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複数世界のキロ  作者: 氷純
最終章  新世界の三人と一匹

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第三話  特殊魔力の併用

 食事を終えたキロ達は明日の朝に町へ向けて出発する事に決め、アンムナとアシュリーはテントへ、ゼンドルとティーダは教会へ、そしてキロ達はクローナの家へ、それぞれ分かれた。

 ゼンドルとティーダの心労が溜まっているらしく、アンムナもアシュリーに積もる話があるだろうとの配慮もあった。

 クローナの特殊魔力はまだ検証が不十分だったが、キロ達だけでも問題はない。

 村の外れにあるクローナの家に戻り、キロ達は机を囲んだ。

 六年間放置されていた机にはカビが生えていたが、気にしない。


「クローナの特殊魔力についていろいろ検証したいところだが、その前に一つ実験したい」


 キロはリーフトレージでできたナックルを外して机に置く。


「特殊魔力をリーフトレージに込めた場合、正常に発動できるかの実験だ」


 クローナがナックルを手に取った。


「他人の特殊魔力を込めて発動できるなら戦術の幅は広がりますね」

「クローナの特殊魔力は色々な応用が利きそうだよね」


 ミュトもナックルを手に取り、リーフトレージに魔力を込めはじめる。

 くすんだ緑色だったリーフトレージが光を放ち始めた。


「込めたよ」

「私も込めました」


 二人が特殊魔力を込め終えたのを確認して、互いにナックルを交換し、発動を試みる。

 クローナがミュトの特殊魔力を発動させて、カビの生えた机を過去の状態に戻す。同時に、ミュトが隣で脆い石の塊を作り出した。


「扱いは難しいですけど、使えない事もないですね」


 実験は成功したらしい。

 キロも二人の特殊魔力を試し、発動を確認した。


「俺の特殊魔力は死体がないから後で魔物を狩るとして、次はクローナの特殊魔力の効果と応用だな」


 現状把握できている効果は尺度と基準点を用いて性質を反転する魔法であるという事だけだ。

 温度、硬度、粘度、角度については反転魔法が機能する事が分かっているため、別の尺度が機能するかどうかを試す事に決める。

 応用の幅があまりにも広いため、一々に紙に書き出す必要があるほどだった。

 一つ一つについて戦術を組むのには時間がかかるため、温度を含めたいくつかの尺度に関してのみ戦術を組み立て、明日以降に練習する事に決めた。


「――紙に書き出すだけでもひと苦労だったな」


 疲れが出て目頭を揉もうとしたキロの手をミュトが掴む。

 何事かと思って首を傾げると、ミュトは苦笑して自分の手を見せた。特に変わったところはない。


「ボクの手じゃなくて、キロの手を見てみなよ」


 指摘されて、キロは目頭を揉もうとしていた右手を見る。

 クローナが慌てて自分の手を見て、眉を寄せた。


「私もですね。温泉に入ったばかりなのに」

「こういう時、使う文字がバラバラだと面倒だよな」


 約一名、ペンを持つ事のない者が悠々と机の上で欠伸を噛み殺しているが、キロはメンバーから除外して呟く。

 仲間外れが癇に障ったのか、むっとした様子でフカフカが尻尾を大きく振るった。

 フカフカの死角になっていたインク壺が尻尾で弾き飛ばされ、ミュトの額にぶつかる。

 インク汚れを免れていたはずのミュトは頭からインクを被る羽目になり、フカフカを睨みつけた。


「……フカフカ、何のつもり?」

「……すまぬ」


 普段は不遜な態度を取るフカフカも今回ばかりは自身の過失を認めたらしく、耳を伏せて謝った。

 ミュトはため息ひとつで水に流し、インクに染まった服の襟を引っ張る。


「もう一回お風呂入るとしても、温泉はこれから男の人が使うだろうし……」


 インクで濡れた服が気持ち悪いのか、ミュトはしきりに襟を引っ張って肌に触れないようにする。

 クローナが慌ててミュトの襟から見え隠れする胸を手で隠した。

 クローナの仕草で自身の行動の無防備さに気付き、ミュトが顔を赤らめた。

 クローナが呆れたように苦笑する。


「自覚がないのは反則ですよ」

「どうせ見せるほどないけどね……」


 自分で言っておいて気落ちしたミュトが俯く。

 キロはクローナに声を掛けた。


「この家に風呂はないのか?」

「村の外から重要なお客さんが来た場合に備えて、お風呂はありましたけど」


 六年間放置された設備だから使えるか分からないという。

 ひとまず状態を見てみよう、とキロ達は風呂場に向かった。

 案の定、蜘蛛の巣が張っていたり、風呂釜の蓋が腐り落ちている。風呂釜自体はそこが抜けていた。


「気持ちよく入るのは無理そうですね」


 苔の生えた石の床を見下ろして、クローナがため息を吐く。

 予想通りの惨状だったため、キロはすぐに次の手を試す事にする。


「ミュト、特殊魔力で風呂場全体を六年以上前の状態に戻してくれ」

「時間が経ったら元に戻るよ?」

「クローナの特殊魔力を重ね掛けして、六年前の状態を基準に時間軸を反転させてみよう」


 ややこしい事考えるね、とミュトは呟き、石の壁に手を触れた。


「範囲が広すぎて一回だけしか元に戻せないから、失敗しないでね」


 特殊魔力を発動させて風呂場を過去の状態に戻し、クローナに場を譲った。

 クローナは風呂釜の蓋をちらりと見る。

 木製の蓋はミュトの特殊魔力で往年の姿を取り戻していた。


「七年くらい前に戻ってますね」

「分かるのか?」

「私が子供の頃に欠けたはずの蓋の端が戻っていますから」


 そう言って、クローナは特殊魔力を風呂場全体に込め、六年前を基準に反転魔法を行使する。

 すると、放置されて一年が経過した頃の風呂場が姿を現した。

 定点写真でも見ているような錯覚に陥る。


「簡単に掃除すれば使えない事もないな。蓋は腐ってるけど」

「問題は持続時間ですね。最低でもミュトさんと私が入浴している間は維持できないと困ります」


 クローナが心配そうに呟いた。

 だが、キロは持続時間についてはあまり気にしていない。

 なぜなら、ミュトの特殊魔力の〝効果時間〟を反転させてしまえば、永続的に効果を発揮させることさえできるのだから。

 キロにとって重要なのは、ミュトの特殊魔力にクローナの特殊魔力を重ね掛けできる、という情報だった。

 風呂の修繕はあくまでも口実である。

 悟られる前にキロは掃除の開始を告げる。


「効果が持続している内に掃除しよう」


 キロは苔の乗っている石の床を見下ろした。

 生物である苔はミュトの特殊魔力による影響を受けなかったらしい。

 しかし、根を張っていた石の床は元通りになってしまっているため、魔法で生み出した水で簡単に流す事が出来た。


「ここからが大変そうだね」


 インクで汚れた服を着替えてきたミュトが、インクの染みついた服を破いて渡してくる。雑巾にしてしまうつもりだろう。

 風呂釜にこびりついた埃と水垢をみて、キロ達は気合を入れ直した。



 その後、掃除が終盤に差し掛かった頃になって効果時間が切れてしまい、底が抜けた風呂釜が姿を現した。埃と水垢は取り除かれて小奇麗になっている分、どこかシュールだ。

 クローナとミュトは徒労に終わったと知るや気落ちして、壁に背を付けへたり込む。


「せっかくミュトさんの特殊魔力の干渉不可もなくなってたのに、効果時間はそのままなんて……」


 クローナが汚れた布を放り出して嘆息する。

 何かを話す気力も失せたのか、ミュトは俯いて布を弄っている。

 このままではあまりにもかわいそうだ。


「他の皆と温泉を使う時間を取り決めてくる」

「我も行こう。こうなったのも、もとはといえば我に責任がある」


 ミュトにインクを被らせた責任を感じたか、フカフカがキロの肩に飛び乗った。

 力なく手を振るクローナとミュトに見送られ、キロはクローナの実家を後にする。

 玄関の扉を閉めると、フカフカがキロを見もせずに冷たい声で語りかけてきた。


「知りたいことが分かって満足か?」

「あぁ、これで必要な情報も手段も全部手に入れた」


 キロはフカフカの冷たい口調に触れず、ただありのままを答える。


「パラレルワールドシフト計画の最終段階、いつでも開始できる」


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