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複数世界のキロ  作者: 氷純
第一章 クローナの世界

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第十七話  一件落着

 町に戻ったキロ達を出迎えたのは、完全武装した冒険者達だった。

 無傷のキロとクローナ、ゼンドルに背負われている足を怪我したティーダの四人はすぐにギルドへ連れられ、事情聴取を受ける事になった。

 キロ達がパーンヤンクシュを倒して帰ってきたとは考えていないらしく、入れ替わりに討伐隊が出発しようとする。

 ギスギスと緊迫した雰囲気から、口で言っても信じてくれないだろうと思い、キロは持ってきたパーンヤンクシュの角笛状の器官を掲げて見せる。


「え?」


 キロが掲げたパーンヤンクシュの討伐証明部位を呆然と見上げて、完全武装の冒険者達が揃って声を漏らす様はなかなか愉快だった。



「――というわけで、倒してきました」


 頭を抱える受付の女性を前にクローナが報告を締めくくると、重々しいため息を吐かれた。


「魔法使い一人と槍使い一人の二人組でパーンヤンクシュを討伐するって、ベテランじゃあるまいし……」


 ベテランどころか、冒険者になってまだ一週間ほどしか経っていない事は黙っておいた。

 キロ達の証言通りの場所でパーンヤンクシュの死体が見つかった事もあり、もはやキロ達の言葉を疑う者はいない。


「動作魔力を使えなかったら打つ手なしでしたよ」

「一撃ごとの身体の動きにまで動作魔力を使えるのがベテランの冒険者と言われるくらい、習得が難しい物なんですけどね」


 キロさんには当てはまらないようですが、と皮肉気に付け足した後、受付の女性は調書をしまった。


「何はともあれ、ご無事で何よりです。しかし、今後は独断専行を避けてください」

「そうですね。クローナが危険に巻き込まれる時は一緒に巻き込まれるようにします」

「そういう問題じゃないです………」

「――キロさん、からかっちゃだめですよ」


 横に座るクローナに肘で小突かれ、キロは肩を竦めた。


「本音を言ったんだ。心配して居ても立ってもいられなくなるより、ずっとマシだから」

「あ、はい、ありがとうございます……」


 照れたクローナが赤い顔を俯かせ、消え入りそうな声で言う。

 受付の女性がまた深々とため息を吐く。


「よくよく餌をぶら下げる人ですね。またからかってあげましょうか?」


 受付の女性が言葉の軽いジャブを放つと、クローナは昨夜の事を思い出したのか耳まで赤くなった。

 クローナの反応を楽しむでもなく、受付の女性は一度ギルドの奥へ引っ込むと、革袋を持って帰ってきた。


「パーンヤンクシュの討伐報酬です」

「討伐報酬なんてもらえるんですか?」


 グリンブルを倒した時にはなかったものだ。

 受付の女性は何事か言いかけ、思い直したように首を振った。


「本当に冒険者になって日が浅いんですね。パーンヤンクシュは出現と同時に即討伐対象になります。グリンブルは基本的に襲ってこない魔物なので、ギルドから討伐依頼を出す事はまずありません」


 説明しつつ、受付の女性は革袋から取り出した銀貨を机に六十枚並べた。

 多いのか少ないのか、キロにはいまいち掴み兼ねる。

 隣を見れば、クローナが感動したような目で銀貨を見つめていた。

 銀貨の輝きが特効薬となり、羞恥心から立ち直ったらしい。現金なものだ。

 受付の女性がクローナの様子に苦笑しながら、口を開く。


「パーンヤンクシュは本来、魔法使いを最低でも三人そろえて戦う魔物です。討伐の基本報酬はこの人数に前衛を一人加えた頭数を前提にしてあります」


 ――つまり四人分の報酬、一人頭十五枚か。

 素泊まり宿の値段が銅貨三枚、おおよそ銅貨十枚で銀貨一枚、とキロは計算し結構な大金だと理解した。

 だが、受付の女性は魔法使いを〝最低でも〟三人と言っていた。

 実際はそれ以上の人数で臨む場合が多いのだろう。

 それでも不満が出ない金額をクローナと二人でもらった事になる。


「……キロさん、どうしましょう? お金持ちですよ?」


 机に並んだ銀貨を震える指で示しながら、クローナが引きつった笑顔を浮かべる。


「とりあえず、落ち着け」


 キロはクローナの頭をポンポンと撫でて、大人しくさせる。

 受付の女性は苦笑して、さらに革袋から銀貨十枚をとりだし、机に並べた。

 予期しない追加報酬を恐る恐る眺めたクローナが、キロの袖を引っ張る。


「キロさん、どうしましょう、大金持ちで――」

「だから、落ち着けと言ってるだろう」


 クローナの言葉を遮り、キロは受付の女性に視線で問う。

 追加報酬の出所は簡単だった。


「今回はパーンヤンクシュの鱗がほとんど完全な状態で手に入っていますから、その買取報酬です。スケイルアーマーの素材になるんですよ。駆け出しに毛が生えたような冒険者の前衛が使いますね」


 本来、魔法使い複数による高威力魔法で袋叩きにする討伐法を取るため、パーンヤンクシュの鱗がまとまって取れる事はないという。

 しかし、今回はキロが槍で切り殺しているため、大部分の鱗が無事だったのだ。

 魔法を当てなくてよかった、とクローナが胸を撫で下ろしている。

 受付の女性曰く、ギルドにとっても、安い防具は死亡率の高い駆け出し冒険者に需要があるため、嬉しい誤算だったという。

 銀貨の枚数をもう一度数えなおして、クローナは革袋に銀貨を収めた。

 少しの間革袋の中身を見つめていたかと思うと、立ち上がりかけた受付の女性に声をかける。


「ティーダさんのいる治療院ってどこですか?」



 ティーダを見舞いに治療院を訪れる頃には日が没していた。

 ベッドに横になっていたティーダは、キロとクローナの姿を見て上半身を起こす。


「見舞いに来てくれたんだ。律儀だね」


 クスクスと笑いながら、ティーダはキロ達を交互に見る。

 看病のためだろう、ベッド脇の椅子に座っていたゼンドルも笑顔で迎えてくれた。

 キロは見舞いがてら近くの酒場で包んでもらった惣菜を机に並べる。

 ゼンドルが隣に来て、キロの手元を覗き込んだ。


「おぉ、助かる。さっきこれを買いに出たんだけど、食べ物は忘れててさ」


 ゼンドルは言いながら、翻訳の腕輪をキロの前で揺らした。キロのものと少しデザインが異なっている。


「この腕輪、かなり値が張るのな。お前ら駆け出しだろうに、よくこんなもん二つも買ったもんだわ」

「教会から借りてるだけだよ。それより、ゼンドルこそなんで買ったんだ?」

「もちろん、助けてくれた礼を言うため。と言いたいところだけど、もう一つ、俺達はあと数年くらい冒険者続けて実績を作ったら傭兵団に入ろうと思ってるから、その時に翻訳の腕輪が必須なんだ」


 本当に便利だなこれ、とゼンドルは翻訳の腕輪をしげしげと見つめる。

 ――道理で勇ましいデザインだと思った。

 キロはゼンドルの翻訳の腕輪が獰猛そうな生き物をモチーフにしている理由がわかって、一人納得する。

 生き物の正体は分からないが、この世界独特のものなのだろう。

 男二人が会話する傍らで、クローナは紙に包んだ数枚の銀貨をティーダへ差し出した。

 最初は笑顔で受け取ったティーダだったが、中身が銀貨だと知ると目を丸くした。


「受け取れないよ! 護衛依頼を受けておいて怪我して役に立たなくなったんだから、むしろこちらが慰謝料を払うくらいで」

「け、怪我の治療費だと思ってください!」

「だからって――」


 なおも銀貨を返そうとするティーダに翻訳の腕輪を投げ渡し、キロは笑いながら声をかける。


「貰ってくれ。冒険者は続けるんだろう? お金の心配せずに治療に専念してほしいんだ。今度は一緒に仕事したいからさ」


 キロが笑顔で押し切ると、ティーダはゼンドルと顔を見合わせ、諦めたように苦笑した。


「……お人よしだね。分かった。今度会ったら一緒に依頼を受けよう」


 嬉しそうに手を差し出すクローナとティーダが握手する。

 キロとゼンドルは横から微笑ましい気持ちで見ていた。ちゃっかり二人とも串揚げを手にしている。

 キロを振り返ったクローナは、半分齧られた串揚げを見て眉を寄せる。


「なんで先に食べてるんですか!」

「冷めると不味いから」

「料理は美味しく食べなきゃな」


 意気投合する男二人に全て食べられては堪らない、とクローナはティーダと自分の取り分を皿に分けた。

 キロはゼンドルと視線を交わし、互いに同じ事を考えていると悟り口端を吊り上げる。


「クローナちゃん、一人っ子?」

「分けても意味ないんだよ。俺達みたいな奴には、な!」


 キロとゼンドルが一斉にクローナ達の皿へと手を伸ばし、肉系の串カツを奪い取ろうとする。

 しかし、キロ達の手を遮るように松葉杖が現れた。

 松葉杖の持ち手へ視線を滑らせると、ティーダが眼光鋭くキロとゼンドルを睨んでいた。


「こら、男共。食事中に遊ぶな、埃が舞うだろ」

「……はい」


 ティーダの剣幕に、キロは高校時代の寮母の姿を幻視した。

 大人しく手を戻したキロとゼンドルはちまちまと残された串カツを食べ始める。

 そういえば、とキロはクローナを見た。


「シキリアは採って来れたのか?」


 パーンヤンクシュの騒動で忘れてしまっていたが、本来は羊に効く薬草シキリアを取りに行ったのだ。

 クローナは足元に置いた鞄を指差す。


「抜かりなしです」


 ――パーンヤンクシュに襲われたタイミングはシキリアを採取した後の帰り道だったんだな。

 キロは納得して、窓の外を見る。

 すっかり夜の空気だった。


「俺の魔力もないし、司祭のところへ帰るのは明日の朝にするか」


 キロが提案すると、クローナは賛成した。

 キロとクローナのやり取りを聞いて、ゼンドルが口を挟む。


「色々世話になったし、見送りに行くぜ。ティーダを背負ってさ」

「目当ては太ももの感触か?」

「流石はキロだ。察しが良いな」


 イェーイ、とハイタッチを交わすキロとゼンドルを、ティーダが呆れ顔で、クローナは赤い顔で、それぞれの相棒の頭を軽く叩いた。


「遠慮がないのと分別がないのは違うと思うんです」

「悪ふざけが許される間柄だと思うんだ。一緒に騒ぐのも礼儀の内だよ」


 キロに正論をぶつけるクローナは容易く言い返され、言葉が見つからずにおろおろする。

 キロはクローナの反応を楽しみながら、追い打ちをかける。


「それに、覚悟はできてるらしいし――」

「あ、言っちゃダメですよ、それ!」


 慌ててキロの口を塞ぎにかかるクローナを見て、興味を惹かれたようにゼンドルとティーダが身を乗り出した。


「なんか面白そうな話だな」

「実は昨日の夜、宿でクローナがさ」

「待ってください! まだ人様に聞かれるほどの覚悟はできてないですッ!」


 キロがわざと誤解を招くところで言葉を区切った事に気付かず、クローナは赤い顔で遮る。

 ゼンドルとティーダが顔を見合わせ、ニヤニヤした。


「夜、宿、覚悟……ほぉ、なるほど」


 ティーダが抽出した単語を聞いて、クローナは初めて誤解を招いている事に気付いたようだった。


「ち、違います。そこまではまだいってないです!」

「クローナ、その発言は自爆だ」


 キロが素早く突っ込みを入れるが、ゼンドルはニヤけた顔でキロの肩を叩く。


「〝まだ〟だってよ。脈ありじゃん」

「そうみたいだな」

「おっと、キロは冷静だな。クローナちゃんをからかう方が楽しそうだ」


 クローナを弄り倒す事で方向性が決まり、キロ達は笑顔を標的に向ける。


「え……三対一ですか?」


 泣きそうな目でたじろぐクローナにスパルタ訓練という名の弄りをさんざん展開して、お見舞いはお開きとなった。


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