第十四話 情報収集
キロは新品の槍とお釣りを持ってカルロの店を出た。
大通りから外れている事もあり、人通りはない。
キロは手元の地図の裏を見つめる。この世界の数字とアラビア数字の対応表の横に、カッカラという街の名前を記してある。
遺物潜りと呼ばれる魔法について、カルロは詳しく知らなかった。
引退した冒険者が開発した難解な魔法で、遺品を媒介として発動する高度な魔法だという。
キロにとって重要なのは、遺物潜りは媒介となる遺品の持ち主が死亡した直後の世界への扉を開くための魔法である、という点だ。
この世界には少数ながら、異世界から来た人間についての文献がある。
人間がやって来る以上、物だけが単体でやってくる事例もあるはずだ。
キロはポケットに入れた携帯の感触を確かめた。
キロが住んでいた世界からやってきた遺品があれば、帰る事が出来るのかもしれない。
――カッカラに行ってその魔法使いに直接話を聞いてからでないと何とも言えないけど。
残念な事に、カルロは遺物潜りを開発した元冒険者について詳しい事を知らなかった。
名前さえ、分からないという。
――冒険者について聞くなら、ギルドが一番だよな。
とにかく、帰還方法の手掛かりは見つけたのだから、とキロは前向きに考えてギルドに向かった。
ギルド内は若手の冒険者で大賑わいだった。昨夜、木賃宿で見かけた顔も多い。
受付の女性はキロと目が合うと受付の横にある椅子を指差した。
キロは素直に椅子に座り、ギルド内を見回す。
依頼を受けようとしている冒険者が受付前に列をなしていた。
ひっきりなしにやってくる冒険者の対応に追われるギルドの職員も皆忙しそうに働いている。
――早く来すぎたか。
丁度、依頼の受注が集中する時間だったらしい。
飲み物等のサービスもないため、ギルド内でただ一人暇を持て余したキロは冒険者を眺めて時間を潰すしかない。
ぼんやり眺めていただけだったが、すぐに冒険者達の共通項に気付いた。
全体的に若く、金のかかっていない装備の者ばかりなのだ。
先ほどまで武器屋にいた事もあり、冒険者達が身に着けている装備の質の悪さがよく分かる。
キロも人の事をとやかく言える立場ではないが、駆けだしで資金不足なのだろう。
しかし、駆け出しばかりが何故この時間に集中しているのかが気になった。
見たところ、キロに動作魔力の使い方を教えてくれた阿吽達のような玄人に分類される冒険者は見当たらない。
受注待ちの冒険者の列がだいぶ短くなった頃、疲れた顔で受付の女性がキロの座る椅子へ歩いてきた。
「お疲れ様です」
キロが腕輪を渡しがてら労うと、受付の女性は曖昧な顔で笑った。
「お待たせしました」
「いつもこんなに混むんですか?」
キロが訊ねると、受付の女性は向かいの椅子に腰を下ろしながら首を振った。
「銀色のグリンブルは強力ですから、鉢合わせたら命はない、と警戒して活動を控えていた駆け出しの冒険者が一斉に依頼を受けにきたんですよ」
キロとクローナが銀色のグリンブルを討伐した事で、安心した冒険者達が活動を再開した。
腕に覚えのある冒険者は、この状況を予想して早めに依頼の受注を済ませたのだろう。
キロがなるほど、と頷くと、受付の女性は紙を机に広げてペンを持った。
「それでは、昨日もお聞きしましたが、まずはグリンブルの大きさや色から報告をお願いします」
受付の女性に聞かれるまま、キロはグリンブルについて話す。
ゴブリンがシキリアを使って興奮状態にしていた事を話すと、受付の女性は感心したような声を出す。
「シキリア、ですか。グリンブルにも効果があるとは知りませんでした」
「羊飼いをしていたクローナも驚いていましたよ」
グリンブルは本来、逃げる相手を追うほど獰猛な魔物ではない。
羊飼いがグリンブルと出くわした場合、直ちに羊と共に逃げるのが通常の対応である。
興味深そうに受付の女性は紙にシキリアとグリンブルの関係を記載する。
グリンブルに関する情報を話し終えたキロは、次は自分の番だとばかり、話を振る。
「遺物潜りという魔法を知りませんか?」
キロが質問すると、受付の女性は首を振った。
「聞いた事がありませんね。誰の特殊魔法ですか?」
「特殊魔法かどうかはわかりません。カッカラという街の魔法使いが開発したそうなんです。元冒険者だと聞いたので、ギルドなら何かわかるかと思ったんですが」
「カッカラに住む魔法使いとなると……シールズさんしか知りませんね」
「そのシールズってどんな人ですか?」
受付の女性が口にした名前に興味を惹かれて、キロは訊ねる。
引退していない現役の冒険者だと前置きして、受付の女性は答えてくれた。
「どんな依頼も一人でこなす凄腕の魔法使いです。個人で活動する魔法使いは珍しいですが、一匹狼ではなくむしろ親しみやすい性格だとも聞いています」
――同じ街に住む魔法使いなら横のつながりがあるかもしれないな。
キロはシールズの名前を地図の裏にメモした。
キロの手元を見て、受付の女性がアラビア数字に首を傾げる。
受付の女性は頬に片手を当て、思い出したように口にした。
「そういえば、冒険者を寄越してほしい、とカッカラが付近の街に要請してましたね」
キロが視線で問うと、受付の女性は理由を教えてくれた。
「最近、カッカラの街で連続失踪事件が起きていまして、街の騎士団も捜査にあたっていますが、手がかりが掴めていないそうですよ」
八方塞がりの状況で、せめて次の失踪者を出さないよう、街を巡回警備する人手を欲しているらしい。
クローナに相談した方が良さそうだ、とキロは失踪事件についてもメモする。
「単なる誘拐ではないんですか?」
誘拐事件、ではなく失踪事件と受付嬢が表現している事に気付き、キロは訊ねる。
「失踪者に共通する特徴がないので、まだ何とも。奴隷市場に流されているのではないかとも噂されましたが、未だに発見されていません」
初期に失踪した者が、奴隷市場へ流す目的で誘拐されていたとすれば、維持費の問題でとうに売り出されていなければならない、と受付の女性は説明する。
足が付く事を恐れて遠方に運ぶならば、なおさらだろう。
何ともきな臭い話である。
――虎穴に入らずんば虎児を得ずってことわざもあるけど、君子危うきに近寄らずともいうんだよな。
失踪事件が解決するまで待ってから、カッカラの街に向かう事も視野に入れる。
いずれにせよ、クローナに相談してから決める事になるだろう。
早く元の世界に帰りたいのはやまやまだが、クローナをむやみに危険に巻き込む気はない。
「そういえば、クローナはまだ帰らないのか」
キロはギルドを見回す。
冒険者達は依頼を受けて出払っているため、ギルド内は朝の賑やかさが嘘のように静まり返っている。
緊急時の戦力確保のために残っている冒険者がいてもいいはずだが、駆け出し風の男が三人ほどしか見当たらない。
不思議に思って受付の女性に訪ねれば、人差し指を向けられた。
そういえば自分も冒険者だったと思いだし、キロは頭を掻く。
冒険者としての自覚が希薄なキロに受付の女性はため息を吐いた。
「冒険者といっても、全員が毎日依頼を受けるわけではありません。キロさんのように準備があったり、護衛の人員交換のために待機している冒険者もいます。今日はグリンブルの一件で金欠になった駆け出しの冒険者がみんな出払っている珍しい状況なだけですよ」
受付の女性は補足して、グリンブルに関する資料を持って立ち上がった。
何も置かれていない机を見て、受付の女性は口を開く。
「そろそろ昼食の時間ですから、何か食べて来られてはいかがですか? クローナさんが帰ってきたら私から話しておきますよ」
「無駄使いするな、と言い含められているので、帰りを待つことにします。下半身に風穴開けられたくないので」
銀色のグリンブルの最後を思い出しつつ、キロは軽口を叩く。
受付の女性はクスクスと小さく笑った。
「資金不足は死活問題ですから、財布の紐は固く締めておくに越した事はないわ。しっかり者の彼女に感謝なさい」
軽口を返した受付の女性がキロに背を向けた時、ギルドの扉がけたたましい音を立てて開いた。
何事かと視線を向けると、息を切らして肩で息をする若い冒険者の姿があった。
「ゼンドルさん?」
クローナの護衛依頼を受けたゼンドルがここにいるのなら、クローナが帰ってきたのだろうかと、キロはゼンドルの後ろに視線を移すが、期待した姿は見当たらない。
尋常ではないゼンドルの様子も相まって、キロは嫌な予感を覚え、腰を浮かせた。
ゼンドルはキロに気付いた様子もなく、ギルドの出入り口を体で塞いだまま声を張り上げる。
「――パーンヤンクシュが森に出た! 緊急討伐依頼を出してくれッ!」
ゼンドルの怒鳴り声がギルド中に響き、一拍置いて居合わせた駆け出し冒険者が顔を青ざめさせた。
受付の女性が険しい顔でキロを一瞬だけ振り返り、ゼンドルに視線を戻す。
「ゼンドルさん、詳しい話を聞くので受付に来てください」
「悠長に話してる場合じゃねえんだ、仲間が――」
反射的に抗議しようとしたゼンドルは、キロを見つけて口を閉ざした。
しかし、キロはゼンドルが言いかけた言葉に眉を寄せる。
「仲間が、なんだ?」
キロは鋭い目つきをゼンドルに向け、問いかける。
ゼンドルは一つ大きく息を吸い込み、努めて冷静な声を出す。
「ティーダが負傷した。クローナさんが応急処置をしてくれている。俺は応援を呼びに別行動中だ」
ゼンドルは要点だけを手短に報告すると、受付に顔を向けた。
「さっきも言った通り、相手はパーンヤンクシュだ。あの銀色のグリンブルが縄張りを移したのも、恐らくはあいつのせいだ。魔法使いを集めてくれ!」
総じて苦い顔をしたギルドの職員を見て、ゼンドルは怪訝な顔をした。
受付の女性が苦い顔のまま、職員全員を代表して説明する。
「……魔法使いどころか、腕の立つ冒険者は朝一で依頼を受けて出払ってるのよ」
「おい、嘘だろ……?」
ゼンドルは駆け出しばかりのギルド内を見回し、絶句する。
しかし、次の瞬間には見切りをつけて背を向けた。
「――どこに行くつもり⁉」
受付の女性が引き留めようと声を掛ける。
「……ッ、決まってんだろ――」
ゼンドルが舌打ちして、肩越しに振り返った。
刹那、ゼンドルのすぐ横を風の様にキロが抜き去った。
一瞬呆気にとられたゼンドルが、慌てて後を追いかける。
遅れてギルドを出た受付の女性が声を張り上げる。
「止まりなさい、ゼンドル!」
声すら置いてきぼりにしようかという速度で遠ざかるゼンドル。
そして、ゼンドルのさらに前を走る青年を引き留めようと、受付の女性は大声で名前を叫んだ。
「――待ちなさい、キロ!」




