第十七話 二度目の蘇生
のほほんとした顔に似合わず働き者の地下世界産の馬は、のっしのっしと北に歩を進める。
カルロは店に一度立ち寄ったうえで、クローナの故郷まで御者を務めてくれるらしい。
ありがたく厚意に甘えて、キロ達は道を進んでいたが、途中で見覚えのある道に出た。
キロは記憶を振り絞っていたが、答えを出す前にそれは現れた。
道の端に転がる倒木、ゴブリンによってシキリアで興奮させられたグリンブルとキロ達が交戦した地点である。
まだたった二か月前の出来事だというのに、キロには懐かしさを覚える光景だった。
しかし、口に出すのは憚られる。
なぜなら、クローナはキロと一緒にグリンブルと戦った事を覚えていないのだ。
どことなく気まずさを覚えて、キロは視線を逸らす。
「――なんだ?」
ゴブリンの縄張りである森の奥に大きな布がはためいているように見えて、キロは目を凝らす。
木の枝に引っかかっているそれの正体に気付いたキロは、思わず御者台の上で立ち上がっていた。
「ど、どうしました?」
カルロが驚いた顔でキロを見上げる。
「あ、いや……ちょっと馬車を止めてもらってもいいですか?」
「かまいませんが、いったい何があったんです?」
カルロは不思議そうにキロが先ほどまで見ていた森の中に目を凝らす。
異変に気付いてクローナとミュトが荷台から顔を出した。
キロは森の奥、木の枝に引っかかっているモノを指差す。
「クローナ、アレに見覚えはないか?」
「見覚えって言われても――あ、もしかしてアレ……」
クローナも覚えているらしい。
「カルロさんは馬車をお願いします」
キロは馬車を下りて、件のモノに近付き、下から見上げた。
枝にぶら下がっているのはこの森では珍しくない魔物、ゴブリンである。すでに息はしていないようだ。
だが、問題なのはゴブリンの死骸ではなく、それが着ているモノだった
「やっぱり、司祭様の外套です。なんでこんなところに?」
ゴブリンの死骸を枝から降ろし、外套の襟元をめくって名前を確かめたクローナが不思議そうに首を傾げる。
「前にここを通った時、俺が司祭さんに借りて無くした外套だ。ゴブリンにパクられてたのか……」
道理で見つからなかったはずだ、とキロはため息を吐き、ゴブリンの死骸に視線を落とす。
――枝に引っかかって動けなくなった挙句の餓死ってところかな。
おもむろに手を当て、特殊魔力を注ぎ込むと、ゴブリンの耳がピクリと動き、ムクリと上半身を起こした。
外套を羽織ったままのゴブリンはキロを見て恐怖に顔をひきつらせた後、クローナに気付いて平伏した。
「蘇生したって事はやっぱりこのゴブリン、グリンブルの一件の奴か」
銀色のグリンブルをけしかけた挙句、外套を盗んでいくとはずうずうしい奴だ、とキロは一発殴りたい衝動に駆られた。
キロの怒りが伝わったのか、ゴブリンはびくりと身を震わせると一目散に逃げ出した。
「あ、こら! 待て、外套を返せ!」
司祭からの借り物でもあり、盗まれたまま見過ごすわけにはいかない。
しかし、小柄なゴブリンは藪に頭から突っ込み、キロを撒こうとする。
だが、走った方向が悪かった。
ゴブリンはキロ達から逃げようとするあまり、森を出て道へと転がり出てしまったのだ。
当然、馬車を任されていたカルロの目に留まる。
「おや、死んでなかったんですか」
言うなり、カルロは護身用の手斧を素早く投げる。
流石は元冒険者だけあって、ゴブリンに反応させる暇も与えなかった。
キロ達が森から出た時には、すでにゴブリンは頭をかち割られて二度目の短い生を終えていた。
「哀れであるな……」
風に煽られてはためく外套に哀愁が漂うゴブリンを見て、フカフカがしみじみと呟いた。
ひとまず外套をはぎ取り、キロは森の奥にゴブリンの死骸を移す。
クローナがゴブリンからはぎ取った外套の表裏を確かめて、傷んでいないかを確認する。
二か月間ゴブリンが着続けていたのだろう、裾が擦り切れて泥だらけだった。司祭に返すとしても、謝らなければならない状態だ。
クローナがゴブリンに視線を移す。
「二度目でも蘇生できるんでしょうか?」
「逃げ出す前にキロの姿を見ているから条件は満たしているはずだけど」
クローナの疑問にミュトが答える。
やってみればわかる事だと、キロはゴブリンの死骸に手を当てた。
「……駄目だ。特殊魔力が込められない」
キロは何度かゴブリンの死骸に特殊魔力を込めようと試みるが、内側に何かが詰まっているように押し返される感覚があった。
断念して、キロはゴブリンに手を合わせる。
殴ってやろうとは思っていたが、殺すつもりはなかったのだ。
「割と良い奴だったんだけどな」
「グリンブルをけしかけてきたゴブリンですよ?」
「死者の悪口は言わない事にしているんだ」
ゴブリンの死骸を埋めようかとも思ったが、枝に引っかかっていた時とは違って他のゴブリンの手が届く地面の上に放置しておけば、ゴブリン流の弔い方をするかもしれないという事で放置する。
どの道、旅の途中であるため、一々埋める時間がない。
キロはクローナ達と共に馬車に戻る。
「お待たせしました」
馬車で待っていたカルロに声を掛けると、不安そうな視線で迎えられた。
「先ほどのゴブリン、殺しては不味かったんですかね?」
「いえ、知っているゴブリンではありましたけど、所詮は魔物ですから」
馬車に乗り込みながら言葉を返すと、カルロはほっとしたように馬に鞭をくれ、馬車を進ませた。
約二か月ぶりに訪れた町は何ひとつ変わらない景色でキロ達を出迎えた。
店の様子を見てくるというカルロと別れ、キロはクローナ達を連れてギルドの建物に入る。
見覚えのある中年女性が受付に立っていた。
キロ達を覚えていたらしく、中年女性は意外そうな顔をしつつも手を振ってくれた。
「ゼンドルとティーダに話は聞いてるよ。派手に活躍してるそうだね。女装で」
「ハッハッハ、ソンナコトアリマセンヨ」
抑揚のない声で中年女性の言葉を否定して、キロは建物の中を見回した。
「ゼンドルの奴、どこに居やがるんだ」
「キロ、怖い顔しないで、抑えて抑えて」
きつい目でギルド内を見回すキロの腕を、ミュトが掴んで抑える。
クローナもまたギルドの中を見回した。
キロについての記憶を無くしたクローナにとって、ゼンドルとティーダはキロについての話を聞ける数少ない相手なのだ。
中年女性はキロ達の間にある距離に特にも疑問を抱いた様子がなく、口を開く。
「ゼンドルとティーダなら、依頼を受けて外に出てるよ。もうそろそろ戻ってくる頃合いかね」
中年女性が言い終えない内に、入り口からキロ達へ声がかかった。
「――女装してないキロがいる! 今日は一体どうしたんだ?」
大げさに驚いた声を出す犯人は、とキロが振り返れば、入り口の扉に手を掛けているゼンドルがいた。後ろにはティーダの姿も見える。
「人が毎日女装してるみたいな言い方するのはやめろ!」
「残念だったな。ここの連中で翻訳の腕輪を持ってるのは一部の職員を除いて俺とティーダだけだぜ」
にやり、と笑うとゼンドルは居合わせた職員や冒険者に聞こえるように声を張り上げる。
「そこの黒髪は、男装している美少女だ――って痛ったぁッ⁉」
調子に乗り始めたゼンドルの頭をティーダが叩くと、先ほどのゼンドルの声よりもよほどいい音が高く響き渡る。
「嘘つくな、バカ」
ティーダが呆れたように言うと、職員や冒険者のぎょっとしたような視線がキロから外れ、またか、と言いたげな視線がゼンドルに注がれた。
「え? これは俺が悪い流れ?」
周囲の反応を確かめたゼンドルは、何かを覚悟したような顔でキロに向き直る。
「キロ、今すぐ女装しろ。それだけでここの連中全員騙せるから」
「お前、ほんとタフだな」
ティーダに倣ってゼンドルの頭を叩くと、冒険者達からクスクスと忍び笑いが聞こえてきた。
どうやら、質が悪い冗談を口にするゼンドルはこのギルドのムードメーカー的な存在になっているらしい。




