第二十二話 ロウヒ討伐戦
ランバルから借りた馬で洞窟道を駆け登ること丸一日、キロ達は再びロウヒの縄張りまで来ていた。
「この洞窟道ってもっと長い直線だった気がしますけど」
クローナが洞窟道の先を見つめながら、呟く。
クローナの視線の先にはロウヒがいた。
中途半端に挙げた手を洞窟道の入り口の壁面に食い込ませたまま、動きを止めている。
ミュトが手元の地図と洞窟道を見比べ、口を開く。
「ロウヒがここまで掘り起こしたみたいだね。三分の一くらいは削られているみたい」
「理由は――さっきから呟いてくれてるな」
キロは動きを止めているロウヒを見て、ため息を吐いた。
キロ達の接近に気付いて動きを止めたロウヒを観察する。
美しい女を模した真っ白な石像、高さは八メートルほどもあり、美しい外見の中に、大量の魔力を保持している。
ロウヒは先ほどから同じ言葉を延々と繰り返していた。
「地上へ戻りなさい。この警告を無視した場合、連れ戻します」
キロ達が前進も後退もしないからだろう、ロウヒは次の行動に移ろうとはせず、同じ警告を発し続けている。
迎えに行く途中でキロ達が戻ってきたため、強制的に連れ戻すための条件がそろっていないのだろう。
「八千年たった今でも製作者の命令を忠実に守り続けるとは、忠義者であるな」
フカフカが感慨深げに呟いて、キロを見た。
「どうするのだ?」
「このまま俺達が別の世界に行っても、ロウヒが俺達を探して地下世界中を動き回るだろ?」
「あの剣幕であるからな」
フカフカがロウヒの後方に山と積まれた土を見て、キロに同意する。
倒すしかない、と全員が意見を共有したところで、キロはロウヒの縄張りに目を向ける。
「最初から全力で攻撃するけど、この洞窟道で戦うとロウヒの攻撃を避けられない。地上へ戻る振りをしてロウヒの縄張りの半ばまで入ったら、攻撃開始だ」
「いっそ、虚無の世界と通じている洞窟道から縄張りを見下ろす形で攻撃した方がいいかも知れませんよ?」
「いや、ロウヒの製作者だって、地上から地下へ逃げ出す生贄がいる事は想定していた。という事は、集団で地上側から攻撃され、ロウヒが壊される可能性も気付いていたはずだ。対策はしているだろう」
実際、今のロウヒは地上からの逃亡者とキロ達を混同し、連れ戻そうとしているのだ。
地上に通じる洞窟道から攻撃を受けた場合、ロウヒが迎撃に移る可能性がある。そうなれば、狭い洞窟道でロウヒの広範囲魔法を浴びせられ、なす術が無くなる。
キロの説明にクローナは納得して、作戦を引っ込めた。
「縄張りの中央付近に着くまで、魔力は練らぬほうがよい。ロウヒが魔力食生物である以上、戦闘の準備を気取られては抵抗の意思ありと見なされかねん」
フカフカがキロの作戦の穴を埋める。
いくつかの作戦を話し合い、キロ達はロウヒに向き直った。
ゆっくりと歩き、ロウヒへ近づく。
ロウヒが静かに下がり、キロ達に道を開けた。大人しく地上に戻る限り、攻撃してこないらしい。
縄張りの奥、遭難したキロ達が目指した虚無の世界へ続く洞窟道へと向かう。
支柱の近くに入り口を開けている虚無の世界への洞窟道を見つけ、キロは周囲を見回した。
支柱にある雷魔法によるものと思われる焦げ跡などは、遭難したキロ達がロウヒと戦った余波だろう。
「過去の俺達は無事に虚無の世界へ向かったみたいだな」
虚無の世界へ続く洞窟道の真下に当たる地面に、光虫の死骸がいくつも転がっているのを見て、キロは確信する。
過去のキロ達が縄張りを抜けた以上、ロウヒを倒してもタイムパラドックスは起こらない。
最後の心配事が消え、キロは深呼吸をして戦闘前の心構えを作る。
その時だった。
「――キロ、止まってください!」
クローナの声が耳に飛び込み、キロは反射的に足を止める。
キロの数歩先の地面に石弾が撃ち込まれた。
石弾が飛んできた方向を見て、キロは目を見開く。
「なんでいきなり攻撃態勢を取ってるんだよ!」
ロウヒが両手に石弾を準備し、キロ達に狙いを定めている。
ロウヒから、また別の言葉が流れてきた。
「二度目の逃走を確認。処分を行います」
「――散開せよ!」
フカフカが声を張り上げ、戦闘に支障がないよう最大光量で周辺を照らし出す。
そんなフカフカを肩に乗せたミュトが小剣を抜き放ち、ロウヒに向かって駆け出した。
ロウヒが放った石弾を特殊魔力で防いだミュトの後ろにキロとクローナも隠れ、体勢を立て直す。
フカフカがロウヒを見て舌打ちした。
「八千年前にはこの辺りに地上への入り口が存在したのであろう」
「ロウヒの記憶力がうらやましいよ」
皮肉ったキロはクローナとミュトに目配せし、戦闘開始を告げる。
特殊魔力の壁を解除したミュトがロウヒの右斜め後方へ走り抜け、反転する。
キロとクローナを合わせて三角形にロウヒを囲む事で攻撃しやすくするためだ。
魔力を練り終わったキロは、ロウヒの左斜め後方へ走る。
キロ達の企みを読んだのだろう、ロウヒが跳び上がった。
三角錐の頂点からキロ達をまとめて攻撃するつもりなのだ。
ロウヒの動きを無視して、キロは適当な支柱に足を掛け、天井へと駆け登る。
キロだけがロウヒと高さを合わせてしまえば、三角錐を作るロウヒの行動は無意味だ。
ロウヒがキロに狙いを定め、両手に石弾を生み出す。
キロはロウヒが生み出した石弾を見て、笑みを浮かべた。
「撃てるもんなら撃ってみろよ」
直後、ロウヒの右手に準備されていた石弾が横合いから別の石弾に撃ち抜かれ、弾き飛ばされた。
地上から狙いをつけていたクローナによる援護だ。
ロウヒは構わず左手をキロに向け、石弾を放つ。
しかし、半数に減った石弾をキロは支柱の裏に回ってやり過ごす。
ロウヒの石弾を受けた支柱が削られるが、元が太いため、キロが駆け登るには十分な幅が残っていた。
天井に到着したキロは、ミュトに合図する。
ミュトが小剣を構えたのを横目に、キロはロウヒの頭上を取り、槍を大上段に構えた。
ロウヒが興味を失ったようにキロから視線を外し、クローナを見る。
全長八メートルの石の像であるロウヒにとって、キロが振るう槍など脅威に値しないのだろう。
「甘く見過ぎだっての」
キロは動作魔力で思い切り天井を蹴りつけ、ロウヒの右肩目掛けて急降下する。
大上段に構えていた槍を動作魔力を用いて思い切り振り降ろしながら、キロは槍にミュトの特殊魔力を込めて発動した。
あらゆる外部からの干渉を受け付けず形状の変化もしなくなったキロの槍は、石でできたロウヒに衝突しようと押し負けることがない。
器用に調節されたキロの動作魔力によって刃筋は合わされ、ロウヒの硬い右肩に刃が食い込んだ。
痛覚はなくとも危機感は刺激されたのだろう、ロウヒがキロを振り払うべく右手を振り上げる。
しかし、ロウヒが振り上げた右手はクローナの石弾によって弾かれた。
右手で追い払えないならば全身で振り払おうと考えたのか、ロウヒがわずかに跳び上がる。
しかし、キロの合図を受けて走り込んでいたミュトがロウヒの足の甲、わずか上の空間に特殊魔力を張り、跳び上がりを阻止する。
魔力食生物たるロウヒはミュトが張った特殊魔力の足枷をすぐに食らいつくし、再度跳び上がる。
だが、すでにキロはロウヒの右肩から食い込んでいた槍を引き抜いて離脱していた。
離脱しながらキロが確認すると、ロウヒの右肩の半ばまで切り傷が走っていた。
「……一撃じゃ切り落とせないか」
無理やり押し込めばもっと深く断ち切れたかもしれないと考えたが、頭を振って欲を追い出す。
槍に込めたミュトの特殊魔力を食われれば、槍の強度が戻ってしまい、壊れてしまうかもしれないのだ。
近接攻撃は極短時間に行うべきである。
着地したキロはロウヒの出方を伺いつつ、距離を取る。
キロ同様、ミュトもロウヒから離れ、クローナと合わせた三角形になるよう位置を調整していた。
わずかの沈黙の後、ロウヒが腕を左右に広げた。
身構えるキロ達が見ている前で、ロウヒの両手から水が生み出される。
雷魔法の発動にしては、両手から水を生み出している事にキロは疑問を抱いた。
しかし、疑問の答えはロウヒの次の行動で示される。
両手が生み出す水の量が見る見るうちに増えていく。
「……クローナが山城で作った水より多いような気がするんだが」
ロウヒが左右に生み出した水に両腕を突き込み、グローブのようにする。
両手はもちろん肩までを保護する水のグローブは形を維持したまま激しい流れを作っている。動作魔力を通してあるのだろう。
さらに、バチバチという音が聞こえてくる。
「雷のグローブかよ」
ロウヒの生み出した水のグローブを紫電が絶え間なく走っている。まるで龍を纏わせているようだった。
クローナが石弾を撃ちこんで水のグローブを破壊しようとするが、水のグローブそのものが作り出している激しい流れの前に無力にも弾き返される。
まさに攻防一体のグローブだ。
ロウヒが右腕を振りかぶり、キロへとストレートを放つ。
動作魔力を用いて後方に飛び退いたキロが直前まで立っていた場所にロウヒの右拳が食い込んだ。
その時、ロウヒの水のグローブが衝撃に耐えきれず右拳が食い込んだ地面から飛沫を上げる。
「――範囲攻撃かよ!」
キロは慌てて右手を突き出し、ナックルからミュトの特殊魔力を引き出して干渉不可の壁を生み出す。
飛沫が特殊魔力の壁に衝突し、紫電が追随する。
防ぎ切った、と安心したのもつかの間、ロウヒが地面に食い込ませた右手をそのままキロへ向けて押し出した。
ロウヒの腕力で右拳が地面をえぐり、土と魔法で生み出された水が混じった飛沫を上げながらキロへ迫る。
土石流が迫ってくるような錯覚に陥りながら、キロは動作魔力でロウヒの間合いから外れるべく走り出す。
キロへ迫るロウヒの拳を見てミュトが焦り、クローナに声を張り上げる。
「クローナ、援護を!」
「やってます!」
クローナが言い返しながら、ロウヒに向けて次々に石弾を撃ちこむ。
しかし、土石流の中心を進むロウヒの右拳はクローナの攻撃をことごとく弾き返した。
ならば、とクローナはロウヒの足を攻撃して転倒させようと試みる。
だが、足へ向けて飛んできた石弾をロウヒは左手のグローブですべて弾き返した。
そして、ロウヒの右手が逃げ続けるキロをついに捉えた。
キロは避ける事を諦め、槍を中段に構えた。
ミュトの特殊魔力で防御しても、ロウヒの拳との競り合いになるだけだ。魔力の量の差で確実に押し負けるだろう。
キロは構えた槍にミュトの特殊魔力を込めて破壊されないようにしつつ、ロウヒの拳に穂先を合わせた。
土石流を纏った一撃をもって、ロウヒがキロの槍の穂先に右拳を打ち込み、振り抜く。
キロは動作魔力と全身のばねを使って後方へ飛び退き、ロウヒの拳に合わせた槍が押しこまれる勢いを利用する事で威力を軽減する。
雷を纏った土石流がキロの身体を打ち、激痛を与えてくる。
ロウヒが振り抜いた拳の勢いに乗って、キロは縄張りの奥へと弾き飛ばされた。
「――キロ!」
クローナとミュトの悲鳴混じりの呼び声が追いかけてくる。
キロは現象魔力で水の膜を何度も生み出して衝突し、吹き飛ばされた勢いを殺す。
動作魔力を周辺の空気に流して風を生み出し、背中に吹き付けるようにして速度の軽減に努めた。
ロウヒの縄張りが広大であったからこそ、キロは威力を可能な限り殺し、地面を転がる頃には致命傷を負わないまでに速度が落ちていた。
「痛ってぇ……」
咳き込みながら、キロはふらふらと立ち上がる。
右手に握る槍の感触がやけに軽いと思い視線を向けてみれば、半ばから折れていた。吹っ飛ぶ途中でどこかに落ちたらしく、周囲に穂先部分は見当たらない。
もっとも、遠くにフカフカの明かりが見えるだけでキロの周辺は真っ暗である。よほど近くに穂先が落ちていない限り、発見は難しいだろう。
「俺が槍に込めていた特殊魔力を拳を通じて食ったのか。人の思い出の品をなんだと思ってんだ」
腰を擦った時、キロは耳に飛び込んだ音に気付いて素早くその場を離脱する。
重たい物が落ちる音がして、キロは現象魔力で光を生み出し、音の正体を確認する。
「……オーバーキルでも狙ってたのか?」
紫電がほとばしる水のグローブを両手に纏ったロウヒが、折れた槍を持つキロを見下ろしていた。
「――脅威の徹底排除を行います」
ロウヒが冷たく告げ、拳を振りかぶった。




