第三十三話 パーンヤンクシュ鍋
風呂から上がったキロは、パーンヤンクシュを捌いている村人達に混ざって鍋作りを始めた。
外に持ち出された机の上に大きな布を敷き、まな板を置いた調理机がずらりと並び、キロはその端の方で包丁を握っている。
一家言あるらしい女主人に適切な切り方を教わり、キロはパーンヤンクシュの肉に借り物の包丁を入れる。
何も特別な切り方をしてはいないが、村人達が物珍しそうにキロの手元を見ていた。
一足先に上がった幼いクローナが横でキロの包丁さばきを見つめている。
「お兄さん、包丁の扱いにも慣れてるね」
単純に男が料理しているのが珍しかったのか、とキロは周りを見渡すが、キロでなくても料理に参加している男はいた。
「冒険者になったらお肉もよく食べるの?」
幼いクローナの質問と村全体を見て回った時の記憶を合わせて、キロは一つの結論を導き出す。
「この村、家畜を飼ってないのか」
分厚い肉をスッと一太刀で切る事が出来るのは、この村では普段から料理している人間だけのようだ。
「お兄さんのお嫁さんは苦労しそうだね。おちおち手料理も振る舞えないよ」
「そう思うなら、普段から料理するといい」
どうせ意味が通じないと思いつつキロが言い返した時、教会のある方角から女性がやってきた。
キロが料理しているのを見て感心するような視線を向けた後、女性は幼いクローナに声を掛ける。
「葬儀の日取りを決めるから、と司祭が呼んでいるよ」
「……わかった」
小さな声で返事をして、幼いクローナはキロに背を向ける。
今まではキロ達と話す事で気を紛らわせていたのだろう、現実に引き戻された反動でとぼとぼと教会へ向かう幼いクローナは暗鬱な空気を纏っていた。
つい声を掛けようとしたキロだったが、いきなり後ろから圧し掛かられて口を閉ざす。
「良い腕してんじゃないか。宿屋稼業に興味はねぇの?」
キロに後ろから抱きつきながら、まな板の上のパーンヤンクシュの薄切りを見て、女主人が勧誘する。
幼いクローナはすでに声を掛けるには遅すぎる場所まで離れてしまっていた。
キロは自然と抗議する眼つきで女主人を睨む。
「空気の読めない人が経営する宿屋なんてすぐに潰れるでしょう」
「口の悪い奴だなぁ。確かに、あんたは客商売が苦手そうだ。愛想がない。厨房に押し込めておくことにしよう」
「やりませんよ、料理人なんて」
キロはきっぱり断りつつ、薄切りにしたパーンヤンクシュの肉を火で炙り、皿に盛りつけて女主人に差し出した。
「これでも食べて大人しくしててください」
「こっちの酒も貰っていい?」
「持って行けばいいでしょう。それと上目使いはやめてください、気味が悪いので」
キロが率直な意見を言うと、軽く頭をはたかれた。しかし、酒はしっかり持って行くらしい。
女主人の行く先ではすでに一部の大人達による酒盛りが始まっていた。
キロと同じく鍋を作っていた中年の女性が、腰に両手を当てて呆れたようにため息を吐く。
「うちの村の馬鹿どもが迷惑かけるね」
「飲んだくれなんてどこでもあんなものですよ。適当にあしらっておけばいいんです」
さらりと言い捨てるキロを見て、中年の女性は同意するように頷いた。
「何を言ってるかはさっぱり分からないけど、多分正解だ」
キロは肩を竦めて苦笑した。中年の女性も同じように肩を竦め、作業に戻る。
調理机を挟んだ向かい側で、村の誰かから借りたらしい椅子に座ったアンムナが欠伸を噛み殺した。
「徹夜した後で風呂に入ると眠くなるね」
「まだ寝ないでくださいよ」
「襲撃があるからかい?」
「……あってもなくても、町から応援が駆け付けるまでは起きててください」
キロはパーンヤンクシュの尻尾の先に当たる肉の一部を取って、鱗を落とす。
皮霜にしてみたいところだったが氷水がないため、火を通した後に素揚げする。
ワインビネガーなどで作った簡単なソースをかけて、味見した後、隣で料理していた先ほどの中年の女性に差し出す。
「一口食べてみてください」
身振りも合わせて、キロは勧める。
「なんだかおしゃれなのが出て来たね」
面食らいながらも素揚げされたパーンヤンクシュの肉を一口食べて、中年の女性は目を丸くする。
「飲んだくれにはもったいない! 隣に回すけどいいかい?」
キロが頷くと、調理机を行ったり来たりして、すぐにパーンヤンクシュの素揚げはなくなった。
キロが新たな料理をせがまれていると、温泉から上がったクローナとミュトがやってきた。後ろからついてきたアシュリーが、アンムナを見て複雑そうな顔をする。
キロがアシュリーの反応を不思議に思っていると、隣にやってきたミュトが苦笑しながら耳打ちする。
「恋の自覚がなかったアシュリーさんに、クローナが根掘り葉掘り聞いて自覚させたんだよ」
「何面白そうなことしてるんだよ。俺も混ぜてくれればよかったのに」
キロが残念に思っていると、クローナがくすくす笑う。
「案外、キロさんも他人事ではないかもしれませんけどね」
「クローナは自覚してるんだろ?」
「聞きようによっては腹の立つセリフであるな」
フカフカがふん、と鼻を鳴らした。
クローナが北の森へ視線を向ける。
「まだ森は静かなままですか?」
クローナだけはこの世界の言葉を使っているため、会話を聞きとがめた村人を不安にさせないよう遠回しに訊ねる。
フカフカが尻尾の毛繕いを始めながら答える。
「静かなままである。この様子では、魔物はおろか大型動物の類も戻ってはきておらぬだろう」
フリーズヴェルグの襲撃がある事を知るキロ達にとっては、嵐の前の静けさとしか思えない。
パーンヤンクシュの素揚げがのっていた皿を回収してきた中年の女性が、クローナと同じように北の森を見る。
「そういえば、村長の奥さんも森が静かすぎて不気味だって亡くなる前に言ってたね。娘さんに心配かけないように黙っていたみたいだけど、今回の襲撃を予想していたなら今頃はお空の上で胸を撫で下ろしてるかね」
中年の女性の言葉に、キロはハッとしてクローナがはめている指輪を見る。
クローナとミュトも気付いて、キロと視線を合わせた。
キロは思考を巡らせ、クローナに翻訳を頼んで中年の女性に質問する。
「村長の奥さんは他に何か言ってませんでしたか?」
キロの質問に怪訝な顔をした中年の女性はしばし黙考した後、手を打った。
「一昨日の晩だったか、体調がいいからと夜遅くに温泉に入った時に向かいの山で何か大きなモノが飛んでいるのを見たって言ってたような。何しろ月明かりが頼りだったし、フクロウか何かを見間違えたんだろう」




