておいてくださいよ。また槍を向けられたら老い先短い命がここで消えかねませんから」
反応に困る冗談を残して、初老の騎士は二人の女性騎士と共に退室した。
微妙な顔で初老の騎士を見送った宿の娘がキロに向き直る。
「なんかいろいろ大変だったみたいで……」
誘拐された被害者がそれを言うのか、とキロは思わず苦笑した。
クローナの翻訳の腕輪を渡しながら、キロは口を開く。
「お互い様だろ。そっちこそ、大丈夫だったのか?」
「何ともないよ。あの変態いわく、生きている内は手を出さないって」
含みのある言い方の裏を察して、キロは唖然とする。
「……なんというか、想像を絶するな」
「おかげさまで何もされなかったんだけどね。地下はじめじめしてて住み心地は悪かったけど、食べ物は美味しかったし、何とも言えない環境だったよ」
宿の娘は両手を肩の高さに持ってきて、たはは、と曖昧に笑う。
初老の騎士が座っていた椅子に腰を下ろした宿の娘はクローナに視線を移す。
「しばらく安静だけど、命に別状はない」
キロは宿の娘に問われる前に答えを口にする。
宿の娘はほっとしたように息を吐いた。
「傷は残らないの?」
「……そういえば、聞いてない」
キロが正直に答えると、宿の娘は横目で睨んだ。
「重要な事だと思うよ、彼氏さん」
「彼氏じゃないから」
「……責任は取ろうね?」
キロ達が同じ部屋に泊まっている事を知っている宿の娘は勘違いしたまま言う。
「はいはい、できたらとるよ」
キロは面倒臭くなって適当に受け流す。
「できてからだと遅いよ」
「――責任を取る事が出来るなら、という意味だ」
余計ややこしくなった気がして、キロはため息を吐き、話題の転換を図る。
「クローナに外出許可が下りたら宿へ食べに行くから、美味しい料理を出してくれよ」
「もちろん、腕によりをかけて作るよ。それで、責任の取り方なんだけど……」
どうやら、逃がすつもりはないらしい。
すっかり外も暗くなった頃になって、アンムナが部屋に現れた。
「クローナ君は寝ているみたいだね。寝顔を覗いたら失礼かな」
「どうぞ座ってください。見舞いに来てくれた人を立たせていたら、こちらこそ失礼になりますから」
アンムナが気を使ってベッドから離れた壁に寄りかかろうとするのをキロは止め、椅子をすすめた。
アンムナは礼を言って椅子に座ると、持ち込んだ鞄の中から薄緑色の金属板を取り出した。
「約束の報酬だよ。リーフトレージという金属だ。好きに使うといい」
「本当に良いんですか?」
「僕が持っていても宝の持ち腐れだからね。昔、やけ酒をしこたま飲んだ時に勢いで買ってしまったものなんだ」
ありがたみのない由来を聞かされても、価値が下がるわけではない。
表情からキロの考えを読み取ったのか、アンムナはやれやれとばかりに肩を竦める。
「短い昔話さ。冒険者をやっていた僕はとある女性と出会ってね。当時はまだ中途半端だった僕の奥義と彼女の戦い方はあまりにも相性が良かった。一緒に組んでいろいろやったよ。パーンヤンクシュを倒して鍋パーティーとかね」
「――あの魔物、食べられるんですか?」
「あぁ、火で炙って酒の当てにすると二日酔いの防止になるよ。鍋にすると程よく肉が崩れて美味い。クローナ君は経験があるはずだよ。まぁ、そのうち食べる機会もあるさ」
パーンヤンクシュの姿を瞼の裏に思い描くキロだったが、どうしても美味しそうには見えなかった。
衝撃を受けているキロは置いておいて、アンムナは昔話を続ける。
「さっきも言った通り、僕の奥義はまだ中途半端な物でね。動作魔力の凝縮が間に合わずに手を怪我する事もあった。あの時も僕は前日に失敗をやらかして手首を骨折していたんだ。そんな中、折り悪くギルドが緊急討伐依頼を出した」
組んだ脚に頬杖を突きながら、アンムナは思い出すように瞼を閉じた。
「ギルドが組んだ討伐チームには僕の相棒だった彼女がいてね。本来は僕も参加するはずだったんだけれど手首を骨折していたから外されたんだ。討伐は滞りなく成功したんだけれど、帰り道で毒のある小型の魔物が群れていて、彼女は噛まれ、毒に蝕まれて亡くなったんだ」
アンムナは薄緑色の金属板を軽く叩いた。
「彼女が死んだ夜にやけ酒を呷って、偶然入荷されていたこの金属板をまとめ買いした。すぐにナックルを一組作って、彼女を殺した魔物の群れを探し出して片端から奥義で殴ったんだ。魔力を貯めておけるから、一日中戦えたよ」
はい、おしまい、とアンムナは薄緑色の金属板をキロに押し付けた。
「その金属板には魔力を貯めておける。貯めた魔力を使えば魔力を練る過程を飛ばせるから、魔法の発動も素早くできるんだ。当時の僕でもその金属で作ったナックルを使えば魔力の凝縮と放出だけに意識が割けるから、奥義を完璧に発動できた。一日早く手に入れていれば、彼女も死なないで済んだのにね」
――最後の言葉はずるいだろ。
眉を寄せるキロの肩にアンムナは手を置いた。
「今回は後悔の後に安堵が来た。でも、次は永遠に後悔するかもしれない。そうならないように準備しておくべきだと思うよ。僕の教訓を生かしてくれ」
押し切られる形でキロはアンムナから金属板を受け取る。
ためしに魔力を通してみると淡く光った。
夜も遅いから、とアンムナが立ち上がる。
部屋を出て行こうとするアンムナの背中へ、キロは声を掛けた。
「さっきの話に出てきた彼女って、アシュリーさんですか?」
アンムナは肩越しに振り返り、口に人差し指を当てる。
「――誰にも言っちゃダメだよ?」




