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複数世界のキロ  作者: 氷純
第一章 クローナの世界

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第二十一話  墓場のアンムナ

 墓場のアンムナ、枕詞通りに墓場のすぐそばに住居を構えている墓守であり、魔法使い。

 数年前にふらりとやってきて周辺の魔物を倒し戦闘技能を証明した後すぐに引退、墓場のそばに引きこもった。

 カッカラに来るまでの経歴が不明な事もあり、少々気味が悪い人物、だと住民には思われていた。

 しかし、アンムナの家に、透明なケースの中に入れられたあまりにも精巧な人形がある事が訪ねた住民の口から広まると評価は〝少々気味が悪い〟から〝大層気味が悪い〟にグレードアップしたという。

 問題のある行動はしておらず本人の身なりもきちんとしているため、立ち退き運動などは起きていない。

 だが、積極的に関わりたがる者は稀だという。

 そんな稀な人物の一人、シールズが師匠であるアンムナの家への道案内を申し出てくれたが、クローナはギルド前に止められた馬車を指差した。


「あのまま放置するのは問題があると思うので、遠慮します。幸い、門前払いするような方ではないようですから」

「そうかい? それじゃあ地図だけでも持っていくといいよ」


 シールズがオールバックの受付に声をかけると、カッカラの地図が差し出された。先ほどクローナが記入していた物とは異なり、街全体の様子が描きこまれたものだ。

 礼を言って、キロ達はギルドを後にした。

 ギルドから十分に離れた頃を見計らって、キロはクローナに声をかける。


「なんで案内を断ったんだ?」


 急ぐ用事ではない以上、シールズの準備が整うまで待つという選択肢もあったのだ。

 件の魔法使いアンムナが気難しい性格をしていないとしても、顔見知りと一緒に訪ねる場合とそれ以外では警戒心が異なる。

 キロがギルドで言いださなかった理由は、クローナに何か考えがあると感じたからだ。


「シールズさんのローブの裾にカッカラの東にしかない植物の葉っぱが付いていました。靴にも泥が少しついていました」

「……それがどうかしたのか?」

「東側は湿地帯で、馬車なんて走らせたら泥が跳ねるはずです。でも、馬車には泥汚れが付いてなかった」


 ――よく見ているな。

 クローナの指摘にキロは感心する。

 阿吽の冒険者に言われた事もあって、クローナは最初からシールズを少し警戒していたのだろう。

 キロとの初対面でも、服装などを指摘して異世界人だと看破していた。

 キロはクローナの指摘の意味を少し考えた後、口を開く。


「カッカラに入る前、防壁の辺りで泥を落としたのかもしれない」

「泥を落としておいて、血は滴らせたままなのはおかしいです。まとめて洗い落とすべきだと思いますよ」


 もっともな意見だった。


「つまり、シールズさんはカッカラの東に行く時は馬車を持っていかなかったけれど、西で獲物をしとめた時には馬車を持っていた。いや、獲物を仕留めたから持って行った?」


 これならば説明が付く、とキロは持論に一人納得する。

 だが、クローナは首を振った。


「森の中に獲物だけを放置するとも思えません。一応、キロさんの方法なら筋は通っていますけど……」

「なにか隠していそう、か?」

「……はい。誘拐事件の話もありますから、慎重になっても損はないと思います」


 すでに見えなくなったギルドを振り返りながら、クローナは呟いた。

 キロ達は大通りを外れ、墓場に向かう。

 場所柄、訪ねる人も少ないためだろう、すれ違う人も次第に減っていった。

 民家の数も減り、物置小屋に置き換わる。

 掃き清められていた石畳も段々と汚れや欠けが目立ち始める。

 しかし、墓場の目前まで来ると石畳は新品同様の綺麗な長方形が互い違いに並んだものになった。

 ――ちゃっかりしているというか、なんというか。

 変化に気付いたキロとクローナは苦笑した。

 石畳の先は墓場に繋がっていたが、墓場の入り口に隣接するように一軒の家が建っていた。


「教会より大きいな」

「お参りする人の休憩場を兼ねているのかもしれませんね」


 扉をノックしようとして、上から垂れ下がった鎖に気付く。

 鎖の上には小さな鐘が付いており、鎖を引く事で鐘を鳴らし、来訪を告げる呼び鈴のようだった。

 用意されているなら使ってやるのが道具への愛情の示し方、とキロは躊躇いなく鎖を引く。

 パキッと小さな音がして、切れた鎖が降ってくる。あまりに軽い感触を訝しんだキロの頭へ鎖が直撃した。


「――痛った……」


 頭を押さえたキロは、小さく噴き出して笑いを堪えるクローナを恨みがましく見つめた後、鎖を持ち上げる。

 元々いい加減に作られた代物だったらしく、錆も浮いていないのに綺麗な断面を残して切れている。

 キロは呼び鈴を鳴らす事を諦めて、扉をノックした。


「アンムナさん、いらっしゃいますか?」

「はいはい、ちょっと待って下さ――ってうわ!」


 思いの外、親しみやすい調子の声が聞こえてきたかと思うと、家の中から物を蹴倒す派手な音やら悲鳴やらが聞こえてきた。

 鎖の事もあり、キロとクローナは身構えていたが、何事もなかったように扉が開く。


「いや、すまない。人が来るなんてずいぶん久しぶりの事だから驚いてしまったんだ。……少し時間をくれ、小指の痛みが引くまででいい、から」


 俯いて何事かに耐えていた若い男はそう言って、パタン、と扉を閉めた。

 左足を持ち上げていたのが印象的だった。

 ――とりあえず、門前払いはないな。

 頼りになるかは知らないが、とキロは遠い目で空を仰いだ。

 クローナが不安そうな目をキロに向ける。


「新しい魔法を開発したすごい魔法使い、なんですよね?」

「……本人とは限らないだろ」


 頼りなくとも話を聞かない事には帰れないので、キロとクローナは辛抱強く待った。

 やがて、再び扉が開かれる。


「いや、本当にすまない。僕がアンムナだよ。……おや、珍しいお客さんだ」


 扉に手を掛けた状態で、若い男はキロとクローナを交互に見て、他に人がいないか確かめるように外を見回した。

 痩せぎすで背が高い。茶に近い金髪は縮れていて、大きめの碧眼に掛かっている。日に焼けた褐色の肌は健康的だった。

 引きこもりだと聞いていたが、身なりはきちんとしており、態度も気さくな印象を受ける。


「人が訪ねてくる事自体が久しぶりって、さっき言ってましたよね?」


 話しかけやすい雰囲気も相まって、キロはつい指摘する。


「それとは別件さ。アシュリー、楽しいお客さんが来たよ」


 家の中へと顔を向けて、アンムナが嬉しそうに報告する。

 遠慮せずに上がってくれ、とアンムナに招かれてキロとクローナは家の中へと足を踏み入れる。

 玄関からすぐの短い廊下を歩き、リビングへと到着する。

 家の外が墓場という事もあってか、窓の類は明かりとりの用しかなさない最小限の大きさで、しかもカーテンが閉じられていた。

 薄暗いリビングの中、キロ達の訪問に慌てたアンムナが蹴倒してしまったらしい小物入れが床に伏せていた。羽ペンが転がり、インク壺が壁にキスマークを付けている。

 しかし、キロとクローナの目を引いたのは部屋の惨状ではない。

 リビング中央、皮張りのソファと机を挟んで向かい合う、ケースに収められた女性の姿だった。

 光の加減によるものか、桃色にも見える色素の薄い赤髪は揺り椅子に座る女性の膝に届くほどの長さ。滑らかな白い肌は蝋で出来ているかのようで、口元の鮮烈な朱を際立たせる。

 ため息が出るほどの美しさだった。


「――アシュリーと言ってね。人形だよ」


 背後から掛けられた囁き声にびくりとして、キロとクローナは見惚れていた事に気が付いた。

 アンムナがインク壺を拾い上げ、起こした小物入れに収めた。


「生きていないんだよ。残念な事にね」


 悲しそうな声で言って、アンムナはキロ達にソファを勧める。

 飲み物を用意してくる、とアンムナはリビングを出て行った。

 ――これが人形って、そりゃあ気味悪がられるよな。

 ソファに座るとどうしても対面に眠っているようにしか見えないアシュリーがくる。

 数少ないという訪問者相手にこんなもてなしをしていれば、気味悪がられて当然だろう。


「……アンムナさん、キロさんの言葉を聞き取ってましたね」


 キロはクローナにささやかれて初めて気が付いた。


「そういえば、シールズさんも俺の言葉に驚きもせず、理解してたよな」


 腕輪をつけていたのだろうか、とキロは思いだそうとするが、記憶の中のシールズは袖の長いローブを着ていたため、分からない。

 何処の出かと聞かれた事を思い出し、キロに言葉が通じないと見越していたのかもしれない。あらかじめ想定していたから、異質な言語が飛び出しても当然の事と受け止めたのだ。


「アンムナさんが言っていた楽しい客っていうのは、俺が異世界から来た人間だからか?」


 もしキロの予想が正しいのなら、出身地について興味本位に根掘り葉掘り聞かれるかもしれない。


「どうせ遺物潜りを知りたい理由を聞かれるんですから、同じだと思いますよ?」

「それもそうか。嘘を吐くのも失礼だしな」

「そうだね、嘘をつかれるのは寂しいからね」

「……いつからそこに居ました?」


 クローナとの会話にいきなり割って入ってきた声に振り向けば、アンムナが湯気が立つカップの載ったお盆を抱えてニコニコしていた。


「君が僕の言葉の真意に気付いたところから。やっぱり異世界から来ていたんだねぇ」


 しみじみと何かを思い出すように言って、アンムナは机の上にカップを並べていく。

 キロとクローナ、アンムナの分に加えて、物言わぬアシュリーの前にもカップは置かれた。

 不思議そうに見るキロとクローナの視線に気付いたのか、アンムナは肩を竦める。


「アシュリーにも出しておかないと、もし動き出した時に怒られてしまうだろう? まぁ、怒られるのも嫌いじゃないけどね」


 冗談めかしたアンムナの言葉にキロは愛想笑いを浮かべる。

 魔法のある世界で人形が動き出した時の事を語られると洒落にならない気がするキロだった。


「さて、僕としては色々と聞いておきたいところなんだけれども、まだ知らない方がいい気もするんだ。さしあたって、君は遺物潜りについて知りたいから僕を訪ねた、という認識でいいかな?」


 アンムナが切り出すと、キロは頷いて肯定した。


「遺物潜りで俺が住んでいた世界に帰れるかを知りたいんです」

「……へぇ、なるほど。そういう流れなのか」


 アンムナは独り言を呟き、何かを思い出すような目をしながら言葉を選ぶ。

 言うべきこと、言わざるべきことの取捨選択をしているような、そんな態度だった。

 やがて、アンムナはキロ達へと視線を戻した。


「結論から言うと、君が住んでいた世界への帰還は理論上――可能だ」


 アンムナが断言し、キロは思わず身を乗り出した。

 隣でクローナがびくりと肩をはねさせた気がして、キロは目を向けるが勘違いだったのか首を傾げられた。

 アンムナが何やら苦笑する。


「ただ、理論上は可能というだけなんだ。ひとつ、難題が立ちふさがっているからね」

「難題、ですか?」


 キロが反駁すると、アンムナは深刻な表情で頷いた。


「遺物潜りには媒介が――その世界で死んだ者の遺品が必要なんだ」


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