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複数世界のキロ  作者: 氷純
第一章 クローナの世界

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第十一話  ゴブリンズからの報酬

「……もう、動かないよな?」


 倒木と一緒に地面に倒れ伏すグリンブルの銀色の死体を遠巻きにして、キロは恐る恐る口を開く。

 一応、グリンブルの復活を警戒し、折れて二つになった槍を両手に持っていた。

 キロの隣で恐々とグリンブルの死体を見つめていたクローナが頷く。


「倒したとは思うんですけど、さっきより危ない状況かもしれません……ゴブリンが集まってきてます」


 クローナの言葉通り、いつの間にか逃げ散っていたはずのゴブリンが森の中から様子をうかがっていた。


「……キロさん、魔力は残ってますか?」

「使い道の分からない特殊魔力だけなら……。クローナは?」


 キロが問い返すと、クローナは弱弱しく首を振った。

 キロと同じく、最後の一撃で汎用魔力を使い切ったらしい。

 言葉を交わしている内に、ゴブリンが森からぞろぞろと出てくる。

 グリンブルの死体を枝でつついたりしていたゴブリン達は、キロ達に向き直ると一斉にひれ伏した。

 平伏するゴブリンの群れを眺め、どうやら戦闘にはならないらしいと判断したキロ達はほっと溜息を付く。

 平伏するゴブリンの群れの中から、頭飾りを付けたゴブリンが静々と進み出てきた。

 頭飾りのゴブリンは両手に一杯の花を持っている。

 感謝か、貢物か、そういった類の物だろう。

 キロは苦笑していたが、クローナが肘で脇腹をつついてくる。

 目を向ければ、クローナは真剣な顔で囁く。


「ほとんどはただの雑草ですけど、向かって右端の黄色い斑点のある花は高級香辛料ですよ」

「……マジか?」


 クローナがこくりと頷いた。キロの槍を指差した後、指を五本立てる。

 魔物の骨で作られた安物の槍五本分という事だろう。

 問題の花は八輪ほど、クローナの言葉が事実なら破格の値段だ。

 キロは慎重にゴブリンに近づき、花束を受け取る。

 キロが花を受け取った事を確認すると、ゴブリン達はそそくさと退散していった。

 キロがゴブリンを見送りがてら小さく手を振ってやると、ちらちら振り返っていたゴブリンが首を傾げた後で手を振り返してきた。


「なんか、愛着湧いてきたんだけど」

「私はあんなの大嫌いです。死にかけたって事もう忘れたんですか?」

「報酬は貰ってる」

「事後承諾じゃないですか。しかも、ゴブリンはこの花の価値を知らないと思いますよ」


 唇を尖らせながら不機嫌に言い返してくるクローナに、キロは肩を竦めた。

 クローナに花を選り分けてもらい、価値がある物だけを鞄に入れる。中には止血薬になる草もあった。


「この赤い花は?」

「それはゴミです」


 バッサリと切って捨てたクローナは、もはや見向きもしない。


「土によって赤か青の花を咲かせる面白い花ですけど、薬効とかはないのでそこらに捨てといてください」


 ――アジサイみたいなものか。

 クローナの言葉から、土が酸性かアルカリ性かで色を変える花の姿をキロは思い出す。

 綺麗な花ではあったが、クローナの言葉に従って道の脇へ放り捨てておいた。

 ギルドへ報告する時に使うだろうから、とグリンブルの毛皮の一部をはぎ取る。

 ついでに外套も拾っておこうと周囲を見回すが、何故か見当たらない。

 グリンブルとの戦闘で無くしてしまったのだと諦めて、キロ達は再び出発した。

 ゴブリンにまた巻き込まれては堪らないという思いは同じらしく、どちらが言い出すまでもなく駆け足だった。



 辺りがすっかり暗くなった頃、キロ達は目的地である隣町に到着した。

 外壁が月明かりに浮かび上がる。

 すでに門は閉ざされていたが、冒険者専用の通用門を見つけ、キロ達は併設されていた守衛小屋の扉を叩く。

 夜番の冒険者らしい男にカードを見せると、すんなり通用口を開けてくれた。

 礼を言って通用口を潜り抜け、キロ達はまっすぐ冒険者ギルドに向かう。


「規模も街並みもあまり変わらないんだな」


 石作り建物は未だに新鮮味を覚えるキロだったが、建築様式は司祭のいる街と違いが見られない。

 クローナは道順を覚えようと目印になりそうなものを探して歩いている。


「ここも衛星都市ですから。大きな街が見たいなら、北にあるラッペンが一番近いですね」

「見たいというか、大きな街なら元の世界に帰る方法が見つかるかもしれないだろ」


 クローナがキロを横目に見た。

 思い悩むような少しの間を挟んで、クローナは口を開く。


「明日、キロさんはこの町で情報収集してください。シキリアの採取は私一人で大丈夫ですから」


 気を使っているのかとキロは思ったが、クローナが折れた槍を見つめている事に気付いて嘆息する。

 今回の依頼には三日間の期限がある。

 移動に片道で半日、余裕を持って行動するならば一日欲しい。

 シキリアの採集に明日一日を当てるとすると、別行動しないと期限までに帰れないかもしれない。


「幸い、臨時収入もありましたから、槍も少しは良い物が買えるはずです」

「折った事を怒らないんだな」


 グリンブルに刺さって抜けなくなった時は涙目になって騒いでいたクローナを思い出し、キロは水を向ける。

 クローナは悔しげな顔をした。


「折れてしまったら騒いでも仕方ないです。きっと武器は消耗品なんですよ」

「思い切った割り切り方したなぁ」

「思い切らないと身銭も切れません。私も諦めますよ。でも、粗末に扱っていいわけじゃないですからね?」


 ジトッとした横目で睨んでくるクローナの迫力に、キロは思わず頷いた。

 ギルドの建物はこの町でも清潔感と解放感にあふれていた。

 夢を追うのは諦めよう、とクローナを見習って割り切りつつ、キロは扉を潜る。

 冒険者は都市同盟が所有する戦力であるため、ギルドの建物は常に開いているという。

 深夜は依頼の受理が行われないなど、一部の業務が停止しているが、キロ達の様に報告をする際には関係がない。

 何より、冒険者がもたらす情報は都市防衛の即応性を高める上で大きな価値を持っている。

 キロとクローナが閑散としたギルドに足を踏み入れると、受付にいた中年女性と目があった。

 腕に覚えのありそうな冒険者が何人か、ギルドのソファで欠伸を噛み殺している。緊急時に備えた人員配置なのだろう。

 受付の前に立ったキロは鞄からグリンブルの毛皮を取り出す。

 銀色に輝く毛皮を見て、受付の女性は目を丸くした。


「グリンブルの毛皮、それも銀色……」


 受付の女性が呟くと、暇そうにしていた幾人かの職員が視線を向けてきた。

 一様に驚いた顔をして、まじまじと銀色の毛皮を眺めている。

 腕の立ちそうな冒険者はどうだろうかとキロは振り返ってみたが、一瞥くれた後で口笛を短く吹いただけだった。

 やるじゃん、お前、くらいのノリである。

 ――妙に温度差があるな。

 キロは内心首を傾げた。


「ゴブリンの縄張りを脅かしていたグリンブルに襲われたので、討伐しました」


 クローナがグリンブルの毛皮を渡しながら報告する。

 受付の女性は思案顔で毛皮の状態を確認し始めた。

 グリンブルの毛皮は傷みやすい。状態を見れば、はぎ取られてどれくらいの時間が経っているか、大まかに判断できるのだろう。


「ゴブリンの森に移動していたんですか。見つからない筈です」

「……倒してはダメでしたか?」


 クローナが不安そうに訊ねる。

 討伐してはまずい魔物だったのだろうかと、キロもドキリとしたが、受付の女性は苦笑交じりに首を振った。


「おそらく、あなた方が討伐した銀色のグリンブルはこの辺りの森を縄張りにしていた個体です。第二の月の初め頃から姿が見えなくなっていて、森に何かあったのではないかと調査をしていたんですよ」


 第二の月、という表現が分からず、キロはクローナに視線で問う。

 クローナはキロの耳元で一月前だと囁いた。ちなみに今はベイト歴二千三百十九年、第三の月らしい。

 ――流石、日記をつけているだけはある。

 受付の女性はグリンブルの毛皮を検分した結果を書類に記している。


「実は、グリンブルが縄張りを移動した原因は目星がついているんですよ」


 世間話をするように、女性が書類を作りながら口を開いた。

 クローナが興味をそそられた様に身を乗り出す。

 少々子供っぽい仕草をしたクローナに、受付の女性が微笑んだ。


「森の中で病に罹った木がいくつか見つかりましてね。グリンブルの餌は木の皮ですから、病を嫌ったのだろうと――」

「だから、それはあり得ないって言ってんだろ!」


 突如として後ろから聞こえた怒鳴り声に、キロはクローナ共々肩を跳ねさせた。

 慌てて振り向くと、不機嫌そうな顔の冒険者が受付の女性を睨んでいた。


「あのグリンブルは頭が良かったんだよ。縄張りから外れた樹が病に罹ったくらいで危険を冒してまで縄張りを変えたりはしねぇ。事実、今までは縄張りの変更なんかしなかっただろうが」


 冒険者はいらいらした口調で持論を展開する。

 とばっちりを受けないようにと、キロはクローナの腕を引いて冒険者の視界から出た。

 受付の女性は冒険者を見て呆れたようにため息を吐く。


「……それならなぜ縄張りを移動したんですか?」

「それを調べるためにももっと調査範囲を広げるべきなんだ。何か起こってからじゃ遅いんだぞ」


 冒険者は受付へと歩いてくる。

 受付の女性は面倒くさそうに肩を竦め、再度ため息を吐いた。


「調査費用もばかにならないんですよ。それとも、あなたが無償でやってくれるんですか?」


 受付の女性に言葉を返されると、冒険者は苦々しい顔で舌打ちした。


「……こっちだって生活がある。無償ではやれるわけないだろ。だがな、現場の意見も聞いてくれねぇと――」

「冒険者の勘、ですか? せめて、根拠の一つでもない事にはギルド依頼なんて出せませんよ」


 冒険者の言葉を途中で遮って、受付の女性は意見をはね付けた。

 なおも言いつのろうとする冒険者を受付にいた別の職員が宥め、備え付けのソファへと引っ張っていく。

 ようやく事は収まったようだと、キロはほっと胸を撫で下ろした。


「……キロさん、その、離してほしいんです、けど」


 か細い声が聞こえて視線を向ければ、クローナの顔が耳まで赤くなっていた。

 クローナの視線を追えば、冒険者の視界から外れるためにキロが掴んだ腕がある。


「お、おう」


 キロが手を離すと、クローナは腕を摩りながら、赤い顔を俯けた。

 ――ヤダ、この子ったら免疫なさすぎ。

 心の中で茶化して精神の平衡を保とうとするあたり、自分も他人の事は言えない、とキロは思い直す。

 その時、間近で舌打ちが聞こえた。

 恐る恐る目を向ければ、受付の女性が親の仇でも見るような目でキロ達を睨んでいた。

 何故か居た堪れなくなって、キロは目を逸らす。

 逸らした先には先ほど受付の女性と口論していた冒険者がいた。


「……ウッゼェ」


 キロと目があった冒険者がボソッと洩らした声が届く。

 冒険者の声が聞こえたのだろう、受付の女性は大きく頷いた。

 あまつさえ、受付の女性は冒険者に声をかける。


「後で飲みましょう、馬鹿馬鹿しくなったわ」

「だな、飲まなきゃやってられねえよ」


 おぉ熱い熱い、とキロ達を見ながら受付の女性と冒険者が声を合わせる。

 ――なんで息ピッタリなんだよ。

 若い二人をからかって遊びつつ、先ほどの喧嘩を後腐れない物にしようとしているのだと分かってはいるが、獲物にされると落ち着かない。

 耐えきれなくなったクローナがキロの背中に顔を埋めている。


「……キロさん、すみません」


 クローナは小声で謝り、腕輪を差し出してくる。代わりに話を進めて欲しいようだ。

 本当に免疫がないらしい。

 キロが冒険者と受付の女性に咎める視線を向けると、二人はさっと目を逸らして口を閉ざした。

 やりすぎた自覚はあるらしい。

 キロは受付の女性に腕輪を渡す。


「報告書も出来上がったみたいですから、俺達はお暇します。それと、買取カウンターはどこですか?」


 ゴブリンにもらった、香辛料になるという黄色い花の換金もしてしまおうと考えて、キロはギルドを見回す。文字が読めないので、買取カウンターと書いてあっても分からない。

 受付の女性はばつが悪そうにギルドの壁際を指差した。


「奥の方にある、白い立札がかかっている窓口」

「ありがとうございます。それと、申し訳なく思うなら一つ、頼んでもいいですか? いいですよね?」


 キロはこれ見よがしにクローナをちらちらと気にする素振りをする。

 受付の女性はあぁ、とうめき声にも似た曖昧な返事した。

 キロは了承と受け取って、さっさと話を進める。


「明日、羊に使うシキリアという薬草を森へ取りに行きます。ただ、俺の武器はグリンブルとの戦いで壊れてしまったので、護衛を雇いたいんです。急いでいるので今の内に依頼を出しておきたいんですけど、構いませんか? 構いませんね。依頼書をください」


 受付の女性が言葉を挟む前に捲し立てたキロは、手を差し出して依頼書を催促する。

 困り顔をする受付の女性に対し、キロは再度、クローナを心配するように見た。

 ため息を吐いた受付の女性が依頼書を引っ張り出す。


「本来、この時間は依頼の受付をしていないので、秘密ですよ?」

「もちろんです。ご厚意に感謝します」


 キロはにっこり笑った後、白紙の依頼書を指差す。


「代筆、お願いします」


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