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複数世界のキロ  作者: 氷純
最終章  新世界の三人と一匹

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第三十六話  ビッグバン

「倒したようには見えないが、状況はどうなってんだ?」


 招集に応じて真っ先に現れたのは阿吽の冒険者だった。

 アンムナ達を待ってから説明しようかとも考えたが、悪食の竜がいつ限界を迎えるともわからない今、時間が惜しい。


「悪食の竜が爆発する恐れがあります。限界を迎える前に虚無の世界に通じるあの扉に放り込もうと思って、招集をかけました」


 キロは手短に状況を報告し、悪食の竜を見る。

 最後の晩餐のつもりなのか、悪食の竜はすでに日が落ちて星の瞬き出した夜空を少しずつ食らっている。

 確実に寿命を縮めるはずだが、それでも食事をやめないらしい。

 阿吽の冒険者も悪食の竜を睨む。


「虚無の世界に放り込むって言っても、あの巨体だろ。動作魔力で押し出すのも一苦労だぞ」

「魔力食生物でもあるので、一度に込めないと食べられるでしょうね」


 クローナが補足すると、阿吽はちらりとフカフカを見て、ため息を吐いた。

 数人が力を合わせるとしても、魔力を込める際には確実に時間差が生じる。

 ずれの大きさ次第では悪食の竜が自身に込められた魔力を順次食べてしまい、効果が出ない事も考えられる。

 阿吽の冒険者の懸念を察して、キロはナックルを掲げて見せた。


「リーフトレージに二人の動作魔力を込めてください。他のみんなの分も一緒に込めて、俺が悪食の竜に直接流し込みます」


 術者が一人であれば、魔力を流し込む際の時間差はなくなる。

 阿形がキロを見て、頷いた。


「確かに、大量の動作魔力でもお前の器用さなら制御できるか。分かった、協力する」


 早く貸せ、と言う阿吽の冒険者にナックルを渡し、キロは森に目を向ける。

 カルロ、ゼンドル、ティーダの三人が合流してやってくるところだった。

 すぐにクローナが三人に向けて手を振って場所を知らせる。

 息を切らせているカルロ達にクローナが状況を説明すると、すぐに同意が得られた。

 阿吽の冒険者からカルロ達にナックルが手渡される。

 カルロ達が魔力を込めている間に、キロはクローナに声を掛けた。


「氷を基準に、地面の摩擦係数――滑りやすさを反転できるか?」

「出来る……みたいですね」


 クローナは足元の地面で実践してから、悪食の竜と虚無の世界の扉との距離を測る。


「範囲が広すぎるので、一回きり。それも短時間しかできませんよ?」

「息があってるんだから大丈夫だろ」


 クローナの心配事をさらりと流したキロの肩を阿形が叩く。

 振り向いてみると、阿形は悪食の竜の周りに広がる森を指差していた。


「そういう話なら、俺達は森の木を払ってくる。放り込むにしても、木が邪魔で速度が落ちると困るだろ」

「でも、二人は動作魔力が――」

「お前みたいなひょろいのとは鍛え方が違うんだ。魔力がなくても樵の真似事くらいできる。見ろ、この筋肉を!」


 阿形と吽形が上半身の筋肉を見せつけるようなポーズをとり、自らの無駄のない筋肉を誇張する。

 そういえば、訓練所の教官に筋肉が不完全だと言われた事を長々と根に持っているような人達だったと思い至り、キロは苦笑した。


「では、お願いします。作戦の開始時には火球を打ち上げて合図するので、巻き込まれないように気を付けてください」

「おう、任せろ」

「……しっかりな」


 珍しく吽形も口を開いてキロを励まし、阿形共々森へ駆けて行った。

 入れ違いに、女主人を先頭にしたアンムナ、アシュリーがやってきた。

 ゼンドル達が動作魔力を込め終えたナックルを受け取ったアンムナが細めた目をキロに向け、説明を求める。


「悪食の竜がこの世界で爆発しようとしているようです。これから、動作魔力を込めて虚無の世界に送り込みます」


 手短なキロの説明にアンムナは苦い顔をして女主人を見た。


「魔物の群れはどれくらいでやってくる?」

「もう間もなくだ。魔力切れで捌ける数じゃないね」

「……魔物の群れ?」


 アンムナ達のやり取りから聞き捨てならない単語を抜き出して、キロはおうむ返しに問いかける。

 アシュリーがナックルに動作魔力を込めつつ、北の方角を見た。


「悪食の竜に住処を追われたらしい魔物の群れが恐慌状態のまま接近してる。フリーズヴェルグが上空を飛び回ってるでしょう」


 アシュリーの視線の先には確かに巨大な鳥の姿をした魔物、フリーズヴェルグが飛び交っていた。

 フリーズヴェルグの下に魔物の群れがいるのなら、悪食の竜を虚無の世界に押し込む際に邪魔される恐れがある。

 アシュリーがほどほどのところでナックルに動作魔力を込めるのをやめ、アンムナに手渡す。

 アンムナもナックルに動作魔力をある程度込めた後、女主人に渡してキロを見た。


「僕達は魔物の群れの排除にかかる。悪いけれど、魔力の余力は残しておくよ」

「分かりました。魔物の群れはアンムナさん達にお任せします。できれば、最初にフリーズヴェルグの討伐をお願いしたいですが……可能ですか?」


 悪食の竜を相手に動作魔力を使い果たすことになるため、キロは上空からの不意打ちに対応できる自信がない。

 クローナの村で戦った際には遠距離攻撃の手段がないためにフリーズヴェルグに対抗する手段が乏しかったアンムナ達に、キロは問いかける。

 アンムナはアシュリーと顔を見合わせて、くすりと笑った。


「問題ないよ」


 気負うことなく言ってのけ、アンムナはアシュリーと共にキロ達に背を向け、駆け出した。

 女主人からナックルを受け取ったキロは、アンムナ達を追いかけるように走り出す。


「クローナ、ミュト、後は頼んだ!」


 キロは肩越しに振り返ってクローナとミュトに声を掛ける。

 クローナが杖を高く掲げて笑い、ミュトが手を振る。


「任せてください」

「キロこそ、しっかりね!」


 ミュトの肩の上で、フカフカが尻尾を動かし、キロの行く先を照らし出す。フカフカなりの激励だろう。

 キロは暗くなった森を駆け抜け、悪食の竜の側面に回り込む。

 キロが前方の空に視線を向けると、空高く旋回するフリーズヴェルグの下から突然水柱が吹き上がった。

 回避させる事なくフリーズヴェルグを飲み込んだ水柱は、下方へと急速な流れを作り出してフリーズヴェルグを強制的に地面に引きずり降ろす。

 森の中を走り抜けた先、水中の根元に当たる部分に辿り着いたキロの視界に飛び込んできたのは、引き摺り下ろされたフリーズヴェルグがアンムナの奥義を受けて次々に絶命する光景だった。

 森から不用意に飛び出してきたらしい魔物もアンムナの奥義で処理されたらしく、死骸は原形をとどめていない。

 アンムナが森の奥を見つめながら、背中のキロに気付いて声を上げる。


「魔物は僕達が請け負う。悪食の竜を頼んだよ」

「頼まれました!」


 キロは言い返して、頼りになる師匠から離れ、悪食の竜を目指す。

 月明かりに浮かび上がる漆黒の巨体を見つめ、キロはクローナに作戦開始を知らせるための火球を打ち上げる。

 キロの位置からでは、クローナやミュトの姿は見えない。

 キロはナックルからみんなが込めたばかりの動作魔力を引き出し、タイミングを見計らう。

 悪食の竜が夜空に首を伸ばして一口食べた直後、キロは一息に距離を詰めた。

 両手を悪食の竜に触れた瞬間、動作魔力を一瞬のうちに解放する。

 突然くわえられた力に対抗しようと悪食の竜が四肢の爪を地面に食い込ませようとした瞬間、足を滑らせ転倒した。

 クローナが特殊魔力を用いて足元の摩擦係数を反転したのだ。

 悪食の竜が立ち上がろうと四肢に力を込めるも、キロが流し込んだ大量の動作魔力にあらがう前に足を滑らせる。

 横倒しになったまま、悪食の竜は木々をなぎ倒して虚無の世界の扉へと一直線に突き進む。

 だが、木々に勢いを殺された悪食の竜は明らかに速度を落としていた。


「届かない……ッ!」


 キロは歯を食いしばり、駆け出す。

 悪食の竜の向こうでは、阿吽の冒険者が木々を払った空間があるはずなのだ。そこまで押し込めば、悪食の竜と虚無の世界の扉を遮る物は何もない。

 キロは自身に残った普遍魔力を総動員して動作魔力を練る。

 常人であれば吐き気を催して満足に立っている事さえできないはずだが、キロは特殊魔力持ちだ。普遍魔力が底をついても体調を崩すことはない。

 すでに止まりかけている悪食の竜へ、キロは文字通り渾身の一撃を放つ。


「棲家に帰れって言ってんだろがッ!」


 止まりかけていた悪食の竜は、キロの放った一撃によって加速する。

 全身で暴れて抵抗する悪食の竜が、地面の上を滑っていく。

 それでもまだ、わずかに足りない。

 キロが舌打ちした直後、悪食の竜を迂回するようにしてクローナとミュトが姿を現した。

 キロと眼が合った瞬間に状況を悟ったのか、クローナとミュトが自身と悪食の竜の位置を確認する。

 迂回してきたためにクローナとミュトは悪食の竜の尻尾の付け根にいた。

 動作魔力を込めて悪食の竜を弾き飛ばしてもコマのように回転させてしまい、魔力がロスする恐れがある位置だ。

 クローナとミュトが互いに目くばせし、各々の武器である杖と小剣をキロに投げてくる。魔力が込められているらしく、どちらもリーフトレージの部分が光を放っていた。

 キロの立ち位置であれば、悪食の竜を効率よく押し出せると判断し、残った魔力を武器に込めて託したのだ。


「――助かる!」


 キロは空中で杖と小剣を掴みとり、間髪を入れずに魔力を引き出す。

 クローナとミュトが全力で込めた動作魔力を感じ取り、キロはさらなる追撃を悪食の竜へと放つ。

 悪食の竜がさらに加速し、虚無の世界へ通じる真っ黒な空間へと体の半分が吸い込まれた。

 未だに速度が衰えない悪食の竜の体を見て、キロは勝ちを確信する。

 その時、確かに悪食の竜の瞳がキロ達を捉えた。

 爬虫類染みた温度のない瞳。

 しかし、確実にキロ達をエサ以外の何かとして見ている瞳だった。

 本能的な危機感と焦燥感がキロの足元からせり上がる。

 だが、悪食の竜は瞳をキロ達へ向けたままの体勢で完全に虚無の世界へ吸い込まれていった。

 キロはほっと安堵の息を吐きだす。


「ミュト、クローナ、無事か?」


 キロは地面にへたり込んでいる二人へと声を掛け、歩み寄る。


「キロよ、早く来るのだ。女を待たせるな」


 フカフカがミュトの肩の上でふんぞり返る。

 キロとは違い、特殊魔力も使用して戦っていた二人は魔力欠乏を起こしているらしい。

 顔色は悪かったが、クローナは笑ってキロへと手を伸ばす。


「大丈夫ですよ。少し休めば魔力も回復しますから」

「ボクも少し気持ち悪いけど、何とか」


 ミュトが片手で胸を押さえつつ、もう片方の手をキロに伸ばす。


「帰りは馬車だ。少しは休めるから、もう少しだけ我慢――」


 キロがクローナとミュトの手を取った瞬間だった。

 虚無の世界へ続く空間から、悪食の竜が顔を出した。

 完全に不意を打たれたキロ達が逃げる暇はなかった。

 キロ達を視界に収めるなり大きく口を開き〝悪食〟の名前通りに地面も雑草も空気も、何もかもをいっしょくたにキロ達を口の中へと収める。

 そのまま、悪食の竜は虚無の世界へと舞い戻り、その寿命を終えた。

 光が満ち、魔力と共に可能性が練り込まれ、世界が創造されていく。

 新たな世界が産声を上げた。


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