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複数世界のキロ  作者: 氷純
第一章 クローナの世界
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第二話  冒険者へのお誘い

 クローナに案内されてたどり着いたのは、石の防壁で囲まれた町だった。

 防壁は全体的に曲線で構成されており、武骨ながら機能美を有した外観だ。

 門を潜り、町の中に入る。

 キロの服装が珍しいからだろう、すれ違いざまに無遠慮な視線を向けられた。


「これでも、羊が人の邪魔にならないように人通りの少ない道を歩いているんですけど……」


 クローナは言うが、本人もこんなに人とすれ違うとは思っていなかったらしい。

 申し訳なさそうな顔で先を急いでくれた。


「無理しないでいいよ。焦って羊を逃がしたら大変だ」


 キロはさりげなく街の様子を観察する。

 ――石作りの建物ばかりだな。

 丈夫そうな石作りの建物が並ぶ街並みが、キロには少し新鮮だった。

 同時に、馬車が現役で活躍している光景も見受けられ、改めて現代世界ではないと実感する。

 ――こんな腕輪作れるのに科学技術がこのレベル。魔物もいるらしいし、やっぱり、異世界だよな。

 右腕にはめた腕輪を見て、キロはため息を吐いた。

 クローナ曰く、異世界から物や人がやってくる事例は珍しいものの、文献にも記述があるという。

 ただ、キロとクローナが出会った時のような状況でない限り、異世界人と遠方からの旅人は見分けがつかない。

 だから、堂々と町を眺めていれば、初めて訪れた町に興味津々な旅人だと勘違いしてくれるだろう。

 幸いというべきか、出会い頭の羊に転がされた際に付いた泥が程よく乾き、キロは汚れていた。

 注意深く見られない限り、違和感を持たれないだろう。

 キロがあちこちに視線を転じていると、身長二メートルに達しようかという筋肉質な男の集団が歩いてきた。

 幅広の長剣や分厚い盾を持つその集団は鬱陶しそうに羊の群れを避けて防壁へ向かっていく。

 キロはクローナに視線で問う。


「冒険者ですね」

「……魔物退治したりするのか?」


 まさかと思いつつ、キロは問う。

 クローナが目を輝かせながら振り返った。


「キロさんの世界にも冒険者がいたんですか?」

「いや、冒険者はいなかったよ」


 キロも未開の地に挑む冒険者ならば聞いた事があるが、魔物なるものを倒す物騒な冒険者の存在は知らない。

 クローナが首を傾げる。


「それなら何故、冒険者って単語が腕輪で翻訳されるんですか?」


 鋭い指摘だった。

 キロが異世界人だと看破した事もそうだが、頭の回転が速いのだろう。


「物語の中に出てくるからな」


 あまり読んだ事はなかったが、知識だけはあった。

 ――往年の謎、スライムに水溶き片栗粉をぶち込んだらどうなるかも、この世界なら答えが出るんだろうか。

 元いた世界で実験バカの巣窟、科学部の友人が熱弁していた机上の空論を思い出す。

 いわく、スライムをダイラタンシー流体化させれば、打撃も斬撃も効くんじゃね?

 この世界に来る前はどうでもよすぎてまともに聞かなかったが、友人はほかにもファンタジー生物の変わった倒し方を模索していた。

 仲間内では紙一重バカとして有名だった友人の顔を思い出しつつ、キロは腕輪を眺める。

 ――なにはともあれ、ファンタジーだな。

 常識外れな事ばかりだ、とキロはため息を吐く。

 そして、ふと思いついた。


「この腕輪って魔法の道具だよな?」


 キロの質問に、クローナはきょとんとして頷いた。

 いまさら何を聞くのか、とでも言いたげだったが、キロにとっては重要な質問につなげるための足場に過ぎない。


「異世界に行くための魔法道具ってある?」


 キロは期待を込めて、本命の質問を口にした。


「聞いた事はないですね。文献に残るような異世界から来た英雄達も、帰ったという話は聞きません」


 クローナは首を振りつつ、無情に告げる。

 そうか、と肩を落とすキロを見て、クローナが困ったような顔をした。


「……家族を残して来ているんですか?」


 心配そうに、クローナはキロの顔を覗き込む。

 一瞬、児童養護施設の人々の顔が脳裏をよぎったが、キロは首を振った。


「家族は、ずいぶん前に死んだ。ただ、奨学金を返済しきってないんだ」

「ショウガ……?」

「奨学金、借金みたいなもんだ」


 単語が翻訳されなかったらしく、首を傾げるクローナを見て、キロは言い直した。

 今度は翻訳されたらしく、クローナは眉を寄せた。


「借金を返すために元の世界に帰るんですか? いえ、立派な心掛けだとは思うんですけど……」


 異世界に迷い込んでまで借金返済を考えるキロに共感できなかったらしい。

 逆の立場なら自分も同じ反応をしただろう、とキロは苦笑した。


「俺が返済しないと迷惑する知り合いがいるんだ」


 キロが奨学金を返済しなければ、施設長に迷惑がかかるばかりでなく、同じ施設の子供達も奨学金の審査に影響が出かねない。

 自分には関係ない、と割り切れるほど薄い関係ではなかった。

 クローナも納得したように頷く。


「あまり夢を見せるような事は言わない方がいいのでしょうけど、キロさんと同じように元の世界へ帰ろうとした人が何か残しているかもしれませんね」

「その方向で探すべきだろうな。その前にこっちの世界の言葉を覚えないといけないけど」


 腕輪の効果は一方的で、使用者が発した言葉は翻訳されない。

 話し相手にいちいち腕輪を渡す事でしか意思疎通ができないのでは、面倒がられて話してくれないかもしれない。


「言葉も大事ですけど、まずは生計を立てないといけないのでは?」


 クローナに指摘されて、キロは深刻な表情で頷いた。

 すぐに帰還する方法が見つかるとは思えない以上、この世界で生活基盤を築かなければならない。

 ――手に職でもあればよかったんだけどな。

 そんなものがあれば、現世でも就職活動が難航したりはしなかった。

 キロの表情から察したらしく、クローナが目を輝かせて口を開いた。


「私と一緒に冒険者になりませんか?」


 すぐ隣を歩きながら、クローナはキロに期待を込めた視線を向ける。

 突然の誘いにキロは面喰ったが、前を歩く羊を指差した。


「羊飼いの仕事はどうするんだ?」

「牧羊犬もなしに続けられる仕事ではないので、廃業です」


 言われてみればその通りだ、とキロも納得せざるを得ない。

 しかし、もっと安全な仕事を選べばよいものを、何故冒険者なのだろうか。

 キロはクローナを見て、内心でため息を吐いた。

 クローナの容姿は平均以上だ。

 羊飼いという仕事柄、少し汚れてはいるが、身ぎれいにすれば小料理屋で雇ってもらう事も出来るだろうと思う。

 キロが疑問に思っていると、クローナは遠慮がちに口を開く。


「……もう五年以上前になりますけど、冒険者の人達に助けてもらった事があるんです。村がパーンヤンクシュという魔物の群れに襲われた時、五人の凄腕の冒険者さん達に」


 もう顔も覚えていませんけど、とクローナははにかんで笑った。


「この髪飾りも、助けてくれた冒険者の方がくれたんです」


 モザイクガラスがあしらわれたヘアピンを大事そうに撫でて、クローナは懐かしそうに目を細めた。

 どうやら、昔助けてもらった冒険者達に憧れているらしい。

 キロが返答に窮している内に、羊を入れる柵が見えてきた。

 キロはクローナの指示を受けつつ羊の逃げ道を塞ぎ、ときおり頭突きされながらも、なんとか柵の中へと追い込んだ。

 服に付いた泥を払いながら、キロは周囲を見回す。

 芝生を囲んだ柵の隣には鶏小屋があり、その隣には教会が建っていた。

 さほど大きな建物ではない。キロが中学卒業まで住んでいた児童養護施設の方が大きいくらいだ。

 教会を眺めていると、裏口の扉が開き、四十代くらいの男性が出てくる。


「司祭様、ただ今戻りました」


 クローナが男性に声をかける。

 司祭と呼ばれた男性はクローナを見つけると、柔和な顔で微笑んだ。


「よく戻ったね。羊はどうだい?」

「十頭きちんとお返しします。それで、その……少しお話がありまして」


 クローナが報告もそこそこに切り出すが、司祭は笑顔で手を突きだし、さえぎった。


「先に日誌をつけてきてくれないか。私は羊の確認があるから、話は後にしよう」


 有無を言わせぬ口調でそう言うと、司祭はクローナを教会へ押しやった。

 クローナは心配そうに振り返るが、司祭が軽く手を振って見送る。

 クローナが教会に入るまで見送って、司祭は寂しそうな顔をキロに向けた。


「……クローナには聞き辛くてね。牧羊犬のシスの姿が見えないのだが、君は何か知らないかい?」


 問われたキロは右腕にはめた腕輪を見せる。

 すると、司祭は苦笑して左腕にはめた腕輪を見せた。

 クローナが教会から貸し出された腕輪を持っていた事から、司祭も持っているとキロも予想していたが、まさかはめていると思わなかった。


「教会の中からここが見えるんだよ。君が旅人なのは一目でわかる。服装が独特だからね」

「……なるほど。牧羊犬は魔物と出くわして死んでしまったそうです」


 異世界人ではなく旅人だと勘違いされているようだが、キロは訂正しなかった。

 キロの言葉に司祭は痛ましそうな顔をして空を仰いだ。


「そうか。頭の良い犬だったのだが……」


 司祭は辛そうに呟くと、キロに向き直る。


「ここまでクローナや羊を守ってくれたのだろう? 感謝するよ」


 真摯に頭を下げられて、キロは慌てた。

 森の中で遭難していた所を助け、ここまで連れてきてくれたクローナに感謝するのはキロの方だ。


「俺は何もしてません。羊の事も、ただ横を歩いていただけですから」

「そうだとしても、シスを失ってクローナも心細かったろう。君が傍に居てくれるだけで、あの子は安心できたと思うよ。表情を作るのが上手い子だから、気付かなかったかもしれないけどね」


 何を言っても感謝されそうな気配にキロは弱り、救いを求めて教会を見る。

 神の威光を期待したのではなく、何かの拍子にクローナが顔を出さないかと思ったのだ。

 もちろん、そんなに都合よく事は運ばなかった。


「クローナは羊飼いをやめて冒険者になるそうです」


 キロは仕方なく、クローナをダシに話題の転換を図る。

 司祭は眉を寄せて難しそうな顔をした。


「そうか。シスがいないのでは、仕方がないね」

「牧羊犬を新しく貰ってきて、羊飼いを再開すればいいんじゃ?」

「剣や槍とは違うんだ。そう簡単に手に入るモノではないよ」


 ――剣や槍なら簡単に手に入るのかよ。

 キロが軽いカルチャーギャップを受けている事には気付かず、司祭は続ける。


「仕事を斡旋する事も出来ない自分が不甲斐ないよ。せめて、最後の報酬くらいは色を付けるしかないね」


 司祭は力なく首を振った。

 しばらく羊を眺めていたかと思うと、再び口を開く。


「クローナは羊飼いとして近隣を渡り歩いていた」

「……はぁ」


 会話の流れについていけず、キロは曖昧に相槌を打つ。

 司祭は特に気にした様子もなく、続ける。


「魔物の縄張りだとか、水源の位置だとかの土地勘はそこらの冒険者より上だろうし、ある程度の魔物なら逃げ方を心得ているだろう」


 司祭はつらつらと述べた後、空を仰いだ。


「しかし、年頃のか弱い娘だ。荒事となれば手に余るし、侮られもするだろう。せめて、男手があればよいのだが……」

「そ、そうですねぇ」


 司祭が言いたい事を察し、キロは引きつった笑みで同意する。

 司祭はキロの顔を横目でちらりと見た。

 キロの肩を軽く叩き、無言のまま何かを託すと羊のいる柵へと歩いていく。

 残されたキロは俯いて額を押さえた。


「……どうしよう」


 出会ってさえいなければ、あるいは町まで一緒に歩いてこなければ、いつものように自分には関係ないと切り捨てる事ができただろう。

 だが、クローナが冒険者に憧れる理由を聞いてしまったし、クローナを心配する司祭の心も理解できてしまう。

 ――けど、魔物退治をするなら、冒険者は命がけの仕事だよな……。

 利益もなく、命を張れるかといえば、断じて否だ。そこまでの義理はない、とキロはそう思った。

 そんなキロの心を読んだわけでもないだろうが、司祭が柵の向こうから声をかけてくる。


「しばらくは教会に泊まると良い。粗末ではあるが、食事も出そう」


 クローナと一緒に冒険者をやる事と引き換えに、そんな言葉が裏に隠れている。

 それでも――


「よろしくお願いします!」


 キロは快諾した。


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