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複数世界のキロ  作者: 氷純
最終章  新世界の三人と一匹

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第二話  クローナの特殊魔力

 話は終わりとばかりに腰を上げたアンムナに続いて、キロは立ち上がる。


「ゼンドル、食糧はあるか?」

「さっき取ってきた。あちこちにパーンヤンクシュの骨が転がってる森の中で見つけた山菜だけどな」

「その山菜、変な毒とか持ってないだろうな?」


 六年前の戦いの跡が残る森から取ってきたらしい山菜を見せびらかすゼンドルに苦笑しつつ、キロは調理道具を準備しているアンムナを見る。

 テントから少し離れた場所に焚火がある。

 キロは焚火の薪を組み上げ、火の番を始めた。


「アンムナさん、俺の話も聞いてもらえますか?」


 調理道具と保存食の類を持ってきたアンムナに、キロは声を掛ける。

 クローナ達が温泉から戻ってくる前に簡単なスープだけでも作っておくつもりらしく、アンムナは鍋に水を入れて焚火の上に置いた。


「窃盗組織のアジトで起きた事から話を聞きたいね」


 言われるまでもない、とキロは窃盗組織のアジトから虚無の世界に飛んだ所から今に至るまでを話す。

 パラレルワールドシフトについてだけはぼかして伝えたが、大体の流れは理解してくれた。

 アンムナは難しい顔で腕を組み、虚空を睨む。


「キロ君も苦労したんだね。そうか、クローナ君が一度死んだのか」


 アンムナはふと思いついたようにキロに横目を向ける。


「という事は、今のアシュリーもキロ君について覚えていないのかい?」

「おそらく、覚えてないと思います。アンムナさんの事は覚えているはずなので、さほど問題は起きませんよ」

「なんだか、キロ君に悪い気がするなぁ」


 アンムナは申し訳なさそうな顔をするが、キロはあまり気にしていない。

 アシュリーはキロにとってたった一日共に戦っただけの間柄なのだから。

 ゼンドルが追加の薪を持ってきて、キロの後ろに置いた。火の粉が掛からない様にという配慮だろう。


「約束だぜ。さっさと説明しろ。今の内にそのわけ分からん話を理解して、後でティーダを馬鹿にしてやりたい」


 不純な動機を語りながら、ゼンドルがキロに説明をせがむ。

 仕方なく、キロはゼンドルに時間移動の話を説明した。



 温泉から上がったクローナ達が戻ってくる頃には、焚火の周囲に様々な図が出来上がっていた。

 図は全て、キロがゼンドルに時間移動について説明する過程で描いたものだ。

 キロの苦労の甲斐なく、理解する事を諦めたゼンドルは焚火が消えないよう薪を追加している。

 説明し疲れてぐったりしているキロを見て、クローナとミュトが首を傾げた。


「肩でも揉みましょうか?」

「いや、必要ない。というか、何でフカフカはそんなに不機嫌そうなんだ?」


 ミュトの肩に乗ったフカフカは苛立ちを主張するように尻尾の毛を逆立たせ、左右に振っている。

 キロの問いに、フカフカは鼻を鳴らした。


「また風呂場から追い出されたのだ」


 アシュリーに風呂場から追い出されたフカフカは鼻息荒く吐き捨てて、ミュトの首に巻き付いた。ふて寝するつもりらしい。

 そのうち機嫌を直すだろう、とキロは深く考えずにクローナへ声を掛ける。


「それより、クローナも聞いておいてくれ」

「何ですか?」


 クローナの質問には答えず、キロはアンムナを見る。

 アシュリーに乾いたタオルを渡してにやついているアンムナはどことなく頼りないが、今は大目に見るべきだろう。

 キロの視線に気付いたアシュリーが乾いたタオルで髪を拭きながらアンムナの肩を叩く。

 アンムナがキロに向き直った。


「クローナ君の特殊魔力の事かな?」

「やっぱり、何か知っているんですね」


 アンムナの言葉にキロは当然のように返したが、クローナとミュトはそろって驚きの声を上げる。

 キロは驚いている二人に説明する。


「アシュリーさんがシールズに攫われた時、俺がアンムナさんを止めた事があっただろ。あの時、アンムナさんが何を言ったか覚えてないか?」


 記憶を探るようにしたクローナとミュトだったが、先にクローナが気付く。


「そういえば、あの時、私ならアンムナさんを止められるかもしれないって……」

「実際には、あの時はまだ力不足だけど潜在能力では一番可能性があるような口ぶりだった」


 そうですよね、とキロはアンムナに話を振った。

 アンムナはアシュリーと顔を見合わせ、頷きあう。


「アシュリーを生き返らせてくれたお礼に教えておこうか。僕とアシュリーが六年前の防衛戦後に予想したクローナ君の特殊魔力について」

「あくまでも予想。外れている可能性もある」


 アンムナの言葉にアシュリーが補足する。

 例え外れているとしても、クローナの特殊魔力について少しでも分かるのなら、とキロは先を促した。

 筋道立てて話すためか、薪にするため取ってきた枝を拾い上げたアシュリーが地面に一本の横線を引く。


「おそらく、効果は性質の反転」


 地面に引いた横線の中央に縦の線を入れたアシュリーは、クローナを見る。


「まず、失敗の事例についてまとめる」

「クローナ君の魔法の失敗例は、凍らせる火球、熱くない火球、凍らせる水球、脆い石壁だったね?」


 アンムナがクローナの失敗談を列挙して、確認する。

 六年前に聞いた失敗談をよく覚えているものだ、と感心するキロに、アンムナは肩を竦めた。


「キロ君に再会するためにいろいろ考えたんだ。クローナ君の特殊魔力もアシュリーが死んでから何度か再考したよ」


 なるほど、納得するキロの横で、クローナが恥ずかしそうに挙手する。


「他にもいくつかあります。流れない水と逆方向に跳ぶ石弾」

「俺はその二つ見た事ないけど」


 キロが首を傾げると、クローナは頬を膨らませた。


「狙って失敗するわけでもないんですから、キロさんが見た事ない失敗くらいありますよ。全部見ようなんて思わないでください」

「クローナの事は何でも知りたいんだけどな」

「からかう気満々じゃないですか!」


 くすくす笑うキロの肩をクローナがポカポカ叩いて抗議する。

 アンムナが大きく頷いた。


「キロ君のその心意気、僕も見習わなくてはならないね」


 腕を組んで何度も頷くアンムナに、アシュリーがため息を吐く。


「話を戻す。失敗事例を分類すると、温度、硬度、それといま挙がった二つはおそらく粘度、角度」


 アシュリーが地面に何か文字を書く。キロとミュト、フカフカに読めないそれは、クローナの世界の文字だ。

 アシュリーが表を書き、分類する。

 クローナが表に書かれた項目の一つを指差した。


「これが何で角度なんですか?」


 クローナの質問で、キロは指差された項目に予測を付け、口を開く。


「百八十度反転しているからだ」


 ミュトがアシュリーに倣って小枝で地面に半円を描く。

 流石は元地図師だけあって見事な半円をフリーハンドで描いて見せたミュトにゼンドルとティーダがおぉ、と感嘆の声を上げる。

 ミュトは半円の直径の中央を小枝でつつく。


「ここにクローナがいると考えれば、逆方向に飛ぶでしょ?」

「確かにそうですね」


 クローナが納得して、アシュリーを見る。

 アシュリーは最初に書いた横線を指差した。


「温度、硬度、粘度、角度、これらに共通しているのは物事の性質をあらわす尺度である点。クローナさんの特殊魔力は行使する尺度を選択し、基準点を定めた上で反転する効果を持っていると想定できる」


 予想以上に複雑な手順を踏む特殊魔力に、キロは過去を振り返る。

 クローナが魔法を失敗する時、それは焦っている場合が殆どだった。

 発生させる魔法を脳裏に浮かべた際、焦りのあまり尺度が曖昧だったのだろう。

 キロはクローナに声を掛ける。


「俺に魔法を教えてくれた時、水球で地面を凍らせる失敗をしてたよな。あの時、温度に関する考え事でもしてたのか?」

「夜の空気は冷たいなって思ってた気がします」

「冬場の夜の外気温を基準点にして、水球の温度を反転させたのか」


 キロもよく覚えてはいないが、零度に届くか届かないかという外気温だった事だろう。

 何しろ、一月二十日という冬真っ只中に出歩いていたキロが、服を着替える事無く外に出て違和感のない気温だったのだから。

 キロは試しに手元に現象魔力を集め、水球を発生させる。


「体感で三十度くらいか。あの時の水球の温度はもしかするとマイナス三十度……地面も凍るな」


 キロはミュトから小枝を受け取り、槍と一緒にクローナに手渡す。


「この槍の硬さを基準として、小枝の硬度を反転させるよう特殊魔力を発動してみてくれ」

「みんなの見てるところで失敗したくないんですけど」


 渋るクローナの横に立ったミュトが、耳打ちする。


「失敗したらキロに慰めてもらえるよ」

「むしろ失敗した方がお得じゃないですか」


 ぐっと拳を握って妙な意気込みをするクローナに、キロは苦笑した。

 すかさず、ミュトがクローナに囁く。


「成功したらキロがほめてくれるよ」

「それも捨てがたいですね……」


 本当に悩みだしたクローナに、キロは声援を送る。


「頑張ってカッコいいところ見せてくれ」

「――見せますとも!」


 途端に張り切ってクローナが小枝に特殊魔力を込める。


「初めからキロが応援すればよかったんじゃねぇの?」


 キロの横に座っていたゼンドルが呟いた。


「段取りがあるんだよ」


 キロは呟き返して、ミュトと目くばせで健闘をたたえ合った。

 クローナが小枝に込めた特殊魔力を発動させる。

 見た目には全く変化がなかった。

 キロは現象魔力で適当に石壁を作成する。


「その小枝でこの石壁を叩いてみてくれ。念のため、手加減――」


 キロの言葉を最後まで聞かず、クローナは手首のスナップを利かせて小枝を石壁にぶつける。

 ガツン、という酷く硬質な音が響いた。


「成功みたいだ。流石はアシュリーの見立てだね」

「なんてことないわ」


 アンムナが石壁に穿たれた小さな凹みを見てアシュリーとハイタッチを交わす。


「特殊魔力ってこんな事も出来るのね」

「俺達も欲しいな、特殊魔力。なんで持って生まれてこなかったかなぁ」


 ティーダとゼンドルが口々にうらやましがる。

 そんな四人を余所に、キロは立ち上がってクローナの側で屈む。


「だから手加減しろって言ったんだ」


 小枝を持っていた右手を抑えて涙目になっているクローナの頭を撫でてやりながら、キロは指摘する。

 コンクリート壁に向かって金属バットをフルスイングすればどうなるか、経験がなくても分かる。

 キロに続いて屈んだミュトがしみじみと呟く。


「これが特殊魔力を使った最後の失敗だといいね」

「……ミュトよ、その言葉は慰めになっておらぬ」


 ふて寝をしていたはずのフカフカが呆れたように言った。


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