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複数世界のキロ  作者: 氷純
最終章  新世界の三人と一匹

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第十話  司令部四階の戦い

 建物の最上階、四階部分に到着したキロは、無人の部屋の窓から侵入して抱えていたクローナとミュトを降ろす。


「キロと壁を登るのも、もう慣れちゃったなぁ」


 ミュトが服の皺を伸ばしつつ苦笑する。

 クローナが窓を閉め、杖を構えた。


「こんな時でもないと密着できないのはおかしいですよね」

「そっちに話を持ってくの?」

「戯言は終わってからにするのだな。ここは敵地であるぞ」


 フカフカに注意され、クローナとミュトは口を閉じる。

 冗談を言いながらも窓をしっかり閉めているのだから、クローナも注意はしているのだろう。

 キロは動作魔力を練り直しつつ、フカフカを見る。


「この階の敵の数は?」

「三人であるな。騒ぎに気付いておる。もっとも、武装を整えている真っ最中であるようだがな」

「なら――速攻か」


 キロは部屋の扉を蹴り破り、廊下に躍り出る。

 廊下に並ぶ扉の数は四つ、奥に階段が見えた。

 フカフカが扉を二つ照らす。

 それぞれの部屋に窃盗組織の人間がいるのだろう。

 キロは近くの扉の前に立ち、動作魔力を込めた蹴りを叩き込む。

 部屋の内部へと蹴り飛ばされた扉が木の床を削って滑り、部屋の半ばで倒れた。

 何が起こったのか分からず、倒れ込む扉を呆然と眺めていた見知らぬ男と視線が合った。

 革鎧を着こもうとしていたらしい男が慌てて近くの机に置かれた投げ斧に手を伸ばすが、キロの槍が男の手をすくい上げるように切りつける。

 痛みに手を引いた男の腹に、キロは石弾を叩き込んだ。

 くの字に身体を折った男の頭を槍の柄で思い切り殴りつけて意識を奪ったキロは、部屋の中を見回す。

 どうやらこの部屋に男は一人でいたらしい。

 キロはこの階の制圧を優先して廊下に出る。

 ちょうど騒ぎを聞き付けて別の扉が開き、男が出てくるところだった。

 しかし、廊下への外開きの扉が作る死角に入っていたクローナが石弾を撃ちこんで昏倒させた。

 あと一人、とキロはクローナの石弾で粉々になった扉の先、部屋の中へ視線を転じる。


「――取り逃がした冒険者の三人組か。やはり生きてたんだな」


 本来は指揮官が座るのだろう椅子に腰かけた男がキロ達を見て目を細める。

 岩の手を使う窃盗組織の幹部と目される男だ。

 キロは槍を片手で構えつつ、現象魔力を練る。

 男の後ろにある窓から見える景色を確認しつつ、キロは口を開いた。


「こんなところにいるって事は、あんたが組織の頭なのか? 少し、意外だな」

「意外か? 相応の振る舞いを心がけていたんだが」

「初めて会った時、あんたはわざわざオークション会場に出ていただろ」

「……初めて会った時?」


 眉を寄せた男はキロを上から下まで眺めた後、わずかに目を見開いた。


「あの時の女装男か。そうか、それなら信じられないのも無理はないな」


 男は肩の凝りを取るように首を回し、ゆっくりと立ち上がった。


「急にでかくなった組織だからな。時折り末端の動きを見ておかないと寝首を掻かれる。あの時も運営より末端の引き締めが目的だった。――そろそろ始めるか」


 立ち上がった男が腕を振るのと、キロが動き出すのは同時だった。

 互いに魔力を練る時間を会話で稼いでいただけあって、万全な状態からの戦闘開始である。


「ミュト、階段を警戒しろ、クローナは援護を頼む」


 生み出された岩の手を奥義で瞬時に破壊したキロは後ろの二人に指示を飛ばす。

 指令室として他の部屋よりも広く作られているこの場所での戦いでも、閉所戦闘である事に変わりはない。

 頑丈な岩の手に囲まれれば為す術もないと理解できるが故に、キロは岩の手が形成された直後に奥義での破壊や岩の手を操るための糸を切り落としにかかる。

 だが、男は次々に岩の手を生み出し、キロではなく後方にいるクローナ達への攻撃を優先する。

 クローナ達を狙う事で、キロが迂闊に踏み込んで来れないように牽制しているのだ。

 岩の手を破壊し続けるキロの後方で冷静に隙を窺っていたクローナが、不意に廊下の外、階段を振り向いて眉を寄せた。


「階段から増援が来ました!」

「奇襲がばれたか」


 それなら、とキロは岩の手を奥義で破壊して後方に飛び退き、フカフカに声を掛ける。


「シールズが来る。出現場所は分かるか?」


 キロの問いに答えたのは、フカフカではなく、窃盗組織の男だった。


「――この部屋にシールズの特殊魔力はない。一人の方が戦いやすくてな」


 男が薄く笑った瞬間、部屋中に無数の岩の手が出現した。

 床はもちろん、壁や天井に至るまで埋め尽くす岩の手の群れ。

 一つ一つは成人男性の腕と同程度の大きさでしかない岩の手は、それぞれに粗末な石の剣を握っていた。


「狭い場所での戦闘には自信があってな」


 音を立てて、岩の手が一斉に剣を振り降ろす。

 キロは舌打ちして目の前に石の壁を形成するが、無数の岩の手は人間とは比較にならない力で石の剣を叩き付けた。

 石の壁が原形をとどめていたのほんの一瞬、たったの一撃で破壊された石壁の破片をその身に受けながらも、キロはギリギリ廊下に転がり出て事なきを得る。

 廊下では階段から上がってきた増援をミュトが食い止めているところだった。クローナが後方から援護している。

 キロは形勢不利を悟り、指令室を見る。

 未だにうごめく無数の岩の手は部屋から出てくる気配がない。糸の長さが足りないのだろう。

 だが、窃盗組織の頭である男の身柄を抑えなければここに来た意味が半減してしまう。

 一度見逃してシールズの確保に動くべきかと考えた時、階段とは逆方向の廊下の先、キロ達が潜入に使った部屋から女が姿を現した。

 戦闘中のキロ達を見ると、女はにっこりとほほ笑む。


「挟み撃ちだけで留めようかと思っていたのに、逃げ場を潰してしまいました。旦那さんに手を出すなんてお馬鹿さんですね。中身空っぽの頭では実力差が分かりませんでしたか?」

「キアラ……」


 この期に及んで厄介な奴が出てきた、と苦い顔をするキロの声で、クローナとミュトがキアラの乱入に気付く。

 正面には窃盗組織のかしらである岩の手の男、左右には階段からの増援とキアラ、後方は壁、逃げ場はなかった。

 キロはクローナとミュトに一瞬だけ視線を向ける。


「……足元注意」

「了解です」

「乱暴だけど、それしかないね」


 呟きに頷いた二人を見て、キロは動作魔力を足に集める。

 キアラが短剣付きの有刺鉄線を取り出した瞬間を狙って、キロは足元の床に奥義を発動、床を崩壊させた。

 重力に従って三階へと落ちていくキロ達に、キアラと増援が舌打ちする。

 キロは自分達の足元だけを崩壊させたため、キアラ達に被害はない。

 キアラ達は自分達が落ちていないからこそ、キロが逃走のために床へ穴を開けたと思ったのだ。

 だが、キロの狙いは別にあった。


「クローナ、水!」


 キロの指示を聞く前に、クローナは杖から引き出した魔力で生み出した大量の水を、キロが開けた穴へと流し込む。


「ミュトさん、塞いでください!」


 クローナの声でミュトが動作魔力を用いて跳躍、キロが開けた穴を特殊魔力の壁で覆う。


「キロ、とどめ!」

「分かってるよ」


 キロは動作魔力を用いて天井へ深々と槍を突き刺す。

 槍の穂先はクローナの魔法で半ば水没した四階の床へと突き抜け、わずかに水滴を三階のキロ達へ伝えた。

 キロの右手に紫電が舞う。


「――一網打尽ってな」


 キロの右手から放たれた雷が槍に吸い込まれ、水浸しになった四階を駆け抜ける。

 四階へと続く階段から悲鳴が聞こえて振り返ったキロは、水と一緒に増援に駆け付けた窃盗組織の人間が流れてくる光景を視界に収めた。

 感電したのか、足腰が立たなくなっている。

 キロはクローナと共に石弾で感電した彼らの意識を飛ばし、天井を見上げた。


「この程度で倒せる相手だと思えないんだけど」

「フカフカ、上の様子は?」

「階段から降りてくるつもりのようである。足音は二つ」


 フカフカの報告から、岩の手の男とキアラの無事を悟って落胆の息を吐く。

 すぐに岩の手の男とキアラが階段の上に姿を現した。


「若いが、攻撃方法が多彩だな。少数で奇襲をかけてくるだけはある」


 三階に降り立った岩の手の男は、窓から外の騒ぎを横目に見て鼻を鳴らした。


「劣勢だな。部下を集めて逃走に移るべきだが……」


 窓から視線をはがした岩の手の男は鋭い目でキロ達を睨みつけ、キアラから有刺鉄線を借り受ける。


「お前達三人は危険すぎる。ここで、殺す」


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