第十三話 決着
仕切り直しとはなったが、戦闘の再開に際して言葉のやり取りはなかった。
会話をしている間にシールズが特殊魔力を準備できないよう、キロは問答無用で攻撃に移る。
動作魔力を使って素早くシールズとの距離を詰めるキロの横をクローナが放った水球が飛んでいく。
水球を迎撃しようとしたシールズに向けて、キロは紫電を纏わせた左手を向ける。
キロの考えに気付いたシールズが顔をしかめ、水球を生み出して後方に下がった。
キロは魔法で生み出した雷を水球に向かって叩き込み、クローナの飛ばした水球もろともシールズの水球を撃ち抜いた。
「キロ、直進は駄目だよ!」
後ろから様子を窺っていたミュトから注意が飛ぶ。
キロは体を横にずらし、シールズが水球を生み出した地点を避けた。
水球を目くらましに設置されていたらしいシールズの特殊魔力が発動し、空中に突然石の球が出現する。
ミュトの注意がなければ、直進するキロがぶつかったであろう石の壁は重力に従ってむなしく地面に落下した。
シールズがミュトを睨む。
特殊魔力の位置を知らせるミュトを早期に倒そうと考えたようだ。
「そうはいくかよ」
キロはシールズに向けて小規模な雷魔法を放つ。
水魔法で狙いを定めていないあてずっぽうの雷魔法であり、当たる確率は低い。
しかし、カッカラにあるギルドの建物で戦った際にキロの雷魔法を受けた事のあるシールズは苦々しい顔で石壁を出現させて防御した。
雷を防ぐ間に距離を詰め、キロは槍の間合いにシールズを捉える。
遠慮なく振りかぶるキロを見て、シールズが眉を寄せた。
「また槍を壊されたいのかい?」
シールズがキロの槍の軌道に合わせて右手を広げる。
右手には、キロの槍の穂先だけをどこかに転移できるよう、空間転移の特殊魔力が張ってあるのだろう。
カッカラでキロの槍を破壊したのと全く同じ方法だ。
だが、わずかの躊躇もなくキロは槍を振り降ろす。
キロの行動に違和感を覚えたのか、シールズが一歩後ろに下がった。
直後、キロの槍の穂先がシールズの右手を切り裂く。
ミュトの特殊魔力を槍に込める事で干渉不可の付随効果を発動させ、シールズの空間転移による干渉を打ち消したのだ。
「――ッ!?」
痛みよりも驚きに目を見開くシールズに向けて、キロは手元で槍を操作し、突きを繰り出す。
動作魔力で加速させたキロの槍を辛うじて避けたシールズが額に汗を浮かべ、蹴りを繰り出した。
足には魔法で生み出した石を纏わせ、蹴りの威力を増している。
シールズの蹴りに対し、キロは小さな水球を三つ生み出す。
三つの水球に動作魔力を込め、上向きのうねりを作り出してシールズの蹴りを受け流した。
さらに足元に動作魔力を通し、アンムナの奥義を発動する。
地面が弾け飛び、シールズに石礫が襲い掛かった。
キロの生み出した三つの水球で蹴りを受け流され、不安定な体勢にあったシールズはそれでも冷静だった。
奥義で弾けとんだ石礫をシールズが片端から空間転移させる。
身体の正面で掻き消えた石礫が、シールズの背後に出現して落下する。
身体の前後に特殊魔力を張ったのだろう。
「こちらは転移できるようだね」
転移が不可能になる条件を探っている、とキロは瞬時に判断する。
しかし、シールズの視線が一瞬だけキロの手元、リーフトレージのナックルに向けられた。
「――なるほど」
呟いた瞬間、シールズがキロのナックルに向けて血だらけの右手を伸ばした。
奥義の発動直後であったキロは一時的に動作魔力を使い切っており、回避が遅れる。
動作魔力を練り直しながら、キロは己の全身の筋力を使って緊急離脱を図った。
だが、動作魔力に余裕があったシールズの方が圧倒的に動きが速い。
シールズの手がナックルに触れる寸前、キロは笑みを浮かべ、呟く。
「……捕まえた」
キロの呟きを聞いた瞬間、シールズが反射的に右手を引いた。
ラッペンでミュトの特殊魔力に捕まった事を思い出したためだ。
しかし、シールズは何の抵抗もなく右手を〝引けてしまった〟事に苦い顔をする。
キロのはったりに騙されたと気付いたのだ。
だが、キロの呟きははったりであると同時に事実でもあった。
キロはナックルからクローナの魔力を取り出し、突き出した状態の槍を起点に自身の位置を反転させる。
槍の石突きの右側に立っていたキロは、槍の穂先の左側に位置を反転したのだ。
シールズの眼には突如として目の前からキロが姿を消すと同時に背後に現れたように感じられる事だろう。
極短距離ながら、キロは確かに瞬間移動していた。
シールズが振り返る前に、キロはさらに距離を詰める。
ナックルに貯蓄していた現象魔力を全て引き出し、雷を生み出す。
雷魔法をシールズに炸裂させた直後、キロはさらにナックルに残っていたミュトの特殊魔力を発動し、シールズの腰回りの空間を過去に戻す。
体幹が動かせなくなったシールズは中途半端にキロを振り向いた体勢で固まった。
二つの特殊魔力を使いこなして作り出したシールズの決定的な隙を、キロはクローナとミュトに知らせるべく、声を張り上げる。
「――総攻撃!」
キロが離脱すると同時に、クローナが内部に歪な石弾を含んだ水の鞭を発生させる。
ミュトが動作魔力を使って駆け出し、キロと合流した。
キロは体内の魔力で動作魔力を練り、奥義を使って地面を破壊する。
地面がえぐれると同時に生じた石礫をミュトが拾い上げた。
準備が整って、キロ達はシールズを見る。
「可哀想だとは思わないから、遠慮なくいく」
キロが宣言すると同時に、クローナが水の鞭をシールズに叩き付けた。
「こんなもの効くはずがないだろう!」
シールズが叫び、水の鞭はもちろん、内部に作られていた歪な石弾までも転移させてみせる。
「やっぱり転移で防がれますね」
クローナが眉を寄せた時、隣にミュトとキロが立つ。
ミュトが持っていた石礫に特殊魔力を通し、クローナの水の鞭へ放り込んだ。
「これなら転移できないんだよね」
ミュトの特殊魔力で過去の状態に戻された物体は、シールズの空間転移が効かない。
つまり、クローナの水の鞭へミュトが放り込んだ石礫は確実にシールズに当てる事が出来る物理攻撃手段だ。
キロが威力を加減しながら地面に奥義を発動するたびに石礫が生み出され、ミュトが特殊魔力を込めてクローナの水の鞭へと放り込む。
「痛いですけど、我慢してくださいね」
クローナが水の鞭をしならせ、中に放り込まれた石礫ごとシールズに叩き付ける。
「――ッ!」
案の定、シールズの空間転移は水の鞭に対してしか効果を発揮せず、ミュトが特殊魔力で過去に戻した石礫は次々とシールズに衝突し、打撲と切り傷を増やしていく。
空間転移で石礫を防げないと分かったシールズが現象魔力で生み出した石壁での対応を試みるも、クローナは水の鞭をしならせて石壁を迂回させ、石礫を叩き付ける。
ならば、と周囲を石のドームで囲めば、クローナは特殊魔力で速度と威力を高めた石弾を飛ばしてドームを破壊する。
クローナが開けたドームの穴目掛けて、キロはミュトから渡された石礫を動作魔力で投げ込んだ。
絶え間なく叩き付けられる石礫がシールズの集中力をかき乱し、悪あがきに発動する空間転移でむなしく水や空気だけが掻き消える。
キロ達は、不用意に近付いて反撃される事のないよう、絶えず遠距離から攻撃を加えてシールズの魔力の枯渇を狙っているのだ。
すでにキロ達も魔力切れ寸前というところで、建物からカルロと阿吽が飛び出した。
「……えげつねぇ」
キロ達の戦い方を一目見て呟いたカルロ達三人は、すぐにシールズに向けて駆け出した。
シールズもカルロ達の接近に気付いたが、いくら逃げようともがいても逃げられない。
シールズがキロを睨み、口を大きく開けて叫ぶ。
「この冒涜者がッ! 僕を捕らえたりしてみろ。僕が今まで研鑽を積み重ねて確立した永遠の芸術を作り出す方法が失われるんだぞ? 貴様は芸術の歴史を数百年遅らせようとしているんだぞ!? いい加減に目を覚ませ!」
「黙れ、変質者ッ!」
キロが叫び返しながら渾身の力を込めて投げつけた石礫がシールズの頭に当たる。
ガクリ、と項垂れたシールズから体の力が抜けた。
ピクリとも動かなくなったシールズを見て動きを止めたキロは、恐る恐る口を開く。
「……殺しちまったか?」
シールズのすぐ近くまで辿り着いた阿吽が慎重に距離を詰め、シールズの脈を図る。
キロに向かって首を振った阿形が目を閉じた。
「死んでる」
「嘘つくな」
すかさず吽形が否定し、キロ達に報告する。
「心臓は動いている。気絶しただけだ」
ほっとしたキロは、すぐにシールズの近くに赴く。
ミュトの肩の上にいたフカフカがため息を吐いた。
「キロの物よりましとはいえ、あまり美味い物ではないのだがな」
「つべこべ言わずに全部吸い出して」
ミュトに促されて、フカフカがシールズの特殊魔力を一気に吸い出す。
うげぇ、とフカフカが舌を出して前足で洗う。
「もう二度と飲みたくない味であるな。腹の中でもあちこち刺激してくる……」
今にも吐きそうな様子のフカフカに、キロは魔力が空になった右手用のナックルを差し出した。
「このナックルに吐きだしとけ。腹を壊すかもしれないから」
「……かたじけない」
フカフカはそう呟いて、エチケット袋よろしくナックルへ魔力を吐き出した。
……なんか盛り上がらない。完結後に修正するかもしれません。




