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複数世界のキロ  作者: 氷純
第一章 クローナの世界

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第三十一話  容疑者

 事情聴取を終えた後、キロとクローナは宿の娘の捜索に出た。


「どこに行きましょうか?」


 クローナが周囲を見回しながら、キロに捜索場所の候補を訊く。


「アンムナさんの家だろ」

「キロさんまでアンムナさんを疑うんですか?」

「……分かってて訊いてるだろ?」

「一応、お互いの考えをすり合わせておきましょうよ。新しい発見があるかもしれません」


 キロはため息を吐き、アンムナの家へ足を向ける。


「俺達がアンムナさんの家を出た時、小物入れの上には何もなかった。俺達が出払った後で騎士団がアンムナさんの家の中を覗いて小物入れの上に買い物かごを見つけた。それなら、誰かがアンムナさんの家の中に入って買い物かごを小物入れの上に置いたって事になる」


 張り込んでいた騎士の目をかいくぐって、という前提条件があるものの、キロもクローナも小物入れの上に何もなかったという事実を知っている。

 真偽の判断が必要な騎士団とはスタート地点が違うのだ。

 キロは小物入れの上に何も置かれていなかった事を念頭に置いて考えており、クローナも疑問を挟んでこなかった。


「動機はやっぱりアンムナさんに濡れ衣を着せるため、ですよね?」

「そこは少し引っかかる。物証がなくて捜査に行き詰っていた所だったんだから、わざわざ濡れ衣を着せる意味があまりない。犯人を絞り込めないなら、物的証拠を提供して公然と誘拐事件として捜査する口実を与えるのは犯人にとっても不利だ」


 キロ達も不動産屋から物件リストを手に入れる際に苦労した。秘密捜査だからこその苦労だ。

 しかし、誘拐事件としての捜査ができるようになった今、制約の大部分が解除される。


「犯人の動機が他にあるって事ですか?」

「それはまだ分からないけど、今回の件で重要なのは犯人の動きが分かっている事だ。おかげで容疑者の絞り込みが容易になる」


 アンムナの家から買い物かごが見つかった以上、犯人はアンムナの家に一度侵入する必要がある。

 そして、侵入した時間はキロ達が家を出てから騎士団が中を覗くまでの限られた時間だ。


「しかも、アンムナさんの家の周りには騎士団が張っていた。誰かが犯人の姿を見ている可能性がある」

「でも、騎士団は人影を見ていませんよ?」

「その場にいたらおかしい人物という括りの中での話だ。アンムナさんの家の側にいてもおかしくない人物がいるだろ」

「張り込んでいた騎士団と情報提供をした人物、ですね」


 騎士団員犯人説を大通りで公言するのは憚られ、クローナが声を落とす。

 キロも小さく頷いて返した。


「どちらによるものかで対応は変わってくるけど、俺は情報提供した人物が犯人の可能性が高いと思う」


 キロ達の記憶と矛盾した証言をした人物だ。

 嘘の証言をするからには目的があるはずで、実際に宿の娘の買い物かごが出てきた事を踏まえると行方を知っている可能性が高い。

 クローナも同じ意見なのだろう、反論はなかった。

 クローナが夜空を仰ぐ。すでに深夜と言っていい時間、満点の星空が広がっている。

 男女二人で夜空を見ているというのに、微妙な空気が漂っていた。


「問題の情報提供した人物ですけど……」

「順当に考えて、シールズさん、だよな」


 アンムナの家を訪れる人間は少ない。遺物潜りを習いに行っているキロとクローナ、シールズの三人を除いて近寄ろうともしないだろう。

 昼頃にシールズが家に来たとアンムナも発言している。


「アンムナさん、弟子のシールズさんの罠にかかったなんて知ったら、どう思うでしょうか」


 クローナが心配そうに呟く。


「言わないわけもいかないけど、まだ確証はない。それに、俺達が考え付く程度の事はアンムナさんも分かってるよ」


 そうですね、とクローナはため息を吐き、正面を見据えた。

 キロもまた前を見る。墓場はすぐそこだった。

 普段は明かりもないだろう墓場周辺には煌々と魔法による明かりが灯っている。

 騎士達が周囲に目を光らせているのが見えた。


「――君達、何をしている?」


 騎士の一人がキロ達を見つけて怪訝な顔で声を掛けた。

 関係者以外立ち入り禁止といった雰囲気だ。

 騎士の声を聴きつけた幾人かの騎士がキロとクローナに視線を向け、あ、と何かに気付いたような声を上げる。


「君達、アンムナと一緒に家から出てきた……どうして、ここへ?」


 騎士の目が容疑者を見るような物に変わる。

 キロは愛想笑いを浮かべながら片手を挙げた。


「事情聴取が終わったので、様子を見に来ました。それと、いくつか聞きたい事がありまして」


 クローナがキロの言葉を翻訳して伝える。

 騎士は首を振った。


「だめだ。君達には捜査から外れてもらう。追って、ギルドからも通達があるだろう」


 騎士は片手を突き出し、それ以上近寄るなと身振りで示す。

 ――アンムナさんの関係者だからか。当然と言えば当然だな。

 キロ達が共犯でなくても、容疑者と師弟関係にある以上は捜査に個人の感情が加わりかねない。

 未だに誘拐された人々が見つかっていない切迫した状況下で、捜査をかき回されては騎士達も堪らないだろう。

 キロはクローナと一瞬だけ視線を交わす。


「せめて、家の扉や窓が開いていなかったかどうかだけ、確認できないか?」


 クローナは頷いて、騎士に訊ねるが、首を振られてしまった。

 捜査情報を一切漏らすつもりがないようだ。

 キロはこめかみに指を当てて少し考えた後、重苦しいため息を吐く。

 ――やりたくないけど、仕方ないかな。


「クローナ、騎士に腕輪を貸してくれ」

「良いですけど、無駄だと思いますよ?」


 クローナに腕輪を渡された騎士は訝しげにキロを見る。


「何かな。我々も忙しいのだが」

「まぁ、そう言わずに。師匠が捕まってしまって、俺達としても肩身が狭いんですよ」

「……それは気の毒に。だが、それならなおさら君達に捜査情報を漏らすわけにはいかないんだ」


 騎士は心苦しそうに目を逸らす。根はやさしい性格なのだろう。

 キロは罪悪感を覚えたが、いまさら引くわけにもいかない。


「捜査情報を外部に漏らさないという方針にはむしろ賛成なんですよ。タレこみの件があるので、シールズさんに関しては師匠を売ったとさえ思われるかもしれません。飛び火するかもしれないから、俺達も他人事じゃない」


 同意を求めるように、キロは愛想笑いを浮かべたままわずかに肩を竦める。


「捜査情報に関しては諦めます。ただ、せめてシールズさんが情報を提供したことは捜査に加わるほかの冒険者の皆さんにも内密にお願いできませんか?」


 キロが小さく頭を下げると、騎士は頭の後ろを掻いた。


「我々としても、最初からそのつもりだ。シールズさん自身、苦渋の決断だったろうからな」

「ありがとうございます」


 キロはもう一度頭を下げた。


「――ところで、窓や扉は開いていませんでしたか? 情報提供者がシールズさんなのは分かりましたけど、他にも聞きたい事があるんです」

「あぁ……」


 鎌を掛けられていた事に気付き、騎士は呻くような声を出して空を仰いだ。


「……君、それは卑怯だろう」

「肩身が狭いのは本当ですよ。今日いなくなってしまった子は俺達が泊まっていた宿の娘さんなので、帰るわけにもいかないです」

「普段の行いが悪いからこんなことに巻き込まれるのではないかな?」

「悪を憎む善良な心がこんなことに首を突っ込む原動力です」


 皮肉にひるまず、キロは即座に言い返した。

 口の減らないキロに対して何かを言う気も失せたのだろう、騎士は額を押さえる。


「とにかく、これ以上は話せないよ。君達の立場には同情するが、我々も仕事だからな」


 キロは礼を言って腕輪をクローナに返してもらい、アンムナの家に背を向けた。

 騎士の雰囲気でキロが情報を引き出した事に気付いたらしいクローナが、話を促すように首を傾げる。


「情報提供者はシールズさんだ。アンムナさんの証言と俺達が見た事実、シールズさんの証言、やっぱり時系列がおかしいな」

「シールズさんの事、調べますか?」

「悟られないように調べよう。動機も含めて、何もかも分からないんだからな」


 キロが何から調べようかと考え始めた時、クローナが首を傾げる。


「動機ならありますよ」


 キロはつい足を止め、クローナを見つめてしまう。

 夜の通り、星空の下で見つめ合う男女というシチュエーションを台無しにする、こいつ何言ってんの、という表情のキロにクローナがむくれた。


「ちょっと考えればわかるじゃないですか。アンムナさんも言ってましたけど、シールズさんは珍しい特徴を持つ人が欲しいんですよ。老若男女問わず、珍しければ誰でもいいんです」


 キロは記憶にある失踪者の特徴を振り返る。

 ――そういえば、目の色が左右で違う人がいたな。

 失踪者を探す際の手掛かりとして提供された情報に、珍しい特徴を持つ人がいた事を思い出す。

 失踪者がすべて珍しい特徴を持っていたわけではなかったが、情報漏れの可能性もある。


「質の悪いコレクターだな」

「でも、誘拐された人達が生存している可能性は高まりましたよ」

「剥製にでもされてなければな」

「うわぁ……」


 キロの発想にクローナがドン引きした。

 その時、キロは捜査中に失踪してしまった冒険者の事を思い出す。


「失踪した冒険者が食品関係を調べてた理由は、シールズさんが誘拐した人の栄養を管理して、生かしているって思ったからか」

「眼は剥製に出来ませんからね」

「悪かったよ、変なこと言って」


 ――言った自分でも気持ち悪いって思ったくらいだし。

 とはいえ、失踪者の生存が望めるのなら、やる気も増してくる。

 キロは誘拐現場を直接押さえる事は出来ないだろうかと考えて、はたと思い至る。


「もし、珍しい身体的特徴を持っている人を誘拐しているなら、次の標的って……」

「キロさん、かもしれませんね。髪も肌の色も珍しいですから」


 クローナはキロを指差しつつ、何も心配はいらないとばかりの明るい笑顔で言ってのける。


「その時は、返り討ちにしちゃいましょう」


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