第十五話 パーンヤンクシュ
「真っ先に飛び出してくるとは正直、意外だったよ」
キロに追いついたゼンドルが、言葉とは裏腹に軽い口調で言った。
冒険者である事を示すカードを防壁の門番に提示しつつ、門をくぐりぬける。
キロはゼンドルを横目に見た。
クローナ達との合流地点に案内するためだろう、ゼンドルは進行方向を指差した後、再び口を開く。
「冒険者が仲間の護衛を依頼するんだぜ? 腕に自信がないと思うだろ、普通。しかも、ひょろっちいし」
体格についての聞き飽きた評価に、キロは顔をしかめる。
腕に自信がないのは事実だ。
きっと、危機に陥っているのがクローナではなくティーダだけだったなら、キロは動こうとしなかっただろう。
しかし、クローナを助けに行くために自然とキロの足は動いていた。
「……もし、助けに行かなかったら、俺は負い目を感じて今後クローナに気を使わずにはいられなかった。でも、俺は考えるより先に動けた。もう、本当の意味で気を使わずにクローナとやっていけると思う」
キロは前を見据えながら、打ち明けた。
ゼンドルはキロを見て、にやりと笑う。
「お前の彼女な――」
「彼女ではない」
「彼女にしちまえ」
間髪入れずに否定した瞬間に言い返され、キロは言葉に詰まる。
その隙に、ゼンドルは言葉を続けた。
「俺がギルドに応援を呼び行こうとしたら、クローナちゃんがすぐに言ったよ。キロさんが来るまでの辛抱ですね、とさ」
ゼンドルは茶化すように言って、真剣な顔に戻した。
目の前には森が迫ってきている。
ここから先はいつ戦闘が始まってもおかしくない、と気を引き締めたのだろう。
キロも周囲を警戒しながら、走る。
ゼンドルは並走しながら、キロを見て眉を潜めた。
「パーンヤンクシュがどんな魔物か知らないのか?」
「クローナから名前を聞いた事があるだけだ」
クローナの村を群れで襲ったという魔物である。キロはそれ以上の情報を持っていなかった。
やっぱりな、とゼンドルは呟き、頭上を指差した。
「パーンヤンクシュは蛇型の魔物だ。大概は樹を伝って移動する。だから、視線は少し上に向けろ」
キロに警戒の仕方を教えて、ゼンドルは正面を指差す。
指差すはるか先には目立つ大木があった。
「あのアカガリの古木が合流地点だ。着く前にパーンヤンクシュの事を少し教えておく。厄介な魔物だからな」
地面から飛び出した木の根を飛び越え、キロはゼンドルに頷いた。
無理に討伐する必要がないとしても、襲ってくるかもしれない相手の情報は知っておくに越した事はない。
「パーンヤンクシュは町や村の周辺で存在が確認されると即日、ギルドによる討伐依頼が出される魔物だ。夜行性で樹上生活するから痕跡が見つかりにくいのが難点でな。存在が知られた頃には冒険者が二、三人食われていたなんて事もざらにある」
嫌な話だ、とキロは舌打ちした。
グリンブルが縄張りを移すという予兆は見えていたのだから、ギルドがもっと詳細な調査をしていれば事前に発見できていたかもしれない。
ゼンドルも同じ気持ちらしく、苦い顔をしていた。
ゼンドルから出現情報がもたらされた事で、今頃はギルドも討伐依頼を出しているのだろう。
キロはギルドでの一件を思い出して、ゼンドルに視線を向ける。
「魔法使いを集めろ、とか言ってたけど、なんでだ?」
「パーンヤンクシュは近接殺しの異名を持ってるんだよ。近接戦闘ばかりのゴブリンが恐慌状態に陥るくらい、前衛には対処が難しい魔物だ」
――物騒な異名だな。
キロは口元が引きつるのを感じた。
体格と比較すると長めの槍が、少々心強く感じる。
ゼンドルの武器は何かと疑問が浮かび、ちらりと確認すれば、腕の長さ程のサーベルを腰に下げていた。
間違いなく、近接武器である。
ゼンドルと視線がぶつかって、どちらからともなく口の端をひきつらせて笑った。
「パーンヤンクシュが近接殺しと呼ばれるのは、グリンブルを超える、鱗に覆われた硬い身体も理由の一つだが、厄介な能力を持っているからでもある」
「能力?」
「尾の先端に角笛に似た器官を持っていてな。これを振動させて出した音は平衡感覚を狂わせる。連続して聞いているときつい船酔いみたいな状態なるんだ。だから、パーンヤンクシュを討伐する時には三人以上の魔法使いを集めて、遠距離から高威力の魔法を叩き込む」
高威力の魔法と聞いてキロが思い浮かべるのは、銀色のグリンブルを仕留めたクローナの魔法だ。
キロも魔力が全快ならば同じ魔法を数発は放てるだろう。
「ティーダは魔法を使えるのか?」
キロが戦力を確認するために質問すると、ゼンドルは首を振った。
「俺もティーダも、魔法はド下手なんだ。動作魔力だけ必死に練習してようやく身に付けたんだよ」
そもそも、通常の魔法と動作魔力による近接攻撃の強化を両方とも実戦レベルで使用できる冒険者は少ない、とゼンドルが断言する。
少ない冒険者に分類されるキロは、阿吽の冒険者に言われた器用、という言葉の意味をいまさら理解した。
――それでも魔法使い二人か。ティーダは負傷しているはずだから、戦力は不足してるな。
キロは頭の中でパーンヤンクシュについての情報を整理する。
「パーンヤンクシュは夜行性だよな。今頃は寝床に帰ってるって可能性は?」
太陽が昇って随分と時間が経つ。
明るい空を指差してキロが意見を聞くと、ゼンドルは難しい顔をした。
「獲物を追いかける習性があるんだ。どういうわけか、見失う事無く追いかけてくる」
――グリンブルの例もあるし、パーンヤンクシュも蛇と同等の能力を持ってるとすると赤外線か何かで追跡しているのか。
聞きかじりの知識しかないキロが考察している内に、合流地点が間近に迫っていた。
ゼンドルが進む先にある古木を見て、怪訝な顔をした。
「木の洞が塞がれてる……?」
大人三人でも囲みきれそうにない太さの古木、その根元には土の壁で塞がれた洞があった。
ゼンドルが舌打ちして足を止め、すぐに頭上を見回した。
クローナ達が木の洞に隠れ、中から魔法で生み出した土の壁で蓋をしたと仮定すれば、そうせざるを得なかった理由が近くに潜んでいる可能性が高い。
ゼンドルに倣い、キロも樹上を観察する。
その時、視界の端にあった樹が――動いた。
キロは反射的に視線を向ける。
「見つけた!」
――けど、こいつはもう蛇って大きさじゃないだろ……。
見つけた魔物、パーンヤンクシュの大きさにキロは心の中で愚痴をこぼす。
人間が一人、体の中に納まっていても不思議ではない太さの茶色い蛇。樹に擬態するためか、無数の鱗に覆われた表皮は樹皮のように見える。
体長は八メートルほど、瞬きを必要としない藍色の瞳は無感動にキロ達を見つめている。
幹から幹へ体を巻きつけるように移動するパーンヤンクシュは、チロチロと二股に分かれた舌を出しては古木を窺っていた。
キロとゼンドルに気付いてなお、どちらが仕留めやすいか思案しているようだった。
キロはパーンヤンクシュから視線を外さないよう注意して、古木を横目に見る。
洞を塞いでいる土壁に変化はない。
――俺達が来たことに気付いてないのか
平衡感覚を狂わせるというパーンヤンクシュの音を警戒して、外の音が聞こえないよう厳重にふさいだのだろう。
外の音が聞こえないために、クローナはキロの到着にも気付いていないのだ。
キロは槍を構え、魔力を練りつつ、ゼンドルに声をかける。
「クローナに俺達が来た事を知らせてくれ。俺はパーンヤンクシュの気を引く」
サーベルを抜いて構えようとしていたゼンドルがキロの言葉に頭を振る。
「言っただろ、あいつは近接殺し――」
ゼンドルの言葉を遮るように、パーンヤンクシュから鐘を鳴らすような甲高い音が響いた。
足元がぐらつく様な感覚に襲われ、ゼンドルが耳を塞ぐ、膝をつく。
「いきなりかよッ!」
ゼンドルが忌々しげに悪態を飛ばす。
しかし、パーンヤンクシュはすぐに音を止め、頭を樹の幹の裏に隠した。
次の瞬間、パーンヤンクシュの頭があった空間を高速で飛ぶ石つぶてが切り裂いた。
「避けたか。やっぱり正面から当てるのは難しそうだな」
「……今の、キロが撃ったのか?」
呆気にとられているゼンドルを振り返り、キロは古木を指差す。
「早くクローナを呼んでくれ。そう何発も撃てないんだ」
キロの槍とパーンヤンクシュへ向けた手とを交互に見ていたゼンドルは乾いた笑い声を上げて古木に爪先を向けた。
「あぁもう、頼もしいな、馬鹿野郎」
投げやりな言葉を残して、ゼンドルは古木に向かう。
背中を向けたゼンドルを狙って、樹の裏から頭を出したパーンヤンクシュだったが、キロが石つぶてを生み出した事に気付き、諦めたようにキロへ顔を向けた。
キロを仕留めない限り食事にありつけないと悟ったのだろう。
にらみ合いは長くは続かなかった。
パーンヤンクシュは樹に巻き付けた胴体の末端部分に体を惹きつけ、S字の攻撃姿勢を作る。
飛び掛かってくると考えていたキロは、パーンヤンクシュの尻尾が樹の裏に隠れている事に気が付き、横にステップを踏んだ。
パーンヤンクシュの顔がキロの動きに合わせて動いたかと思うと、甲高い音が響いた。
――やっぱり平衡感覚を狂わせてから襲うやり方か!
立ち位置を変えた事で、パーンヤンクシュの尾の先端に付いた角笛型の器官が振動しているのが見える。
音によって視界が傾く中、キロは石つぶてを放ち、パーンヤンクシュの音を中断させた。
しかし、パーンヤンクシュは頭を下げて石つぶてを避けると、身体のばねを利用して飛び掛かってくる。
「来ると思ったよ!」
キロは槍を逆袈裟に切り上げる。腕の動きを意識しながら動作魔力を込め、槍を回す速度を上げる。
キロを飲み込むために開いていたパーンヤンクシュの口を下から叩き上げ、強制的に閉じさせた。
丸見えになった喉へキロは渾身の突きを放つが、パーンヤンクシュは身体を引き戻して避ける。
その俊敏な動きから見ても、槍の切り上げによるダメージはなさそうだった。
キロが腕の筋肉を労わって動作魔力を十分に込められていなかったのだろう。
しかし、無理な動きをして戦闘中に腕や足を痛めれば、パーンヤンクシュの格好の餌食だ。
一人で無理はできない、そう思った時だった。
ヒュン、と風を裂く音がした。
パーンヤンクシュはキロにばかり注意を払っていたのだろう、横合いから飛んできた鋭い石つぶてへの反応が半瞬遅れていた。
鱗が数枚はじけ飛び、宙を舞う。
パーンヤンクシュを掠めた石つぶては進路上にあった樹を抉った後、現象魔力切れで消滅した。
石つぶてが飛んできた方へ視線を向ければ、クローナが古木を背に片手をパーンヤンクシュへ突き出していた。
「冬眠から覚めたばかりだと思いますけど、永眠してください」
クローナが啖呵を切り、くすりと笑う。
先ほどまで木の洞に引きこもっていたにしては、ずいぶんと威勢のいい啖呵だ。
キロは苦笑して、パーンヤンクシュに視線を戻した。
「――手荒な子守歌になりそうだ」




