第十二話 冒涜者
有刺鉄線で男とキアラを縛り上げた後、フカフカが魔力を吸い出した。
身動ぎするだけで有刺鉄線が食い込むため、二人が意識を取り戻しても脱出は不可能だ。
犯罪者とはいえキアラは女性であるため、キロは有刺鉄線を使用する事に躊躇いがあったが、クローナとミュトはいささかの葛藤もなく縛り上げた。
「キロよ、優しさは犯罪者ではなく隣の女性に向けるものであるぞ」
フカフカのありがたい訓示を聞き流し、キロは階段に目を向ける。
しっかりと縛り上げられた窃盗組織の男達が転がっていた。
同時に、二階から階段を上がってきたばかりの阿吽の冒険者がキロを見て手を振った。
完全に捕虜となった男達を蹴り飛ばして廊下の横に追いやりながら、阿吽と後から登ってきたゼンドル、ティーダ、しんがりのカルロがやってくる。
「三階と四階は制圧済みか? 目標はどうなってる?」
縛り上げられた窃盗組織の人間を数えながら、阿形が質問を投げてくる。
「制圧は済んで、窃盗組織の頭を名乗る岩の手の男とキアラはご覧の通り無力化しました。ただ、シールズが見当たりません。そっちにはいませんでしたか?」
キロが質問を返すと、阿形は頭を振った。
「キアラとボスの身柄を押さえたのはいいですが、戦略目標のシールズが見つからないのは困りものですな。奴の特殊魔力を使えば、脱獄支援など造作もない」
カルロが眉を寄せ、腕を組む。
シールズ一人が残っているだけで、いくら窃盗組織の人間を捕えても脱獄させることが可能である。
捕えた人間を問答無用で斬首できれば問題ないだろうが、犯罪者とはいえ正式な手続きを踏まずに殺せば罪に問われかねない。
「ただでさえ、こいつらは騎士連中の顔に泥を塗ってる。冒険者の俺達だけで始末をつけると余計な軋轢を生みかねん」
「政治の事は分かりませんけど、俺達の目標はあくまでもシールズです。早く見つけて捕えましょう」
「どこに居るか、心当たりはあるのか?」
阿形に言い返され、キロは頭を掻く。
特殊魔力でいち早く前線である防壁へ向かい、冒険者との戦闘を行っている可能性が高いと思えた。
キロが説明しかけた時、フカフカの耳がピクリと動く。
「伏せよ!」
唐突なフカフカの怒鳴り声に全員が反応できたのは幸いだった。敵地の中心にいるため緊張感が持続していた事もあって、キロ達は考えるより先に腰を落とす。
外が一瞬明るくなったかと思うと、窓ガラスが割れ飛び、破片と共に莫大な熱量が建物の中へと侵入する。
熱せられた空気が肌を舐める前に、キロとクローナ、ミュトが同時に周辺の空間を過去に戻し、防御した。
ミュトの特殊魔力をリーフトレージに充填しておいた過去の自分の判断に感謝しながら、キロは割れた窓の外を見る。
「――キロ君、そこにいるんだろう⁉」
キロは一瞬、呼びかける声の主が分からなかった。
抑えきれない憤怒を滲ませた声は、キロの耳が確かならばシールズのものだ。
「シールズの奴、なんでいきなり怒り狂ってんだよ……」
仲間がやられても激怒するような男ではない。
つまり、岩の手の男がいるこの建物が襲われている現状に激怒しているわけではないだろう。
では、何が理由だろうかと考えるキロの袖をクローナが引っ張った。
「前線でアシュリーさんを見たのかもしれませんよ?」
「どういう事だ?」
クローナの言っている意味が分からず問い返したキロに答えをくれたのは、シールズだった。
「キロ君、君が壊したんだろう⁉ 永遠の美を、自然美の頂点をなんだと思っているんだッ!」
あぁ、そういう奴だった、とキロはため息をこぼす。
キロとクローナ以外が妙な顔をする。フカフカに至っては聞き間違ったかと疑うように耳をせわしなく動かしてからキロを見上げた。
「ラッペンであやつが防腐処理した手足を降らせた理由は、我らへの嫌がらせではなかったのか?」
「シールズは純粋に芸術だと思ってるんだ」
げんなりしつつ、キロは阿吽達を見る。
「捕えた奴らを戦闘に巻き込まないように運んでください。俺達でシールズを押さえます」
「分かった。後で加勢する」
阿吽達は意識を失っている岩の手の男やキアラ達を回収し、シールズからは見えない様に階段へと向かっていく。
阿吽達が十分な距離を取った事を確かめて、キロはクローナとミュトに目くばせする。
「シールズが特殊魔力を張っている場所をフカフカと一緒に探ってくれ。俺は囮になる」
「気を付けてくださいね」
「なるべく気を付けるさ。ただ、早めに来てくれ。俺の手の内をシールズはほとんど知ってるから、長くはもたない」
槍を握って、キロは告げる。
シールズとの直接対決はこれで四度目になり、いずれの戦闘でもキロは全力でぶつかって取り逃がしている。
奥義はもちろん雷まで知られているのだ。
見せていない即死魔法はあるものの、直接対象に触れて特殊魔力を込めなければいけないためシールズ相手に使うのは危険である。
「危ないと思ったらすぐに援護します」
「そうしてくれると助かる」
言い置いて、キロは立ち上がりざまに床を蹴る。
割れた窓から外へ飛び出し、壁に足を付けて地面へと駆け下りた。
地面にはシールズが仁王立ちしてキロを睨んでいる。
先ほど窓を破壊したシールズの攻撃の余波によるものか、周囲の建物が一部焦げていた。
「キロ君、反省している様子がないが、どういう事かな。どうやったのかは知らないが、君がアシュリーさんを生き返らせてしまったんだろう?」
「良く分かったな」
フカフカが特殊魔力の位置を把握しきるまでの時間を稼ぐべく、キロはシールズとの会話を長引かせようとする。
シールズの顔がゆがみ、敵意をむき出しにした。
「当たり前だろう! どんな手段を使ったかは知らないが、君のような芸術への冒涜者は許しておけない! 絶対に殺す、絶対に!」
怒鳴ったシールズが両手を大きく振った瞬間、こぶし大の火球が無数に生み出された。
一目見ただけで数える事を諦めたキロは、動作魔力を使っての緊急離脱を図る。
射出された火球がキロに向けて飛んでくるが、石壁を生み出して防ぐ。
しかし、石壁の横を通り抜けた火球に込められたシールズの特殊魔力が発動し、空間転移を利用した全方位からの攻撃に切り替わった。
ラッペンでの戦闘でも見たため、キロは冷静に新たな石壁を作って防ぎながら、火球のいくつかをアシュリーの魔法を真似した水の防御で相殺して走り抜ける。
特殊魔力が込められた火球は次々に転移して、軌道の予測が難しい。
その時、キロはシールズの姿が消えている事に気が付いた。
転移したのだと分かっても、どこへ転移したのかはわからない。
キロは舌打ちし、身を捻って火球を躱しながら右足を軸に方向を転換、素早く周囲へ視線を走らせる。
しかし、シールズの姿は見当たらない。
姿が見えないのなら絶えず動いて次の攻撃をかわすしかない。
キロが一歩を踏み出した時、頭上からクローナの声が降ってきた。
「キロ、止まってください!」
さん付けではなくなっている、とキロは足を止めてクローナがいる建物の三階をを見上げた。
クローナが杖を構え、拳大の水球を準備していた。
何をするつもりかと怪訝に思ったキロに、ミュトが三階から声を掛ける。
「体積反転、基準はこの建物!」
「――嘘だろ、おい!」
すぐさま意味を理解したキロは自らの周囲を囲む様にミュトの特殊魔力を発動させる。
直後、クローナが特殊魔力を使用して水球の体積を反転させる。
頭上に四階建ての建物二つ分はありそうな莫大な水の塊が出現した。
重力に従って水が降ってくる。
これだけの規模の水が三階の高さから垂直落下すれば、真下の建物はもちろん周囲の建物にも被害が出る。
簡易の拠点ではあったものの、元は軍事施設だけあって建物の強度もそれなりにあるはずだが、真下にいる人間は無事では済まないだろう。
もっとも、降ってくる水の密度による。
落下してきた水の塊は、張りぼてだった。
巨大な水球ではなく、水の膜で覆われただけの空気が降ってきたのだ。
「……なんで、こんな張ったりを?」
キロが疑問を頭に浮かべると同時に、クローナとミュトが三階からキロの元へと降り立った。
魔法で生み出した水流を操作して器用に着地したクローナにくっついていたミュトが、ほっと胸を撫で下ろす。
ミュトの肩の上で、フカフカがにやりと笑った。
「せめて少しでも威力を軽減しようとシールズが徒労を重ねたようであるな」
機嫌よさそうに尻尾を振ったフカフカの視線を追うと、円錐形の石の屋根の下からシールズが細めた目を向けていた。
クローナが杖を軽く振ってにっこり笑う。
「せっかく準備していた特殊魔力を全部使って空気を空間転移するなんて、何を考えてるんですか?」
そういう事か、とキロは理解する。
巨大な水塊を落とすと見せかけたのは、シールズが事前に準備していた周辺の特殊魔力を空撃ちさせるためだったのだ。
「まったく、俺まで焦らせてどうするんだ」
「敵を騙すにはまず味方からですよ。それに、これでシールズは特殊魔力を張り直さないといけなくなりました。緊急脱出は不可能です」
「なら、畳みかけるか」
憎悪を込めて睨んでくるシールズの視線からクローナを庇うように立ったキロは、槍を構えた。




