第十五話 名も知らぬ六人の冒険者
「――というわけで、クローナの記憶を取り戻す」
夕食を運んできたミュトとフカフカに事情を説明し、キロは方針を定めた。
日付を確認しながら日記を並べ直していたクローナが、よろしくお願いします、と頭を下げる。
ミュトがサラダを小皿に取り分けながら、何かを思案するように瞳を揺らした。
ミュトの視線がクローナの指先に注がれている事に気付いて、キロは手荷物の中から指輪を取り出す。
未来のクローナから渡された指輪だ。
「あれ? 私の指輪……?」
キロが取り出した指輪を見て、クローナは自身の指に同じ物がはまっている事を確認する。
現代社会でのクローナは死んでいたため、何が起こったのかを具体的に知らされていないのだ。
キロはクローナに大まかな事情を話し、指輪を見せた。
「――これが件の往復切符だ」
たどり着く先は十中八九、クローナの世界、それもクローナの母親が死亡した直後だろう。
「でも、確定ではないんですよね?」
クローナが不安そうにキロを見上げる。
キロも考えていた事だ。また虚無の世界に放り出されたくはない。
「だからこそ、これから確定させてしまおう」
「……確定させる?」
疑問符を浮かべているクローナをおいて、キロはミュトに声を掛ける。
「紙をくれ。一枚で良い」
「ちょっと待ってて」
ミュトもキロが何をしようとしているのか分からない様子だったが、言われた通りに紙を一枚持ってきてキロに渡す。
キロは紙に魔法陣を描きながら、説明を始めた。
「遺物潜りは異なる世界への扉を開く魔法だ。同一世界での移動には使えない。時間移動も出来ないだろ?」
キロはクローナに水を向ける。
クローナはきょとんとした顔で口を開いた。
「よく知ってますね……あ、私と一緒に教わったんでした」
まだ慣れてないらしく、クローナは記憶の矛盾に眉を寄せた。
キロは苦笑して、魔法陣を描き終える。
「同一世界上での移動ができないなら、今この場で遺物潜りを発動してみればいい。問題なく動作したなら別の世界、動作しないならこの世界への扉を開くと確定する」
キロは説明して、指輪を中央に置いた魔法陣を発動させる。
異世界へ繋がる黒い長方形は出現しなかった。
念のため、ミュトから紙をもう一枚受け取り、媒体として使えるかどうかの判定に用いる魔法陣を作成、指輪を置いて発動する。
今度は正常に作動し、指輪がクローナの世界に通じる扉を開く媒体となる事が確定した。
「これ以上は実際に指輪を媒体にして扉を潜るしかないと思う」
他に意見はあるか、とキロはクローナ達を見回す。異議はないらしく、全員が話の続きを無言で促した。
「指輪をくれたのが未来のクローナである以上、何らかの意味があるはずだ。そこで、今の内に何をすべきなのか、仮説を立てておきたい」
キロはクローナに視線を移す。
「つらいかも知れないけど、母親が亡くなった時の状況を詳しく話してくれ」
先ほどまで泣いていた事もあってか、お腹を空かせていそうなクローナの前にサラダが乗った小皿を置き、キロは頼んだ。
フォークを手に取ったクローナに倣ってキロとミュトも食事に手を付け始める。
「随分前の事ですから、かなりうろ覚えですよ?」
いささか頼りない前置きをしてから、クローナは話し出す。
「母が亡くなったのはベイト歴二千三百十三年、第三の月の昼ごろでした」
「確か、今はベイト歴二千三百十九年の第四の月だったよな?」
シキリア草を調達する依頼を受けて出向いた町でクローナから聞いた知識を披露すると、クローナはすぐに肯定した。
今から六年ほど前の話という事になる。
「私の故郷はもっと北の方の山間にある村で、まだ雪が降ってました。母は肺を悪くして、そのまま亡くなりました。父は私が生まれる前に亡くなっていたので、孤児になった私は母がなくなってすぐに村の教会に行きました。母の法事の打ち合わせがあったので、その教会の司祭の方と話していたんです」
「その時、遺体はどこに?」
「聖堂に安置してありました。私と司祭の方は居住部分で話をしてました」
キロは少し考えた後、さらに質問する。
「母親が亡くなった時、傍には誰かいたのか?」
「……誰もいませんでした。直前まで私が付き添っていましたけど、容体が悪化したので司祭の方を呼びに行ったんです」
違和感のある証言に、キロはミュトと視線を交差させる。
村の中で母子家庭の母親が具合を悪くしているのなら、大人の一人や二人が様子を見ていてもいいはずだ。当時はまだ幼いクローナの手には余る。
キロとミュトが疑念を抱いている事に気付いているようだったが、クローナは話したくなさそうだった。
無理に聞き出すのも悪いと思い、キロは悩んだ末、聞き出す事を断念した。
いま必要なのは、指輪によって開けた扉でキロ達が出向く場所及び時間帯の情報である。特に、傍に誰かがいると、キロ達が目撃される可能性が高まってしまう。
そういう意味では、亡くなった直後、傍に誰もいないというのは好都合だ。
だが、好都合ばかりでもなかった。
詳細を尋ねられる前に話を進めてしまおうと考えたらしいクローナが、その日の出来事について更なる情報を口にしたのだ。
「そういえば夕方頃、冒険者が訪ねてきました。男女二人組だったと思います。どっちも武器は……持ってなかったはずです」
冒険者達の目的は、当時まだ幼かったクローナは話に混ぜてもらえなかったため、分からないという。
ただ、とクローナは続ける。
「それからすぐに、肩を怪我した女性冒険者と三人組の冒険者さんが北の森から出てきたんです。私は村の入り口にいたのでよく覚えてます。すぐに村中の人が集められて、パーンヤンクシュの群れが襲ってくるって報告を受けました」
計六人の冒険者の顔は思い出せないというクローナに、フカフカが静かに声を掛ける。
「その六人の武器は覚えておるか?」
「武器、ですか? 一人は重そうな金属製の槍でした。多分、村で防衛用に常備してある安物だったと思います。他の人は……すみません、よく覚えてません」
「いや、十分である。キロよ、当て推量が外れた気分はどうだ?」
「こら、フカフカ、そういう言い方しないの」
フカフカの首根っこを捕まえて、ミュトが叱る。
フカフカはミュトの声などどこ吹く風とばかりに受け流して、キロを見つめた。
凄腕冒険者、とクローナが証言した五人の内、一人は細身でありながら槍を振るっていたと聞いている。
現代社会でミュトやフカフカと相談した際、この槍を振るう冒険者がキロではないか、という仮説を立てていた。
キロは頭を掻く。
「クローナ、冒険者達の戦い方とかは覚えてないか?」
「村の入り口でパーンヤンクシュの群れを追い返しているのを見ただけですけど、三人と二人に分かれて戦ってました。槍の人が凄くよく動いてて、かっこよかったです」
情報不足であるな、とフカフカが落胆のため息を吐く。
「もう六年も前の話ですよ? 覚えているはずないじゃないですか」
「我は六年前のミュトが初めての使いに出されて道に迷った挙句、助けを求めて我の名を読んだ回数まで覚えておる」
「ちょっと、フカフカ!」
ミュトが慌ててフカフカの口を塞ぎにかかる。
ひらりと躱したフカフカはキロの肩に飛び乗った。
キロはクローナと共にフカフカに視線を送る。
キロとクローナの聞きたい事を察して、フカフカの尻尾が機嫌よさそうに揺れた。
「七回である」
「七回も呼ばれるまで無視してたのか?」
「父母よりも我の名を呼ぶ様が滑稽でな。様子を見ておった」
「あの時すぐに来なかったのはそういう理由か!」
ミュトがフカフカを指差して怒る。
まぁまぁ落ち着いて、とクローナが宥めた。
気を取り直して、キロは話を戻す。
「向こうに行くのは確定としても、俺達がパーンヤンクシュを倒したわけではないみたいだな」
「そうであるな。キロに関する記憶が消えている今、クローナの村で槍を振るっておったのがキロならば、その記憶も消えていてしかるべきであろう」
クローナはいまいち話に付いて来れていないようだったが、ミュトは理解したうえで疑問を挟んだ。
「もし冒険者達がボク達じゃないとすると、どうしてクローナの母親の形見の指輪を持っていたのかな? それに、冒険者は五人じゃなくて六人いるみたいだけど」
「凄腕の冒険者さん達は五人でした。六人目は肩を怪我していた女性の冒険者さんで、村で治療していたんです」
「だとすると、おかしいのは指輪の件だけか……」
キロ達は色々と仮説を立てつつ、夜通し話し合うのだった。




