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複数世界のキロ  作者: 氷純
第一章 クローナの世界

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第二十話  カッカラ

 教会に新しく来た羊飼いへの引き継ぎを済ませたキロ達は、辻馬車に揺られてカッカラへの街道を進んでいた。

 阿吽の冒険者達が先に乗っているのを見て驚きはしたが、避ける理由もないので共に揺られている。


「キロ達はカッカラに行くのか。あそこは良い所だ」

「知ってるんですか?」

「昔、拠点にしてたからな。この辺りの中央都市だけあって、依頼も多い」


 冒険者も多いから競争率が高いけどな、と阿形が笑う。


「……遺物潜りって知ってますか?」


 拠点にしていたなら、何か知ってるかもしれない、とキロは阿吽達に質問する。

 阿形は吽形に視線を移し、視線で会話した後で首を振った。


「聞いた覚えはないな。誰の特殊魔法だ?」


 ――そういえば、特殊魔法の可能性もあるんだったな。

 キロはいまさら思い至るが、どの道話を聞きに行かなくてはならないのだから一緒だと思い直す。


「カッカラに住む魔法使いが開発したらしいんです」

「開発って言うからには汎用魔法っぽいな。カッカラにそんな事をやりそうな魔法使いがいたか?」


 阿形は思い出すように空を見上げて少し考えた後、諦めたのか吽形に視線を移す。

 吽形はただ瞼を閉じるだけだった。

 キロには少し長めの瞬きにしか見えない吽形の反応に、阿形は唸る。


「なんか引っかかる物があるとさ」


 どうやって意思疎通しているのか分からないが、吽形が反論しないのだから阿形の解釈が正しいのだろう。

 クローナがあこがれの視線を向けている事は無視して、キロはさらに情報を開示する。


「シールズって魔法使いがいるらしいんですが、知ってますか?」


 遺物潜りの開発者は引退した元冒険者との事であるため、現役冒険者のシールズではない可能性が高い。

 そう理解していても、他に手掛かりはなかった。


「シールズ……あぁ、街外れに住んでる魔法使いの弟子が確かそんな名前だったな」


 阿形が思い出して吽形を見る。

 吽形の瞼は開かれていた。


「……アンムナの弟子、何かを隠している」

「しゃべった⁉」


 吽形が言葉を発した事に驚くキロとクローナに、阿形が苦笑する。


「こいつだって話す事くらいあるさ」


 気分を害したのだろうか、吽形は口を閉ざして黙り込む。

 阿形によれば、特に気にする必要はないとの事だった。


「それにしても、アンムナか。確かにそんな名前だったな。住所までは覚えてないが」

「シールズって人に直接聞いてみます。それより、何か隠してるってどういう意味です?」


 キロは吽形に水を向けてみるが、特に反応はなかった。

 阿形が顎を撫でながら口を開く。


「どこか胡散臭いんだよな、あいつ。とはいえ、俺達の主観でしかないから、あんまり当てにするな」

「そんなこと言われても……」


 言葉を濁して、キロはクローナと顔を見合わせる。

 行方不明事件の多発地域へ向かっているいま、住民の一人に関して、隠し事をしているとか、胡散臭いとか聞かされれば警戒するのが人情である。

 心配顔の二人に苦笑して、阿形がそもそも、と付け加える。


「俺達がカッカラを拠点にしていた三年前は行方不明事件なんか起きてなかった。シールズが何か隠していたとしても、事件についてじゃないはずだ」

「それを最初に言ってくださいよ」


 しかし、シールズに接触しても、誘拐犯に目を付けられることはなさそうだと、キロは安心した。

 御者が振り返り、道の先を指差す。

 遠くにカッカラの街が見えた。

 もはや、街というより都市といった趣である。

 クローナからの事前情報によれば、カッカラは都市国家群に名を連ねる街の一つであり、商人や工房長からなる議会を有するという。

 特筆すべきはその規模で、都市国家群第二位の人口二十万を誇る。

 莫大な人口を支えるのは周辺地域の魔物。何でも植物系の魔物やグリンブルなどが豊富に取れるため、狩猟で人口を支えてしまえるという。

 魔物が絶滅しないのかと不思議でならないが、魔物は生殖活動の他に魔力だまりと呼ばれる場所から自然発生するため、カッカラの食糧はまず枯渇しない。

 ファンタジー過ぎて理解が追いつかない話だ。

 しかし弊害もあり、あふれかえる周辺の魔物は討伐が遅れると集団でカッカラを襲うため、常に多数の冒険者を確保しておかねばならないという。

 戦闘技能のある住民は一部の税金が免除されるというから、魔物被害への警戒ぶりが窺える。

 辻馬車に揺られて潜り抜ける防壁は分厚く、左右の壁には小さな穴が開いている。

 有事の際には門をくぐりぬける敵を魔法使いが穴から攻撃するという。

 防壁の中には青空市場が広がっていた。居住区画は奥にあるらしい。

 御者に礼を言って料金を払い、キロ達は馬車を降りた。


「それじゃ、ここでお別れだな」


 阿形がキロの背中を無遠慮に叩きながら言う。


「二人はこれからどこへ?」

「カッカラには配達依頼できただけだからな。用事を済ませたらとんぼ返りさ」


 いまさら観光する場所もない、と阿形と吽形が揃って肩を竦める。


「というわけで、あばよ」


 さっぱりとキロ達に背を向けて、阿形達は肩越しに手を振ると青空市場に消えた。

 阿形達の姿が消えるまで見送って、キロとクローナは歩き出す。

 居住区画に入るとすぐに煉瓦の建物が見えた。ギルドの建物だと一目で判る理由はやはり、出入りしている人間が堅気に見えないからだろう。


「意外と小さい建物だな」


 ギルド館の前に立って、キロは建物を見上げる。

 二階建ではあるが、今まで見たギルド館の中で一番小さい。カッカラの人口を考えるとなおさら小さく思えてしまう。


「東西南北に一軒づつ建物があるそうですよ。即応体制を作るには中央に一つでは足りないそうです」

「これ四つなら、妥当か」


 クローナの説明に納得し、キロ達は建物の中へと足を踏み入れる。

 昼を過ぎているが、早めに依頼を達成したらしい冒険者の姿がちらほら見える。

 受付は一部が暇そうにしており、人探しが目的のキロ達は気兼ねなく声をかける事が出来た。

 茶髪をきっちりオールバックにした若い男性の受付はキロ達が提示した冒険者カードを見て目元を緩ませた。その仕草だけで途端に童顔の印象が強まる。

 冒険者カードを見て、キロとクローナが冒険者になったばかりの新米だと知り微笑ましくなったのだろう。

 しかし、続けてクローナが出したギルドの紹介状を見て眉をきりりと吊り上げる。

 紹介状を真剣な目つきで読んだ後、オールバックの受付はクローナを見た。


「周辺の森の捜索はある程度済んでいますが、あくまでも生存者がいると仮定した場合の捜索しかしていません。死体を埋めやすい場所、埋めても魔物に掘り返されない場所などに心当たりはありますか?」

「ざっと十三カ所くらいです」

「こちらの地図に大まかな場所を記入してください」


 オールバックの受付が地図を取り出すと、クローナは受け取る代わりに腕輪を差し出した。

 訝しみながらも腕輪を受け取ったオールバックの受付にキロが声をかける。


「遺物潜りが使える魔法使いか、シールズという魔法使いの方を探しています。連絡を取れませんか?」


 オールバックの男性はキロに視線を移し、考え込む。


「遺物潜りという魔法は聞いた事がありませんね。シールズさんならここで今朝依頼を受けて森へ出かけました。夕方までにはここへ帰ってくるかと思います」


 カッカラにあるという四つのギルド館の中からいきなり当たりを引いたらしい。

 シールズがここに来るというなら待たせてもらおう、とキロはクローナと視線を交わし、頷きあった。

 クローナへ腕輪が返される。

 地図への記入が終わり、クローナはざっと見直した上で受付に手渡した。

 オールバックの受付はクローナが記入した位置を見ながら感心したような声を上げる。


「四カ所はすでに調査が終わっていますが、他はまだですね。この南の川のそばが候補に挙がっているのは何故ですか?」


 オールバックの受付はクローナが挙げた候補地について一つ一つ質問し、裏に答えを書き込み始めた。

 手持無沙汰のキロはクローナ達のやり取りをただ眺めていただけだったが、背後に人の気配を感じて振り返る。

 そこには細身の男が立っていた。

 亜麻色の髪は男にしてはやや長いが清潔感にあふれ、同じ色の眉は細く緩やかな曲線を描いている。常に細めた眼は銅色で、口元は楽しげな弧を描いている。

 羽織ったローブは冒険者と思えないほど泥汚れはもちろん皺一つない。しかし新品特有の光沢は薄れており、いままでさぞかし丁寧に扱われていただろう事は想像に難くない。

 男は興味深そうにキロを上から下まで眺め、予備動作なしに手を伸ばした。


「良い色の髪だ。青にも見える光沢のある黒、調和のとれた黒目、何よりこの黄色味がかった肌は珍しい。何処の出かな?」


 キロの前髪を指先で摘み、男は楽しそうに喉の奥で笑う。

 状況に遅ればせながら気付いて、キロは後ろに飛びのいた。

 ――なんだ、このキモイ奴⁉

 キロが飛びのいた事で前髪が指先から離れると、男は残念そうな顔を浮かべた。


「そんなに怖がらなくても大丈夫だよ。男に興味はないからね」


 男が言うが、キロはまるで信用できなかった。

 オールバックの受付が顔を向け、キロの前に立つ男を見て口元を綻ばせた。


「シールズさん、早かったですね」

「シールズ……この人が?」


 受付の言葉でキロはシールズと呼ばれた男に疑惑の目を向ける。

 クローナがキロの袖を引き、耳元に口を近づけて囁く。


「……探し人相手に失礼ですよ」


 注意されて、キロは態度を改める。

 しかし、キロが無礼を詫びる前に、シールズは受付に声をかけていた。


「依頼の品だけど、物が物だから血が滴っていてね。早めに中へ運び込んでくれないだろうか?」


 シールズがギルドの入り口を指差す。

 キロは開きっぱなしの扉の先、ギルド館の前の通りを見て目を見開いた。

 馬が繋がれていない馬車が二台、止められている。荷台には馬と牛の特徴を併せ持つ魔物が三頭ほど積まれていた。

 通行人の反応や視線の方向から察するに、ギルド館の壁が死角を作っているだけで、同様の馬車が他にも数台あるようだ。


「群れていたからさくっと仕留めてきたんだ。肉屋に卸すんだろう? 早めに処理してくれないかな。持ち込んでおいてなんだけど、通行人の迷惑になってしまうから」


 シールズがさらりと言うと、ギルドの職員の何人かが立ち上がり、慣れた様子で馬車に向かって行った。

 クローナがじっと馬車を見つめたまま、口を開く。


「馬もいないのに、どうやってあんなものを動かしたんですか?」


 シールズは初めてクローナがいる事に気付いたのか少し驚いたような目を向けた後、少し誇らしげな声で言い返す。


「動作魔力で動かしたんだよ。魔力総量には自信があってね」

「ちなみに、どこからですか?」

「西側の広葉樹の森、柔らかい葉っぱが多い辺りだね」


 クローナが更に質問を重ねると、シールズは快く答えた。


「そうですか……。凄いですね。私だと全部の魔力を使っても二台くらいしか動かせないと思います」

「二台動かせるだけでも凄いよ。効率よく動かせば四台くらい行けるかもしれないね」


 シールズはクローナを軽い口調で褒めた。

 クローナが愛想笑いを浮かべ、キロに目を向けた。


「キロさん、聞かなくていいんですか?」

「――あぁ、そうだった」


 馬車を見た衝撃で本題が頭から消えていたが、キロはクローナの言葉で思い出す。


「遺物潜りが使える魔法使いを探しています。心当たりはありませんか?」


 今日だけで三回目の質問をシールズに投げると、今までとは違う反応があった。

 シールズは特に思い出す素振りもせず、頷いたのだ。


「僕の師匠のアンムナが完成させた魔法の一つだよ」


 シールズがあまりにもあっさりと開発者と名前を言ってのけたため、キロの思考に一瞬の空白が生まれた。

 呆気にとられたキロの思考が追いついた時、横からオールバックの受付が口を挟んだ。


「――墓場のアンムナ、ですか」


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