第二十三話 森の捜索
昨夜と同じく美味しい料理を食べ、キロ達は宿を出た。
すでに太陽は登っており、通りは賑わっている。
ギルドの入り口を潜ると、忙しなく行ったり来たりする人々に紛れて統一された鎧を着込んだ集団の姿があった。
「……カッカラ騎士団です」
クローナがキロに耳打ちする。
言われてみれば、鎧の肩に描かれたマークや羽織ったマントの刺繍と同じ文様が防壁の門の上に刻まれていた気がする。
――誘拐事件の関連で情報交換でもしてるのか。
騎士団を横目に、キロとクローナは受付にいたオールバックの男性職員に声をかける。
「待っていましたよ。お二人には行方不明者の捜索を行ってもらいます。本来はもう二組は捜索に当てたいのですが、人手不足で……」
苦い顔でオールバックの職員は言葉を濁す。
人手不足についてはキロ達も承知している。
近隣の町に応援を頼んでいるくらいなのだから、相当だろう。
「では、こちらの地図の印がついている地点を捜索してください。こちらの紙には行方不明者について簡単に情報を纏めておきました。詳細が知りたければ、騎士団の詰め所で冒険者カードを提示してください。ある程度の情報は開示されます」
オールバックの受付が差し出した地図を受け取り、クローナが眉を寄せる。
キロが覗き込めば、昨日オールバックの男性から捜索済みだと聞かされた地点にも印が付いていた。
――これって、つまり……。
キロは印の意味するところを瞬時に察したが、クローナは分からなかったらしい。
「この印って――」
「クローナが付けたところだな」
問いかけようとしたクローナの声に被せるように、キロは誤魔化した。
クローナの手から地図を奪いながら、キロは続ける。
「早く終わらせよう。アンムナさんのところにも行かないといけないんだから、日が暮れる前に終わらせたい」
キロがさり気なくアイコンタクトを図ると、クローナも何かがあると理解できたらしい。
クローナは小さく頷いて、オールバックの受付に向き直った。
「……そうですね。日暮れまでには回り切れると思います。こちらにも私用があるので、夜の捜索はできないんですけど、良いですか?」
「構いませんよ。ただし、ご自分で言いだした以上、日暮れまでには必ず戻ってください。それまでに戻ってこなかった場合、行方不明としてギルドが捜索に当たらなくてはなりませんから」
オールバックの受付に念を押されて、キロ達はギルドを後にした。
防壁へ向かいながら、キロはクローナに地図を返す。
クローナが物問いたげな視線を向けてきたが、ギルドの側には冒険者が多いため無視する。
キロが口を開いたのは、防壁の門を潜って森に足を踏み入れてからだった。
「調査済みの場所をもう一度調べさせるって事は、前回までの調査が信用できないって事だ。俺達が調べるよりもな」
「前回に調査したのは当然依頼を受けた冒険者ですよね。行方不明者は誘拐されたと考えられていて、誘拐犯がギルドの冒険者って事ですか?」
クローナに確認するように問われ、キロは頷く。
「ギルドはその線を疑ってるって事だろうな。俺達に日暮れまでの刻限が決められたのも、口封じで消されたらすぐに動く準備があるって事の示唆だよ」
――きな臭くなってきたな。
キロは内心でため息を吐く。
クローナが少し考えた後、口を開いた。
「なんで私達の調査結果は信用されるんですか?」
「アリバイがあるからだろう。行方不明事件が起きている間、俺達はカッカラに入っていない上に、別の町のギルドで依頼を受けていたんだから」
話している内に、第一の調査場所が見えてくる。
何の変哲もない森の中だが、地面を見回すと木の根がない。ここだけ少し開けているようだった。
「二年前にここにあった香木が倒れたんです。その時に根まで掘り返されて回収されたんですけど、日当たりの悪い場所なので草もあまり生えないんですよ。掘り返して埋めるなら良い場所だと思います」
何を、埋めるのかは明言せず、クローナは説明する。
キロは頭上を塞ぐ樹の葉を見上げた。少し太陽の光が漏れているが、じめじめした空気を払拭するほどの力はない。
キロは視線を下げ、樹の幹を見る。
「特に違和感はないな。地面も掘り返されてない」
キロは感想を口にして、クローナを振り返る。
クローナは首を傾げて、地面を蹴っていた。
「硬いですね。ここはハズレです。次に行きましょう」
見切りをつけ、クローナは次の場所へ歩き出す。
キロもクローナの横に並んだ。
受付で渡された行方不明者の情報が書き込まれた紙に目を通す。
行方不明者は全部で七人、性別や年齢などに共通点はない。
行方不明者の中で唯一の冒険者は男性。戦闘経験が豊富だったようだ。強盗団や盗賊団の討伐、捕縛を主に依頼として受けて生計を立てていたらしく、経歴からは対人戦のスペシャリストといった印象を受ける。
多発する行方不明者についての調査をしていたが、パン屋への聞き込みを終えた後、忽然と姿を消した。
自分の意志で失踪したとは思えず、冒険者として腕も立つこの男性がギルドに冒険者を疑うきっかけを与えたのだろう。
「誘拐か、殺人と死体遺棄か、犯罪の線が濃厚だな」
だからこそ、ギルドもキロとクローナにこうして死体探しをさせている。
キロは他に分かる事はないかと資料を眺める。
しかし、無作為抽出したのではないかと疑いたくなるくらい、共通点がなかった。
――目についた人を適当にって事もないだろうし。
誘拐現場を押さえられた事例はないのだ。犯人はそれなりに気を使って犯行に及んでいると考えられた。
昼間に買い出しへ出かけた青年が帰宅途中に消えた案件もあり、昼間に人を密かに運搬できる乗り物や通路の存在が窺える。
「クローナ、この辺りって下水道や上水道はどうなってるんだ?」
「どちらもありますよ。騎士団の管轄だったはずです。でも、中は頻繁に改められますよ。浮浪者のたまり場になったりしますから」
「いや、この場合は通路として使えるかどうかが問題なんだ。動作魔力を使えば、人を運ぶのに腕力が関係ないとはいえ、昼間はどうしても目立つ。人目につかない手段がどうしても必要になる」
クローナはキロの意見を理解して、首を振った。
「カッカラに戻ったら騎士団に問い合わせてみましょう。さしあたって、あの場所の調査を始めます」
そう言ってクローナが指差したのは、五メートルほどの高さの崖、その半ばに空いた洞穴だった。
地球であれば梯子などの道具が必要な高さだが、キロとクローナは特に相談する事もなく魔法で土の壁を作って足場にする。
中に入ってみると、少し下り坂になっていた。奥には水が溜まっており、水溜りを越えれば上り坂になっているようだ。
クローナが魔法で明かりを灯し、洞穴の内部へと足を踏み入れる。
キロは入り口から外を眺め、魔物などが追ってこないかを確かめた。
クローナに続いて入った洞穴は並んで歩いても余裕があるほどの広さだった。
水溜りはくるぶしが沈むほどの深さがある。
「絶妙に嫌な深さだな」
「パーンヤンクシュみたいに火の魔法で乾かしますか?」
「一酸化炭素中毒が怖いからやめておこう」
「いっさん……?」
説明が面倒臭い、とキロは先を目指すが、クローナは不満そうに頬を膨らませた。
「知らない言葉を使われるとすごく意味が気になるのは何故でしょうか?」
「言葉の意味より言葉に込められた意思の方が気になってるのかもな」
「……良い感じにまとめてはぐらかそうとしてませんか?」
「察しが良いな」
ぐぬぬ、と喉の奥から聞こえてきそうな顔で、クローナはキロを睨む。
キロは肩を竦めた。
「愛を囁かれても気付けないから、知らない言葉の意味が知りたくなるんだよ、きっと」
「話をそっち方面に持っていけば私がたじろぐと思ったら大間違いです!」
もういいです、とクローナはそっぽを向く。
どうやら、からかわれていることに気付いたらしい。
キロは反省しつつ、クローナを宥めようと口を開く。
しかし、不意に足元の感触が変わった事に気付いて口を閉ざした。
クローナも怪訝な顔で足元を見て、魔法の光を強くした。
照らし出されたのは、骨だった。
転がっている頭骨は人の物ではなく、猪のようにキロには見えた。
「多分、グリンブルの骨ですね」
キロは記憶からグリンブルの姿を引っ張り出し、特徴的な牙が転がっていないかと辺りを見回す。壁際に一対、それらしき尖った白い物体を見つけた。
クローナは大腿骨らしき骨をじっと見つめ、小さな声でキロにささやきかける。
「この骨、新しい上に齧った跡があります……」
「……顎でも鍛えてたんだろ。あいつが、さ」
キロは洞窟の奥を見つめながら、引きつった笑みを浮かべる。
クローナが強くした魔法の明かりが照らす洞窟の奥から、毛虫が這いずってきていた。
人を頭から丸かじり出来そうな大きさではあったが、姿形は間違いなく毛虫だ。
どうやら、この洞窟そのものが目の前の魔物の根城だったらしい。
毛虫が這いずる音を聞いてクローナが顔を上げ、硬直した。
毛虫のドギツイ色とクローナの反応から大体の予想はついていたが、キロは確認の意味を込めて問いを発する。
「毒、ある?」
「毛に強烈なのがあります。普通は飛び散っても大丈夫なように、遠くから仕留めます」
後退りしながらのクローナの答えに、キロは毛虫を見る。
接近戦を挑むには相性が悪い相手だ。体を覆う毒毛はキロの持つ槍の長さ程もある。
下手に突きでも放とうものなら、毒毛に触れかねない。
「逃げようか」
「賛成です」
ズリズリと這ってくる毛虫はお世辞にも俊敏とは言えない。
キロとクローナは即座に毛虫に背を向け、走り出した。
無事に洞窟を出て、キロ達は背後を振り返る。
毛虫の派手な色はどこにも見えない。諦めが早いらしい。
その後もキロ達は夕方まで捜索を続けたが、何も発見できなかった。




