第十九話 廃村
ひさしぶりの団体客だ、と張り切る宿の看板娘が、キロ達の注文を聞いて厨房へきびきび歩いていく。
看板娘の後ろ姿を見送って、キロは店内を見回した。
宿の一階に設けられた食堂は木張りの床を備え、大きな暖炉に火が入れられた明るく暖かい空間だった。
雪を室内に持ち込まないよう、玄関は一段低い位置に作られており、靴箱が備え付けられている。
キロは視線をテーブルに着く面々へと戻した。
「明日、俺達はクローナの村に向かおうと思います」
キロが切り出すと、カルロは頷いてゼンドルとティーダを見た。
「お二人はどうします? 何でも、遺物潜りで移動できる人数は四人程度との事ですから、村へ行ってもキロさん達が帰ってくるまでの間は待ちぼうけですよ?」
「え、四人ってマジ?」
初耳なんですけど、とゼンドルがキロを見る。
キロが自分とクローナ、ミュト、最後にフカフカを指差すと、ゼンドルは頭を掻きながらティーダを見る。
「どうする? クローナちゃんの村に興味はあるけど――」
ティーダの意見を聞こうとしたゼンドルの前に、ビーフストロガノフに似た煮込み料理の皿が置かれた。
作り置きの煮物料理であるため、調理時間が短く済んだのだろう。
何とはなしに口をつぐんだゼンドルを見て、料理を運んできた看板娘がばつが悪そうな顔をする。話の腰を折ってしまった事を気に病んだのだ。
汚名返上とばかりに、看板娘は話題を提供する。
「さっきお客さんが話していた村って、もしかしてここから北の山の中にある村だったりしますか?」
「そうですけど……」
周辺にいくつも村はあるというのに、何故わかったのかとクローナが訝しんだ。
看板娘は少し困ったような顔をして、続ける。
「お墓参り、とか?」
「そんなところです」
クローナが曖昧に頷くと、看板娘はほっとして胸を撫で下ろした。
おかしな反応に一同は首を傾げる。
「あの村、廃村になってますよ。何年か前にパーンヤンクシュの群れに襲われた時に畑が駄目になったらしいです」
看板娘からの情報に、キロ達は顔を見合わせた。
「そんなわけなので、日持ちする食品はかなり多めに持って行った方がいいですよ。途中で補給できませんから」
キロ達に忠告して、看板娘は厨房へと消えて行った。
キロはクローナの様子を見る。
故郷の村が廃村になったと聞いても、クローナは顔色を変えなかった。
「廃村になるだろうな、とは当時の私も思っていたので、特に驚くような事でもないですよ」
キロ達の気遣うような空気を察してか、クローナは苦笑した。
それより、とクローナは話を戻す。
「ゼンドルさん達はどうするんですか?」
空気が重くなる前に話を切り替えたクローナに感謝しつつ、キロは便乗する。
「廃村で二人、ただ野宿するのは危険だろ。この町で待っていた方がいいんじゃないか?」
キロ達が過去に旅立った後の事を心配して提案すると、ゼンドルは一も二もなく頷いた。
「ティーダと二人でこの町の依頼を受けるとするか」
話はまとまり、キロ達は明日以降の予定を話し合った。
翌朝は快晴だった。
乾いた空気は相変わらず身を切るような冷たさだったが、旅に出る天気としては悪くない。
キロ達は町の門でカルロとゼンドル、ティーダに見送られて出発した。
町を出てしばらくは道に馬車のわだちが残っていたが、それも山を登り始めるころにはなくなってしまう。
事前に聞かされていた通り、馬車では登れない急な角度の道だ。
廃村になる前の物資運搬はどうしていたのかと疑問に思いクローナに質問すると、徒歩の行商人がよく村に訪ねて来たと答えが返ってきた。
「交通も不便だったので廃村になるのも仕方がないですね。特産があるわけでもなかったですし」
クローナ本人は割り切った考え方をしているようだ。
山を一つ越えて、昼食にする。
食事の匂いに釣られてきたグリンブルを返り討ちにして、キロ達は再び進み始めた。
かさ張る荷物に肩を痛めながら、ときおり休憩を挟んで進んでいる内に、空が曇り始める。
幸い雨や雪が降る様子はなかったが、太陽光を遮られて風の冷たさが一層身に堪えた。
「……クローナ、さりげなく俺を風よけにするな」
「ばれました?」
「あからさま過ぎるからな」
絶えず風下を取ろうとしているクローナを横目で睨むと、肩を竦められた。
クローナがミュトの首に巻き付いているフカフカをうらやましそうに見る。
視線に気付いて、フカフカが尻尾を軽く一振りした。
「毛深くなりたいのであろう?」
「そんな願望はありません!」
間髪入れずに否定するクローナを鼻で笑い、フカフカが尻尾を揺らす。
「人間は実に軟弱であるな。寒さ如きで弱音を吐く。その点、我ら尾光イタチの適応力たるや」
「――長くなりそうなところ悪いけど、村に着いたぞ」
フカフカの長広舌を遮って、キロは道の先を指差す。
魔物除けの木の柵に囲まれた小さな村が見えた。
高さ一メートルほどの木の柵は、長い間放置されていたために腐り始めているが、厚い木の板を何枚も組み合わせてあるため重厚さは変わらない。
試しに槍の柄で軽く叩いてみるが、びくともしなかった。
「グリンブルの突進が直撃してもぎりぎり保ちそうだな」
町にあるような立派な石の防壁ではないが、一匹や二匹の魔物を相手にするならば十分だろう。
もっとも、群れに襲われてしまったからこそ廃村になったのだが……。
「畑は向こうです。原形くらいは留めていると思いますけど」
少し不安そうにクローナが指差す先に歩いてみると、雑草だらけの一角が見えた。
あちこちに転がる木の柵の残骸が、ここがかつて畑だった事を教えてくれる。
踏み荒らされている区画とそうでない区画とがあったため良く調べてみると、木の柵に修繕した個所が見えた。
廃村になる前、どうにか復旧できないか試したのだろう。
「村の中を案内してくれ」
切なさの残る畑に居た堪れなくなって、キロはクローナを促し、村へと足を踏み入れる。
事前に覚悟したような生々しい破壊跡は見受けられなかった。
「死者はいなかったんだよな?」
「資料にはそうありましたね。実際、私の記憶でも怪我をしたのは冒険者さんだけでした」
キロ達は手分けして村の外周にある民家を調べ、破壊された跡や修繕の跡がないかを確かめる。
しかし、何ひとつ痕跡は見つからなかった。
五人の冒険者は村の中へ魔物の侵入を許さなかったのだろう。
凄腕、とクローナが表現するだけあって、完璧な仕事ぶりである。
それだけに、報酬を受け取らずに姿を隠した理由が分からなかった。
防衛用の武器が収められた倉庫は村の東西南北に一か所づつあった。
試しに中を覗いてみると、武器の類は持ち出された後だった。
キロ達はクローナの案内で教会に赴く。
有事の際に立て籠れるようにと重厚な造りをした教会は、手入れもされず六年の風雨に耐えきってその場に存在していた。
流石に壁には汚れが目立つが、穴が開いている様子もない。
「クローナのお母さんの墓参りもする?」
ミュトが珍しそうに教会の礼拝堂を見回しながら尋ねると、クローナは首を横に振った。
「帰ってきてからにしましょう。今はそれよりも教会内の様子を覚えた方がいいと思います」
「そうだな。現地に跳んだあと、滞りなく行動できるようにしないと」
当時クローナの母の遺体が安置されていたという聖堂はドーム状の天井に覆われた部屋だった。
出入り口は礼拝堂とを仕切る扉ひとつだが、明かりを取り入れるための窓が天井近くに取り付けられている。
キロは何時ものように壁を歩いて窓に歩み寄り、嵌め殺しでない事を確認する。
「この大きさなら、忍び込むくらい簡単だな」
「壁を垂直に歩ける人限定だと思うけどね」
ミュトが苦笑交じりに言い返す隣で、キロの壁歩きを〝初めて〟見たクローナが驚いている。
キロは床に降り立ち、念のために当時クローナと司祭が話していたという居住部分に立ち寄った。
聖堂からは少し離れているため、侵入を気取られる事はないだろう。
確認を終えて、キロは荷物を担ぎ直す。
「クローナの家に行こう。多分、指輪で到着する場所になる」
「残ってるといいですけどね」
クローナはそう言いながら、キロ達の先頭に立って歩き始めた。
クローナの家は村の外縁にあった。
他の家から少し離れている、一回り大きな建物だ。
「父の代まで村長をやっていたそうです。教会の司祭さんの方が立場は上なので、名ばかりだったみたいです」
クローナは簡潔に説明して、家の扉を引き開ける。
埃が積もった床が見えた。
「……ただいま」
短く呟いて、クローナが真っ先に家に上がった。




