第十四話 ラッペン
地下世界に出発する前に預けていた槍を返してもらったキロ達は、司祭への挨拶もそこそこに町を出発した。
ラッペンは規模の大きな街ではあるが、司祭のいる町から直接行ける辻馬車はないらしく、しばらくは徒歩で向かう事になった。
ミュトがキロの槍をしげしげと眺めている。
「グリンブル、だっけ? この槍を削り出せるくらい大きな魔物なの?」
キロの槍はイノシシ型の魔物、グリンブルの牙を削り出して作られたものだ。
動作魔力を通すと強度が増す特徴がある。
「体高が俺達の身長くらいあるイノシシだ。クローナと一緒に依頼を受けた時に、森で二回出くわして、その度に殺されかけてる」
最初の槍を折ったのも、グリンブルとの戦闘中だった事を思い出し、キロは苦い顔をした。
今ならもう少し危なげなく倒すことができるだろうとは思うが、出会いたくないのが本音だった。
「――師匠はその時女装してたんですか?」
横合いから飛んできた質問を右から左に聞き流し、キロは足を速める。
心得たようにキロの加速に合わせたクローナとミュトの足音に数瞬遅れて、七人分の足音が追いかけてくる。
「師匠、女装している時の戦い方について質問があるんですよ。視線を上げると顎の線が見えて女装を見破られるじゃないですか、どうやって顔を上げずに視界を確保したもんかと……何かコツでもありますか?」
知るもんか、と怒鳴り返したい気持ちを抑えて、キロは無視を決め込み、口を固く閉ざす。
クローナとミュトは申し訳なさそうに後を追ってくる七人を振り返るが、フカフカだけは楽しむように尻尾を小刻みに揺らしている。笑いを堪えているのかも知れなかった。
七人は足を速めるキロに追いつき、周囲を取り囲む。
「師匠、ご教授を!」
「――あぁ、もう、うっるさいんだよ!」
キロは耳を塞ぎ、一喝する。
キロの怒りを込めた怒鳴り声を聞いて、七人は顔を見合わせる。
「何を怒ってるんですか?」
「……本気で言ってんのか? なぁ、それは本気で言ってるんだろうな?」
「キロさん、落ち着いてください」
どうどう、とクローナがキロの胸に手を置いて抑える。
キロは深呼吸を一つして、七人を見回した。
司祭がいる町で槍を受け取ったキロ達がギルドに事情を伝えに行った際、ラッペンのギルドへの応援として選抜された七人だ。
全員がキロから女装の講義を受けた者達である。シールズが出るという情報がもたらされた以上、彼らが派遣されるのは当然と言えば当然である。
だが、キロには納得できない事があった。
「なんでお前ら、ラッペンについてもいない今の段階で女装してんだよ!」
キロが指差した七人は、何か可笑しな事があるだろうかとばかりに顔を見合わせる。
「普段から女装しておいた方が違和感が無くなるって先達から教わりまして」
先達とやらの特徴を聞くと、どうやらキロに女装を教えた女性の旦那らしかった。
頭痛を覚えて、キロは行き場のない怒りを地面にぶつける。踵で蹴りつけられた地面がザリッと抗議の音を立てた。
「百歩譲ってお前らが女装しているのはよしとしよう。でもなんで付いて来るんだよ!」
「そんな事言って、まんざらでもないくせに。九人の美女に囲まれて往来を歩くなんて羨望の的ですよ、師匠」
「美女ならな! 嘘偽りなく、正真正銘、お天道様に恥ずかしくない美女ならな! お前らさりげなく影に入って肌の色諸々隠してる時点で自覚あるんだろ? お前ら全員、往来を歩けない日陰者なんだよ!」
「ひ、酷い!」
「科 を作るな!」
突っ込みの入れ過ぎで息を切らしたキロは、頭を押さえて俯いた。
そもそも、美女などと名乗ってはいるが、七人全員が及第点をわずかに下回る腕だった。見知らぬ他人とすれ違っても気付かれる事はないだろうが、じっと観察されれば一巻の終わりである。
ギルドでなじみの受付が渋い顔をしていた理由が分かる。同行させようとしたのも、女装の講義をし直せと暗に言っているのだ。
――というか、このままだと気持ち悪すぎてラッペンの防壁で追い返されそうだ。
悪目立ちする事は確定なので、シールズに目をつけられるだろう。そうなれば、この七人は女装した意味すらなくなってしまう。
「とりあえず、お前ら口の中に綿入れろ」
こうして、キロはラッペンへの道中で七人の冒険者を鍛え直すのだった。
ラッペンの防壁を潜ったキロは、周囲から寄せられる好奇と嫉妬と嫌悪の視線に苛まれた。
七人の少し可愛い町娘、に見える女装冒険者に囲まれているからだろう。
冒険者達の性別を知るクローナとミュトは反応に困ったように距離を置いていた。
ミュトの肩の上で、フカフカが前足で顔を隠しながら笑いを堪えている。
「とりあえず、お前らはギルドに行ってくれ。俺達はしばらくラッペンを歩き回ってシールズに到着を知らせる」
キロは女装冒険者達を軽く手で払いのけた。
今回、キロ達に与えられた最大の役割はシールズをおびき出すための囮だ。
ラッペンは規模の大きな街であり、軽く視線を一周させるだけで二、三十人は通行人を視界に収める事が出来るほど人通りも多い。
ラッペンの中を歩き回ってキロ達が到着した事がシールズの耳に入るようにした後、ギルドでアンムナと合流して打ち合わせをする。その上で、変装してアジトを探る手はずになっていた。
七人の冒険者達は自らの仕事に忠実らしく、名残惜しそうに手を振りながらギルドへ向かっていった。手の振り方も各々に個性があり、違和感がない。
「短期間であんなに変わるモノなんだね」
少し気味悪そうに冒険者を見送って、ミュトが呟く。
「要点を押さえただけだ。観察されればすぐに見破られる。日頃から女性を観察して振る舞い方を真似てかないと身に付かないんだよ」
通行人に怪しまれないよう、冒険者達へ手を振りかえして友好的な関係を演出した後、キロはミュトに言葉を返した。
ミュトとクローナが顔を見合わせる。
「もしかして、私達って観察対象だったりしますか?」
「いや、俺が参考にしてるのはもっと色気のある――って、痛っ⁉」
脇腹をつねられて、キロは悲鳴を上げる。
振り返って心配そうな視線を向けてくる通行人に何でもない、と笑い返して、キロはクローナを横目で睨んだ。
「何すんだよ」
「自業自得です」
「クローナの可愛さを一朝一夕で真似られるはずがないだろ」
「今更言い訳しても遅いです」
「キロ、クローナ、痴話喧嘩は道の端でやれ」
フカフカに突っ込みを入れられて、クローナは唇を尖らせながらも矛を収めた。
観光する振りをしてラッペンの街を歩き出す。
通りを歩く人の数こそ多いが、そのほとんどが行商人かオークション目当ての裕福な観光客らしい。
いずれも一目で高価と分かる滑らかな生地の衣服を身にまとい、ボタン一つとっても金が掛かっているのが分かった。
だが、モザイクガラスの髪飾りは珍しいらしく、道行く女性がちらちらとクローナの髪飾りに視線をやっていた。
黒髪黒目のキロと白髪灰目のミュトもかなり目立っており、シールズの耳に情報が届くまでそう時間はかからないだろう。
周囲に気を配りながら歩いていると気付かれていたのか、ラッペンを一回りしてギルドに足を向けても襲撃の類にはあわなかった。




