表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
複数世界のキロ  作者: 氷純
第一章 クローナの世界

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

17/206

第十六話  対パーンヤンクシュ戦

 クローナがキロを援護できる位置へ静かに移動しながら、声をかける。


「ティーダさんは動けないので樹の洞の中、ゼンドルさんは護衛に付いています」

「重症なのか?」

「足に大きな裂傷を負ってます。止血はしてありますけど、あまり動かしたい状態ではありません」


 パーンヤンクシュが身じろぎして、キロとクローナは口を閉ざす。

 ――ここで逃げるとティーダがこいつの餌になるのか。

 槍の穂先を絶えずパーンヤンクシュの頭に向け、キロは逃走を諦める。

 自身の魔力量を勘案し、キロは作戦を考え始めた。

 パーンヤンクシュは樹に身体を半分だけ巻き付け、頭を含む残りを地面と水平に保っている。

 おそらくは動作魔力を上部方向へ働かせる事で姿勢を維持しているのだろう。飛び掛かってくる際にも、身体は地面と水平に動いていた。


「クローナ、奴に水を掛けて体温を奪ってくれ」


 ――蛇の特徴を維持しているなら、変温動物だろ。

 水を掛けて体温を下げ、動きを鈍らせれば攻撃を当てやすくなる。

 クローナも理解したらしく、魔法で生み出した水をパーンヤンクシュに放射する。

 微動だにせず水の直撃を受けたパーンヤンクシュの側に、二つの火球が浮かんだ。


「……魔法で自分の体温を上げられるのか」

「なんか、ずるいですね」


 何食わぬ顔で体温を自己回復したパーンヤンクシュに、クローナは辟易した顔をするが、キロは少し感心してしまった。

 ――しかし、あれは諸刃の剣じゃないのか?

 一部の蛇には赤外線を見る能力がある事を思い出し、パーンヤンクシュの顔を観察する。

 目の下から鼻先にかけて、縦に細長い穴が左右四つずつ開いていた。


「なんて器官だったかな。パット?」

「パッド……?」


 呟き声に視線を向けると、自らの胸に手を当てるクローナと目があった。


「嵩増しはしてません! 楽しませるくらいにはあるつもりなのでッ!」

「……聞いてないから」


 ――赤い顔するくらいなら言うなよ。

 この状況でもなお、エロトークに免疫を作る事を諦めていないらしい。

 パッドごときで恥ずかしがっているようではまだまだ先は長そうだ、とキロは俯いて盛大なため息を吐く。

 再び顔を上げたキロはパーンヤンクシュを睨み、頭の位置を確認してまっすぐ駆けだした。

 パーンヤンクシュが反応し、キロに合わせて顔を動かす。

 動きに釣られているパーンヤンクシュの頭と自身の体の間に、キロは水の壁を横に広く生み出した。

 衝立のような水の薄膜をキロが広げた途端、パーンヤンクシュの顔の動きがキロの動きに追いつかなくなる。

 赤外線が水の薄膜に吸収されたため、キロを見失ったのだ。

 キロからは透明な水を通してパーンヤンクシュの動きを把握できる。


「――クローナ、やるぞ!」


 クローナとの射線が十字になる位置に陣取ったキロは声をかける。

 クローナが一つ頷き、キロが動くと同時に準備していた石弾をパーンヤンクシュの胴体に向けて打ち出した。

 パーンヤンクシュが石弾を避けようと、胴体を引き寄せて身を縮める。

 クローナの石弾はかすりもせずにパーンヤンクシュの横を通り抜けたが、小さくなった的に向けて、キロが追い打ちの石弾を放った。

 限界まで小さくなっていたパーンヤンクシュに避ける術はない。

 しかし、鋭い風切り音を伴ってパーンヤンクシュの胴を穿たんとした石弾は突如出現した石の壁に阻まれ、砕け散った。


「火球以外の魔法も使えるのか⁉」


 キロが驚いた瞬間、石の壁が消失する。

 その向こうには身体をS字に曲げる、蛇独特の攻撃姿勢を取ったパーンヤンクシュがクローナに狙いを定めていた。


「……ッ!」


 狙われていると知ったクローナが土の壁を正面に展開する。

 しかし、これは悪手だった。

 パーンヤンクシュは土の壁など歯牙にもかけない攻撃方法を展開する。

 クローナが生み出した土壁の横へ飛び掛かり、地面に落ちる前に横方向へ動作魔力を使用したのだ。

 まるで鞭のように、パーンヤンクシュは自身の体を振り回し、土壁を迂回してクローナに攻撃を仕掛ける。

 クローナは慌てて杖を縦に構え、パーンヤンクシュの攻撃を受け止めようとした。

 攻撃がクローナに到達するかに思えたその時――


「長い胴体ががら空きだ」


 キロは動作魔力を使用して急接近し、横に伸びきったパーンヤンクシュの下腹へと槍を掬い上げるように叩き込んだ。

 石弾を打った直後のキロは、再攻撃前に魔力を練り直す時間が必要だと油断していたのだろう。

 〝器用〟なキロは一瞬で魔力を練り上げ、防御されていないパーンヤンクシュの胴体に一撃を加えたのだ。

 不意打ちを受けたパーンヤンクシュの体が上下に波打つ。

 胴体に打ち込まれた上方向の力は地面と水平に進んでいた末端である頭まで伝わり、パーンヤンクシュは空を仰いだ。

 直後、尻尾を巻きつけていた樹の幹がミシリと音を立て、パーンヤンクシュの体全体に力が入る。

 全身の筋肉を使って身体を幹に引き寄せ、キロの追撃をかわすつもりだ。

 キロは槍を叩き込んだパーンヤンクシュの腹を見て、顔をしかめる。

 ほんの小さな切り傷しかできていなかったのだ。

 ――もっと強い一撃を。

 一瞬の思考、その起点となるのは武器屋でカルロから聞いた言葉だった。

 ――予め全部考えておけばいい。

 槍を動かす。しかし、身体は極力動かさない。

 キロは自分と槍の動きを脳裏に描き、描いた通りの動きを行い始める。

 先の一撃に込めた動作魔力の名残で素早く槍を反転させつつ、キロはさらに動作魔力を上乗せする。

 回転速度を上げるのと並行して、キロは槍を握る両手を中心へと滑らせた。

 中心を持つ事で、腕の回転運動を最小化し、手首の返しを動きに組み込む事で動作魔力による速度上昇に対応する。

 パーンヤンクシュの腹部に刃が当たった瞬間、キロはさらに動作魔力を槍に込め、穂先を引く。

 腕を痛める事無く放たれた一撃は、今までキロが放ったいかなる攻撃をも凌駕する威力でパーンヤンクシュの胴体を切り裂いた。

 だが、かわすために全身の筋肉を緊張させていたからだろう、パーンヤンクシュは致命傷を免れていた。

 キロは舌打ちして後ろへ飛び、パーンヤンクシュの胴体から距離を取る。

 直後、パーンヤンクシュが身体を幹へと引き寄せた。

 パーンヤンクシュはキロの槍を警戒するように見つめた後、幹をスルスルと登っていく。


「キロさんの槍が届かない高さまで逃げるつもりですね」


 樹のてっぺんまで登り切ったパーンヤンクシュを見上げて、クローナが呟く。

 パーンヤンクシュの重さに耐えている樹は、風が吹く度にゆらゆらと大きく揺れていた。

 魔法で狙い撃とうにもパーンヤンクシュはキロ達を見下ろして攻撃姿勢を取っている。

 ――上から飛び掛かる気か。

 キロは槍の持ち手を変える。

 その時、腕に痛みが走らない事に気付いた。

 パーンヤンクシュの体を切り裂くほど動作魔力を込めた攻撃を放っても、筋肉を痛めなかった。


「そうか、槍は叩くんじゃなく切る物なんだよな……」

「なに当たり前のことを言ってるんですか?」


 クローナに素早く突っ込みを入れられて、キロは苦笑する。

 訓練場で盗み見た槍の型では、どれも引き切る事をしていなかったのだ。

 身体が出来ている冒険者にとって、切り裂くより叩き込むという単純な動きの方が性に合っているのだろう。

 考えるばかりで動きに反映されるのが遅い、というキロに寄せられる評価も、裏を返せば考えるより先に動けという意味にとれる。

 だからこそ、教官は叩き込んだ武器の反動に耐える筋力を持たないキロに教えようとしなかった。

 動作魔力は習得が難しく、敵に武器を当てた後、さらに引く手間を加えられる冒険者も少ないに違いない。

 ゼンドルも必死に動作魔力だけを練習してようやく習得したと言っていたのだから。

 器用なキロや、一部の熟達した冒険者のみ動作魔力で複雑な動きを行うのだろう。

 ――そうと分かれば、動きの組み立てようもあるってもんだ。

 キロは喉の奥でクックッと笑う。

 槍の持ち手を調整し、訓練場で盗み見た型とは異なった構えを取る。

 槍を引く際に肩が大きく動かないように両手の距離を狭め、刃の微細な動きが可能になるよう両手の握りを調整した。

 キロは樹上に目を向け、狙いを定める。


「クローナ、牽制を頼む」

「どうするんですか?」


 キロの構えを不思議そうに見ていたクローナの質問に、キロはにやりと笑って答える。


「パーンヤンクシュを薙ぎ切る」

「薙ぎ切るって言われても……」


 クローナは反対しかけたが、パーンヤンクシュの腹部にできた切り傷を見上げて考えを改めたようだ。


「どうやってパーンヤンクシュまで槍を届かせるんですか?」

「もちろん、登るんだよ。ちょっと前の依頼みたいにさ」


 キロは魔力を練ると、樹の幹を支柱にして土壁を横向きに生み出した。

 それだけで、脱走した家畜を探した依頼を思い出したのだろう、クローナが笑みを浮かべた。


「分かりました。――やっちゃってください!」


 クローナの掛け声と共に、キロは地面を蹴った。次の足を地面に着くまでのわずかな浮遊時間に動作魔力を行使し、歩幅を長くする。

 土壁を足場にして樹を駆け登る際には、一メートル近い高さに次の段差を作っては、跳躍するような調子で軽々と駆け上る。

 キロの接近を知ったパーンヤンクシュが尻尾で音を奏でようとするが、顔に向けて飛んできた石弾を察知して頭を逸らせた。

 クローナが石弾を放って牽制したのだ。

 パーンヤンクシュが尻尾を震わそうと動きを止めるたび、クローナは石弾を放つ。

 忌々しそうにパーンヤンクシュはクローナを見下ろすが、そのすぐ目の前にキロが飛び出した。

 目前に獲物を捉えたパーンヤンクシュは反射的に口を開く。

 しかし、キロはすでに土壁を蹴ってパーンヤンクシュの首元に回り込んでいた。

 首筋に狙いを定めたキロは、足元に生み出した土壁を左足で踏みしめ、槍を頭上へ振りかぶる。

 動作魔力を使って槍を高速で振り下ろし、パーンヤンクシュの首に直撃すると同時、重心を置いた左足へ動作魔力を込めて身体ごと後方へ滑らせた。

 脚の筋肉を動かさず、キロはスケートでもするように後ろへ下がり、右足を付いて動きを止める。

 キロに引っ張られた槍がパーンヤンクシュの首を切り裂き、血を噴き出させた。

 首を半分近く切り裂かれたパーンヤンクシュの瞳からすぐに光が消え、力を失った長大な身体から力が抜け、樹からずり落ちる。


「よし、成功――」


 喜びも束の間、キロは足元から土壁の感触が消えた事に驚愕し、視線を下に向ける。


「あ、やばい」


 間抜けな声を出したキロの足元には、生み出したはずの土壁がなかった。

 込めた現象魔力の量が足りず、短時間で消失したらしい。

 しかも、キロはすでに魔力切れだった。

 十メートル下にあった地面との距離が見る見るうちに短くなる。迫ってくる地面を見ながら、キロが死を覚悟した時、


「……まったく、なにやってるんですか」


 下にいたクローナが魔法で生み出した大量の水でクッションを作った。

 ドボン、と派手な音を立ててキロは着水し、水の抵抗によって緩やかに地面に降ろされる。

 しかし、着水時に背中で受けた衝撃だけはどうにもならず、キロは地面の上で悶絶するのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ