第四話 尾光イタチの証言の摺合せ
キロとミュトに見つめられたフカフカは、バカにするように鼻を鳴らした。
「お前達がサラサラと呼んでいた尾光イタチがいただろう」
地下世界で生き倒れていた、さらさらした体毛を持つ尾光イタチを思い出し、キロは先を促す。
「あいつがどうかしたのか?」
「舌の調子がおかしな奴ではあったが、キロの特殊魔力の味に関しては評価が我と一致していた」
キロはサラサラが特殊魔力を食べた時の感想を思い返す。
「そういえば、生き返るようだって……だけど、それは行き倒れていたからで――」
「我もマッドトロルの群れと対峙したあの村でキロの魔力を食した際、つい口を突いて出た言葉は生き返るようだ、であった」
確かに、フカフカは魔力を使い果たしたミュトの代わりにキロの特殊魔力を食べ、まるで生き返るようだと発言していた。
そんな都合のいい話があるはずない、と否定しそうになるのをキロは寸前で思いとどまる。
見透かしたように、フカフカが尻尾を一振りした。
「キロよ、お前を異世界に送り出したのが未来のお前であり、そのお前の元には玄関越しに会話した未来のクローナ、つまりは生き返ったクローナがいるのだろう? ならば、クローナをキロが生き返らせることを見越して、送り出せるのではないか?」
「つまり、最初からクローナが自殺する事を前提として計画が立てられているってこと?」
ミュトが眉を寄せて結論を口にする。
一度自殺させて生き返らせる事までが計画の内、あまりにも非人道的な計画である。
――筋は通っているけど、何かがおかしい……。
「その計画だと、俺が異世界に行かない方がクローナは苦しい思いをしなくて済むんじゃないのか?」
「その通りであるな。恋煩いなどという忌まわしい病にかかる事もなかったであろう」
鼻で笑いながら皮肉を浴びせるフカフカの頭をミュトが指先で小突く。
堪えた様子もなく、フカフカは再び鼻を鳴らした。
「クローナはキロと出会えて幸せだった。否定するのであれば、生き返ったクローナに殴られるがよい」
フカフカの言葉にミュトも頷いてキロを見た。
「ボクもフカフカと同じ意見だよ。ボクだって――」
何かを言いかけたミュトは唐突に口を閉ざし、赤面して横を向いた。
フカフカがため息を吐く。
「もう二度と体がかゆくなる台詞を我に言わせるな」
「悪かった」
キロは頭を下げる。
フカフカがもうよい、と尻尾でキロの頭をはたいた。
「それで、具体的な今後の予定であるが……」
フカフカに促され、キロは少し考える。
現代社会の仕組みを知るのはキロだけであり、具体的な予定を立てられるのもキロだけだ。
あれこれと考えたキロは、まず、と口を開く。
「児童養護施設に行こうと思う」
「じどう……?」
翻訳が働かなかったらしく、ミュトが首を傾げた。
「俺が育った場所だ。異世界に行く直前に出向く予定だった。いまからでも行かないと騒ぎになるかもしれない」
キロが児童養護施設に行く理由にはもう一つある。
施設で飼われていた犬の遺品だ。
「あいつのエサ入れを確保しておきたい。多分、遺物潜りの媒体に使えるはずだ」
クローナの世界を経由するとしても、今一度現代社会に戻ってバイト終わりのキロを異世界に放り込む必要がある。
現代社会に戻るための媒体の確保は必須事項だ。
「この世界では、死体はまず見つからない。俺の記憶にある限り、この世界で確実に手に入る遺品は施設の犬のエサ入れくらいだ」
「動物の遺品でも媒体になるの?」
「確かめればいい。使えないとしても、顔くらい出しておきたいからな。他の事は明日にしよう」
キロは立ちあがり、ジャンパーを羽織る。
ミュトは自分が着ている服を見下ろして困り顔をした。
「どうしよう」
ミュトは今、キロの服を着ているため丈があっていない。
キロはクローゼットを開け、ハーフパンツを取り出した。
「とりあえずこっちを履いておけ。それから、ベルトの上にこれ巻いておけば誤魔化せるだろ」
キロより背の低いミュトが履けばゆったりし過ぎなきらいはあっても誤魔化せる範囲で収まる服を手早く選び、キロは着替えを指示して戸締りを確認する。
元栓などを確かめる内にミュトが着替えを終え、キロの元に現れた。
「どうかな……?」
「可愛いと思うよ。着る奴が違うと印象もだいぶ変わるな」
キロが上から下まで眺めて感想を告げると、ミュトはそっか、と少し嬉しそうに笑って、クローナの遺体を振り返る。
街中を遺体を背負って移動するわけにもいかないが、部屋に置いて行くのも不安なのだろう。
未だに机の上に乗ったままのフカフカがキロ達を見る。
「二人だけで行くがよい。留守は我が守ろう」
来客は無視するがな、とフカフカは偉そうに胸を張る。
キロは礼を言って、フカフカに留守を任せて外に出た。
「急ごう。電車も乗らないといけないし」
所持金を確認しようと財布を取り出したキロは、中に転がる金貨や銀貨、宝石の類を見つけ、夜空を仰いだ。
「明日、換金しておくか」
貨幣はともかく、宝石の類なら身分証の提示で済むはずだと考え、キロはミュトを連れて駅に向かう。
少し近道していこうと考えて、キロは公園を突っ切る道順を選んだ。
整備された公園の遊歩道は左右を林に挟まれており、夜という事もあって人通りが少ない。
途中にあった広場には遊具が置かれているが、立ち入り禁止の看板が立っていた。
看板の横に書いてある細かな注意書きを読んでみると、どうやら遊具に破損があるらしい。
看板の文字が読めないミュトは遊具を眺めていたが、遊具の下にある何かに気付いてキロの服を引っ張った。
「キロ、この生き物は何?」
「……猫だな」
昔懐かしい滑り台の下、目立たないところに猫が倒れていた。
首輪がついており、毛並もよい。
「飼い猫か」
触れてみるとすでに冷たい。死んでいるようだった。
連絡を取る手がかりもないため、飼い主が探しに来ることを期待して猫の死骸を放置する。
首輪が媒体になっている可能性はあったが、飼い主に無断で拝借するのは気が引けた。
再び歩き出し、公園を抜けると居酒屋が並ぶ通りに出る。
珍しそうに街並みを眺めるミュトを、すれ違う通行人が呆けたような顔で見つめていた。
かわいらしい外見をしているミュトは白髪の物珍しさも相まって人目を引くのだ。
駅に近付くにつれて人が増え、ミュトがはぐれないようにキロは手を差し出す。
「手を繋いでおこう。はぐれるとかなり面倒なことになるからな」
日本語はおろか英語さえ話せないミュトが現代社会で道に迷ってしまうと、再び合流できるか分からない。
自動券売機で切符を買うキロを興味深そうに観察し、改札機に恐る恐る切符を通すミュトを周囲の通行人が微笑ましそうに見ている。
改札を抜けてホームに降りるとちょうど電車が止まっていた。
ミュトの手を引いて乗り込み、空いていた席に座る。
興味津々で座席の感触を確かめていたミュトは電車が動き出すと振り向いて窓の外を見る。
「は、速い。この世界、何で鉄の塊が走ってるの?」
「空も飛ぶし、海や川を泳いだり、潜ったりもするぞ」
「……どうなってるの、この世界」
電車が目的の駅に到着し、キロ達はホームに降りる。
改札から切符が出てこない事にミュトが狼狽えるなどの一幕があったが、どうにか駅を後にした。
バスには乗らず、さりげなく動作魔力で強化して道を歩く。
――思い返してみれば、ミュトと二人きりで歩くのは初めてだな。
言葉少なに歩いてきたが、不思議と気まずさはない。
原因を求めて横目でミュトを窺い、キロは理解した。
言葉を交わさずとも、ミュトは楽しそうに隣を歩いているのだ。
――珍しい物ばかりだろうし、歩くだけでも楽しいに決まってるか。
クローナとも歩いてみたいと思っていると、道の先に見慣れた建物が姿を現した。
この手の施設としては小さめの二階建て、庭は広く、遊具はないが子供時代にはサッカーボールを転がしたりもした。
庭の端に、不恰好な小屋がある。
昔、キロが施設長と共に作った犬小屋だ。
今、その犬小屋には空っぽのエサ入れが置かれているが、いつも尻尾を振りながら飛び出してくるはずの雑種犬の姿はなかった。
明かりのついた児童養護施設が纏う空気も、どこか沈んで見える。
キロは一つ深呼吸して、玄関のチャイムを鳴らした。




