第七話 模擬戦
癖で槍を構えたものの、アンムナに槍が通用しない事は分かり切っていた。
アンムナの肌に触れた瞬間、騎士達の剣と同じように破壊されるのは目に見えている。
必然的に、魔法を使った中遠距離攻撃に頼る事になるだろう。
キロは現象魔力を練って水球を作り出すと、牽制を兼ねてアンムナに放った。
予想通り、アンムナは水球を防ぎもせずに受け、肌に触れた瞬間に奥義で四方八方に散らした。
同時にキロは動作魔力を練りつつ走り出す。
槍を小脇に抱えて片手を自由にし、大きく踏み込むとともに横へ跳ぶ。
アンムナの側面に回りながら、キロは石の壁で仕切りを作った。
両足で地面を削りながら急制動を掛け、石壁に手を触れた直後に動作魔力を通す。
アンムナには遥かに劣る速度で奥義を発動し、石壁を爆散させ、石の散弾として吹き飛ばす。
無数の石が時間差で襲って来ようとも、アンムナは慌てることなく半身に構え、螺旋状に急回転する水の壁を生み出すと、石を全て受けながしてしまった。
アンムナの受け方を見て、キロは目を細める。
――数が多すぎるか、時間差があると対処できないのか。
予測を立て、キロは動作魔力を練り上げて加速、アンムナとの距離を一気に詰めた。
半回転させて勢いをつけた槍を横一文字に振るう。
不思議そうに槍を見たアンムナは振るわれる槍を無視してキロに手を伸ばした。捕まえる気だろう。
キロは槍がアンムナに触れる直前、槍の周囲に現象魔力で水の膜を生み出した。
アンムナの奥義が発動する。
驚いたのはアンムナだ。
キロの槍を破壊したのとは明らかに違う軽い水音に、アンムナがすぐに二度目の奥義を発動する。
しかし、キロの槍がアンムナを襲う事はなかった。
即座に二度目が発動されると予想していたキロは、アンムナが一度目の奥義で水の膜を弾き飛ばした勢いを逆に利用し、槍の方向を百八十度変えていたのだ。
その時にはキロは片足立ちとなり、槍の勢いへさらに動作魔力による体の回転を加えていた。
コマのように回転したキロは、アンムナを槍で逆袈裟に叩こうとする。
長年の経験によるものか、アンムナはすでに奥義発動の体勢を整えていたが、ここでキロの槍にまたもや水の膜が形造られる。
だが、二度目であれば対処は容易だと、アンムナは避けなかった。
避けたのは、キロの方だ。
逆袈裟にアンムナの腰を狙っていた槍が唐突に高さを変える。
アンムナの肩を狙えるほどの高さに急遽持ち上げられた槍の軌道に、アンムナは面白がるように笑みを浮かべた。
しかし、アンムナは肩に触れたキロの槍に奥義の発動を間に合わせて見せた。
キロの槍を覆っていた水の膜がはじけ飛ぶ。
キロは舌打ちして後方に飛び退き、槍の安全を確保した。
距離を取って仕切り直しとなると、アンムナが軽い調子で拍手する。
「キロ君、腕を上げたね。最後、槍の高さを変えた時、動作魔力で無理やり跳んだだろう?」
見抜かれてたか、とキロは苦い顔をする。
コマのように回転した時点で、キロの脚は伸びきっており、人体の構造上跳び上がる事は出来なかった。
キロは槍の高さが急に変わる事はないと見せかけるためにわざと足を延ばし切っていたのだ。
油断を誘っておいて、体全体に動作魔力を作用させ、体全体を物のように浮き上がらせる。筋肉をつかわずに動作魔力だけで飛んだのである。
「不意を打った自信があったんですけどね」
キロが言い返すと、アンムナは困ったように頬を掻いた。
「いや、流派によって呼び名は様々だけど、似た技はどこにでもあるから、不意打ちには向かないと思うな」
アンムナに歯切れ悪く告げられて、キロは新米騎士を見る。
「……そうなのか?」
キロの言葉が理解できずとも何を聴かれたかを察したらしい新米騎士は、視線を逸らしつつ、直立不動のまま動作魔力で軽々と跳んで見せた。
どうやら、騎士団でも同じような技が学べるらしい。
少し前にどや顔をした自分が恥ずかしくなり、キロは俯いた。
「我流って本当だったんだ……」
「そのようであるな」
ミュトとフカフカの呟きを振り払うように、キロは魔力を練り直してアンムナに向かって駆け出した。
――これも似た技がありそうだな。
キロはアンムナに技を読まれているだろうと予想しつつ、試しに繰り出してみる。
槍を持つ腕を引き、左足を踏み出したタイミングで腕ごと前に槍を突き出す。
真正面から放つ突きであり、それだけならば避けるのも容易いだろう。
だが、キロは手元に集中させた動作魔力を使い、槍を打ち出すように加速させた。
キロの手を砲台に見立てて射出された槍は、キロの腕の動きよりも圧倒的に速く突き出される。
腕の動きと槍の速度の差が生み出す錯覚にとらわれ、通常の突きよりもはるかに対処が難しくなる。
しかし、アンムナは完ぺきなタイミングで奥義を発動させ、キロの槍を弾いた。壊さなかったのはアンムナなりの手加減なのだろう。
やはり読まれていた、とキロは内心歯噛みするが、同時に地下世界でのクローナの言葉を思い出した。
キロは弾かれた勢いを利用して槍を回転させ、現象魔力を通す。
――これなら見た事ないだろ。
キロが別の技を出す気配を感じ取ったか、アンムナが面白がるように槍を注視する。
発動した魔力が水を生み出し、回転するキロの槍を伝って、勢いよくアンムナへと水の軌跡を伸ばす。
次の瞬間、キロは残った現象魔力を発動させ、槍から手を放した。
パチッと軽く弾ける音、そして紫がかった光がキロの槍を覆う。
アンムナが初めて顔色を変え、大きく跳び退った。
だが、それだけだった。
「……やっぱ見よう見まねは無理か」
カラン、と音を立てて地面に落ちた槍を拾い挙げて、キロは呟く。
あまりにも一瞬の事だったため、キロが何をしようとしたのか分からなかったらしい騎士達とは正反対に、アンムナが胸を撫で下ろす。
「雷なんて非効率的な魔法、実戦で使おうとするとは思わなかったよ」
アンムナの指摘で、遅ればせながらキロの槍に一瞬走った光の意味に気付いた騎士達があきれ顔をする。
雷魔法は魔力を大きく消費する上に狙いが定まらないため、実戦での使用は現実的ではないとされているからだ。
だが、アンムナの認識は違うようだった。
「キロ君、水魔法からの雷魔法は誰から教わったのかな?」
キロはちらりとミュトを見て、小声でアンムナの問いに答えを返す。
「……地下世界でロウヒという魔物が使ってきました」
「あぁ、未踏破層との境にいたって言っていた魔物か。とんでもない魔物がいたものだね……」
アンムナの感想にキロは苦笑で応じる。
キロ自身、何度振り返ってもロウヒは危険な魔物に思えた。
アンムナが肩を回し、ため息を吐く。
「合格だ。動作魔力を使った近接格闘ならそこにいる騎士達より少し劣るだろうけど、通常の魔法で十分補えるみたいだし、二つの魔法を同時に使いながら動作魔力を作用させる器用さを考えれば、戦い方の幅も広い。シールズ相手にすぐやられるようなことはないようだね」
手も足も出なかったキロでも、どうやら合格らしい。
少し悔しい気はしたが、今回はアンムナを止める事が目的なのだから、と自分に言い聞かせる。
「キロ君の作戦に参加が決まったところで、僕は治療院に戻ろうか。詳しい話はあとで騎士団を通して伝えてくれ。僕は重傷を負ったことにしておいた方がいいんだろう?」
そういって、アンムナが家に向かって歩き出す。
「……アンムナさん、リーフトレージで作ったナックルはまだ持ってますか?」
キロが背中に声をかける、アンムナは肩越しに振り返った。
「そんなものもあったね。長い事使ってないから忘れてたよ。欲しいかい?」
「図々しいとは自分でも思いますけど、貸してください」
キロが頭を下げると、アンムナはくすりと笑う。
「律儀だね。別にいいよ。今の僕が使ってもあまり意味がないからね。地下室の金庫に入ってる。カギは――」




