第十五話 ラッペン冒険者ギルド
ラッペンのギルドに足を踏み入れたキロ達は、外との活気の落差に困惑した。
人こそ多いが誰しもが警戒心をあらわにし、互いを監視するように視線を走らせている。
話し声は極僅か、いざとなればすぐ戦闘に移れるように構えながらの情報交換が行われている。
新たにギルドへ入ってきたキロ達はすぐに警戒を込めた視線で観察され、新顔である事も手伝ってかあからさまな敵意を浴びせられた。
――妙な反応だな。
キロはクローナとミュトの前に立ち、ロビーの冒険者達を眺め見る。
にらみ合いを続けていると、徐々に冒険者達の敵意が萎んでいった。
キロ達は警戒を緩めずに受付へと足を進める。
赤い髪の受付嬢はキロ達を隙のない瞳で観察しながら口を開く。
「冒険者の方ですね。お名前を伺います」
クローナが前に出て名乗り、カッカラの冒険者ギルドから来た事を話しながら、渡されていた紹介状を見せる。
赤髪の受付嬢の態度が途端に軟化した。
「失礼しました。ギルドの冒険者に裏切り者がいるようで、警戒しているんです。ご容赦ください」
軽く頭を下げる赤髪の受付嬢の言葉に聞き流せない単語が含まれていた。
すぐにクローナが声を落とし、問い返す。
「裏切り者ってどういう事ですか?」
「捜査情報や構成人員が窃盗組織に漏れているようで、何人かが闇討ちにあっています。まだ内通者の割り出しはできていません」
紹介状に目を通しながら赤髪の受付嬢は説明し、困ったように眉を寄せた。
紹介状を持って席を立った赤髪の受付嬢が奥にいた職員の元へ駆けよる。
ほんの少しのやり取りの後、赤髪の受付嬢が戻ってきた。
「シールズの関係者というのは本当でしょうか?」
受付嬢がキロ達へ質問した瞬間、ロビーにいた冒険者達が一斉にキロ達へ鋭い視線を向けた。
――顔を覚えられたのは間違いないな。
冒険者達に多大な警戒心を持たれた事を肌を突き刺す視線から読み取りつつ、キロはクローナに話を進めるよう促す。
困ったように冒険者達を見ていたクローナも、早めに用事を終わらせてギルドを出た方が得策だと判断したらしく、赤髪の受付嬢に向き直った。
「師匠が同じですが、それ以上にシールズからは素材として目をつけられています。それが何か?」
赤髪の受付嬢は紹介状を見つつ弱り顔だ。
「本当に申し訳ないのですが、冒険者を闇討ちした犯人はほとんどの場合シールズでして、何らかの縁故を持つ者は一律でギルドの利用をお断りさせていただいています……」
クローナが呆気にとられたように数回瞬きし、キロを振り返る。
「どうしましょう?」
「シールズがこのギルドの対応を知っている可能性について、聞いてみてくれ」
キロが促すと、クローナが翻訳しつつ赤髪の受付嬢に質問する。
未知の言語を操るキロを気味悪そうに見ていた赤髪の受付嬢は、クローナの質問に少し考えるそぶりを見せた。
「多分、知っていると思いますけど……」
――シールズの奴、俺達がギルドの協力を得られない事を承知で誘き出したのか。
さっそくしてやられた、とキロはため息を吐く。
罠があるだろうとは思っていたが、予想以上に早く出鼻を挫かれた形だ。
アンムナとの合流場所をギルドにしていた事を後悔した時、キロの肩にフカフカが飛び乗った。
「盗み聞きされておる。迂闊な事は言うな」
キロに囁いたフカフカはクローナの肩へと飛び移り、同じセリフを耳打ちする。
キロは素早くクローナ、ミュトと視線を交差させ、頷きあう。
「協力が得られないという事なので、私達は個別で動く事にします」
クローナの言葉に申し訳なさそうにした赤髪の受付嬢が口を開く。
「どこの宿にお泊まりでしょうか?」
「まだ決まってません。シールズの襲撃を受ける可能性がありますから、泊めてくれる宿があるかもわかりません」
クローナはありのままを伝えただけだったが、赤髪の受付嬢には棘のある言葉に聞こえたらしく、首を竦めた。
一部の冒険者から受ける視線がさらに鋭くなった気がしたが、キロは無視してクローナとミュトの手を引き、出口に向かう。
追い立てられるように外に出て、キロ達は尾行に注意しながらしばらく大通りを歩いた。
自然とフカフカを乗せているミュトを中心に歩き、適当に道を曲がる。
民家の壁に背を預けて、キロはフカフカに声を掛けた。
「それで、盗み聞きしてたのは誰だ?」
「愚問であるな。シールズだ」
やっぱりそうか、とため息を吐いたキロはフカフカに続きを促す。
「特殊魔力はどこに張られていたんだ?」
「四か所、一つは受付へ依頼を出していた男の鞄、他には壁際にいた冒険者の男の胸当て、最後がロビーの端にあった椅子に座っていた冒険者の耳の中と首に巻いていたスカーフ。おそらくは全員が諜報員であろうな」
フカフカの言葉を聞きながらロビーの中の状況を頭に思い描き、キロはシールズの特殊魔力に囲まれていた事を知る。
空間把握能力の高いミュトも難しい顔をしていた。
「耳の中って、明らかに指示を受けてるよね」
「スカーフは連絡を取るための物でしょうか」
ミュトとクローナが互いの予想を語り合い、納得したように頷く。
「シールズは特殊魔力を使って、いつでも部下と連絡が取れるんですね」
「つまり、椅子に座っている奴が他の奴らにシールズから受けた指示を伝えてるのか」
フカフカがその通り、と言うように尻尾を勢い良く一振りする。
「手で簡単な合図を送っているようであるが、我でも内容は読み取れぬ」
ギルドの何を探っているかについては、捕えて聞き出すしかないらしい。
「あの特殊魔力の量では人ひとりを転移させることは無理であろう。逃げられる事もない。どうする。捕えるか?」
フカフカがキロに問う。
諜報員を捕えた後、フカフカがシールズの特殊魔力を〝拾い食い〟してしまえば、シールズとの連絡経路を遮断し、情報を聞き出すことが可能となる。
だが、フカフカが魔力を食べる事をシールズに知られる可能性が高い。
さらに、キロ達の証言をギルドに納得させられるかも怪しかった。なぜなら、魔力はフカフカにしか見えないからだ。
ただでさえシールズの縁故として見られている今、証明できない特殊魔力の有無でギルド所属の冒険者に嫌疑をかけるのは、キロ達の立場を危うくしかねなかった。
悩むキロに、クローナが口を挟む。
「捕まえても、代わりの内通者が用意されるだけかもしれません。シールズの特殊魔力があれば、いくらでも代わりを作れますから」
「内通者を捕まえても、シールズの特殊魔力がある限り、ギルドの捜査情報はダダ漏れって事か。ギルドとの情報共有も控えた方がいいかもしれないな」
身動きが取り難くて仕方がない、とキロは首を振る。
その時、ミュトがふと思いついたように顔を上げた。
「フカフカが魔力を見れるってこと、シールズはまだ知らないよね?」
キロはカッカラでの戦闘を思い出し、頷いた。
それなら、とミュトは笑みを浮かべる。
「ボク達が諜報員を一目で特定できることもシールズは知らないんだね」
ギルドの方角を指さして、悪戯っぽく首を傾げたミュトは作戦を口にする。
「後をつければアジトを特定できるんじゃないかな?」
シールズの打った手を逆に利用するミュトの作戦に、キロとクローナはそろって笑みを浮かべた。




