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複数世界のキロ  作者: 氷純
最終章  新世界の三人と一匹

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202/206

第三十三話  たった一つの未来への戦い

「地下世界の地図師、オラン・リークスによれば、過去は不変です。だからこそ、観測者の経験、過去に矛盾する事態を解消する自然現象として新しい世界、パラレルワールドが生まれます」


 キロはロウヒの縄張りで見たオラン・リークスの姿を思い出しながら説明する。

 オラン・リークスは過去は不変であるとし、さらにこうも言っている。


「未来は千変万化、無数の可能性を持っています」


 話がつかめてきたのだろう、アンムナが面白そうに目を細めた。


「無数の可能性から一つを選び取られて一本化された過去ではなく、無数に枝分かれする可能性そのものである未来を悪食の竜に直接食わせ、許容量を上回らせる事で自壊を狙う作戦だね?」


 キロが話す断片的な情報から作戦概要を察したらしく、アンムナがキロに確認する。

 オラン・リークスが立てた作戦と同じものであるとは限らないが、キロはアンムナの言葉に同意する。

 キロは両手にはめているナックルを持ち上げた。


「ミュトの特殊魔力は対象物を過去の状態に戻す魔法、そしてクローナの特殊魔力は反転させる魔法です。この二つを併用すれば、対象物を未来の状態にすることができます」


 キロのナックルはリーフトレージで作られており、魔力の貯蔵ができる。


「二人の特殊魔力を同時使用する事で武器を未来の状態にし、悪食の竜への攻撃に使用すれば倒せるはずです」

「理屈は分かった。しかし、いくつもの世界を食べる悪食の竜が武器一つの可能性で腹を満たすのかな?」

「千変万化、ですからね。一つで足りなければ魔法で生み出した石でもいいはずです」


 キロの答えに満足できなかったのか、アンムナはじろりとキロを見据えた。


「キロ君の特殊魔力は蘇生だったね?」

「はい」


 キロはアンムナの鋭い視線を見つめ返しながら、肯定する。

 しばらく睨み合った後、アンムナは諦めたように視線を逸らして肩を竦めた。


「まぁ、良いだろう。奥の手は取っておくものだからね」


 アンムナの意味深長な発言の意図が理解できなかったのか、カルロが御者台から疑問を浮かべた顔を向ける。

 しかし、アシュリーや女主人の表情を見て、口を挟まない方が良いと判断したらしく、馬車の進行方向に視線を戻した。

 キロもまた、道の先へと視線を移す。

 悪食の竜の被害から逃れるために避難してきたのだろうか、家財道具を満載した馬車や手押し車の一団が見えた。

 休憩を取っているらしいその一団はキロ達を見て眉を寄せる。


「あんたら、この先には行かない方がいい。ギルドから通達が出ているはずだろう?」


 一団から進み出てきた強面の男性が馬車を操縦するカルロに声を掛ける。

 カルロが馬車を止め、強面の男性を見た。


「竜の話ですかな?」

「そうだ。知ってんじゃねぇか。……倒そうなんて馬鹿な事考えてないだろうな?」


 強面の男がキロ達の武装を見て、信じられない様に問いかける。

 キロは馬車の端から身を乗り出し、強面の男性に話しかけた。


「そのまさかです。竜の話を聞かせてもらってもいいですか?」


 気を利かせたアンムナから翻訳の腕輪を渡された強面の男性は、キロの質問に呆れたような視線を送った。


「見てみればきっとわかるだろうが、あんなもの人間の手に負えないぞ」

「大きさはどれくらいでしょうか?」

「低い山の天辺に鎮座してれば、麓からでも形が分かるくらいだな」


 いまいち大きさが分からないキロが首を傾げると、強面の男性は道を指差す。


「この直線と同じくらいの体長だ。翼長なら五割増しだろう」


 キロは道を見回し、大体の長さを目算する。おおよそ、三十メートルだろうか。

 以前虚無の世界で見た時よりも明らかに成長している。


「空を食っているという報告を受けています。被害状況は?」

「人的被害はゼロ、街にも被害は出ていなかった。空に向かって口を開けたかと思うと徐々に奴の口へ吸い込まれていって、ぽっかり穴が開いた。実際に見てみないと分からんだろうな」


 苦々しい顔で言った強面の男は、北を睨む。

 キロは礼を言ってカルロに馬車を出してもらうよう頼み、集団と別れた。

 街に被害が出ていないと知って少し安心したものの、悠長に構えている時間もないようだった。


「速度を上げてください」


 キロが頼むと、カルロは手綱を操作し、地下世界産の馬に加速を命じた。



 北の街が見える頃には、その先にある山と頂上にいる悪食の竜、さらには虚無の世界に通じるだろう真っ黒な空が視界に入った。

 キロ達は馬車を下り、悪食の竜を見る。

 隣にクローナとミュトが立った。


「随分と大きくなってますね」

「みるみる大きくなっているように見えるよ」


 ミュトが悪食の竜を遠目に観察しながら呟く。

 キロやクローナの眼には悪食の竜の成長スピードが分からないが、地図師であるミュトは目測で成長度合いを察する事が出来るらしい。

 悪食の竜は山の天辺に陣取り、空に向けて口を開けている。

 暮れていく夕焼け空が悪食の竜の口へと渦を巻いて吸い込まれ、空の代わりに夜よりも暗い空間が広がっていく。

 ふと、悪食の竜が口を閉ざした。

 ゆっくりと視線をおろし、山の稜線を眺めたかと思うと、街へ、そしてキロ達へと視線を移動させる。

 目が合ったような気がして、キロは古い槍を構えた。

 その瞬間、悪食の竜は山から垂直に跳び上がると虚空を巨大な翼で一打ちし、キロ達に向かって飛んでくる。


「戦意旺盛であるな。いや、旺盛なのは食欲か」


 フカフカが鼻を鳴らし、悪食の竜に皮肉を飛ばす。

 キロは馬車にいる面々を振り返った。


「周辺から魔物が来た場合の対処をお願いします」


 キロの指示を受け、カルロ達が周囲に散らばってくれる。

 相手が巨大な竜であるため、戦闘区域も広くなる。必然的に魔物との遭遇が想定されるため、アンムナ達には周辺の魔物の一掃を頼んであった。

 キロは悪食の竜に視線を戻す。

 すでに町の上空を飛び抜けつつある悪食の竜は、散らばったアンムナ達には目もくれず、キロとクローナ、ミュト、フカフカのいる地点を見据えている。

 一度魔力を食らった相手であるキロ達を最初の獲物と認識しているのだろう。


「……竜退治なんて英雄っぽい事する事になるとはな」


 キロは呟く。

 バイトをしながら就職先を探し、奨学金の返済をしていた頃には考えられなかった事だ。

 キロの言葉を耳にしたクローナが苦笑しながら杖を構える。


「同感ですよ。少し前まで羊飼いをしていたのに、世界を食べる竜を退治しようだなんて」


 くすくすと笑って、ミュトが小剣を抜き放つ。リーフトレージの柄が緑色に光を放っていた。


「ボクなんて、空を目指して地図を描き続けていたんだよ? それが今じゃ、夕暮れ空の下で空を守る戦いを始めるんだから」


 三人は視線を交差させ、笑みを浮かべる。

 フカフカが三人を見回した。


「未来は千変万化、我らのような者に予測できるものではないという事である。尤も、この戦いの行方は決まっておるがな」


 フカフカが自信たっぷりに言葉を区切り、尻尾を打ち振るうと、街の上空を抜けたばかりの悪食の竜へ光を照射した。


「――奴の負けである」


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