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複数世界のキロ  作者: 氷純
最終章  新世界の三人と一匹

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第五話  呼び捨て

 町で合流したカルロが操る馬車に乗り、キロ達は一路ラッペンへ向かう。

 人数が多すぎるため馬車の定員を超え、アンムナとゼンドルが馬車の隣を歩いていた。


「――話は分かりましたが、窃盗組織の討伐にゼンドルさん達は参加すべきではないでしょうな」


 カルロが顎を撫でながら言うと、ゼンドルが目を逸らした。

 キロが理由を尋ねると、武器屋を始める前は冒険者だったというカルロはゼンドルをちらりと見た。


「腕はそこそこ、ティーダさんとの連携で一人前というところですかな。だけども、如何せん実戦経験が足りない。引き際を誤って死にかねません」

「オークションの時はカルロさんが撤退指示を出したから逃げ切れたんでしたっけ?」


 クローナがティーダに確認を取ると、渋々ながら頷きが返ってきた。

 ゼンドルも反論しないからには、経験不足というカルロの指摘は的を射ているのだろう。


「特に、窃盗組織相手の戦いは集団戦となりますから、戦場を俯瞰的にとらえる能力がなければ、突出し過ぎたり、逃げ遅れるという事態にもなりかねません。騎士団と違って統率のとりにくい冒険者の集団ならばなおさらです」


 真っ向からゼンドルとティーダの参加を否定しているが、カルロはただ二人の身を案じているだけだ。

 ゼンドルとティーダも心配されていると分かっているためか、反論も出来ないでいる。

 肩を落とすゼンドルとティーダを見て、言い過ぎたと思ったのか、カルロは頭を掻いた。


「自分も参加しましょう。戦場では、ゼンドルさんとティーダさんは指示に従ってください。どうです?」

「――え、いいの?」


 ゼンドルがカルロに問いかけると、ティーダが慌てて頭を下げた。


「うちのバカが礼儀も知らないですみません!」


 馬車から身を乗り出してゼンドルの頭を押さえつけながら、ティーダが謝ると、カルロは苦笑交じりに謝罪を受け入れた。


「面も割れていますから、行動は慎重にするように」

「はい!」


 まるで師弟関係だな、と端から見ているキロは思った。

 自分の師匠に当たるアンムナはどうしているのかと視線を向けてみれば、馬車の端に座っているアシュリーと言葉を交わしている。

 アシュリーが死んでからの空白の時間を埋めようと昔話をしているのかと思い聞き耳を立ててみれば、海のそばに建てる家はどんなものがいいかを話し合っていた。

 空白はとうの昔に埋め終わり、未来に向けて語らっているらしい。

 子供は何人欲しいかと訊ねてため息を吐かれているアンムナから視線を外し、キロは自分の膝に視線を落とす。

 膝の上には頭があった。

 雪のような真っ白な髪から覗く顔は白を通り越して青くなっている。灰色の瞳はきつく閉ざされた瞼に隠れて見えなかった。


「ミュト、具合はどうだ?」


 馬車の揺れで酔ってしまったミュトに声を掛けると、小さく唸るような声が返ってくる。

 クローナが現象魔力で生み出した水の温度を特殊魔力で反転し、氷を作り出した。

 タオルで包んだ氷をミュトの額に乗せ、空気に動作魔力を通してそよ風を送る。


「村に向かう時は馬車酔いにはならなかったんですよね?」


 虚無の世界で死亡してから現代社会の公園で目を覚ますまでの記憶が欠落しているクローナがフカフカに問う。

 フカフカは心配そうにミュトの顔を覗き込んでいた。


「クローナの記憶が戻った安心やらキロへの告白やらで気疲れしていたのであろう。普段乗らぬ馬車の揺れで拍車がかかったのだな」


 カルロもミュトを気遣って馬車をゆっくり進めてくれているが、道が悪いためどうしても揺れてしまう。

 車輪が小石でも踏んだのか、またガタリと馬車が揺れる。


「キロさんが背負って歩いたほうがいいかも知れませんね」

「背中でも揺れる事に変わりはないだろう」

「キロさんの背中というだけで安心感がありますから、効果はありますよ。病は気から、です」


 同じような諺が異世界にもあるのかと感じ入りつつ、キロはミュトの頬を右手で撫でる。


「俺に背負われるのと、このまま馬車に揺られるのと、好きな方を選べ」


 ミュトは気分の悪そうなうつろな目でクローナを見る。


「私の事は気にしないで良いですよ。今のミュトさんは病人ですから」

「……キロの背中がいい」


 キロはカルロに声を掛け、馬車を止めてもらう。

 一時休憩を取りたいところではあったが、ミュトを気遣ってゆっくりと馬車を進ませていたため、夜までにラッペンに辿り着けるかも怪しくなっていた。

 キロはミュトを背負い、馬車の横に並ぶ。

 器用に動作魔力を使用して体が上下左右にぶれないように気を付けると、ミュトが静かに眠り始めた。

 揺れが極端に軽減されたため、負担が減ったのだろう。

 ミュトが目を覚まさないよう、キロは動作魔力を使って歩き続ける。

 ゼンドルが寄ってきて、ミュトを起こさないよう小さな声で話しかける。


「……太ももの感触、楽しんでるか?」


 パーンヤンクシュとの遭遇戦で怪我をしたティーダの病室でキロが言った冗談を覚えていたらしく、ゼンドルはニヤニヤ笑いながら訊ねてくる。

 キロは深々と頷いた。


「スベスベのムニムニだ」


 ゼンドルはキロの表現が分からずに首を傾げるが、馬車からキロ達の会話を聞いていたクローナがハッとした顔で身を乗り出した。


「伝説のムニムニ触感がそんなところに!」

「え? お前らだけに通じる隠語か何かなのか?」


 会話についていけないゼンドルがキロとクローナを見比べ、ティーダに救いを求めるような視線を向ける。

 クローナが伸ばす手に、キロはミュトの太ももを近づけた。

 ミュトを起こさないようにそっと太ももに触れたクローナは、難しい顔で弾力と手触りを確かめ、ムムム、と小さく唸った。


「指先が沈み込む柔らかさに包み込むような弾力、加えてこのすべすべお肌……膝枕よりも抱き枕にしたいですね」

「クローナもそう思うか」


 頷きあうキロとクローナに興味を引かれたのか、アシュリーがミュトに向けて手を伸ばす。

 しかし、キロはするりとアシュリーからミュトを遠ざけた。クローナも妨害するように手を伸ばす。


「ムニムニは私達の物です」

「……まぁいいわ。ついていけない気がするから」


 諦めたというより見限ったような言い方で、アシュリーは手を引っ込めた。

 フカフカがクローナの肩の上で面白い玩具を見つけたように尻尾を小刻みに揺らす。


「我が名を、このガロン・ゴラン・ギレン・ゲリン・グールーン三世の名を頑なに呼ぼうとしなかったミュトに、ついに仕返しの時が来たのだな。ついに、ついに……」


 目覚めた時が楽しみだ、とフカフカは静かに笑う。

 フカフカの台詞を聞いて、クローナは何かを思い出したような顔でキロを見る。


「そういえば、ミュトさんはキロさんをさん付けで呼びませんよね」

「初めて会った時から呼び捨てだな」

「私、不利じゃありませんか?」


 クローナは、じっとキロの眼を見て問う。

 何が、とは聞かなくても分かった。


「関係の進展に合わせて呼び方を変えるのも良いと思うけど、今さらな気もするな」

「機会は今までにもありましたけど、いざ呼び捨てにしようとすると気恥ずかしいんですもん。面と向かって呼び方変えますって言わないとついさん付けしてしまうんですよ」

「気持ちは分からないでもないけど……」


 混浴しようとしたりして、今さら呼び捨てを恥ずかしがるのか、とキロは突っ込みたい気持ちを堪える。

 フカフカがクローナを見て、尻尾でキロを示す。


「試しに呼び捨てにしてみてはどうだ?」


 フカフカに促され、クローナはキロを見る。

 キロが見つめ返していると、クローナは視線を逸らし、両手の指先を弄りだした。


「……ま、またの機会にしましょう」

「逃げるなよ」


 キロに呆れ顔で突っ込みを入れられても、クローナは赤い顔を俯けるだけだった。


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