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複数世界のキロ  作者: 氷純
第一章 クローナの世界

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第二十八話  アンムナの奥義

 不動産屋巡りを終えても、新発見は特になかった。

 それというのも、売却済みの物件まで書かれているリストを渡すような危機管理能力がない不動産屋はそうそういないからだ。

 見せてくれとも言い出せず、キロ達は不動産屋巡りを終えたのである。

 唯一の収穫と言えば、冒険者が家を持つ例が珍しいという事、仮に家を持つ場合は街への帰属意識から冒険者をやめて騎士団に籍を置くという話だった。

 シールズはかなり珍しい冒険者らしい。


「……あれがシールズさんの家ですか」


 道の先にある赤い屋根の建物を遠目に見物しながら、クローナが呟く。

 最後に回った不動産屋からアンムナの家に向かう途上にあったため、ついでに見て行こうとクローナが言い出したのだ。


「大きいと言えば大きいけど、地下室はないらしい。なにより、周りがこれだとなぁ」


 キロはシールズの家の周りを見回す。

 大通りという事もあるが、すぐそばに広場があるため交通量はかなりのものだ。

 広場では昼に大道芸、夜には吟遊詩人や踊り子が集うとの事で、昼夜を問わず人が集まる環境である。

 誘拐してきても、人の目が多すぎて家の中に運び込めないだろう。

 また、シールズは高い知名度ゆえに来訪者が多いらしい。

 音がこもる地下室のような部屋がない限り誘拐されてきた人間が騒げばすぐに事態が発覚するだろうし、物言わぬ骸と化していれば臭いで周囲に悟られる。

 そして、キロとクローナが不動産屋にそれとなく訊ねた限りでは、シールズの家に地下室は作られていないらしい。


「ギルドも犯人の可能性が低いから、シールズさんを事件の捜査に駆り出したんだろう」


 まだ納得していない様子のクローナはシールズの家をじっと見つめていたが、やがて諦めたようにため息を吐いた。

 空を見上げれば、太陽が低い所にあった。すでに夕暮れが近い。

 アンムナが待ちくたびれているだろうから、とキロはクローナを促して歩き出す。

 例え状況証拠はアンムナが犯人だと示していても、証拠がない以上は今までどおりに接するだけだ。

 何より、キロもクローナもアンムナが犯人だとは思えなかった。

 巡回中らしい騎士団と何度もすれ違う。


「警戒がまた強化されてないか?」

「近隣に応援要請していましたから、応えた冒険者が到着したのかもしれませんね」


 ――つまり、俺達みたいにアリバイを持ってる奴が捜査に加わってくれるのか。

 警戒の目が増えれば、誘拐も難しくなるはずだ。

 騎士団の巡回と遭遇する頻度は墓場の傍まで来ても変わらなかった。

 墓場は相変わらず陰気な場所だった。

 しかし、墓場のすぐそばにある家の扉をノックすると、陰気さがすぐに霧散する。


「やぁ、二人とも遅かったね」


 後ろから墓場に似合わない明るい声を掛けられて、キロとクローナは振り返る。

 そこにはアンムナが木製のジョーロを片手に立っていた。


「丁度、墓場の花壇に水をやっていた所なんだ」


 アンムナの視線を辿ってキロも墓場に視線を移すと、彼岸花に似た赤い花が咲いていた。


「ただ、底が抜けてしまってね。手作りはダメだね、やっぱり」


 アンムナが持ち上げたジョーロは底がすっぽりと抜けてずいぶんと風通しがよくなっている。陸に船幽霊はいないぞ、とツッコミを入れたくなる豪快な底ぬけっぷりだ。

 しかし、底を支えていただろう淵部分を見ると、腐って変色しているのが見て取れた。

 キロは呆れたが同時に、アンムナらしいとも思う。


「使った後はきちんと乾かさないとダメですよ」

「……あぁ、そうか。そういう事か」


 キロの指摘で初めて気づいたらしく、アンムナはジョーロの底を眺めて無念そうな顔をする。

 キロとクローナの間を抜けて、アンムナは家の扉に鍵を差し込み、開いた。

 さぁ、どうぞ、と促されてキロ達は中に入る。


「――あれ?」


 リビングに入ってすぐ、クローナが小さく疑問の声を上げた。

 後から入ったキロも、リビングを見回して首を傾げた。


「アシュリーは片付けたんですか?」


 透明なガラスケースに収められ、その美しい姿も相俟って圧倒的な存在感を放つアシュリーの姿がいまはリビングのどこにもない。

 代わりに部屋の中央にだけ光源が足りないような酷い喪失感ともどかしさがあった。

 アンムナを振り返ると、底が抜けたジョーロとやかんとを見比べていた。代用するつもりなのだろうか。


「昼過ぎに弟子が来てね。怖いからアシュリーには地下室へ隠れてもらったんだ」


 アンムナが床を指差して苦笑する。

 ――怖いと言えば怖いよな。等身大の人形だし。

 アシュリーの姿を思い出して、キロはさもありなんと納得する。

 しかし、クローナは別の事が気にかかったらしく、小首を傾げた。


「弟子って、シールズさんですよね?」

「おや、知ってるのかい?」


 アンムナが意外そうな顔で訊き返してくる。

 言ってなかっただろうか、とキロは昨日までを振り返ってみるが、確かに記憶にない。

 アンムナの様子からすると、シールズも言わなかったのだろう。

 アンムナの意外そうな顔は、キロを視界に収めると変化し、納得顔になる。


「あぁ、キロ君が声を掛けられたのか。災難だったね」


 クスクスと笑いながら、アンムナがキロに同情の言葉を投げる。

 確かに、初対面でシールズに掛けられた言葉は気色の悪い物だった。会うたびに同じような事を言われている。

 キロが何とも言えない顔をすると、アンムナがますます笑う。


「シールズ君は珍しい容姿の人に目が無くてね。キロ君みたいな子は喉から手が出るほど欲しがるよ」


 シールズに今まで掛けられた言葉の気色悪さに証言が付いて、キロはげんなりした。

 実害はないとはいえ、好奇の目で見られるのはあまり気分が良い物ではない。

 ――この後、食事するんだよな……。

 シールズと宿の娘に約束してしまった事を悔やんでも、後の祭りだ。

 仕方がないと諦めて、キロはクローナを見る。

 シールズに対してあまり良い感情を抱いていないらしいクローナに、好奇の目で見られている事について怒らないよう言っておこうと思ったのだ。

 しかし、クローナはすでに唇を引き結んで不機嫌になっていた。


「俺の髪や肌がこの辺りで珍しいのは事実なんだから、あんまり怒るなよ」

「もちろんそっちにも怒ってますけど――キロさんは私のパートナーだから絶対にシールズさんなんかにあげません!」

「そっちか」


 独占欲からくる怒りだったらしい。

 クローナの宣言を聞いて、アンムナがクスクス笑う。


「そう、怖いよね。だから、僕もアシュリーに隠れてもらったんだ」

「アンムナさんまで……」


 意外なところにクローナとアンムナの共通点が隠されていたようだ。

 アンムナはジョーロとやかんを小物入れの上に置く。

 そして、何かを思いついたような顔でキロを振り返った。


「キロ君も僕の弟子なんだから、動作魔力の使い方を教えないといけないね」

「動作魔力での戦闘なら、少しはできますよ」


 キロは言いながら動作魔力を練り、すっと横に滑って見せる。

 アンムナが目を瞬かせる。


「もう誰かに教わっていたんだね。それにしても相変わらず練るのが早い……」


 感心するアンムナの言葉の一部に、キロは違和感を覚えた。

 ――相変わらず?

 アンムナの前で魔力を練った事はない。昨夜も延々と魔法陣の書き取りをしただけだ。

 しかし、キロが言葉の意味を問う前に、アンムナは小物入れの上に置いたばかりの壊れたジョーロを手に取り、家の奥に伸びる廊下へ歩き出す。


「二人とも、付いておいで。君達なら訓練次第で出来るようになるはずだから、教えておくよ」

「魔法ですか?」


 魔法使いのクローナが興味を惹かれたようにアンムナの後に続きながら問う。

 アンムナは肩越しに振り返り、悪戯っぽく笑った。


「単純にして困難な、奥義だよ」


 奥義と聞いて、クローナの目が輝くのをキロは見逃さなかった。

 先を行くアンムナは廊下の奥にある階段を降り始め、キロとクローナを手招いた。

 どうやら、地下へ案内してくれるらしい。

 ――アンムナさんが犯人なら、地下は見せたくないはずだけど。

 誘拐した被害者を別の場所へ移動させた可能性もあるため、すぐに容疑が晴れるわけではなかったが、キロはほっと安堵の息を吐いた。

 せっかく地下に入る機会を得たのだ。手掛りを探しておけばよい。被害者の物が何か落ちていればそれまでだが、なければひと安心できる。

 キロはクローナに視線で協力を頼もうとするが、奥義を教えて貰えることに浮かれている彼女は前ばかり見ていて、なかなか視線が合わない。

 子供っぽさが可愛いと感じる事もあるが、今はひたすらにもどかしい。

 さりげなくクローナの肩にぶつかり、無理やり視線を向けさせた。

 クローナが不思議そうに見つめ返してくる。まだ気付かないらしい。

 キロはポケットから携帯電話を取り出してクローナに見せた後、手品の要領で袖口に隠して見せる。

 動作魔力を使えば簡単に携帯電話を袖口に滑り込ませる事が出来た。

 クローナは目の前で携帯電話が消えるまでを見届けて、キロが何を言いたいかを察したらしい。

 慌ててコクコクと頷いて、小さくガッツポーズをした。

 死体安置所を兼ねる地下から臭いが上がって来ないようにするためだろう、長い階段を降りた先には木扉があった。

 アンムナが木扉を押して中へ入り、魔法で光源を生み出す。

 二十畳はあろうかという広い地下室だ。端にはガラスケースに収められたアシュリーが揺り椅子に座っている。


「アシュリー、すぐに上へ連れて行ってあげるから、少し待っていてくれ」


 アンムナがにこやかに声を掛け、キロ達を振り返る。


「ではさっそく、実演してみようか」


 アンムナが壊れたジョーロを軽く上に放り上げた。

 重力に従って落下してくるジョーロの側面を人差し指でトンと突く。

 その瞬間、破裂音と共にジョーロの側面に小さな穴が開いた。

 ヒュン、という風を切る音がした直後、後ろから衝突音がして、キロは恐る恐る振り返る。

 壁に銃弾を撃ち込んだような跡が残っていた。床には小さな木片が散らばっている。おそらくはジョーロの穴から飛び出た破片だろう。

 呆気にとられるキロ達を余所に、アンムナはにっこりと笑う。


「動作魔力を凝縮して対象物の一部にだけ力を作用させ、破断させる。単純だろう?」


 確かに、理屈は単純だった。

 だが、クローナもキロもこの奥義がいかに困難か、予想できた。

 物体を破断させるほどの動作魔力を練るだけでも時間がかかり、それを凝縮する時間も必要となる。

 しかし、時間を掛けて物体を破断させ、飛ばした欠片で攻撃するくらいならば、始めから小さな破片を動作魔力で飛ばした方が効率的だ。

 つまり、アンムナの奥義の本質は、対象物の瞬間破壊にこそある。


「この奥義を発動できるようになれば、触れた瞬間にどんな物でも穴をあけられるよ。キロ君も男の子なら、これを風呂屋や娼館でのぞき穴を作るのに使いたくなるだろうけど、音で気付かれるからやめた方がいいよ」

「……やりませんよ、そんな事――クローナ、本当にやらないから、その目をやめろ」


 横目で睨んでくるクローナに抗議する。

 なんだ、やらないのか、とアンムナが少し残念そうに呟いた。


「……アンムナさんはやったんですか?」


 クローナに要らぬ誤解を与える原因を作ったアンムナに仕返しをしようと、キロは問う。


「昔ちょっとね。酷い目にあったよ。キロ君もじきに経験するだろうさ」


 懐かしむように、アンムナはクスクスと笑った。

 ちなみに、冒険者をやめた今この奥義は無用の長物となり、羊皮紙の束に穴をあける時くらいにしか使い道がないらしい。


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