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複数世界のキロ  作者: 氷純
第三章 世界の岐路

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第十一話  罠へのお誘い

 キロの頭越しに浴びせられたフカフカの光に、目をやられたシールズが反射的に腕で顔を庇っている。

 ――勝った!

 キロは勝利を確信しつつ、天井からの落下の勢いを乗せて槍を振り降ろす。

 槍の穂先から柄の半ばまでを使ってシールズの背中から肩を大きく打つ軌道だ。当たれば肩の関節が外れるだろうことは想像に難くない。

 念には念を入れてキロはさらに動作魔力を作用させて槍を振り抜いた。

 しかし、キロの槍はシールズにあたる事がなかった。

 なぜなら、シールズの体に衝突する寸前、槍が半ばから消えたからだ。

 ――特殊魔力で槍を転移させやがった⁉

 その時、キロは目の前で起きた事に気付き、咄嗟に槍を引く。

 腕で庇ったシールズの顔に笑みが浮かんでいた。

 引いた槍の重量に違和感を覚えたキロが目を向けると、槍は半ばから消失していた。

 特殊魔力の発動を終えて、槍の半ばまでをどこかへ転移させたのだろう。

 キロは舌打ちして床に足を付き、跳び退る。

 ナックルから引き出した現象魔力でけん制の石弾を撃ち出すと、シールズは初めて回避行動をとった。

 キロは外へと通じる扉の前に立ち、反転させた槍を構える。穂先の部分は失われたが、石突きを使えば鈍器として役に立たない事もない。

 ――回避行動をとったって事は、特殊魔力に余裕がなくなったのか。

 キロはわずかに肩を揺らす。


「シールズの特殊魔力もそろそろ尽きる頃であろう」


 フカフカが小声でキロに耳打ちした。

 アンムナが来る前に畳み掛けるべきとキロは悩むが、休憩室へと通じる廊下から足音が聞こえてきた。

 ミュトとクローナだ。

 ――アンムナさんへの合図は届いたんだな。

 シールズの姿を見つけたクローナが杖を構えながら口を開く。


「職員の避難は終わりました」


 キロに遅れてきた理由をでっち上げ、シールズにアンムナが向かっている事を悟らせないようにするクローナの言葉に、キロは頷きを返した。

 ミュトがギルド内を見回す。キロが作り出した石壁は込めた魔力を使い切って掻き消えていたため、視界はかなり広い。


「冒険者の治療と避難をしないといけないね」


 ミュトが小剣を抜き、シールズに刃先を向けた。

 シールズはミュトを見て口を半開きにしていたが、すぐに見比べるようにキロとミュトの間で視線を行き来させ始める。


「おぉ……これは素晴らしいな。白と黒の対比が美しい。背景に気を使う事になりそうだけれど、きっと背景に悩む時間さえ楽しいだろう。ぜひとも欲しい」


 涎でも垂らしそうな顔で鑑賞しはじめるシールズの視線に悪寒を覚えながら、キロはクローナに目くばせする。

 わずかに頷いたクローナが杖を構えたまま横にある受付カウンターの中へとゆっくりと動く。

 クローナの動きに気付いたシールズが警戒するように目を細め、短剣を抜いた。


「クローナさんはいらないんだ。あまり目障りな事をしないでくれ」


 シールズの短剣を睨んでいたフカフカがキロの首の裏を尻尾で軽く叩く。短剣にシールズの特殊魔力が込められているという合図だ。


「クローナ、転移に気をつけろ」

「分かってます」


 キロに注意を促されたクローナが油断なく杖を構え、シールズを睨んでいる。

 シールズは短剣を構えたまま、なかなか動かなかった。

 ――特殊魔力の残りを気にしてるのか?

 キロは予想するが、シールズはあくまでも余裕の態度を崩さず、短剣を手元でもてあそび始めた。


「良い事を教えてあげようか」


 唐突に、シールズが切り出した。


「良い事? お前の余命とかか?」

「キロ君は本当に口が悪いなぁ。余命なんかではなく、キロ君の槍の穂先が何所に行ったか、と言うお話さ」


 ――時間稼ぎ……?

 シールズの話の内容にキロは眉を顰める。

 ギルドの異常に気付いた騎士団が向かってくるかもしれない現状で、シールズが時間稼ぎをする意味はない。

 キロは訝しむが、アンムナが到着するまでの時間稼ぎができるのだからむしろ歓迎だ、と割り切る事にした。

 話に耳を傾けているキロ達を見て、シールズは笑みを浮かべる。


「時間稼ぎではないよ、何しろ一言で終わるんだから。キロ君の槍の穂先はこの街、カッカラの民家の屋根の上に落ちている。この意味が分かるかな?」


 シールズの謎かけにキロは首を傾げかけ、すぐに答えに気付いて苦い顔をした。

 屋根の上にキロの槍が落ちているという事は、そこに転移の出口が設定されているという事だ。

 転移した物が槍の穂先程度ならまだいい。

 しかし――


「大規模魔法を使ったら民家が消し飛ぶって言いたいのか」

「正解。相変わらず察しがいいね」


 クローナに視線を向けると、困り顔で見つめ返してくる。

 魔法主体で戦うクローナにとって、攻撃方法の大部分を禁止されたようなものだ。大規模魔法はもちろんのこと、火災を起こしかねない火魔法やある程度の質量を持つ石等の魔法が使えなくなった。

 キロはミュトに視線で合図を送り、クローナの護衛を頼む。

 シールズは楽しげに笑みを浮かべ、短剣をキロに向けた。クローナの攻撃を封じた以上、武器を破壊されたキロを集中的に狙えばよいという判断だろう。


「投降してくれてもいいんだよ?」

「お断りだ。余裕がないのはシールズ、お前も一緒だろ。民家の上に出口を作ってあるなら、クローナの大規模魔法を転移させてから知らせてもいいはずだ。その方が心理的な揺さぶりを掛けられるんだからな」


 わざわざクローナの攻撃を封じにかかったのは、空間転移の特殊魔力を無駄に使う事態を避けるため。

 すでにアンムナに対する襲撃とアシュリーを持ち出すための空間転移に加え、資産家の住宅への侵入と窃盗、ギルドにおける冒険者との戦闘を行っており、特殊魔力が心許無いはずだ。


「図星みたいだな?」


 顔色を読んだキロが畳みかけると、シールズは肩を竦めた。


「出口の事まで知っているとは、驚いたね。察しが良すぎるのも考え物だ」


 秘密を暴かれた不快感をわずかに含んだ声でシールズがキロの推理を認めた。

 それでも、有利を確信しているらしく余裕の態度は崩れていない。

 キロは動作魔力を練りつつ、石突きしか残っていない槍を棍棒代わりにして、正眼に構える。


「クローナ、派手に風を起こしてくれ」


 キロはカウンターの内にいるクローナに指示を飛ばす。

 クローナは不思議そうな顔をした。

 いくら風を起こしても、物を飛ばさない限り攻撃としての効果は薄い。室内でもあり、砂埃で視界を奪う事も出来ないのだ。

 キロは意図が伝わっていないとみて、ヒントを出す。


「ミュト、カバンに仕事道具は入ってるか?」

「……入ってるよ。入れておかないと落ち着かないから」


 ミュトにはキロの作戦が伝わったらしく、カウンター内に視線を巡らせた。目的の物を見つけ出したらしく、軽く手を挙げて合図してきた。

 クローナもミュトの仕事道具と言われてピンと来たらしく、杖の魔力を使って風を起こし始める。

 不愉快そうに振り返ったシールズは、クローナに向けて短剣を投げるが、ミュトが一振りした小剣によって上に弾かれた。

 風が強くなり、室内に風の音が響き始める。

 直後、クローナが風の方向をカウンターの内側に収束させた。

 風に煽られて、書類が次々に舞い上がる。

 怪訝な顔をしていたシールズも狙いに気付き、舌打ちして手元に火球を準備する。


「書類を燃やすのは勝手ですけど、自分の服に燃え移っちゃいますよ?」


 クローナが笑みを浮かべてシールズに指摘する。

 苦い顔をしたシールズは火球を消し、水球を生み出す。書類に水を含ませることで重量を増し、床に落とすつもりだろう。

 キロの狙い通りだった。

 強烈な風に舞いあがった書類達が高い天井付近でぐるぐると渦を巻く。

 クローナが風を調節してシールズに書類を降らせる寸前、キロは駆け出した。

 真正面から突っ込んでくるのは予想外だったのか、シールズが水球をキロに向ける。水であれば素材となるキロを傷つけることがないと判断したのだろう。

 キロは正眼に構えた槍の石突きで突きを放つ。

 シールズがキロの突きを水球で受けた直後、頭上から書類が降り注いだ。

 互いの視界が塞がる。

 シールズとの間に書類が割り込んできたのを見て、キロは槍から手を放し、拳を握る。

 ――水球は……そこか!

 キロはシールズの水球を目視しつつ、ナックルから現象魔力を残らず引き出した。

 パチッと軽い音と紫電がキロのナックルから発せられる。

 ナックルから発せられた異音は風の音にかき消され、紫電の光は書類に紛れ、シールズは気付いていない。

 キロはナックルに残った動作魔力を使って奥義の発動準備を瞬時に整え、最小の動きでシールズの水球に拳を見舞った。

 奥義が発動し、水球が弾ける。

 弾けた水球から飛び出た無数の水滴がシールズを襲うが、水滴に殺傷能力はない。

 シールズが水滴を無視し、書類の中からキロへと手を伸ばす。捕まえる気だろう。

 キロは伸ばされるシールズの手を気にせず、ナックルをさらに突き出す。


「――とりあえず、痺れとけよ」


 ナックルから放たれた電撃が水滴を伝ってシールズを直撃した。

 回避はおろか、防御も間に合わない雷魔法は確実にシールズを捕えていた。

 キロは後ろに跳んで距離を取り、様子を見る。

 キロが電撃を使った音を聞き付けたクローナが風を起こすのを中止し、シールズに襲いかかっていた書類がゆっくりと床に落ちていく。

 視界を塞いでいた書類が落ち切った時、そこにいるはずのシールズの姿はなかった。

 ――転移しやがった!

 キロは慌ててギルド内に視線を走らせ、シールズが投げていた短剣に気付く。

 フカフカが尻尾を光らせ、短剣を照らし出した。

 ちょうどその時、照らし出された短剣の柄から腕が伸びるのが見え、キロは声を張り上げる。


「――クローナ、上だ!」


 空間から生えたシールズの手が短剣の柄を掴み、下にいたクローナへと投げつける。

 キロの声で上に注意を向けていたクローナは短剣を難なく躱した。

 クローナの横にいたミュトが跳び上がり、小剣を振りかぶる。

 しかし、ミュトの小剣はあえなく空を切った。

 シールズが腕を引っ込め、さらに転移したのだ。

 ミュトはクローナと背中合わせになり、ギルド内に視線を走らせる。

 キロはフカフカに小声でシールズの特殊魔力が張られている場所を問うが、ゆっくりと首を振られた。


「あやつ、キロの雷魔法で焦ったのだろうな。ギルド内へ、出口に使える特殊魔力を張っておらぬ。短剣にわずかに込められておるが、あの量では人ひとりの移動はできぬようだな」


 キロは舌打ちして、短剣を睨んだ。

 その時、短剣からシールズの声が聞こえだした。


「雷魔法なんて使われるとは思わなかった。驚いたよ。あまりの痛みに致命傷でも負ったかと思ってつい転移してしまった。今回は諦めるよ」

「声だけ空間転移なんて器用な真似もできるんだな。アンムナさんの家でも、そうやって盗聴してたのか?」


 キロが嫌悪感もあらわに問いかけると、くすくすと笑う声が返ってくる。


「その通り。盗み聞きだけではなく、盗み見も出来るんだけど、顔だけ転移するのは不用心だから、まずやらないね」


 生首みたいで精神的にもよくないだろう、と軽い口調で言って、シールズは再びくすくす笑う。

 ――まだ余裕があるのかよ。

 奥義も雷魔法も、キロにとっては切り札だ。両方を連続で見せつけられても態度を変えないシールズの様子が気味悪かった。


「しかし、こうなると困ったな。キロ君達にまた雲隠れされたら、寂しい」


 本気で寂しそうに言って、シールズはそうだ、とたったいま思いついたように言葉を繋げた。


「ラッペンにおいで。オークション会場で待っているよ」

「行く理由がないだろうが」


 キロは言葉を返す。

 実際には、アシュリー奪還のために足を運ばなければならないのだが、目的を悟られたくはなかったため、嘘を吐いたのだ。

 しかし、キロの嘘を容易く見破って、シールズは笑う。


「アシュリーさんを持って行くよ。返してほしくはないのかな?」

「本当に持って行くのか怪しいな」

「手元に置いておかないと不埒な輩が盗み出すかも知れないだろう。僕の所属は窃盗組織なんだから」


 妙に説得力のある理由を持ち出されて、キロは言葉に詰まった。

 閉口するキロの様子を納得したと受け取ったのか、シールズはくすりと笑い声をこぼす。


「――では、ラッペンで会おう」


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