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複数世界のキロ  作者: 氷純
第一章 クローナの世界

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第三十三話  鎌をかける

 朝日が昇ったばかりの頃、キロ達は防壁を潜り、カッカラの中へと戻ってきた。

 パン屋が朝の支度を始め、良い香りが鼻腔をくすぐる。

 今はまだ閑散とした通りも、じきに仕事を始める人々や朝の食事を買い求める人で溢れかえる事だろう。

 薄く霧が立ち込めていたが、キロ達の方向感覚を狂わせるほどではない。

 白くかすみがかった道の先に目指す宿が見えてきた。

 霧で顔が隠れた人物が小さくキロ達へ手を振る。


「……二人とも無事だったみたいだね」

「ナメクジみたいな魔物に襲われましたけど、沼に沈めてきました」


 手を降ろした人物、シールズにキロは答える。

 シールズは右斜め上に視線をあげて記憶を探ると、あれか、と口にした。

 キロ達を襲った魔物の姿を思い浮かべたらしい。少し不愉快そうに眉を寄せている。

 キロ達も初めて見たときは嫌悪感が湧いた魔物なので、気持ちは分かる。


「災難だったね。朝食はまだなんだろう?」


 シールズが家に招くような自然な手振りで宿の食堂にキロ達を誘う。

 宿を飛び出してからというものなにも口にしていないキロだったが、緊張が先に立って腹を減らすどころではなかった。

 それでも、シールズが逃げない様にキロ達は誘いに乗って宿へ足を踏み入れた。


「親父さん、キロ君達が帰ってきたよ」


 厨房から顔を出した宿の主がキロ達の無事な姿を見てほっとしたようにため息を吐く。


「ひとまず無事で安心したぞ。いま飲み物もってくから、席についてな」

「助かります」


 キロとクローナは口をそろえて宿の主に返事をし、席に着く。

 キロ達の対面に腰かけて、シールズがにこりと愛想笑いを浮かべて見せた。


「それで、東の湿地に行ったらしいけど、何か見つかったのかい?」


 キロはシールズに負けず劣らずの綺麗な愛想笑いを浮かべて、顎を引いた。


「見つかりましたよ」


 端的に答えるキロに、シールズが目を細める。

 無言で先を促すシールズを無視して、キロは宿の主が持ってきたよく冷えた水でのどを潤した。

 クローナが壁に掛かったメニューを指差しながら、宿の主に注文する。


「野菜がいっぱいのパスタと、何か適当にスープを二人分ください」

「僕の分は無しかい?」

「自分で頼んでください。大丈夫です、私達の分は自分で払います」


 クローナの冷たい言葉に、シールズは肩を竦めた。

 宿の主にキロ達と同じものを頼んだシールズがまた無言でキロ達を見る。

 しばらく無言のまま水を飲んでいたが、やがてシールズが苦笑する。


「僕も忙しいんだけどな」


 机に肘をついたシールズがキロ達を急かす。

 キロは笑みを浮かべた。


「――クローナ」


 小さく名前を呼ぶと、クローナは鞄から一輪の花を取り出した。

 藍色の花にはわずかに泥が付いていた。

 シールズが訝しげに片眉を上げる。


「その花は?」

「湿地帯で取ってきました。土によって赤か青の花を咲かせます」


 キロが質問に答えると、シールズはますますわからないといった風に眉を寄せる。

 次にクローナが取り出したのは鮮やかな紅色を呈する同じ花。カッカラの防壁内で育てられたこの花は、キロとクローナが早朝、植物に水をやっている園芸家から一輪譲ってもらったものだ。

 クローナが二色の花を並べると、シールズはほぉ、と感心するような声を上げた。

 話が見えてきたらしいシールズの反応を窺いながら、クローナが最後の一輪を取り出す。


「これは昨夜、湿地帯を回って手に入れた物です」


 薄い赤色の花をテーブルの上に置き、クローナはシールズを見る。

 シールズはキロへ視線を移した。


「この花がどうかしたのかな?」

「湿地帯の花は必ず青系の色で咲くんですよ。しかし、今朝取ってきたこの花の色はごらんのとおり、薄い赤。土が変わった事に他なりません」


 言い切って、キロはシールズを見つめる。

 シールズは花に視線を落とし、記憶を探るように目を細めた。

 花の色を見比べながら、シールズは口を開く。


「それで、この花の色がどうかしたのかな?」

「土が変わった、つまり誰かが湿地に別の土をばら撒いたって事です。大量に、そう、地下室でも作れるくらい大量に」


 キロはシールズを睨みながら告げる。

 しかし、シールズは愛想笑いを浮かべたままだ。


「つまり、誘拐犯が地下室を作った後、処分に困った土を防壁の外の湿地まで行って捨てた、とそう言いたいのかい?」


 シールズはクスクスと笑いだす。

 椅子の背もたれに体重を預け、腕を組んだシールズは、はっきりと首を振った。


「犯人だって、土を捨てた場所くらい確認しに行くだろう。花の色が変わっていたら何かに気付くと思うね」

「花が咲いた時期にだけ土を捨てていたらそうでしょうね。この花が咲く前からずっと土をばら撒いていたのだと思いますよ。少量の土を数回に分けてしか運べなかったから」


 地下室を作るほどの大量の土砂だ。秘密裏に処分するためには少しずつ地下室を掘り進め、そのたびに土砂を外へと運び出すしかない。

 先に地下室だけ作るという方法は、土砂の置き場に困るために使えない。

 キロはクローナと共に推理した事柄を脳内で再検証しつつ、シールズの表情を窺う。

 シールズの愛想笑いが崩れ、わずかに嘲笑するような色が混じり始めていた。

 よくよく見なければ気付かない、あまりにもわずかな変化だ。


「面白い仮説だね。でも、僕にだけ教える理由がいまいち分からないかな」


 シールズは口端を吊り上げ、探るような目をキロに向ける。

 キロは真っ向から見つめ返し、不意打ち気味に微笑んだ。


「俺達は捜査を外されてしまいましたから、ギルドや騎士団に信頼されているシールズさんから話してもらいたいな、と思ったんですよ」

「そういう嘘は好きじゃないよ。キロ君達は捜査から外すという通知をまだ貰ってはいないだろう?」


 騎士団から事情聴取を受けた後、キロ達はギルドに顔を出すことなく東の湿地へ向かった。通知を受ける暇はなかったため、キロ達はまだ正式に捜査から外されてはいない。

 事実を突かれても、キロはひるまずに微笑み続けた。


「シールズさんと、俺達とでは立ち位置が違うでしょう?」

「……どういう意味かな?」

「買い物かご」


 単語で返すと、シールズは小さくため息を吐いた。

 捜査から外されることが内々に決定しているキロとクローナとは違い、シールズはアンムナの家に買い物かごがあると騎士団に垂れ込んで捜査に貢献している。

 発言力の違いを、キロは指摘したのだ。


「それとも、シールズさんは東の湿地に土を捨てている誰かについて、ギルドや騎士に報告できない理由があるんですか?」

「こらこら、話が逸れているだろう」


 キロが皮肉を口にすると、シールズは話を軌道修正した。

 シールズは組んだ手をテーブルに置いて、キロに視線を注ぐ。


「僕の発言力を使わないとギルドや騎士団が取り合ってくれない、それくらい根拠が弱いのかな、と聞いているんだよ」


 テーブルに置かれた花を顎で示し、シールズはキロを見つめる。

 ――ばれたか。

 キロはテーブルの花をちらりと見る。

 三つの花の内、クローナが最後に取り出した薄赤色の一輪、実はカッカラ内で取れたものなのだ。

 夜の湿地で魔物の脅威にさらされながら、キロとクローナは魔法の明かりを灯して散々探し回った。

 しかし、赤色の花は結局見つからなかった。

 広範囲に薄く土をばら撒いたのか、長期間少量ずつばら撒いたがために降雨や微生物の影響で酸性度が変わらなかったのか。

 いずれにせよ、赤色の花が無くては話にならないため、キロとクローナはカッカラに戻るなり薄赤色の花を一輪調達してシールズに鎌をかけたのである。

 キロ達に鎌をかけられている事をシールズが見抜いているのかどうか、キロは表情を窺う。

 ちょうど宿の主が料理を運んできたため、キロ達は一斉に口を閉ざした。

 宿の主は何か言いたそうにキロやクローナを見たが、場の緊迫した空気に遠慮して厨房へ戻っていった。


「キロ君達の仮説はなかなか面白いと思うよ。その仮説が事実なら、カッカラに存在する家は全て捜査対象になる。根拠があるならきちんとギルドへ報告するといい。君達自身で、ね」


 にっこりと笑ってシールズは締めくくった。

 フォークを取って、シールズが料理に手を伸ばす。

 キロとクローナも同じようにフォークを取り、パスタをからめ捕る。

 シールズが口にパスタを運ぼうとしたタイミングを見計らい、キロは独り言のようにぽつりと呟いた。


「女装って楽しいのか?」


 シールズの手が止まった。


「何の話――」

「化粧品は定期市で買うのが良いらしいですよ」


 シールズの言葉を遮るように、クローナがキロの呟きに答える。

 ここに至って、シールズもキロ達が事前に示し合せた会話をしていることに気付いたらしい。

 鋭い目つきでキロとクローナのやり取りを見つめ始める。

 視線に気付いていたが、キロもクローナも茶番をやめるつもりはなかった。


「人形に着せる服なんかも売ってるって話だったな」

「アンムナさんが聞いたら喜ぶかもしれませんね。後は、アシュリーを欲しがっている人とか……もしもそんな人がいたら、ですけど」


 クローナがシールズに一瞬だけ視線を向ける。

 険しい顔をしていたシールズが取り繕うように咳払いをして愛想笑いを顔に張り付けた。


「二人とも、いきなり話題を変え過ぎだよ」


 キロはクローナと顔を見合わせて笑いあうと、そのまま笑顔をシールズに向けた。


「話題は変わってませんよ?」

「明日の捜査予定を話し合ってるんです」


 シールズの愛想笑いは剥がれない。

 それでも、シールズを追いつめている感触がキロにはあった。


「明日は午前中に定期市で女物の服や化粧品を買った客について調べて、午後は湿地に向かおうと思ってます」

「……そうか。気をつけていくんだよ」


 シールズはぞっとするほど抑揚のない声で注意を促すと、食事を再開する。

 キロはパスタを絡めるためにフォークをくるくると回しながら、口を開いた。


「えぇ、気を付けておきます。湿地では特に」


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