第八話 作戦の準備
アンムナに言われた通り、地下室の金庫から緑色の金属、リーフトレージで作られたナックルが出てきた。
関節部分は上質な革で作られており、丁寧に整備だけはしていたらしく傷みもない。
試しに着けて槍を握ってみるが、今までの戦闘スタイルを変える必要はないようだ。
「少し大きい気もするけど、すぐに慣れるだろ」
素振りをして感触を確かめたキロは、金庫の扉を閉じ、鍵を掛ける。
階段を下りてくる足音を聞き付けて、キロは振り返る。
肩にフカフカを乗せたミュトが下りてくるところだった。
「家の中を見て回ったが、特殊魔力は見つからぬ。シールズとやら、目的を果たしたのだろうな」
「そうか。ありがとう」
キロはフカフカに礼を言って、立ち上がった。
アンムナの家での用事は済んだ。後は騎士団に任せておけばよいだろう。
キロはナックルをはめたままミュトを連れて階段を上がり、地上に出る。
クローナが初老の騎士に作戦を説明していた。
キロ達が捜査に加わった事とアンムナが重傷で意識不明という虚偽の情報とを混ぜて喧伝し、油断させたシールズを誘き出す。
シールズとの戦闘に入ったなら、さりげなく魔法で合図を飛ばし、アンムナが到着するまでの時間稼ぎを行う。
アンムナの家に仕掛けられていた特殊魔力の例があるため、作戦の内容は限られた者にしか公表せず、少数精鋭で作戦を実行する。
以上が作戦の概要だった。
アンムナの家から出てきたキロ達を見つけた初老の騎士に手招かれ、キロはミュトと共に歩みよる。
待ちきれない様子でクローナが小走りにやってきて、キロの手を取った。
「フカフカさんの事は秘密にしておいた方がいいんじゃないかって、騎士さんが言ってます」
キロはフカフカに視線を移す。
シールズが張った特殊魔力を見破り、場合によっては魔力を〝拾い食い〟して無効化できてしまうフカフカはシールズに対する切り札となりうる存在だ。
フカフカ自身の意思はどうだろうか、と視線を向けると、ミュトの肩の上に立ってふんぞり返っていた。
「作戦の成否を握る立場と言うのも悪くないものであるな」
上機嫌に鼻を鳴らして、フカフカは尻尾を大きく一振りする。
偉そうにキロ達を睥睨するフカフカに呆れたミュトが、大げさに肩を上下させる。
バランスを崩したフカフカが肩から転げ落ち、ミュトが差し出した手のひらに着地した。
「――何をする!」
「みんなで協力するんだから、フカフカが偉いわけじゃないでしょ」
「百も承知である。そのうえで、我の役割の特殊性が――」
はいはい、とフカフカの反論を受け流しながら、ミュトはフカフカが載った手を肩の高さに挙げる。
ミュト達の言葉が分からない初老の騎士が、困ったようにクローナを見た。
「何やら揉めとるようですが、本当にそのイタチは役に立つんですかな?」
初老の騎士の言葉に、ミュトが口を開く。
「大丈夫だよ。自信家だけど、自信に見合う働きはする奴だから」
ミュトの言葉を受けて、フカフカは満更でもなさそうに尻尾を一振りして、ミュトの肩に戻る。
そして、ミュトの耳へ囁きかけるように指摘した。
「ミュトよ、我らの言葉はそこの騎士に通じぬぞ」
「……そうだった」
クローナが苦笑しつつ、ミュトの言葉を初老の騎士へ伝える。
後頭部をポリポリと掻いた初老の騎士は、キロの顔を見て信用したらしい。
「それでは、明日にでも捜査資料を見に来たように装って、騎士団詰所にシールズの特殊魔力が張られていないか調べてくださいますかな」
今のままではおちおち情報交換もできないから、と初老の騎士がため息を吐く。
いくつかの質問を受け、内容を詰めた後、キロ達は現場を離れた。
アンムナはすでに治療院に戻ったらしい。
林に挟まれた暗い道を歩きながら、クローナがそ知らぬふりでキロの手を取り、握る。
キロは目を向け、手を繋いだ事を指摘しようとするが、その前にクローナが口を開いた。
「シールズが本当に襲ってくると思いますか?」
「……五分五分かな」
たとえ情報を流したとしても、シールズのいる組織に情報が届くとは限らない。また、窃盗組織が動くとも限らないのだ。
シールズが動かなければ、アンムナが業を煮やして犯罪組織を虱潰しにし始めるだろう。
結局、時間稼ぎの枠を出ていなかった。
「しばらくはこの街で情報収集をしつつ、様子を見るしかないな。シールズだって、アンムナさんの容体は気にしているはずだから、この街の情報を集めようとするだろ」
アンムナの報復を警戒しているだろうシールズの情報網に、キロ達が捜査に加わったという情報を乗せる。
そのためには迅速な行動が求められた。
ミュトがキロの袖を掴みつつ、問う。
「宿はどうするの? シールズって奴の奇襲に巻き込まれて、アンムナさんの家みたいに吹き飛ばされるかもしれないよ?」
「引き払うしかないだろうな」
キロは意見を述べつつ、クローナを見る。
キロと同じ意見だったらしいクローナも頷いた。
「奇襲の件がなかったとしても、前回の被害者ですから、巻き込まないようにしないといけません。騎士さんには伝えておいたので、すぐに護衛が派遣されますよ」
「用意がいいな」
キロが褒めると、クローナは口元をほころばせて頷いた。
手足の長い娘がいる宿で荷物を受け取り、部屋を引き払う。
シールズの捜査に加わるから、と言うと宿の娘は渋い顔をした。
「シールズは変態だけど、腕は確かだよ。大丈夫なの?」
シールズ変態説の支持率をかみしめながら、キロは曖昧に笑う。
「ギルドで寝泊まりするつもりだから、寝込みを襲われる心配はないと思う」
キロの言葉を翻訳したクローナに、宿の娘が笑みを浮かべた口元を手で隠した。
「クローナちゃんの寝込みを襲うのはシールズじゃなくて――」
ちらちらと意味ありげにキロを見てくる宿の娘に、クローナが少し赤い顔をして笑う。
「卑怯者になりたくないので今は小休止です」
「……悠長だね。本人がいいなら、いいけどさ」
期待外れだったのか、唇を尖らせる宿の娘に苦笑して、キロ達は宿に背を向ける。
入れ替わりにやってきた護衛の騎士に黙礼して、後を任せた。




