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複数世界のキロ  作者: 氷純
第一章 クローナの世界

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第三十話  食い違う証言

「詳しい話は詰所の方で聞く。抵抗はしないでもらえるかな、アンムナさん」


 初老の騎士が部下達に顎で騎士団詰所の方角を指す。

 連れて行け、という意味だろう。

 その時、アンムナの表情に初めて影が差した。


「ちょっと待ってくれないかな。大丈夫、逃げ出す気はないよ」

「そうしてくれると助かるね。……正直、アンムナさんをこの人数で抑えきれるとは思ってないんだ」


 アンムナの冒険者時代を知っているのだろう、初老の騎士は苦い顔で答える。

 二人の会話を見守っているキロとクローナに、アンムナが突然声を掛けた。


「キロ君、それに、クローナ君も、依頼を出していいかな? 報酬は僕が冒険者時代に買ったとある金属板。クローナ君の杖を補強するのに使えるはずだよ」


 言われて、キロはクローナが持つ杖をちらりと見る。

 羊飼い時代からクローナに愛用されている杖は傷んでこそいないが、ところどころに傷が目立つ。

 今までの魔物との戦いを思い出すと、魔物の力に耐えるほどの強度がクローナの杖にあるか疑問が浮かぶ。

 迷うキロとクローナの気配を察したのか、アンムナが言葉を続けた。


「ただの金属板じゃない。キロ君が使ってるグリンブルの牙製の槍と同じで魔力との親和性が高い物だ。丸一日、魔力を充填しておける」


 金属板の特徴を聞いて、初老の騎士が目を見開いた。他の騎士達も驚愕の表情でアンムナを見つめている。

 騎士達の反応だけで、アンムナが出してきた報酬がどれだけの価値を秘めているのか察する事が出来た。

 しかし、高額の依頼料を出すからには、それに見合った仕事の内容だと考えるべきだ。二つ返事で受けるわけにはいかない。


「依頼内容を先に訊いても?」

「アシュリーが誰にも触れられないよう、見張っていてくれないかな。彼女に触れる者がいたら、牢を破ってでも殺しに行きたくなるだろうから」


 真顔で言ってのけたアンムナに、初老の騎士が顔を青ざめさせた。


「アンムナさんはあくまでも容疑者だ。牢に入れるわけじゃない。あの人形が気がかりなら詰め所に運ぶから、暴れるのだけはやめてくれ」


 初老の騎士が慌てて譲歩すると、キロに吹き飛ばされた新米騎士達が顔を顰める。

 墓場のアンムナ、などと気味悪がられるだけの男になぜ下手に出なければいけないのか、そんな不満げな表情だった。


「詰め所には先輩の騎士もいるんですから、魔法使い一人が暴れてもすぐに取り押さえられるでしょう」


 こらえきれなくなって不満を吐き出す新米騎士を、初老の騎士は鋭い視線で射貫いた。


「建物の中でアンムナとの戦闘なんか御免だ。倒壊しちまう」


 新米騎士はなおも腑に落ちない顔をしていたが、大先輩にあたるだろう初老の騎士に睨まれて口を閉ざす。


「運んでくれるらしいから、キロ君達には詰め所までアシュリーの護衛を頼むよ。その後は真犯人を探してくれ」


 アンムナは騎士達の仲違いに一切興味がないらしい、キロ達を振り返ると依頼内容を変更した。

 元々、キロ達は失踪事件の捜査をしていたのだから、アンムナに言われずとも犯人捜しをするつもりだ。

 それじゃあ行こうか、とアンムナが騎士達を促して歩き出す。

 何故か主導権を握っているアンムナを見ていると、心配するだけ損をする気がして、キロは苦笑した。

 アシュリーを運び出すのは明日に決まり、アンムナを連行する騎士達と共にキロ達も詰所へ向かう。

 キロ達は直前までアンムナの家にいたため、事情聴取がしたいらしい。


「……あんた、逃げようとか思うなよ?」


 新米騎士二人が警戒心を込めた目でキロを睨む。

 二人がかりで取り押さえようとして返り討ちにあったからだろう。

 先ほどは咄嗟の事でよく見えなかったが、新米騎士はキロと同じくらいの年齢だった。


「逃げないよ。それより、さっきは振り払ったりして悪かった」


 キロが素直に謝罪し、クローナがそれを通訳する。

 キロが使う日本語に一瞬だけ奇異の目を向けた新米騎士達はジロジロと無遠慮な視線を注ぎ始める。

 新米騎士達の失礼な態度にキロは苦笑を返すだけに留めたが、クローナは機嫌を悪くしていく。


「あんたみたいなひょろい奴、油断しなければ簡単に捕まえられるんだからな」


 余程プライドを傷つけられたのだろう、新米騎士が悔しそうに呟いた。


「……実戦で油断する方がどうかしてますよ」


 ポツリとクローナが呟く。

 新米騎士がむっとしてキロを睨んだ。

 ――えぇ……こっちかよ。

 キロの言葉を翻訳したのだと思ったらしい。

 言い訳しようにもクローナがいなければ通訳もままならない。腕輪を渡せば解決するが、敵意満々の新米騎士に渡してしまうとどんなふうに扱われるか心配だ。

 キロはなすすべなく睨まれるしかない。

 しかし、クローナがますます不機嫌になっていった。


「私のパートナーを睨まないでくださいよ。見た目はちょっと細いですけど、あなたたち二人を倒すくらい頼りになるんですからね」


 ――細い事は否定しないんだな。

 たくましいとはお世辞にも言えないが、平均的な体型を自負するキロにとっては文句の一つも言いたくなる評価だ。

 クローナが売り言葉を口にしたことで、新米騎士達も口げんかの相手を定めたようだ。視線の向きがキロからクローナに変わる。

 だが、新米騎士達がクローナに視線を定めた直後、キロは片手を挙げてクローナと新米騎士の間に仕切りを作る。


「……クローナ」


 叱る調子で名前だけを呼ぶと、クローナは頬を膨らませて口をつぐんだ。

 アンムナを囲んでいた騎士の一人がキロ達を振り返る。険悪な空気に気付いたのだろう。

 騎士はクローナと新米騎士の睨み合いをみて、顔を顰める。


「おい、ひよっこ共、向上心は結構だが、自分の実力を考えろ。そこの二人はお前らとは比べ物にならん。ギルドの紹介状持参でカッカラに来たんだからな」

「え、紹介状⁉」


 新米騎士達のキロを見る目が変わった。

 しかし、キロは何に驚いているのかよく分からなかった。クローナを見ても、新米騎士達の態度の変化についていけず、きょとんとしている。

 キロ達の間が抜けた反応に毒気を抜かれたのか、新米騎士達は呆れが混じった声で説明する。


「ギルドが紹介状を出して送り出すって事は、行く先の町で必ず役に立つ人材だって太鼓判を押してるのと同じだろ。実力を認められないと紹介状なんて出してもらえないんだよ」

「その紹介状、クローナの土地勘でもらったものだから、俺には関係ないと思う」


 キロは言うが、新米騎士は大げさに呆れのため息を吐いた。


「確かに評価の上乗せはされるだろうけど、土地勘だけでもらえるわけないだろ。冒険者は戦力なんだ。戦闘技能の比重が一番大きい。紹介状をもらう前になんかしなかったか? 手強い魔物を倒したとか、決闘か何かで戦闘力を計られた、とか」


 ――どっちも当てはまるな。

 嫌味になりそうだったのでキロは言葉に詰まるが、クローナはここぞとばかりに胸を張って答えた。


「パーンヤンクシュを倒して、冒険者二人を相手に決闘して圧勝しました!」

「圧勝は言いすぎだろ」


 キロは即座に突っ込みを入れるが、新米騎士達はやっぱりな、と納得したように頷くだけだった。


「パーンヤンクシュってみたことないんだけど、どんな魔物なんだ?」


 興味津々に新米騎士が訊ねてくる。

 クローナはまんざらでもなさそうな様子でパーンヤンクシュ戦を語り始めた。

 一度司祭に話したからだろうか、それとも日記にまとめた経験からだろうか、クローナの語り口は臨場感をたっぷりと含みつつも要点を押さえていて、当事者であるキロも感心するくらい面白い話になっていた。

 時折、新米騎士達がキロの視点から見た戦闘の様子も聞きたがるので、逐一答えていく。

 なし崩し的に打ち解けてきた辺りで、騎士団の詰め所に到着した。

 当然のように、容疑者であるアンムナとは違う部屋へ案内される。

 キロ達の話を聞くのは新米騎士達を窘めた先ほどの騎士だった。


「座ってくれ。あまり時間は取らせない」


 騎士が腰かけた椅子が軋み、耳障りな音を立てる。

 キロとクローナが席に着くと、騎士は紙を準備する。調書を作成するのだろう。


「アンムナさんとの関係から、話してもらおうか」


 騎士は友好的な笑みを浮かべて、キロ達にいくつか質問する。

 キロ達は質問に可能な限り丁寧に答えていく。

 アンムナとの関係から始まり、今日一日何処にいて何をしていたのかといったアリバイ、アンムナの様子や失踪した宿の娘の様子にも触れた。

 質問は次々と移り変わり、ついにアンムナが捕まった原因ともいえる買い物かごについての話に入る。


「君達がアンムナの家を出た時、小物入れの上には本当に何もなかったんだね?」

「間違いありません」


 キロとクローナが声を揃えて答える。

 すると、騎士は椅子の背もたれに体重を預けて深々とため息を吐いた。


「それは、ありえないんだよ」


 確固たる記憶に基づく証言を真っ向から否定されると思わなかったキロ達は目を白黒させた。

 徐々に理解が追いつくと、クローナが机に手をついて身を乗り出す。


「ありえないってなんですか。私達が嘘ついているとでも言うんですか?」

「そこが分からん。嘘を吐く理由があるようには見えないし、そもそも嘘を吐くならもっとましな嘘を吐くだろう。君達はアンムナの家の周りを我々騎士団が張っていた事を知っていたようだから」


 嘘を吐いている事を前提とした騎士の言葉に、クローナが攻撃的な視線を騎士に注ぎつつ、落ち着いた口調で問いただす。


「私達が嘘を吐いていると思う、その根拠はなんですか?」

「君達がアンムナの家を出て、戻ってこないと見た我々はアンムナの家を窓から覗いた」


 振り返るように目を閉じ、騎士は腕を組む。

 キロは話のオチが見えて、天井を仰いだ。

 天井を仰いで投げ出したいのはこちらの方だとばかり、騎士は深々とため息を吐く。


「我々が張り込んでいる間、アンムナの家はおろか墓場に近づく人影さえ――なかったんだよ」


 クローナが身を引き、キロとは反対に額を押さえて俯いた。


「お墓なんかに住むから怪奇現象が起きるんですよ」


 ――魔法のあるファンタジー世界も大概だけどな。

 キロは心の中で思ったが、口にはしなかった。


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