第三十四話 明かされる動機
食事を終えてシールズが宿を出ていくと、キロとクローナは午後に備えて仮眠をとるため、部屋に戻った。
扉を閉めてきっちりと施錠すると、クローナがベッドに倒れ込む。
「暴れられたらどうしようかと思いました……」
枕に顔を埋めてクローナが呟く。
「同感。心臓がねじり上げられる気分だったよ」
キロもベッドに横になり、呟いた。
花の色で押し切れなかった時の切り札として繰り出した女物の服と化粧品の話。
パン屋で聞き込みをしていた際に少年から聞いた話だったが、当初は深く考えなかった。
だが、誘拐された者達に共通する特徴と、そこから予想されるシールズの犯行動機が絡んでくると、少年の話はキロ達に一つの疑問を提示した。
シールズは被害者を飾りたてるために、服や化粧品を選んでいたのではないか。
見た目が珍しいから手元に置いておきたい、と誘拐したにもかかわらず、服も何も汚れるに任せていては本末転倒だ。
証拠になるかもしれない証言なら鎌をかけてみよう、とキロはクローナと相談し、泥臭い演技までしたのだが――当たりだったようだ。
「明日、シールズさんが追いかけてくると思いますか?」
枕に埋めていた顔を横にしてキロを見ながら、クローナが問う。
現状では外堀を埋める事しかできておらず、決定的な証拠は掴んでいない。
シールズとしては、キロ達を放置しておいても大きな脅威にはなりえないだろう。
だが、キロは確信を持って頷いた。
「来る。アンムナさんを罠にはめたのも、多分俺達を捜査から外すためだ」
「自惚れじゃないですか?」
自信なさそうに、クローナは言う。
キロは苦笑した。
「シールズさんは俺達が不動産屋の物件リストを持っていた時にも出くわした。クローナの視線や態度も合わせて疑われていると悟ったんだろう。それに、アンムナさんからシールズさんの好みが俺達に漏れるのを恐れたんだ」
遅かったけどな、とキロは締めくくり、ベッドから身体を起こした。
今頃、アンムナは騎士団にもシールズが珍しい特徴を持つ人間が好きな事を証言しているだろう。
タレこみされた逆恨みなどで証言が疑われない事を祈るばかりだ。
机に置いてある水差しからコップに水を注ぐ。
コップに口をつけて部屋の中を向くと、クローナが自分にも寄越せとばかり手を伸ばしてくる。
キロは殊更ゆっくりと水を飲み干し、コップを机に置く。
そして、水差しを持ち上げて逆さにした。
「見ての通り、空っぽだ」
「水差しの中が空ならコップの水を飲み干さなくてもいいじゃないですか」
頬を膨らませて抗議するクローナの前で、キロは再び水差しをコップに近づけ、中の水を注いで見せた。
クローナが目を丸くする。
「動作魔力で中の水を回転させてみた」
手品のタネを明かすと、からかわれた事を知ったクローナが唇を尖らせる。
「くだらない事やってないで早くお水を下さい」
「はいはい」
水を満たしたコップを渡すと、クローナは両手で持って傾ける。
クローナは一息吐いて、欠伸を噛み殺した。
昨夜は一睡もせず湿地で魔物を警戒しながら花を探していたため、疲れが溜まっているのだろう。
キロは空のコップを受け取って、机に置く。
ベッドに再び横になるキロに、クローナが声を掛ける。
「結局、アンムナさんの家にどうやって買い物かごを置いたんでしょうね?」
「そこだけわからないんだよな」
――何しろ、この世界はファンタジーだし。
未知の魔法でも使われたらお手上げだと考えながら、キロは布団をかぶった。
午後になって、キロとクローナは東の湿地帯に出向いた。
膝丈の植物が生え、ところどころに沼がある。
ちらほらと見える藍色の花が冬風に揺れている。
辺りを見回すが、人影は後方に着いてきている騎士が二人だけだ。
昨夜、キロ達が尾行してもいいと宣言した事と、湿地帯では見晴らしが良すぎてすぐに尾行がばれてしまう事から開き直ったらしい。
シールズに襲撃されるかもしれない、と騎士に伝えてあるが、信じた様子はなかった。
「騎士がいたら、シールズさんが襲ってこないかもしれませんけど?」
「かといって、尾行を撒くわけにもいかないだろ。それに、戦力は多い方がいい――」
キロがクローナに言い返した直後、重たい物がぬかるみに叩きつけられるような音が響いた。
慌てて騎士に視線をやると、二人同時に倒れ伏している。
「ダメじゃないか、僕に襲われることを教えておかなくちゃ」
倒れた二人の騎士を両足で踏みつけ、シールズが笑っていた。
声を上げる暇もなく倒された騎士達はピクリとも動かない。
その早業にも驚いたが、見晴らしが良いこの湿地で奇襲を難なくやってのけた事に、キロは驚愕した。
キロ達の警告を半信半疑とはいえ聞いていた騎士達が、シールズを発見する前に倒されたのだ。
キロは槍を構えつつ、クローナの前に出た。
「教えてあったんですけどね」
「そうかい、最近の騎士は不甲斐ないね」
シールズはやれやれとばかりに肩を竦める。口元は嫌味に吊り上げられていた。
騎士から足を降ろし、地面に着地したシールズはキロを見る。
「僕がここに来た理由について、キロ君達は誤解してると思うんだ」
「……誤解?」
油断なく槍を構えるキロがオウム返しに問うと、シールズは深く頷きを返す。
静かにキロ達へ歩み寄りながら、シールズは嘲笑に歪む口を滑らかに動かした。
「キロ君達の捜査は確かに僕へつながる状況証拠を発見している。けれど、それだけで僕を捕えられはしないだろう。だからこうして僕をここに連れ出した。そして、僕はキロ君達の誘いに乗ってノコノコと姿を現した」
キロの間合いに入るギリギリのところで、シールズは足を止める。
立てた人差し指を左右に振りながら、シールズは喉の奥からくぐもった笑い声を出した。
「これが間違いだよ。僕はキロ君達の思惑に乗ってはいないんだ」
シールズが腰のベルトから短剣を鞘ごと抜く。
怪訝な顔をするキロを指差し、シールズは獲物を狙う猛禽のように目を細め、舌なめずりした。
「キロ君達もアンムナさんに弟子入りしたなら、アシュリーさんを見ただろう?」
キロはすぐさまアンムナの家のガラスケースに収められた美しい女性の姿を思い浮かべる。
「その顔は見た事がある顔だね。あの人は美しかっただろう?」
シールズの顔に恍惚とした笑みが浮かぶ。
アシュリーの姿を思い出してでもいるのか、遠い目をして楽しそうに、嬉しそうに、笑みを浮かべている。
シールズの笑みはあまりにもいやらしかった。
「気持ち悪い人ですね……」
クローナが嫌悪感を充填した声で呟くと、シールズはすっと真顔に戻った。
「人の嗜好を否定するのは良くないな。それに、アンムナさんも大概だよ?」
「あなたと一緒にしないでくださいよ。確かに変人ですけど、気持ち悪い人ではないです」
「君達の誤解はそれさ」
クローナが否定すると、シールズは嫌味な笑みを浮かべ、クックッと喉の奥を鳴らした。
シールズは右手で自らの右わき腹を指す。
「アシュリーさんのここに、魔物に刺された傷があるんだよ」
シールズは笑みを深め、更に言葉を連ねる。
「アシュリーさんを近くでよく見てみればすぐにわかる。等身大の人形? 継ぎ目もないのに? あの肌の質感を陶器で出せるかい? 妙なる色彩の移ろいが人の手で可能だとでも? 断言しよう」
シールズは大きく息を吸い込み、ギラつく瞳をキロに向けた。
「アシュリーさんは正真正銘、人間の女性、その死蝋化した遺体だよ」
シールズは強く言い切った。
クローナが後ろで呆気にとられる気配を感じながら、キロは思い出す。
シールズの指摘は確かに頷ける物ばかりだった。
アンムナに等身大の人形と紹介されたアシュリーには、継ぎ目が存在していない。
普通、人形と言えば頭や手足、胴体などの部品に分けて制作される。当然、完成させるには各部品を繋ぎ合わせる事になり、継ぎ目ができる。
化粧などでごまかす事はできるが、近くで見ればそれとわかってしまう。
また、シールズの証言が事実なら脇腹にあるという傷の修復はしていない事になる。
あれほどアシュリーを大事に扱うアンムナが修繕をしないとは考えにくかった。
それに、とキロは思い出す。
アンムナの異常な接し方が、アシュリーが生きていた人間であったなによりの証拠に思えてならなかった。
シールズがこの場面で嘘を吐く理由もない。
「キロさん……」
キロと同じ考えに至ったのだろう、クローナが不安そうにキロの名前を呼ぶ。
「気にするな。後でアンムナさん本人に訊けばいい事だ。本題はアシュリーが人間の死体か人形かって話でもないみたいだしな」
キロがシールズを睨んでいうと、クローナもシールズに視線を向ける。
シールズはご明察、と手を打った。
「アシュリーさんは美しい。死してなお美しい。いや、死して更に美しい。彼女は死ぬことで、永遠に美しさをこの世に留める権利を得た、自然美の頂点だ!」
歪んだ思想を垂れ流しながら、シールズは大げさな身振りで両手を空に掲げた。
「君達の最大の誤解は僕の動機だよ。僕はアシュリーさんのような芸術品を作り出したい。そのための材料が欲しい。美しく、珍しく、人目を引くような材料だ」
シールズが語る動機に、キロは目を見開いた。
――愛でるためとは思ってたけど、死体にするのが前提かよ!
「あぁ、誘拐したさ。材料が欲しくてね。誘拐した後、きちんと食事を与えて万全な状態にしてから綺麗に殺すんだ。アシュリーさんのような汚点は残さない。死んでしまったら傷は治らないからね。痩せすぎていてはいけない、太り過ぎていてはいけない、髪に艶が無くてはいけない、爪はきれいに整えなければいけない、目が充血しているなんて論外、やる事は山積みさ」
滔々と語り、シールズは心の底から楽しそうに笑った。
そして、キャンパスに向かう芸術家のような瞳をキロに向ける。
「僕は君をコレクションに加えに来たんだよ、キロ君」




