第三十二話 証拠はいずこ
シールズ犯人説を突き詰めていくと、被害者の監禁場所という問題が出てくる。
シールズの家はキロとクローナも遠目で見ただけだが、調べでは地下室がなく周辺は人通りが多い。
「個人で地下室を掘った可能性もあります」
とクローナは意見を口にするものの、あまり現実的な見方ではないとキロは思う。
「掘るのは良いとしても、土砂は何処に捨てるんだ?」
地下室を作れるほどの空間を掘り抜けば大量の土砂が出てくる。防壁の内側で捨てれば人目に付き、防壁の外へ持ち出そうとすれば衛兵の目をかいくぐる必要がある。
キロの疑問にクローナは明確な回答を用意していなかったらしい。腕を組んで困り顔をすると周囲を見回してヒントを探し始める。
キロは何か見落としていないかと記憶を探っている内に、初めてシールズと会った時の事を思い出した。
「……東の湿地帯」
ぼそっと呟いたキロを見て、クローナは何かを閃いたようだった。
「そうです、シールズさんは防壁の外へ狩りに行く時は馬車を複数用意します。荷台の床板を二重にして土を入れれば、少量ずつですけど持ち出せますよ」
名案とばかりにクローナは機嫌良さそうに笑う。
「そういえば、馬車には泥汚れが付いていませんでしたね。悟られないように洗い流したと考えれば辻褄が合います」
「けど、証拠はない」
キロはため息交じりに呟く。
シールズの家に地下室が出来ているなら、直接乗り込むという最終手段もある。しかし、証拠もなしに大胆な行動に出るのは難しい。
犯人扱いしておいて、間違いでした、では済まされない。捜査から外されているのだからなおさらだ。
水を差されたクローナが微妙な顔をする。
「とにかく朝になったら東の湿地帯へ行ってみましょうよ」
何か分かるかもしれません、とクローナはやる気満々で拳を握る。
やる気満々とはいえ、夜の闇の中で湿地に行こうとは言い出さないらしい。
ぬかるみにはまって身動きが取れなくなると簡単に予想できるからだろう。
動作魔力を使えば抜け出せるとは思うが、魔物との戦闘中にぬかるみに嵌ったらと考えるとぞっとする。
「朝まではシールズさんの動きを追うか」
尻尾を出すとは思えないが、朝までは他にする事もない。
娘の無事を心配する宿の主を気にせず部屋で眠れるほど、キロやクローナの神経は図太くなかった。
「食事の約束があるので、宿に顔を出すはずです」
シールズの行動を予想して、クローナが爪先を宿へ向ける。
シールズが来ていなくとも、捜査の進捗状況を被害者の家族である宿の主は教えられているかもしれない。
キロはクローナを追って道を曲がる。
宿へと向かう道すがら、クローナはそっとキロに近寄って、小さく囁く。
「私達に共犯の容疑がかかっているなら、騎士に尾行されていたりするでしょうか?」
騎士団に泳がされている可能性について、キロも考えていた。
しかし、やましい所もないので放置でも構わないと判断したのだ。むしろ、無実を証言してくれるのだからありがたいくらいである。
キロはクローナを横目に見て、口を開く。
「気になるなら後ろを向いて、こう言えばいい。その程度で闇に紛れているつもりか。ほら、リピートアフタミー」
キロが適当なセリフを教えて煽ると、クローナは悩むように眉根を寄せる。
「そのセリフ、誰も尾行してきてなかったらすごく恥ずかしいと思うんですけど」
――ばれたか。
キロは内心で舌を出したが、口から出た言葉は別の物だ。
「誰も尾行してきていないなら目撃者は俺だけだろ。台詞を考えた本人を前に恥ずかしいもないと思うんだ」
「……確かに、そうですね」
キロに言いくるめられたクローナは意を決して後ろを振り向く。
「その程度で闇に紛れているつもりか、姿を現せ!」
更に言葉を付け足して、クローナはビシッと道の先を指差した。
「――なんて、言ってみたり」
威勢よく言い切ったものの、恥ずかしくなったらしいクローナは照れ笑いをキロに向けた。
「貫き通せばおもしろかったのに」
「無理ですよ。やってみればわかります」
「やらなくても分かる」
肩を竦めるキロの腕を軽く叩いて、クローナは照れて赤くなった頬を隠すように俯いた。
「人がいなくてよかったですよ」
クローナがクスクスと笑う。
キロの耳には出鼻を挫かれてたたらを踏む足音が聞こえていたが、口には出さなかった。
宿の前には宿の主がまだ立っていた。
宿の主はキロとクローナを見つけると、その後ろに娘の姿がない事を確認して落胆のため息を吐く。
「まだ見つからないんですね」
「あぁ、騎士団が頑張ってくれていると分かっているんだが……」
自分の足を動かしていないと不安なのだろう、宿の主の視線は落ち着かない。
――ずっとこの調子なら、かなり疲れてるだろうな。
あまり無理はさせたくないものだと思いながらも、キロはクローナの背中を軽く押して促す。
クローナは宿の主を心配そうに見ていたが、ここに来た目的を果たすために口を開く。
「シールズさんには伝えてくれましたか?」
騎士の事情聴取を受けに行く前に、頼んだ伝言についてクローナが訊くと、宿の主は頷きを返した。
「奢ってもらう約束をしてたんだろ? すまんな、中止にしてしまって」
「いえ、それは別にいいんです。シールズさんは何か言ってましたか?」
「自分も探してみる、とさ。夜が明けたらもう一度ここに来るそうだ」
宿の主は再度ため息を吐いて通りを隅々まで見回した後、キロ達に視線を向ける。
「腹は空いてないか? なんか作ってやれるが」
「良いんですか……?」
ありがたい申し出だったが、宿の主を気遣ってクローナが心配そうに言葉を返す。
宿の主はコリをほぐすように肩を回した。
「仕事でもしてないと悪い方向にばかり考えるからな。それに、お前さんらは捜索に出てくれるんだろ。腹に何か入れておけば長く捜索に加わってくれそうだ」
冗談めかして言うと、宿の主は厨房へ足を向けた。
宿の主の足取りから、無理をしている事が分かった。
クローナは眉を八の字にしてキロを見る。
「食べて行こう。その代わりというのもおかしいけど、必ず探し出すぞ」
キロの言葉に、クローナは頷いた。
食堂には誰一人いないだろうと思っていたが、キロの予想に反して何人かの常連らしい客の姿と、近所の家の住人がやってきていた。
宿の主を心配して顔を出したのだろう。
キロとクローナは軽く挨拶を交わして席に着いた。
厨房から何かを炒める音が聞こえてくる。香ばしくも甘い香りは香辛料とハーブを混ぜた物だろうか。
ほどなくして運ばれてきたのはパンをかなり細かくちぎって数種類の野菜や肉と一緒に炒めた料理だった。コメがパンに変わっただけのピラフに見える。
スプーンで掬って口元に運べば、立ち昇る湯気が甘辛い。
実際、食べてみればパンの塩気に合わせて野菜の甘みが広がり、肉のうま味と香辛料の辛みが後を追いかける。
甘さは後を引かず、気付けば次の一口を求めてスプーンを動かしていた。
「少し塩を入れ過ぎたかと思ったが、気に入ってくれたみたいだな」
「ちょうどいい塩加減ですよ。今日一日歩いてばかりだったのもあると思いますけど」
クローナの言葉に、キロは全力で頷いた。
――お世辞抜きに、これは美味い。
肉汁を吸ったパンが肉と野菜との橋渡しも兼ねており、スプーンの上で掬った具材の組み合わせにハズレがない。
「それ、娘が考えたんだ」
「絶対に見つけ出す」
「キロさん、目の色が変わり過ぎです」
完全に胃袋を掴まれたキロは決意する。
頭脳はすでに回転を始め、カッカラに来てからの事を片端から思い出しては何かヒントになる物はないかと探していた。
「クローナ、以前ゴブリンから渡された花の中に、土次第で色を変える花があったよな?」
「そういえばありましたね」
ゴブリンと聞いて眉を潜めたクローナは、キロの言葉に首を傾げる。
キロはクローナの反応には頓着せず、さらに質問する。
「カッカラの中と東の湿地帯で花の色はどうなる?」
「……カッカラの中では赤、湿地帯では色の濃さが変わりますけど必ず青です」
何かに気付いたように、クローナの目が細められる。
キロは小さく頷いた後、問いかけた。
「咲いてるか?」
「咲いてます」
キロとクローナはしばらく見つめ合った後、料理に視線を落とす。
直後、スプーンがひらめいたかと思うと、宿の主や常連客達が思わず拍手してしまうほどの無駄のなさで料理を平らげていた。
拍手を受けて立ち上がった二人は、宿の主に向き直る。
「シールズさんが来たら、情報交換したいからここで待っていてほしいと伝えてください。ギルドではなく、ここです」
「構わないが、お前さんらは何処に行くんだ?」
「証拠を探しに今から湿地帯へ」
「おい、外は真っ暗だぞ?」
宿の主の制止も聞かず、キロとクローナは宿を飛び出す。
防壁への道を走り出す直前、キロは通りの隅に声を掛ける。
「見張るのは構わないけど、遅れるなよ!」
動揺するような気配と共に数人の騎士が出てくる。
キロとクローナはすでに走り出していた。
クローナがキロに並走しながら、一つだけ心配があると切り出す。
「シールズさんが土を長期間ばら撒いていれば、花の色が変わるかもしれません。けど、変わってなかったら?」
「普段の行いの良さを見せつけるとするさ」
キロは不敵に笑った。




