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複数世界のキロ  作者: 氷純
第一章 クローナの世界

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第二十七話  夕食のお誘い

「どう思う?」


 キロは宿への道を歩きながら、クローナに物件リストを渡して問いかける。

 クローナは思案顔をしていた。


「状況証拠だけはぴったり一致してますけど、アンムナさんが誘拐なんてするでしょうか?」

「ちょっと想像できないよな」


 ――変な人ではあるけど、他人に迷惑かけるタイプの変人じゃないし。

 キロはアンムナの顔を思い浮かべつつ、頭を掻く。

 そもそも、クローナの言う通り、手元にあるのはあくまでも状況証拠でしかない。決め手となる証拠には欠けている。

 曖昧な情報で犯人と断定しても、鼻で笑われるか魔女裁判を引き起こすかのどちらかだ。ファンタジーなこの世界で後者はシャレにならない。

 だが、万が一アンムナが誘拐犯だった場合は、少々面倒な事になる。


「……アンムナさんが逮捕されたりしたら、遺物潜りを教えて貰えなくなりますよね?」


 クローナがキロを心配そうに見つめた。

 キロも同様の懸念を抱いていたが、嫌な想像を払うように頭を振った。


「とりあえず、遺物潜りを教わっている間、俺達は安全だろう。アンムナさんの家に向かったまま帰って来ないとなれば、真っ先に疑われるのはアンムナさん本人だから」

「裏を掻かれる心配は?」

「警戒はしておくさ。それとは別に、他に候補がいないかカッカラ中の不動産屋を回ってみよう」


 キロが提案すると、クローナは悩むように首を傾げる。


「騎士団は気付いていると思いますか?」

「多分、気付いてない。不動産屋は〝騎士団と空き家を回った〟んだから、売却済みのアンムナさんの家には寄らないし、誘拐事件の可能性は内密だから、リストを見せてくれとも言えない」


 キロが答えると、クローナは物件リストを目の前に掲げた。

 嬉しそうにクローナの目が細められている気がしてキロは訝しむが、すぐに理由が本人の口からこぼれた。


「騎士団も知らない捜査情報ですよ、これ」


 偶然の産物でしかないのだが、クローナの喜びに水を差す事もないかとキロは黙っておいた。


「一応、騎士団にも顔を出しておきましょう。情報は共有しておいた方がいいですから」


 クローナの提案は至極真っ当な物だったが、手柄を見せびらかしたいだけにも感じられる。

 キロは苦笑して、道の先を見る。

 丁度、横道から知った顔が現れたところだった。


「――シールズさん?」


 キロが声をかけるまでもなく、シールズも気付いていたようで、驚く事もなく右手を振ってくる。左手には軽そうな編みかごが握られていた。


「奇遇だね。キロ君達も宿へかごを返しに来たのかな?」


 シールズは編みかごを軽く持ち上げて、仲間だね、と微笑んだ。

 クローナの手にある物件リストに視線を移し、興味を惹かれたように顔を近づける。

 その時、シールズが口を小さく動かした。


「君達、後を付けられてるよ」


 一瞬、キロは驚きで息を止めた。

 振り返りたくなる気持ちを堪えて、キロはクローナと横目で意思疎通を図る。

 クローナは緊張した面持ちでキロの目を見つめ返してくる。

 どうやら、クローナにもシールズの言葉は聞こえていたようだ。

 キロ達の間に流れる緊迫感などどこ吹く風といった様子で、シールズは楽しげな笑みを浮かべている。


「へぇ、物件のリストだね。こんなもの、どうするんだい?」


 話題を振りながら、シールズは自然にキロとクローナへ合流する。

 あまりにも自然体で合流されて、キロの反応が遅れるほどだった。

 極力慌てないように歩きだし、シールズに並ぶ。


「……失踪事件の捜査で、空き家を調べてみようと思ったんです」


 クローナが小さく深呼吸した後で、シールズの質問に答えた。


「空き家か。騎士団が調べていたと思うけど……少し見せてもらってもいいかな?」


 シールズは笑みさえ浮かべながら、物件リストに手を伸ばす。

 だが、クローナは素早く物件リストをシールズから遠ざけた。

 シールズが目を細めるが、誤解を招く前にキロが口を開く。


「売却済みの物件も書いてあるので、おいそれと見せるわけにはいかないんですよ」

「なんだ、そんな事か。てっきり、嫌われているのかと思ったよ」


 肩を竦めるシールズに苦笑を返しつつ、キロはクローナを横目に見た。

 クローナもまた苦笑を浮かべているが、キロは少し違和感を持った。

 何処となく表情が硬いのは後ろにいるらしい追跡者に対する緊張が原因だと見当をつけるが、それを差し引いてもクローナの瞳に違和感がある。

 うまく取り繕っているが、警戒心がシールズに向けられているような気がしたのだ。

 ここ数日の間、絶えず一緒にいるキロだからこそ分かる些細な変化だったためか、シールズは気付いていない。

 わざわざ暴露して険悪な空気を作る意味はないので、キロも黙っておいた。

 シールズがなおも物件リストを横目に見ながら、人のよさそうな笑みを浮かべる。


「あれの原因だったりしないかな?」


 尾行を代名詞で置き換えて、シールズが指摘する。外から見れば、世間話をしているようにしか見えないだろう。

 今の状況を面白がっているようでさえあって、キロは落ち着かない。

 ――なんか、からかわれているような気がする。

 後を付けられている事もあり、疑心暗鬼になっているのだろうとキロは心を落ち着ける。

 キロが答える前に、クローナがさらりと嘘を吐く。


「騎士団が空き家を見て回ったそうですけど、失踪者は見つからなかったようです。だから、違うと思いますよ」


 誘拐事件の可能性については騎士団から口止めされているため、クローナはシールズの予想を否定した。

 シールズはへぇ、と曖昧な声を出す。


「……それなら、別件だろうね。心当たりがないなら、物を落とした振りでもしてさり気なく振り返ったらどうかな?」


 小声で提案して、シールズは前を見て眉を寄せる。

 話している内に宿のそばまで来ていたようだ。

 このまま尾行者に宿を知られると問題が起こる気がして、キロはシールズにどうするつもりかと視線で問う。

 しかし、シールズが答えを返す前に、後ろから駆け足で迫る音が聞こえてきた。

 ぞっとして、キロはクローナと共に振り返ろうとするが、駆けてきた人物が次の行動に移る方が数瞬早い。


「――あたしの勝ち!」


 嬉しそうな言葉と共に、キロとクローナに後ろから抱きついてきた人物は――宿の娘だった。

 持ち前の長い腕をキロとクローナの肩に回しながら、娘は楽しげに笑う。

 呆気にとられるキロとクローナにごめんね、と笑いかけた後、シールズは宿の娘に対して肩を竦めた。


「まだ宿に入る前だったよ」


 シールズが抗議すると宿の娘は舌を出した。


「もう勝負はついてたでしょ。それより、あたしなんかに尾行されて気付かないなんて、キロ君もクローナちゃんも気を緩め過ぎだよ」


 うりうり、と宿の娘は腕に比例して長い指でクローナの頬を突く。

 件の尾行者は宿の娘だったらしい。

 キロが視線で説明を求めると、シールズはばつが悪そうに頬を掻いた。


「後をつけている事に気付いてキロ君達が振り返ったら僕の勝ち、宿に着くまで振り返らなかったら彼女の勝ち。商品は今夜ここで出される魚料理一品」


 ――賭けてたのか。

 困った人達だと、キロは苦笑するが、クローナはからかわれて面白くなさそうに頬を膨らませる。

 空気が入って弾力が増したクローナの頬は、それをつつく宿の娘を楽しませるだけだった。


「ほらぁ、クローナちゃんが不機嫌になっちゃったよ。お詫びにシールズさんが奢ってくれるよ」

「こらこら、反則をしたのは君だろう?」


 シールズは呆れ交じりに言う。

 クローナがますます頬を膨らませた。


「キロさんの分も含めて二人分です」


 クローナがシールズと宿の娘を順番に指し、二人分、を強調する。

 片方づつ受け持てと言いたいのだろう。

 ――ちゃっかりしてるな。

 夕飯を一品タダで二人分せしめようとしているクローナにキロは内心苦笑する。

 だが、財布を握っているのはクローナだ。キロも一品増えるならそれに越した事はないので、便乗するべく口を開く。


「人をからかった罰です。それに、反則というならシールズさんが先ですよね」


 シールズはキロ達と合流してすぐに尾行されている事を暴露した。

 尾行者の正体については何も言っていないが、道中では振り返って確認するよう促してもいた。

 宿の娘が咎めるような視線をシールズに送ると、シールズは知らん振りで視線を逸らした。

 キロとクローナも宿の娘に倣ってじっとシールズを見つめる。

 最終的に折れたのはシールズだった。

 参ったよ、とシールズは頭の後ろを掻く。


「夜にここへ来ればいいのかな?」


 奢る事を前提とした問いに、クローナがガッツポーズをする。横ではなぜか、宿の娘も同じ姿勢を取っていた。

 疑問が顔に出ていたのだろう、宿の娘はキロを見てニヤリと口端を吊り上げる。


「たった一品で満足するはずないからね。他の料理を頼んでもらえれば元は取れるんだよ」


 もともと、反則して勝負に負けても元が取れる勝負だったらしい。

 ――したたかだなぁ。

 奢ってもらう側のキロは感心するだけだったが、してやられたシールズは空を仰いで苦笑いだ。

 シールズと一緒に空っぽの編みかごを返し、キロ達は宿を出た。

 宿の娘にしっかりと予約席を取らされたシールズが、キロとクローナに声をかける。


「僕も失踪事件の捜査に駆り出されてね。これから騎士団の詰め所へ行くんだ」

「それじゃあ、ここでお別れですね。私達は不動産屋を虱潰しに回ってみます」


 事前の相談とは異なる予定をクローナが口にして、シールズとは別行動を選択する。

 シールズが捜査にどこまで踏み込んでいるのか分からないため、誘拐犯探しをしている事を隠そうとしたのだろう。

 キロはそう考えたが、クローナの瞳に依然として浮かぶ警戒の色を見て、考えを改める。

 ――シールズさんの何かを疑ってるのか?

 シールズがクローナの口にした予定を聞くなり、不思議そうに首を傾げる。


「騎士団が空き家を回ったのに、まだ調べるのかい?」

「捜査の素人だからこそ、基礎からやっていこうと思うんです」


 キロは愛想笑いを浮かべてそれらしい嘘を吐いた。


「なるほどね。それなら仕方ないかな。では、夜に食堂で会おう」


 残念そうな顔をしながらもシールズは言って、キロ達に背を向けた。

 楽しみにしています、とだけ返して、キロとクローナはシールズから遠ざかる方へ爪先を向けた。


「……何を警戒してるんだ?」


 シールズに盗み聞きされる心配のない位置まで歩いてから、キロはクローナに問いかける。

 気付かれた事が意外だったのか、クローナは驚いたように瞬きした。


「キロさんって、人の表情を読むのが得意だったりします?」


 クローナに問い返されて、キロは思わず渋い顔をしてしまう。

 人の顔色を過剰に窺う癖がなければ、気を使いすぎる事も、それで気疲れする事もなかっただろうから。

 触れられたくない部分をつついたと分かったのだろう、クローナはすぐに話を戻してくれた。


「シールズさん相手だと、初対面で嘘を吐かれた事がどうしても気になってしまって……。そういえば、シールズさんも家を持ってましたよね?」


 これには載ってませんけど、とクローナは物件リストを少し持ち上げる。


「疑い始めるとキリがないよ。物的証拠がないとどうしようもない」


 キロはため息を吐く。

 シールズの家についても調べておこうと決めて、キロ達は不動産屋を巡り始めた。


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